おや、人間関係の様子が……BBBBB
それは、魔法かもしれません。坊っちゃん、もう一度使うことはできますか? できるのであれば、見せていただきたいのですが。
クロノアデアはそういいながら、僕の髪を揉んでいた。水で土埃を落として香油で揉むだけの簡素な洗髪だが、彼女がやると心地が良い……。日中での体験の事を話したら彼女はそう言ってきた。魔法? 魔法が使えるのは神と加護を与えられた者だけだと思っていたが、まあそうでもないみたいらしい……。僕やクロノアデアの様な性格の人はリラックス状態は魔術を撃つのに適しているので、今できなければおそらく自力での発動は無理だ。なので、集中して魔法の再現をしようとする。
しばらく目を瞑ったり、未来視をしようと強化を高めたり、色々とやってはみた。あの時は世界から緑色の影が溢れていたが、どうもまだ出来そうにない……。僕が無理っぽいと伝えると、魔力が足りないのでしょうかとクロノアデアは良い、僕に魔術をかけてからもう一度試す様に言った。
彼女がやった魔術はおそらく催眠術だ。魅了属性なんて言われている人の思考や体調に影響を与える属性があるのだけど、その属性を使って僕の心のタガを外したのだろう。なのだけれど、僕はテンシさんと言う神から自分に悪影響を及ぼす魔術を自動で解く加護を貰っていたため、かからずに弾かれた。自分で使った強化の魔術とかは効くのだけれど、他人からの干渉は何らかの影響で加護が切れるまで一切を受け付けない様だ。ありがたいが、どうも困る。
「おや? 魔術がかかっていない……? どうしてでしょう。」
クロノアデアは僕に加護を与えている神の詳細やその加護自身の詳細を知らないため、事情を話すと驚いた顔をした。
「なんと、危ないではないですか。」
彼女の発言がよくわからなかったので子細を尋ねると、どうも他人から魔術が効かないという事が毒物の様な、非魔術的な害に対しての手段が取りづらくなるそうだ。まあ要は、加護によって魔術である呪いはかけ難くなるが、同じ様に治癒の魔術もかけ難くなるみたいな話だね。比熱が高ければ熱し難いが、みたいな物と似てなくもない。そこら辺は一長一短だ、クロノアデアの様に実際に生命の危機があった時に対処できる、実力のある人からすれば煩わしいのだろう。
仕方がないので、自分で催眠をかける。いつもやってはいるが変な感じだ、催眠という物は。独特な感覚がある、頭にモヤがかかり何にも考えられなくなる。どうも好きになれない、そもそも意思を歪められるのが好かん。まあ便利だから多用しがちだけど。
ブレーキを踏まないと言う条件で、僕は再びあの影を召喚しようとしてみたが、上手くいかなかった。うんうん唸ってみてもダメで、催眠を解いて制心術をかけ直しておく。
ああ、先程いつもやってると言ったのはこの制心術の事だ。自分にそうかっかするなと命令し続ける事で怒りをコントロールしやすくなる。僕は怒りっぽいと言うか、ヒステリックなのかは知らんがどうも我慢ならない事があるとなまじ有している莫大な力で物事を解決しようとする節がある。それをどうにかしようと言う事で、自分へ催眠をかけるのだ。
実は補助輪みたいな物だけれどね、この魔術は。自転車に乗れる様になってからは補助輪があると乗りづらくなる様に、怒りを抑える術が学べて仕舞えばかえって精神に干渉するこの魔術は心をコントロールするのに邪魔になる。例えば催眠魔術の様に心を乱す様な外的要因があれば話は変わってくるけれど。でも、自分に常日頃から催眠魔術をかけるせいで、そう言った類の魔術に過敏になり耐性もつき、この魔術が活躍する事も少なくなってくる。中々不憫な魔術だ、必要とする人に応えるだけ応えたら、じゃあもう要らないやと求められなくなるとは。まあ僕は使い続けるが。
