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ちらうら  作者: 湊いさき21
本編
166/167

優勝して行くわ(ダミ声)

『本当に本気でやって欲しいんですね。』


 打ち合いの中で試合前のやりとりを思い出した。言わなければ良かったのに、本気でやって欲しいだなんて。


 そう思いながら僕は石の刀で彼が自ら手で覆っている顔へ突きを打つが、そこはギリギリ躱される。やはり狙うなら胴だな、僕の背丈と年上の彼では、胸ですら狙うのに一苦労する。いわんや懐に潜ってから突き上げなければならない顔面は当てる事はまず無理だろう。


 腕が伸び切ったところで、懐に入った僕を邪魔に思った先輩が僕に蹴りを入れてくる。吹っ飛ぶしかない、哀しいかな僕は魔力で筋力を誤魔化すことはできても体重は誤魔化せないのだ。先輩の蹴りのエネルギーが、僕の体を吹っ飛ばすという形で仕事を果たす。先輩は追撃のように火の魔術を飛ばしてきたが、そこは氷の魔術で盾を作って防いでおく。


 しっかりと顔に当てれば即死とまでは言わずとも先輩を倒せてたのに。やっぱり殺意だろうか、間違って殺してしまっても仕方がない。そう言った気概を持って取り組まないからお互いに手を煩わせるんだ。一撃で仕留めてあげなければ、今年卒業するらしい先輩を帝国の戦士として送り出せない……。




 僕と先輩は2人で一緒に校舎に入り、2人で会場へ足を踏み入れた。観戦に来ていた客が僕らを見て、賑やかしの声をかけながら道を開けるのは少し気分が良かった。誰もが僕と彼の戦いの行方に見当がつけられないでいる。オールラウンダー同士の戦いなぞ、そうそう見る機会がないのだろう。だからこそ、ワクワクした。試合に対する期待は跳ね上がった。


 実況解説による選手の説明では、僕は前代未聞の大型新人で冷血公の再来と呼ばれてるらしい。前代未聞かつ冷血公の再来とは如何にと思うだろうから説明しよう。


 この大会は伯爵以下の子供が出る大会なので、僕と違い父さんは大会に出たことがない。しかし、僕の父さんは学園に入学した当初ある事件で上級生の同じ公爵位の家、とは言っても東西南北を治める四大公爵とは違って比較的弱い家の人だったらしいが、そこの家の上級生をコテンパンに倒してしまったとか。


 その二件がこの僕を、前者は前代未聞の大型新人、後者は冷血公の再来を担当する形で、二つの渾名たらしめてるらしい。


 一方、対戦相手の先輩。彼の名前はヴィトー・レィムプードゥ、今年で10年生つまり最上級生となり来年は軍に配属することが決まっている中流伯爵らしい。中流の伯爵と言うことはつまり、本来なら僕を差別しててもおかしくはないのだけれど、まあやはり彼らは同じ戦士としての、強者への敬意をこちらに払ってくれている。有難いことだ、これが俄然僕の試合に対する熱意を掻き立てた。彼は今年で最後の大会となるらしいし、勝つにしても負けるにしても、世へ送り出す気で全力で相手をしなければ。


 試合開始前の選手の馴れ合いは、優勝ともなれば尺を求められる。特に僕は準決勝戦、ジャックさんと戦うときにあまり気の利いた掛け合いができなかったので、今回は補助にインタビュワーも来ている。


 試合が始まりますが意気込みはとか、どのように戦うおつもりでとか、冗長すぎるくらい長く喋った。僕と彼を合わせると五分は喋らされた。中々に長く焦らされるので、これも僕に激しい戦いを求めさせる一因となった。


 喉の奥がじっとりと湿り気を帯びる。気もそぞろ、浮き足が立ち、僕は刀の柄を掴んでは離して掴んでは離してと、子供のように待った。それが催促となったのかインタビュワーはすぐに引き、『それではお待ちかね決勝戦開始です』と、試合が始まった。


