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ちらうら  作者: 湊いさき21
本編
25/167

村まで

 

 馬車から飛び立ち騎士の元へ急いだ。遠目から見る彼の姿は随分と暇そうに待っている。


「や、お待たせおじさん。ちょっと色々あってね。」


 石版を適当に乗り捨てて顔色を伺う。別にこいつが不機嫌になっていても不都合が起きるわけではないので、余り意味がないといえばそうなのだけど、まあ一応?


 おじさんが乗り捨てた板をジッと目にしてたのでとりあえず消しておく。そんなに気にするものだろうか?板状かはともかく岩なんてそこらへんにゴロゴロしているし、別にプラスチックとやらと違ってほぼ自然のものだ。むしろ生態系を助ける……いやまあ、自然に悪影響は及ばさないからと言って屋外で排泄をしても良いのかと問われれば困るものなのだけれど。


 取り敢えず歩き始めよう、道案内を頼むよ。早足で行くぞ、大丈夫だよ強化の魔術は弱めるから。ほら早く


「おじさん、おじさんかあ……まあケツが青いどころの話じゃない坊主からみたらそうならーな。」


 白い顎の髭を撫でながらため息混じりに答えてくるその様は、まさにおじさんの姿だ。


 まあ馬を走らせながらなので、どこにでもいると言う文言はつけられないのだけれど。馬はすごい、冴えないおじさんでも荘厳に見える。


「白髪とか皺から見るにそろそろ60くらいでしょ?」


 発言を聞くと彼は白い髭を撫でるのをやめ、禿げ上がり始めた頭をポリポリと掻く。顔はより疲れたような表情になり、これ以上指摘するのは哀れにも思えた。


「フツーのガキならケツは青くないって怒って話を忘れんだけどな。『おじさん』はお前みたいにこざかしい奴は嫌いだよ。」


 それこそ心外だ。ていうか怒ったら怒ったでずっと年の話題から離れないだろ、絶対おじさんの判断ミスだよ。なんだってそんな拗ねたような顔をするのか、中年の拗ねた顔なんて全然需要がないぞ。


「拗ねないでよ、でも凄いことだと思うよ。そんな歳になっても剣で生きるのって、畑でも弄っててもおかしくないもん。」


 別に機嫌をとるためのおべっかでは無い。実際にクロノアデアから剣を習っていて僕が素直に思うことだ。毎日の鍛錬が終われば疲労とともに襲ってくる虚無感、寝る前に必ず今自分がやるべきことは本当にコレで良いのだろうかという疑問。


 確かにこちらの世界には魔族やら魔物やらがいて、ついでに盗賊とやらも都会の空き巣と同じくらいいるらしい。


 盗賊って奴はハッキリ言って殺人もする強盗集団、大規模なヤクザみたいなもんだ。ヤクザが空き巣並みにいる世界だなんて命がいくつあれば良いのだろうか。


 まあとにかく、そんな世界だから実際に剣を使う必要のある日も来るだろう。だけども、それでもやはり、未だに自分の実力の上がらない現状に対して『自分に才能はないのじゃないか、商売やら勉強やらに熱を入れた方が良いのではないか』そう言った後ろ暗いヘドロのような感情が頭にこびりつくのだ。


 だから、もう何十年もそんな生活をしている彼は凄い。


 今の言葉を掻い摘んで話すと僕の褒め言葉を聞いて、今まで弄っていた頭皮から手を退けて俺の頰を乱暴に触った。止めろって、確かに気分が下がっていたけれどお前にあやされて上機嫌になる僕じゃない。そういうのが許されるのはメイドだけだ。


「坊主、ただの駆け足で馬を置いていけるんだから十分お前に才能はあるよ。あと年の話はヨケイな世話ってモンだよ。つーか普通に魔術師は腰が曲がるまでは現役だろ、坊主さては世間知らずだな?」


 おじさんはそう言うと懐からタバコを取り出し火をつけた。タバコと言ってもフィルターやらなんやらがついた上等なものではなく、黄ばんだ紙で包まれたボロボロのタバコだ。どちらかといえば僕は喫煙者が嫌いだけど、まあこうやってフィルターを挟まず直で煙を吸う分には我慢できる。


 僕は常々タバコは不平等だと思っていた。保険で副流煙と主流煙の違いを聞いて最初は頭おかしいんじゃないかと考えた。なんで自分はフィルター通して煙吸ってんのに僕達が煙を吸わにゃならんのだと、お前ら煙吸いたいからタバコ吸ってんのになんでフィルター通してんねん、いっそ香でも焚いとけやと思ってた。


 でもコレは僕が高校生っていう吸わない立場だからこそ言葉かもしれない。例えば距離の問題で副流煙は待機中に分散して主流煙との濃度は変わらないかもしれないし、僕が貧乏大学生になってタバコを節約しているときには副流煙を楽しむのかも知れない……いや、それはちょっと気持ち悪い。美女のタバコでも無理だし、ましておっさんが吸ったタバコの煙なんぞきっと吐く。


 まあそんなことはどうでも良いのだ。


「おじさんだって騎士には相応しくない言葉遣いじゃないか。少なくとも貴族に向ける言葉じゃないし、世間知らずはそちらじゃない?」


「おじさん傭兵だから騎士とか関係ないの、まあ騎士も傭兵もあんま変わんねーたあ聞くがな。だいたい貴族つったってお前の父親が騎士爵なだけで、オメー自身平民とほぼほぼ同じだろ。」


 おっと、そもそも騎士じゃなかった。でもおじさんが言うように騎士と傭兵の違いなんて正社員か派遣か、雇い主が国ひいては領民か個人かだけの違いで……いや結構違うな。雇用形態も違うんだから。