「坊ちゃん。今日の試合はいくつか危ない所がありました。ですが、危なくなった所からの対応は素晴らしかったです。明日の試合も楽しみにしていますからね。」
そうクロノアデアに言われながら、僕は命を落としかねなかったあの試合の『後』のことを振り返った。
僕は試合に勝った後、クロノアデア曰く魔法である影のことを思い出していた。僕に世界を見せて、無理やりその世界を無かったことにしたあの影。僕には打った感覚がない、もしやと思ってクロノアデアの方を見つめると、彼女がポミエさんと一緒に喜んでいる様子は目に入ったが、それ以外は特に見えない。魔力は未来視をした後に体を超強化してしまって大きく減ってしまったため、よく分からない。死を実感して極限まで高められた脳のパフォーマンスと、魔力によって高められた思考速度が産んだ幻覚だったのだろうか。そんな感覚さえも抱きつつ、僕は舞台へ投げ込まれる花束や賞賛を受け取りながら退場をした。
今思えば、胸が痛くなるほどに心臓は脈打ち気分は高揚していた。だからだろうか、いつもは気づいただろう違和感に気付けなかった。
身なりが綺麗な大男が、試合が終わりクロノアデアと合流しようとしていた僕に話しかけてきた。曰く『君はクラリス・バートリーの友達かな?』と、クラリスバートリーさんは、僕の班にいる侯爵令嬢なので騎士の子供であるとされる僕が友達と言うには恐れ多いが、などと言って知人であることは肯定した。
すると、彼は僕に話があるんだがと人通りの多いところでは難しいと言って物陰に移動したがった。身なりが良い人からの言葉に断るにたる理由は咄嗟に思いつかなかった、僕は彼に従うほかなかったのだ。
クロノアデアへ向けて遅くなると伝令の使い魔を飛ばし、僕は男について行った。移動しながら話を少しだけ聞くと、男はバートリーさんの使用人だそうだ。バートリーさんは、彼女が侯爵家の子でありながら魔術的才能に恵まれない状態であるために、政治的にも精神的にも今はかなり危うい状態にあるそうだ。何か手助けがしたいのだが……と言った具合らしい。
そこで、一介の生徒である僕に何しろって言うんですかと聞いてみたのだが、それに関しては移動し終えたらと言うことで、僕達は人がいるはずもない空き教室へと身を潜め、コソコソと話すこととした。彼曰く、僕には彼女は何かと付き合いが悪いだろうが親しくしてやってほしいだとか、そんな事なら往来で話せと思ったがまあたやすい事だと二つ返事で安請け合いをすると、それだけでは無いだとかと言ってきた。
「君には、明日の夜に学校の地下、ある教室に来てほしいのだ。君を公爵家に纏わる者と知っての頼みだ……。」
そう言われると、首を振ることはできなかった。バートリー侯爵家の下使いか何かは知らんが、そこまで知れ渡っているとは。フロワユースレス公爵家次男、秘密裏に育て上げられたこの僕を、一介の侯爵家風情が……。
「それは、この僕の家が公爵家に高く買われているという意味でですか?」
「いや、私や一部の者は君の生まれを知っている。赤い館も、その容姿もな……。」
一応確認してみたが、本当にバレている様だった。まあ、それも仕方がないか。そもそも神子と言う制度ができた最初から、帝王とこの国の公爵家当主なら全員が知っていることだ。侯爵家の腹心とかなら知っていてもおかしくはない。それに、公爵が急に取り立てた騎士の家の子供が破茶滅茶に強い、その上公爵の前妻にそっくりだ。なんて事は、もはや十分すぎるヒントだ。気づく人なら余裕で気づくか。
「繰り返すが君の身分を知っての頼みだ。お互いに隠し事のある身だ、この事は誰にも言わないでくれ。当然のこと、手伝いと口止めに相応の対価を払う。詳しくは、明日の夜に……。」