 どうせ夜以外に後に控える試合はない。最初からフルスロットルで行こうと決めていたが、向こうは違ったらしい。彼は小手調べにか、土属性の魔術を放ってきた。土属性と言っても、僕が普段使っている石のように無機質的なものではなく、森の土の様に有機物を多分に含んだ物だった。


 焦らす物だなと風の魔術を打って土を散らすと、綺麗に磨かれていたホールのフロアに土が撒かれた。少し気がひけるが、まあ試合にそんなことは言っていられない。むしろ、それから僕がやることの方がホールへダメージを与えうる。


 僕は火の魔術を打った。あまり派手だったりはしないが、魔術生物としての働きを持たせておく。蝶を模した自由に動き回る使い魔を放った。そして同時に、火属性の魔力を保持する氷の茨も放つ。茨自体は僕が直接氷の魔力を与えないと成長しないが、茨が自らを燃やしながら動く蝶へ蜜を渡す様に魔力を渡し、そして火の蝶は受け取った魔力で増殖をする……。


 火の蝶は僕の下を離れ、増殖を繰り返しながら彼へ襲いかかって行く。勿論、彼もやられっぱなしじゃない。僕がどんなに早く魔術を早く発動できても限度と言うものがある。僕が蝶と茨の二発の魔術を打つのに要する時間は、彼がもう一発単純な魔術を放つのには十分だった。


 彼が打ったのは水の魔術だった。大会の上位陣ともなると、定石があるのだろうか。霧の魔術を使い、氷の茨に霧の水分を付着させ氷で覆わさせた。僕は氷の鎖を同じ様に水を掛けることで無力化されたことがあるが、これはそれと似た様な物だ。氷の茨を僕の魔術でない氷で覆う事により成長を阻害する。


 しかし、定石ばかりに拘るからいけないのだ。自由な発想は必要ないが、もう少し常識的な発想をすれば良かったのに。僕が予め放った火の蝶は花の蜜を吸いに茨に止まり、覆っていた氷を溶かした。氷の茨は僕から魔力の補給が常にあるため、そのまま氷が解けた場所からまた氷の蔓を伸ばし蝶と共に先輩へ迫っていく。ひらひらと舞う火の蝶に対して霧を張ることは良かったが、蝶を増殖させる氷の茨と共にある事を失念していたか。


 先輩は無駄な手を打った事に焦ったか、再び土の魔術を放ちつつも武器を手にした。先輩の武器は薙刀だ。いや、薙刀の様な何かとでも言おうか。距離によってよく見えないが竜に似た生物のレリーフがあり、三国志演義で関羽が持っている青竜刀に似た武器に見える。しかし、レリーフの部分に鍔の様なものがあり何かギミックがある様に見える。恐らく僕の見立てでは刃の部分が取れ、鉈と棒に分割できる。それに何の意味があるかは知らないが、戦いの中で頭に入れておいて損はないだろう。



 彼が得物を手にしたと言うことは、戦いの舞台は次のフェーズへ進んだと言うことだ。取り敢えず僕の代わりに茨へ魔力を補給し続ける氷塊を何個か設置して刀を抜いた。


 石の刀、僕が手にする時に逐一魔術で作り上げるので毎回新品を手にしているのだけれど、不思議と長年使っている様に手に馴染んでいる。使い始めた時は少し不自然に感じたが、今では頭身に神経が通っている様な感覚さえする。これは論理的に考えれば石の刀が手に馴染んだのではなく、きっと手が石の刀に馴染んだんだろうな。まあどうでもいいことではあるが。


 しかし、先程の先輩が打った土をばら撒くのは良い判断だった。氷の茨に土が覆い被さり、その部分だけ火の蝶が魔力を吸い上げるのに時間がかかり、中には自らを保つための魔力を摂取できず自壊した個体もいた。そのお陰で、大した障害もなく先輩はこちらへ接近する事ができたのだから文句なしに咄嗟の判断が良くできたと言えよう。


