交友関係が女性ばかり
世界を朱に染めて行く夕焼けが綺麗だった。暖かな色に変わっていく他とは対照的に、雲は黒く影に染められ、橙色をした石造りの校舎がまた美しい。ドロシー先輩は僕の手を引いてランタンをつけて遅くまでやっている出店を周っている。フルーツの串焼きにタコの串焼きにホットドッグ……まあ、油や飴と言ったものが貴重なのだけれども、そう言った中でも美味しくて売れる物を作る創意工夫が見えて楽しい。ただ、少し困ったことがあってドロシー先輩はそう言った物を見つけては一つ買って僕に食べさせる。いや、全部を食べさせるわけじゃなくて一口あげるねとか、もう一口あげるとか言葉を凝らして半分くらいを僕に食べさせるのだ。半分くらいになった物を彼女が食べて、同じ時に同じ物を食べると言う行為を楽しんでいる様だった。
「美味しいね! あ、野菜のジュースだ。食べてばっかりだったし、一緒に飲む?」
遂には一口飲むとかすら言わなくなったぞ。完全に家族感覚だな……まあ、構わないけどさ。お金を彼女が払ってばかりだったので、今度は僕から二人分注文してお金を渡す。店主はサングラスをつけた胡散臭いおじさんだった。何処かで見たような気がする。僕の目は美術で鍛えた目だ、動体視力の他にも空間認識や視覚的経験と結びついた物の記憶に関してはそんじょそこらの人間とは一線を画す自信がある。
「あん? なんだね、儂の顔になにか……お前は、あの時のガキ……。」
おっさんが口を開くと、ニューロンが一気に繋がった。ああ! 市場で僕にお小遣いくれたオッさん! 忘れているだろう、実は僕は帝都に訪れたばかりの頃、市場に観光に行き、そこで霊感商法の片棒を担ぐ事になったのだ。悪意はなかったが、今思うと旅先だからとはしゃいでハメを外してしまっていたのだろう。いや、悪意なしで霊感商法を……? まあいい。なんだか我ながらヤバい奴があるが……。ここではやめておこう、ドロシー先輩にそんな醜聞を知らせたくない。
「先輩、野菜ジュースです。よく冷えてますね!」
半ば無理矢理にも思えるほど強引に彼女の手を引いてその場を離れた。向こうも何か察したのかあるいは興味がないのか、なにごお無かったように商売を続けた。何も考えずに歩いて行き着いた先は、校庭の一角にある噴水だった。四つも寮のある広い学園なので生徒には地図が配られている、だからあることは知っていたが……噴水、日本の様に高温多湿である場所ではあまり有り難がられずに人気がないが、ヨーロッパや北米の様な乾燥地域では非常に人気があるらしい。ここも西洋的な地理なのだろう、白人が多い時点でわかってはいたが。いや、白人だらけではないのでもしかしたら中東やギリシャ付近かもしれない。ラテン系にスラブ系、ウラル人種だけではなく、肌の青い人や緑色の人まで多種多様なので、ぶっちゃけ気候的な物をあてにするのはナンセンスかもしれないが。
「……また考え事してる? ゲニー君。」
ドロシー先輩が僕の顔をじっと見つめていた。あまりにも驚いて飛び跳ねてしまうと、彼女にクスクスと笑われてしまった。少し恥ずかしい、笑わないでくださいよと言っては見るが、あまり期待はしないほうが良さそうだ。
「ごめんごめん、でもゲニー君のその考え込む癖、治したほうがいいよ?」
まあ、わかってはいるが。わっかた所で治せないのが癖というものだ。治せるんだったらそもそも癖になってない。まあそれを面と向かって口にする程の度胸はない。また考え込む癖が発動しかけると、彼女が手を取って僕にキスする勢いで顔を近づけた。
「ほら、また。」
彼女はそう囁くと、僕から離れて噴水の側に腰かけた。それから足をばたつかせて、『お仕置きはこれで十分かな。』なんて言ったりもした。
「今日の昼の仕返し。知らなかった? 私ってしつこいの。」
そう言って彼女はにっこりと笑った。暗がりだからだ、彼女が可愛く見えるのは。そう思わずにはいられない程、なんだか彼女は可愛く見えた。頭を振って雑念を消す、僕は小児性愛者じゃない。いや、肉体年齢的には彼女の方が年上だけれども!