そう言うと彼は魔術で姿を消した。先生が校舎の見回りに来ていたのだ。教室に取り残された僕は教師に見つかり何をしているのかと問われ、明日の試合が不安だったのでだのと、少女の様な見た目を存分に利用して誤魔化しておいた。
クロノアデアの香油を使った按摩を受けながら考え事をしていた所、どうやらあまりの気持ちの良さに眠ってしまったらしい。僕は気づけばまた邪神共の作ったゲームの世界に入っていた。
「眠ればこの世界に意識が飛ばされるって言う魔術の性質上、もしかして試合中に気絶したらここにこれるのかな?」
「さあ。しかし冒険者tokage、貴方は以前こちらに来る為に自ら気絶をしていた覚えがありますが。」
なるほど、それは確かに。順当に行けばこちらに来させられるのか。だが、先程の質問に答えたナビさんが、こちらに来るには意識の濃度を鍵としているのであまり浅い気絶では来れませんよと言った。初耳だ、そんな物を測っていたのか。まあ、神の力であればそれも可能であろうと頷ける。
そんな戯言をほざいているうちに、少し違和感に気づく。僕の部屋が広がっている。それにバスタブまで置かれてる。それに備品も新しくなって、少し部屋が少女趣味だがセーフルームがお洒落になってるぞ。前に一度備品のカタログを見させてもらった事があるが、こんなに部屋を改造するお金なんて僕達は持ってたかしら。
「ああ、それはですね。貴方と私は──」
「サプラーイズ! じゃじゃーん! ルサルカお姉ちゃんの登場でぇーす! ビックリした? 驚いた? どうどう!?」
『どうどう』だなんて落ち着いてほしいのはこっちだ。ナビさんの言葉を遮り、水妖であるルサルカさんがバスタブの中から飛び出した。部屋に水が飛び散り、ナビさんのコメカミがヒクヒクと動いている。なんだ彼女怖い物なしか?
「飼育者tokage、貴方にもし飼い主の自覚があるなら家畜の躾ぐらいはキチンとする事ですね。」
ナビさんが僕に怒ると、ルサルカさんは僕と一緒に平謝りをして許しをこうた。まあ彼女も仲間なもんで、ナビさんは彼女を許し遮られた説明を再開した。曰く、ナビさん、彼女は僕とアカウントを折半して作られたキャラクターの様な物で、僕がログアウトしている際にも耐久値の減った道具の手入れやポーションを作成することが出来ていた。僕の代わりにプレイヤーとなってこのMMORPGを攻略する手助けを今までもしてくれていたのだ。
しかし、今回はそこから更に一歩踏み込んで、ルサルカさんやエリィさん、僕達二人に協力してくれるキャラクターを引き連れてレベル上げやお金稼ぎをしたらしい。ゲーマを楽しんでいる人の中には余計なお世話と感じる人もいるのだろうか、僕はゲームをプレイしたくてしている訳ではないのでナビさんの行動をありがたく思う。
「1日に1時間程度も遊ばない貴方に任せっきりでは一向に攻略が進みません。今回は私とあの神の判断で進めておきました。」
まあ、パーティ全体のレベルを上げるのに時間がかかっては邪神の目的も達成し辛いのだろう。そこもいい、後は僕が作られたレールの上をしゅっぽしゅっぽと走るだけに整えたのだろう。邪神の思惑通り動いても良いのか知らんが、動かなければ僕は殺されるのだろうし仕方があるまい。そんなこんなで僕はレベルが上がって死にづらくなったルサルカさんを率いて、ナキ村へ向かう事としようとしたのだが、そういえばエリィさんがいないことに気づいて聞くと、ナビさんから彼女には今、彼女が作ったポーションを街へ売りの言ってもらっているらしい。
「逃亡者ellieは水中では戦えないので今回はお留守番になります。」
エリィさんは弓を使って戦うらしいから、水中では確かにあまり役に立つ事はできない。なのでレベルは上がったが今回はあまり戦闘に引っ張り回す事はできないので、それならいっそと言う方向性らしい。百理あるので、それじゃあと三人でナキ村へ行く事となった。