 青竜刀は言わば中国版の薙刀で、ルーツも発生した時代も少し違うのだが似た様な形状をしている。薙刀は西暦794年から始まる平安時代に手鉾という槍から派生し発生した細身の刃を持つ武器だ。一方、青竜刀は薙刀や手鉾より大昔に前漢と言う太祖劉邦が王朝を開いた時期に生まれた斬馬剣からだんだんと進化を遂げて、西暦960年から始まる宋代と呼ばれる時代に生まれた大刀と言う大きな刃を持つ武器の一種だ。


 青竜刀の方が古代中国で生まれ、薙刀より後に生まれた比較的進んだ武器である。まあ武器の良し悪しなんぞ人によりけりだが。僕なんかは馬に乗らないので青竜刀を使ったときよりも薙刀を使った時の方が強いだろう、実際に持ったことはないが。


 ああそう、今言ったように薙刀は歩兵が使い青竜刀は騎兵が使うと姿形は似てようと用途に違いがある。この他にも他にも多くの違いがあるし、まったく青竜刀と薙刀は別物と言って良いだろう。その割に先輩は馬に乗らずその身ひとつで扱っているが……。


 特に顕著なのは、薙刀は槍の延長としての使い方が多い実用的な武器ということだ。一方の青竜刀はまたの名を関刀と言い、かの武神関羽が使ってたとされるとても重く並みの人間には使いこなせない凄まじい武器……と言う側面があり、主に演舞や訓練に使われていた様だ。宋代より前に生きていた関羽が実際に使っていた筈はないが、しかし実際に発掘される事もあるので、実戦に使用されないと言うことはなく偶に生まれる名士が使っていたとは思うが……。


 まあ僕達魔術師にとって、青竜刀がいかに重かろうが関係ない。魔力で体を強化すれば関羽よろしく化け物じみた力が引き出せるからね。エネルギーの関係で自分の体重より重い物を振り回そうとすればその分手こずったりはするけど。


 その延長で、めちゃくちゃ重い青竜刀の一撃を防いでも僕は吹っ飛ばされた。ダメージはまるでないが、吹っ飛ぶので距離を取らされる。僕は石の刀で向こうは青竜刀、リーチの差は歴然でありなるべく近づいておきたいのだが。取り敢えず吹っ飛びながら魔術を放っておこう。氷の種だ、土の下に埋まった茨から魔力を受け取っていずれまた次の茨になる。


 ふっとびもそこそこに着地したら、今度は僕の番だ。刀を持ってるのだから近づかなければ始まらない。とは言え彼に攻撃されたらまた強制的に距離を取らされるのでその対策もせねばなら無い。いつもの如く、蛇の様に動く鎖を生み出しておく。茨が地面を覆う中、薔薇に隠れながら進む蛇だ。警戒をしなければなら無いから中々厄介だろう。


 それが終えたら飛びかかってヴィトー先輩へ袈裟斬りを仕掛けた。勿論青竜刀で防がれる。そして僕は同様に吹っ飛ばされた。そこへ入れ替わる様に火の蝶が彼へ襲いかかる。蝶はなんて事のない火だ、魔術で体を強化していればなんて事はない。だが、顔にひっついたり服を焼きにかかったりと面倒な物であるのは確かだ。彼はそれの対処に追われる。その間に魔術の準備をしておこう。


 ああしかし、むこうが1ならこちらも1、こちらが2でもむこうは1か。何の話といえば、手数の問題だ。お互いに殆ど技を繰り出す速度が同じだから、オセロや将棋みたいにターン制が生まれている。相手が攻勢に出た時には僕が一回の攻撃毎に一回の防御を入れることができるし、僕が攻勢に出た時には彼が一回防御の行動をとる毎に二回攻撃を仕掛けられる。


 彼が仕掛けてきた際には様子見で一回しか行動できてい無いが、全て見切ったら完全に彼が一手打つ間にこちらは二手打つ様になるだろう。こんなものか、少し失望する。まだ準決勝で戦ったジャック先輩やヒヒイハキナ先輩の方が強かったぞ。


 ヴィトー先輩が僕を間合いへ収めようとこちらへ向かってくる。こちらから攻めに行っても彼は僕の間合いには入るまいと距離を取るだろうし、彼の間合いに入った瞬間に距離を詰めてしまおう。待ちの姿勢を取る、丁度よく魔術の準備もしているし。


