スポ根女
空間転移の罠を仕掛けられていたようだ。気づけば屋外にいた、青い空、青白い砂の大地、色鮮やかなサンゴ礁。異界内ではあるようだが……すぐさまナビさんとルサルカさんが槍を構えた。ナビさんの槍は剣を棒に固定した物なので、どちらかと言えば矛と言ったほうがいいのだろうが。
僕は魔法の展開だ、結界を張り二人の筋力を強化させる。非魔術師を強化するだなんてゲームの世界でもなければ簡単な魔術なのだが、どうもここでは中々難しい様だ。魔力がそこそこ消費される、ポーションを後で飲まねば……。これは、相手が魔力を有してた場合は現実でも難しくなってくるからそういった関係かもしれない。とは言えその推察の検証は後ほど、今は警戒に集中しよう。
5秒経過、10秒、15秒……数十秒待っても攻撃はこなかった、転移型の罠は転移直後に畳み掛ける様に攻撃を出さねば、意味が薄くなる。あの部屋に入れさせないのが目的か? いや、幻覚を見せられている可能性もあるか。制心述の応用で、自分にかかっている幻覚の魔法を上書きする様に自分へ魔法をかけてみたが、どうも幻覚を見ているわけではなさそうだ。
「探索者tokage、どう動きますか。」
ナビさんが矛を構えながら言った。辺りを警戒しているが一向に変化が訪れない事に焦りを覚えたか、プレイヤーたる僕に意見を聞いてきた。
「恐らく、隙が最も大きい転移直後に攻撃がこなかったから、これはただの転移だ。警戒を少しだけとこう。」
そして現在位置の特定、扉までの戻り方を……そこまで伝えると、その必要はない様ですとナビさんが言った。なんだ? ナビさんが矛先を上空へ向ける。目をやれば、黒い大きな空間の裂け目がバチバチと音を立てて広がっていた。その裂け目から黒い竜の首が飛び出す。
ルサルカさんが震えた声を漏らす、僕も奥底から湧き上がる様な衝動が抑えられない。あの竜は見覚えがある。黒き竜、赤黒い角に生まれつきの捕食者であると言わんばかりの冷たい瞳、その口から漏らす息は生暖かいがどうも冷や汗が出る。そして何より恐ろしいのは、その背後にいる人物の気配。
【ふむ……? 不思議な縁もある様だな。】
声が出ない、なんだと言うのだ。彼は黒一色の鎧を身に纏い、簡素な剣を腰にさしているだけだ。剣に手をかける様子もなく、次元の裂け目を無理やり広げて降りてきた竜が、頭を下げてゆっくりと地面に降ろしてあげているだけだ。まるで敵意がない様に見られるが、とても恐ろしい。今にも命を刈り取られそうな程、彼には重圧がある。
黒騎士はなんでもない様に歩いてくる。逃げるか、戦うかせねばならない。それなのに、恐怖で体が動けないでいる。動けないでいる僕の前に立つと、首を傾げた。
【あぁ、なるほど。少し待て。んん……あ、あー、あアッ──】
黒騎士は喉に手を当て、黒い魔力に身を包んでいった。気配を消す魔法だろうか、その重圧をを弱めていく。
「うん、これで良いかな。どうだろう貴君、これで少しは」
黒騎士がそこまで言いかけると、その喉元に槍が飛んだ。ルサルカさんだ、彼女の突きが彼の喉元に突き刺さった。いや、違う。
黒騎士に突き刺さった筈の彼女の槍の穂先が貫いていたのは、彼女の胸だった。グッサリとルサルカさんの胸に刺さっている。ルサルカさんが息を漏らし倒れた。
何が起きたかわからず唖然としている僕達を差し置いて、黒騎士は彼女の胸に刺さった槍を引き抜くと、彼女の傷を魔法で癒した。ルサルカさんはドップリとした粘性のある血を吐いて気絶をすると、光の泡となり、黒騎士が持っているルサルカさんの槍へと吸収された。
「貴君、すまないがご友人を少しの間だけ封印させて貰う。命に別状はないから心配しないでほしい。」
黒騎士はそう言って槍をこちらへ手渡すと、両手を上げて敵対の意思はないと言ってきた。ここで彼を襲っても仕方がない、油断するわけにはいかないが、攻撃をしてルサルカさんの様に返り討ちにされるてはどうしようも無い……。僕とナビさんはゆっくり警戒を緩めた。しかし完全には解けずにいる、したくても生物的本能故か、体が硬直してしまう。
「名前を聞いてもよろしいですか?」
ナビさんがそう尋ねると、黒騎士は名前は言えないが……と言葉を濁した。彼は籠手を外し、素手を晒した。いや、違う。素手を晒すことを目的としているのではないらしい。籠手をこちらに差し出してきて、中に書かれている文字を見せてきた。アエテルヌム聖騎士隊の文字が彫られている。帝国の騎士だ。いや、しかし文字に横引きで線が入っているが、これは……?