ナキ村は悪神と化した土地神によって水没した廃村で、その神を奉る教会の内部に、神を悪神へと変化させたと思われる魔法使いの拠点のある異界へと繋がる扉がある。そこへ水中を泳ぎながら辿り着いて扉を潜れば、幻想的な異界へ辿り着き、その世界にある沈没船まで真っ直ぐ進む。すると、魔法使いの拠点であった廃船があり、その中を探索に……。
レベルアップの効果は凄まじい様だ。ある程度の時間がかかると思っていたのだが、物の数分もかからずここまで辿り着けた。誰も負傷せずのトントン拍子だった、驚き桃の木なんとやらだ。
「では、探索をしましょう。まずは立体的な大型の魔法陣を仕掛けられる様な大きな部屋を探す、で良いですね?」
ナビさんが船内へ入る前に確認してきたので、そうだと大きく頷いた。ルサルカさんも前回と比べ実力が上がっているのを認識してか、張り切っている様子だ。しかし、魔法陣がある部屋には今まで敵として戦ってきた魔法使いの使い魔が、より強大な物で設置されているであろう事は確かだ。いわば中ボスだね、それの実力が如何程かわからない以上、過度に緊張する事は言わずもがなだけれど、しかして緩みすぎた状態で行っても行けない。しっかりと気をつけて行ってほしい。
僕がそう注意すると、ルサルカさんはニコニコとしながらはーいと気の抜けた返事をした。本当にわかっているのだろうか……?
ルサルカさんには言っていないが、今回の探索ではノートを探す事も目的のうちの一つだ。前回この船を探索した時は『悪神の造り方』と言うノートをこの船の中で拾った。当初、それを今回ナキ村を神を使って水没させた魔法使い張本人の研究ノートかと思ったが、どうもこのナキ村の惨状を解決しにきた別の人物のノートだった様だ。悪神の作り方を研究し、それから逆算する様に神の戻し方を探していたようだった。
で、あるならばだ。諸悪の根源魔法使いの研究ノートが別にあっても良いだろう。そう思って探すことにしてるのだ、それは彼女の状態が一因でもある。彼女は元々悪神になる前の土地神に仕えていた巫女さんで、神が悪神と化したこともあり、その死後にも水妖として生きる事となった女性だ。悪神によって生きていたとしても不思議ではない。その状態で神を無条件に退治してしまってはどうなる?
最悪、僕は彼女を殺すことになる。それは避けたい、避ける為に神をノートの著者と同じ様に元の神へと戻す必要があるのだ。前回のノートの著者がそう言ったノートを見逃しているかはわからんが、未だにこの異界で魔法使いが仕掛けた魔法陣が機能を保っているのだから、少なくとも魔法陣がある部屋は調べられていないのだろう。まだ調べられていない部屋だってあるかも知れない、それならば探索する理由には十分だろう。
と、言うことでドンドンと船内を散策していみたのだが、船内は思いの外広かった。まるで学校の校舎の様だ、外見ではそこまではなかったのでこの船すらちょっとした異界とかしている。異界の構成主である魔法使いは、まあ神を変質させるほどの実力であるので当然と言えば当然だが、恐ろしく強い。正直に言って面と向かって敵対するのが怖くなるレベルだ。
そう考え始めた頃、船内の廊下に突き当たりが見えた。大きな扉がある、外からでも並々ならぬ魔力を感じる。迫る敵は確かな手応えができ始めているが……門番の姿が見当たらない。そんな事あるのだろうか、不安になりながらも歩を進めた。
警戒をしていた。しかし扉にナビさんが手を当てたその時、急に僕らの周囲が暗転する。この異界の主である魔法使い、空間魔法の使い手だったな。どうやら相当の腕前の様だ……!