 思うにオールラウンダーとは、最強であり最弱な戦い方なのだ。如何様にも振る舞える。今までの僕の様に相手が得意とする分野で戦う事もできれば、相手が不得意とする分野でも戦うことができる。彼は後者で勝ち上がってきたのだろう。


 こちらへ青竜刀を振り下ろしてくる彼が随分とちっぽけに思える。まあともかく、僕は思案通り彼が僕の間合いに入る前に縮めるのを辞めた距離を詰めに行き、彼の右手を折る勢いで打った。そして魔術も解放する。


 準備していた魔術は光の魔術だ、最近は特に活躍していなかったが、光の魔術ほど便利な魔術もそうないと思う。先輩の目の前で音もなく光が炸裂した。事前に目へ防護の闇魔術をかけていたけど、それでも眩しいものだ。観客の方にも事前の配慮として闇の衣の様な物を貼っておいたので、先輩だけが直に光を浴びた事になる。でも魔術師は自分でダメージの回復ができるので一時の足止めにしかなら無い、今の一瞬で畳みかける。


 刀を両手で持ち、先輩の、顔へ向けて……ぶっ刺す!


 だが、先輩はスンでの所でそれを躱し、僕へ蹴りを入れた。しかしまだ完全には回復してい無い様だ。顔を手で覆いながら、唸り声を上げている。やはり殺意だな、殺意が足り無い。胴体への突きだったら致命傷を与えられた。生っちょろい覚悟で戦うから彼と長々と戦う羽目になるんだ。次に大きな隙が出たら、その一撃で仕留めよう。


 僕が方針を決めていると、先輩は叫び出した。戦いにおいて叫ぶ事は科学的に有効である。まあプラセボ効果だって同じ様な物だ、非科学的な迷信を信じる事に良い影響が出ることもあると科学的に証明されている。


 さて、叫んだ彼はとうとう本気になったみたいだ。僕は今から本気出して戦うなんて言葉は嫌いだが、最初から全力を出して戦える人間なぞいない。いるかも知れないが極めて稀であるし、だからこそ準備運動だったりなんだりが必要になってくるんだ。まあ、僕が嫌いな言葉は今から全力を出すではなく、厳密には今から全力を出そうとすると言うわけだね。始めからフルスロットルで全力を出す為に加速していって欲しい、という物だよ。


 彼は如何だろう、始めからずっと今の状態に持っていこうとしてたのだろうか。どうでもいいか、彼の種族はヒューマンではなかった様だ。彼は……鬼、だろうか?


 彼の容姿はまるで変わっていた。顔は赤くなり髭や髪と言った体毛ががボウボウと伸び、それに牛の様に角が伸びている。まさしく鬼と言った風貌で、身長は3mはあろうかと言う巨躯になり、腕はだらだらと伸びて膝下に届こうかと言う異形の相だ。


 先輩はまた叫びながら青竜刀をぶんぶんと風切音をたてながら振り回すと床へと叩きつけた。無理な使い方をする、そう思いながら刀を構えて様子を窺ってみると、また何度か青竜刀を床へ叩きつけついに柄の部分で真っ二つに折ってしまった。


 先輩は柄が折れて鉈のように短くなった青竜刀を右手に、その折れて先っぽが尖った柄を左手に持ち、それぞれを鉈と槍のように扱う二刀流の構えを取った……。


 ……劉備と関羽の魔合体? 顔が赤黒く立派な髭を持つ青竜刀を武器にする関羽と、腕が膝下まであるとか言う化け物みたいな容姿をして二刀流をする劉備。混ぜたらあんな感じになるか。


 そうなると、身分が書面上卑しく蛇を使う僕は張飛か? アレは蛇みたいにウネった刃を持つ矛だったけど。いや、張飛って徳の無さで三兄弟で一番悲惨な死に方をする奴じゃん!