「私は故あって聖騎士隊を除隊処分となった身だ。今は教皇の指示のもと動いている。」
聖騎士隊は帝国のエリートが努力に努力を重ねて成れる地位だと聞くが、そうであれば彼は生まれは相当である様だ。更に、教皇の直接的配下らしい。実力もさることながら、と言った所か。
「貴君等、聞くが何故ここにいる。まあ凡そ見当は付くが……。」
神を戻す為だ、などと馬鹿正直に答えて良いのだろうか。何故帝国のお偉いさんがこんな辺境くんだりまで来られているのか分からない。しかし誤魔化すことも出来なかろう、答えるほか無い。しかたがなく僕らは、水没したナキ村の原因を探っているのだと答えた。嘘はついていない、そこまでおかしな答えじゃ無いだろう。神を元に戻し、それでついでに持ってキーアイテムを探すんだけれども……。
「キーアイテム? むう、詳しく聞かせ願おう。貴君が言っている物に心当たりがある。」
黒騎士はそう言って、もしや水を出し続ける柄杓のことでは無いかと聞いてきた。そうそう、それそれ。それが辺り一体を水没させる力があるとかなんとかで、それを探しにきてたんだよ。
「むう、すまないが貴君。柄杓は諦めてくれないか?」
黒騎士は申し訳なさそうにそう言うと、貴君等がどれ程知識があるかは知らないが……などと言い出して、説明を始めた。曰く、あれは呪われた品らしい。元は干ばつに苦しむ村を救う神に祝福された道具であったのだけれど、ある魔法使いの行動により神の変質が起こり、悪神の加護がついた道具となっただとか。彼の言ってることは本当だろう、事前情報とそう大差ない。しかし、彼の話はそこだけではない。
今、世界各地に似た様な事例が頻発しているらしい。例えば暴風吹き荒ぶ渓谷やら、礫が飛び交う砂漠とか、世界各地で様々な神が暴走しているそうだ。黒騎士を始めとした帝国の人々はそう言った神の元へ駆けつけては封印、解呪、討伐を試みているとかなんとか。
しかし、と黒騎士はバツが悪そうに言った。封印以外のことは上手くいかないんだとか。元々、神は魔力の塊だ。魔力さえあれば幾らでも自己再生できるし、魔力の形の現れなので、いわば魔術の様な物。相反する魔術、つまり火の神に対する水の神の様な神をぶつけても、最初は上手くいって両方を消滅させることができるが、不思議と時間が経てば両方共にまた何処からか復活をし悪さを働くそうだ。
それではと神を狂わせた魔法使いを追ってはいるがどうも影すら見えず、国を挙げて神の変質について研究をしているが……中々一筋縄では行かない様だ。
「封印に関しては私を始めとして様々な者が様々な場所で行なっている。そして、この村もそうだ。」
黒騎士は、そう言って今後はここに近づかないで頂きたいと言った。私がここにきた様に、神の封印が解かれそうになれば帝国が仕掛けた罠が作動し、中には命さえ奪われ得る罠もあるので危険だとか。それは困る、非常に困る。僕はゲームの都合上キーアイテムを集めねばいかんのだけれど、それが無理だとなると……。
「む、貴君。何か言いたそうだな?」
僕がどうやって黒騎士を説得しようかと悩んでいると、黒騎士が自分から何かあるのかと聞いてきた。言いたいことは山程ある、いっそ今回で聞ききる勢いで質問攻めにしてしまおうか。そう考えて、意外にも寡黙というわけではなかった黒騎士に色々と聞くことにした。
まず、僕と黒騎士はこれで2回目の邂逅となる。一回目は、死者を操る杖を回収しにきた時だった。険しい道を越えて漸く求めていたキーアイテムを手に入れられると思っていたら、後から竜を連れてきた黒騎士に杖を掻っ攫われたのだ。その時の事も、神が関わっているのだろうか。
聞けば、そうらしい。一度、帝国にある神殿へ持っていって研究をしているんだとか。それでどうしようもなさそうであれば、緩みかかっていた封印を再度強め、また再び元の位置へ戻すそうだ。大体数ヶ月をかけて研究をするらしい。それ以上は漏れ出る悪神の魔力の被害が出るからできないとか。魔法使いがウジャウジャといる帝国に忍び込む以外に、杖を回収するには数ヶ月待たなければならないか……また微妙に長い時間を。
あまり拘泥するのにも不自然に思えるので、次の質問に移ることにした。聖騎士隊長ウラナデア・G・Fと言う者に聞き覚えがあるだろうかと聞いてみた。黒騎士は少し黙り込んで、聖騎士隊の名簿は持っているがそんな名前は載っていないかった。過去にその様な人物がいたのかも知れないが、と言ってきた。少し引っかかるが、まあ後で追求するとしよう。
次に気になったのは彼の鎧と竜だ。黒騎士の鎧は先祖代々のものなのだろうか。竜は寿命が長い種族である為に長い年月を生きていても不思議ではないが、黒騎士はエルフや不死族でもなければ、ルサルカさんの記憶の中でナキ村に訪れた黒騎士と同一人物だとは考えがたい。
その件に関して聞くと、黒騎士はまた言いづらそうに自分は不死族の様な者ではあるのだがと言い澱んだ。不死族の様な者……? 擬似的な不死か、後天的な不死か……もっと深く聞きたいが、深入りしすぎると黒騎士が質問を打ち切る事もあり得る。最後に聞こう。
さてさて、それじゃあ不死であるならば一度この村へ、まだ村人が生きている頃に訪れた事があるはずだが、その時は何しに来たのか教えて欲しい。そして村人たちは何処に行ったのかを。黒騎士が竜を連れて来た際には、村の人々は生きていた。その営みを続けていたのだ。それが何故、この黒騎士が来てから村は水没し、人々が消え去ってしまったのか。
僕が苛立ちを感じながらも聞くと、黒騎士は驚いた様な声をして、何故そのことをと聞いてきた。関係ないじゃないか、今はそんな事は。あるがままの事実を述べるのに関係するか?