 そしてようやく彼と僕の立ち位置がわかった。彼は今言ったように傭兵、つまるところ部外者だ。だから当然今回はただの騎士の子供を護衛することになってるだけだ。


 まあ確かに騎士の子供の護衛に騎士を派遣するなんて頭がおかしい、手前の子供の面倒は手前が見ろよという話だ。


 だから当然、父親役かあるいは父親に使える騎士を遣わすわけだけど、騎士爵に使える騎士はいないからな。当然格落ちして兵士か傭兵になる。


 一方父親は秘密を知っても大丈夫な人間、かつその役を演じても大丈夫な身分の人。侯爵家以下の人間が知れる秘密じゃないんだから当然いない。


 まあ他にも様々な理由で足の軽い傭兵が選ばれたのだろう。


「……ま、それもそうなんだけどね。まあ良いや、スピード上げて走るから頑張って馬を走らせてね。」


 まあ彼の立場はそれとして、なんとなく自分の勘違いが恥ずかしく思えたので少し早足で移動する。馬が走る程の速度ではないが、それでも歩いてはいられない程度の速さで移動する。

 

「ちょ、おい坊主。はぁ、あんまり馬を酷使したくはねーんだけどなぁ……。」


 知らん、とっとと来い。




 歩き出してしばらく、開けた野に急に一本の道らしい道が見えた。砂や砂利が敷かれて道幅はおおよそ3メートルくらいだ。道は今までの経路とおよそ垂直に交わっている。


「坊主、これからこの道沿いに村へ向かうぞ。馬車の事もあるから、今日はここまでだ。」


 村と聞いて胸が高鳴った。今まで館で使用人達と一緒に過ごした自分にとって、この傭兵たちは外部の人間だった。数人の傭兵と僕を含む数人の館の人、そのバランスだったから良かったものの、今回は違う。


 僕から見知らぬ土地へ飛び込むのだ。それは、ちょっと怖い。恐怖と期待が六割と四割の比率で渦巻いている。


 これがもう一度馬車に戻って良いというのならばそれはそれで良いのだけれど、おじさんの馬を見るに少し疲れてそうだ。馬は村にいた方がいいだろう、馬はソコソコの値段をする財産だし、長旅になるのでケアもしなければならない。そうなるとおじさんは馬につきっきりになり、おじさんの護衛対象である僕も一緒にいなければならない……。


 今までの人付き合いは若くても思春期の少女くらいの年齢の娘が限度だった。だが村というくらいなのだから僕と同じくらいの少年もいるだろう。


 もちろんのこと、仲良くする必要もないのだけれど、かと言ってお互いを知らないのに険悪な態度をとる必要もない、相手がまだ年端もいかぬ少年ならなおさらのことだ。


 せめてクロノアデアがいたら……。クロノアデアがいたら?僕は彼女がいれば耐えられるのか、まあ母親代わりのようなものだしな。おじさんには悪いけれど、僕のために少しだけ不憫な思いをしてもらおう。


「おじさん……おじさんって、魔術はどれくらい使えるの?」


 僕はおじさん達のことを勝手に魔術師だとふんだ。しかし、彼らの身分が騎士だったらそれで良かったが、傭兵となると話は違う。


 この国で騎士や貴族という職業は必ず魔術師である必要がある。これは単純に魔術師が一般人と比べて強いからだ、魔術で強化すればろくに訓練をせずとも一般人を漁ができて、さらに火や水と言った魔術が使えるのだから当然のことだ。


 付け加えて、彼らは居もしない父に雇われたようだけど、騎士爵の人が雇える傭兵なんてたかが知れてる。だから魔術師として最底辺か、一般人レベルの人だろうと考えられる。


「あ? あんまり使えねーよ、体の強化くらいだな。火種出せとか飲み水だせとか言われたって無理だぞ。」


 頭を掻きながら答えるおじさんにから漏れる魔力も極僅かで、恐ろしく隠密行動が得意な凄腕の魔術師でもない限りまず嘘はないだろう。


「ところで坊主、お前さっきから何書いてんだ?」


 おじさんは地面に僕が書いた記号のようなものが気になったらしく、自分から馬を降りて地面を覗き込んでくれた。書いた物は古い文字だ。


 この文字は面白い文字でかなりお気に入りの物だ。特徴は一行ずつ鏡文字になって右から左、左から右へと書く方向が変わる事。なんだかこの無意味っぽさがすごくファンタジーっぽい文字じゃないか?


「ああ、コレ?これは僕が習った古い言葉で——【フィプナティシオ】って言うんだよ。」


 呪文を聞いたおじさんはすぐに白目を剥き、ポカンと口を開けた。ヨダレもたらしている、だらしない奴だ。


 館で授業の一環として洗脳魔術を使った時はメイド達を対象としたが、ここまでの反応を示さなかったぞ。もっと上品に目を瞑るだけだとか、無表情になるだけだとか、普通だった。


 とは言え魔術師に効かない洗脳の魔術も、魔力が少ない人はすぐかかってしまうのだから、これも致し方なし。一応館のメイド達は荒事を出来るように魔術師を雇っていたから、僕の魔術は一般人用の強さじゃあ無い。


「おじさん、僕ちょっと馬車の方に戻るからさ。先に村に行っててよ、大丈夫?」


 やばい薬でも決めてるような表情から少し眠そうな表情に変わったおじさんは言葉を聞くとすぐ村の方へ向き、馬を引っ張って行った。馬に乗るなどしないあたり、洗脳魔術は融通がきかない。もうちょっと弱めにかけたならもう少し自然になったんだろうけど、もう一度かけ直すのは面倒だから良いや。


 とっとと馬車に戻ってクロノアデアと一緒に来よう。


洗脳をメイドにかける、悪い奴ですよコイツァ

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