 い、嫌な感じだなぁ。まあ、いい。僕は蛇を象った矛なんか使ってない。桃園の誓いなんぞ結んでないし兄のように慕ってる人物なんかいない。だから張飛でもないし、よしんば張飛だったとしてもそれなら関羽やら劉備やらに一騎討ちでは負けん。他ならぬ関羽自身が曹操さん俺なんかより弟分の張飛の方が強いんすよって言ってたしな……。


 呑気な事を考えていたら、先輩が右手に持った青竜刀改め鉈を振り下ろしてきた。恐ろしい、何故こうも変身する輩は変身後の強さが段違いなんだろう。どうせ短時間しか戦えないのだろうが、一撃一撃の重さが体が悲鳴を上げる程キツい。


 しかし二刀流の相手は心得がある。重量のある武器から重い一撃が来た後は槍の一突き。突いている間に重い武器を振り上げ、再び重い一撃を繰り出す。僕はこの動きを、いやさらに複雑な動きを知っている。クロノアデアとの訓練はもっと激しかった。命の失う危険性こそないが、今よりずっと素早く力強い動きを要求された。今更こんな動き、なんでもない。


 こちらへ横薙ぎをしてきた棒を握り、それに合わせるように振り下ろしてきた鉈を持つ手を刀で腕ごと外へ弾く。おっと、力を込めすぎて肘の関節がぶっ壊れたみたいだ。まあどうせ治るしこれは試合だ、後ろめたくは思わん。しかし、僕に手数で押されるならと、単純な体の強化に加え二刀流にした事で手数を増やしたか。良い判断に思えるが悪手だろう、そう言う小賢しい考えはいかん。


 氷の鎖が彼の槍を雁字搦めにして固定する。さらに成長し続けていた氷の茨も先輩の足に絡み付いた。そこへ火の蝶が集まってくる。おお、爽快感すら感じる。相手の力量的にもこの程度が限度だろうが、仕掛けていた魔術が連鎖的に相手に決まった。いい気分だ。


「一撃が生まれて間もない赤子のように貧弱で! まだ変身前の方が強かったぞ!」

「ゔぁ、けぇ……ゔぉの……!」


 化け物だぁ? 鏡を見てから言え。種族的容姿の特徴はさて置くにしても、普段ヒューマンの様な見た目をしているお前の方がよっぽど化けているじゃないか。


 今度こそ刀をそのデカくなった図体へ深々と刺してやろうとすると、先輩が口を開いた。腕も封じられだから、今度は口で攻撃するつもりか。だがもう遅い────!


 ズブり。


 言葉にすればそんな音がしたような気がする。


 背丈の問題からか先輩の肋骨には阻害されず、深々と体の中心へと潜り込んで行く。食道でも傷つけたか、先輩は血を吐いて僕に覆いかぶさるように倒れた。


 急速に世界の熱が冷えて行く。冷や汗が出る。このままでは殺してしまう、いや殺さない。死なせやしない。幸いにして刀は突き上げる形で入れたので胴を完全に貫通していない。様々な臓器が傷つくので縦に突き上げず横方向へ貫通する様に突いた方が軽く済んだが、僕の場合は逆だ。


 僕の魔術で治せる、時を巻き戻す様な不思議な魔術で……。


 先輩の患部に手を当てながら刀をゆっくりと引き抜き、体に開いた穴が閉じる様に、傷がなかったときの様に巻き戻す。一見成功した様に見えるが……。先輩を揺すると、血反吐が幾らか落ちたが液状の血は見られなかったので食道の傷は塞がったと見ても大丈夫だろう。呼吸も正常な物が聞こえる。


 先輩の体をどさりと投げると、審判が近寄り気絶を確認する。


「勝者、チェルトルカ!」

「……決着ゥー! 優勝はチェルトルカ! 大型新人! まさかの優勝だ──」


 実況の人と観客の人がギャアギャアと騒ぎながら歓声を上げる。一先ずは無事である様に見える先輩を尻目に、僕は観戦に来ていた沢山の観衆へ手をふった。


 しかし、僕はキチンと視界の端で捉えていた。先輩の口から黒い影が出て行くのを……。


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