強めに聞くと、黒騎士はそれは私の不手際によると答えた。
かつて黒騎士は勅命によりナキ村を訪れ、神の封印を試みたそうだ。抵抗する村人達を魔法で眠らせ、教会の奥にあった宝剣と祝福がなされた柄杓を入手し、強大な神の核を柄杓と剣に二分して封印を施そうとした。
しかし、あまりにも力強い神であった為、封印をするギリギリまで足掻いた。自らの加護を強める事で、自らが動けなくとも勝手に柄杓は水を出し続け、加護を与えていた巫女ルサルカさんを水妖へ変え、宝剣を魔力を垂れ流す呪具に変えたそうだ。更には、自らの庇護下にある信者達を、村人達へ恐水の呪いをかけ死に至らしめようとした。事態は一刻をを争う緊急場面になり、黒騎士は悩み、彼らを封印する事にした……らしい。
人を封印とは、なんぞや。問いただせば、人の霊魂を魔法として保持、その肉体を記録してデータとして保存する魔法を使っているらしい。人に教えるには禁忌に触れる魔法らしいので、詳しくは言えないそうだ。
しかし、なんともまあ……黒騎士の話を聞いていると、ルサルカさんについて悩む事がある。ルサルカさんは一体どうすれば良いのだろうか。
黒騎士が嘘をついていたら話は簡単なんだ。黒騎士を殺して何年もの募らせていた憎悪の復讐は済み話に一区切りがつく。しかし、その憎悪は全くの誤解で、全く当てにならない物であった。そんな物を彼女が受け入れられるだろうか。憎悪を募らせ果実の様に熟れ後は腐り落ちるだけとなった彼女の心は、一体……。
彼女を孤独にした罪はある。人一人を残してその人の住む村の全員を神隠しにして、残された人へ精神的な影響がないと考えるのはおかしい。何ならいっそルサルカさんごと封印すれば彼女は一人取り残されて寂しい思いをする事はなかっただろう。彼女がどれほど苦しんだと思うのだろう、命が常に危険に晒される様な場所で一人ぼっちの夜を、どれほど悲しんで過ごしたのだろう。
「それは……すまない。貴君に言っても仕方がないが、当時の私では、神の力がこの地に深く根付いていた頃では、封印する事ができなかったのだ。」
ああ、どうして人間ってのはこうなんだろう。誰も過失はないのに、悪神へと変えた魔法使いが悪いのに、ルサルカさんにこの黒騎士が憎まれるだなんて。彼女はわかってくれるだろうか、分かってくれなかったらどうすれば良いのだろうか。しかし時は人を待ってくれない、何もしないわけには行かない。僕は事情を話し、ルサルカさんの封印を解いて一度彼女と話し合ってくれないかと黒騎士に頼んだ。
「ああ、良いだろう。他ならぬ私の行為の結果だ。私が解決する。」
黒騎士は竜と僕らへ、もし戦闘になったら危ないから下がっていなさいと言って、およそ十数メートル離れた場所で、槍を掲げた。彼が呪文を唱えると、青い光の粒が泡の様に槍から湧き出し、やがて人の形を形作った。ルサルカさんが眼を開き、黒騎士から槍を奪い取って攻撃しにかかる。
黒騎士は槍を掴み、ルサルカさんの攻撃を止める。話をしよう、彼はそう言いながら、棒を魔法で作り出して槍の様に構えた。ルサルカさんの猛烈な突きを一つ一つづつ丁寧にいなしながら、彼は問いかけ始めた。何故私を憎むのかとか、私をどうしたいのだとか、私を殺しても君の家族や友人は帰ってこないぞとか。ルサルカさんは涙した。どうして勝てないのとか、なんで……と。
見ていられない、どうして彼はそんな事をするのだろうか。そう思って、ルサルカさんへ助成しようと魔力を練り始めたその時、黒騎士はもっと突きに感情を込めろ、もっと泣け、もっと悔しさと憎しみを叫べと大声で彼女へ言った。私へ動けなくなるまでもっと感情をぶつけるんだと。
黒騎士の言わんとする事がなんとなく分かった気がしなくもない僕は、黒騎士をもう少しだけ見守る事にした。