「ゲニー君ってあの灰色の方のメイドさんが好きなんでしょ? 今日のコース覚えてる? 明日、今日と同じコースを使ってみてよ。結構学校の中でも良い景色の所を選んで見たんだけど……。」
ドロシー先輩……! 僕は、少し感動で声が出なかった。彼女は、つまり、僕の姉として僕の恋路の面倒を見ようというのだ! いや、そこまでの思惑はないのかもしれないが、ただ何と無く僕とクロノアデアの思い出づくりに手伝えば僕が喜ぶだろうと思っての行動ではあるのだろう。微妙に大きな違いだが、それでも彼女の行動は確かだ。
「ありがとうございます、喜んで明日の参考にします。」
そんな一件もありながら僕達は一緒に手を繋いで帰っていたのだが、すっかり暗くなってしまった時分に一人、校舎の中に駆け込む姿が見えた。僕の目では女生徒、それも低学年の子供に見えたが……。ドロシー先輩も何かが校舎に入って行く様子は見えたものの暗がりだから僕程は見えなかった様で、全く分からなかった。まあそれも仕方がないことではあるが、まあいいや、明日に備えて帰ろう。明日はドロシー先輩より強い敵だ、多分。氷のエキスパートに氷で挑んだりですこし頭の悪い戦い方をした自分が原因だろうが、まあそんなもんだろう。明日はトーナメントを二回勝ち上がっただけの実力のある生徒が出るのは確かだ。氷の剣と鎖の製作だけは練習しておこうかしらと悩みながら、僕は寮に帰った。
意外でもなんでもなく、クロノアデア達への説明は簡単に終わった。ポミエさんは少し懐疑的だったが、明日に君達を連れ回すコースの下見だと伝えれば、邪推は横に置いておくとして喜んでくれた。クロノアデアは明日は強い相手と当たるかもしれないからと夜の訓練はお休みする事として、按摩をしてくれた。別に子供なので筋肉痛に関してはあまり必要はないのだけれども、彼女の魔力の篭った手で全身を揉みほぐす按摩は中々に気持ちがいい。僕と彼女の魔力の波長は近い。恐らく長く一緒に過ごしているからだろう、ポミエさんとはそこまで近くはないので、狭い空間で彼女と魔術を撃ち合う訓練だったり元々の相性もあるんだろう。魔力の性質は性格とも影響があると言うので、魔力の相性が良いと言うのは性格も相性が良いと言うことになるので、元々の相性が良いと言う事を信じたい……。
「呆け者tokage、起きなさい。それとも、私がフルパワーでマッサージをしてあげましょうか?」
……クロノアデアの按摩が気持ちが良すぎて途中で寝てしまった様だ。目を開けるとナビさんが剣の手入れをしていた。打ち粉を使って油を取っている最中の様だが、西洋の剣の手入れを日本刀の作法でやっても良いのだろうか? 鋭さと切りやすさを求めた刀と丈夫で長持ちで鎧の上からでも大きな威力を出す事を求めた剣では、手入れの方法もだいぶ変わってくるだろうに。刃が欠けるぞ?
「良いのです、データの処理上の物であってそれ程影響はありません。」
ナビさんが心を読んで返答をしてくれた。データ上で傷んだ剣を直していると言うことは、物にも何か壊れるポイントとかがあるのか、こう、100ポイント貯まれば壊れるみたいなデータが。
「耐久値と言います、壊れるポイントなる珍妙な名前を付けないでください。」
耐久値なる物は減点式で、物によるが大体60%くらいになると性能的にガタが来て、30%で目に見える傷がつき始め、耐久値が0となってしまうと完全に壊れてしまい、残るは廃材だけらしい。大体、75%くらいでアイテムボックスに入れた時の名称が傷み始めた〇〇の様に変わるのでその時点で手入れするのが一般的の様だ。今までも、ナビさんがちょくちょく僕がログアウトしている最中に僕の管理者として装備を手入れをしていたらしいが……まあ、大変に感謝をしておこう。言ってくれれば気を使ったのに。
「感謝も手伝いも結構です、あなたのログアウト中が暇で仕方がないからやっているだけなので。」
それは、どうも。まあそう言った馴れ合いもぼちぼち、今日のプレイを初めて行くことになった。今日はルサルカさんのレベル上げだ。彼女は僕やナビさんとは違い、水妖と言えどもこの世界の住民であり下手したら死んでしまうので、レベルを上げて彼女が出来る限り安全にゲーム攻略できるまで育て上げるつもりだ。早速、お金稼ぎの闘技場と経験値稼ぎの戦場跡と思い出してそろそろと歩き出そうとしたが、尻尾を軽く踏まれて止められる。
「待ちなさい小動物tokage、貴方は目立つ。どうせオンラインプレイをしていたら醜悪な者達が貴方を拘束して、ゲーム進行を滞らせる。オフラインで行きましょう。」
醜悪な者達? ああ、人外どもか。この僕が夜になったら強制的にプレイさせられるゲームではキャラクリエイトが自由過ぎて僕の様に人間という素体で他の哺乳類であったりだとか、顔が三つもあったり手が何個もあったりだとかと言う頭のおかしい構造をしている事もある。多分彼女に取ってはその構造が気色悪いと思っているのだろう。確かに、骨格の謎とか、色々と僕も感じるものがあるが……。
彼女の助言に従い、僕はナキ村に移動した。ナキ村でも僕の事を探している人ならもしかしたら遭遇する可能性があるが、まあ僕は水中を泳いで姿をくらますことができるので大丈夫だろう。という事で、ルサルカさんをスキルで召喚する。今までは諸事情で使っていなかったので初めて使う、青色の光が空中に魔法陣を描き、神々しいと言う感想を抱くまで光る。魔法陣から踊る様に、あるいは水揚げされた魚の様にルサルカさんが飛び出してきた。いや、なんと言ったら良いか、流石に引く。
「やっほー! tokage君! 元気してた? やっと呼んでくれたね~ありがとー!」
ルサルカさんが出てくるなり僕に抱きついてきた。彼女は水妖、基本的に水分が体表から失われると相当にまずい事になるので他の多くの魚類や両生類の様にぬめっている。ヌメヌメした物は水分を保ちやすいのだ、だけれども、彼女の様に人間の姿でヌメヌメされているのはそこそこ精神的にくる。水中なら別に粘液もそこまで気にならないんだけれどもね。
事情を説明して今日の予定を話すと、彼女は自分のために手間を取らせて云々と謝礼をしたりだのなんだのしてきたが、まあそんなのはどうでも良い事だ。僕のせいで彼女に死なれたらトラウマになるし、僕にはそう言った僕の都合があるのだ。まあ言っても特にメリットはないので口にしないが。
それで、僕達は一人と一匹と一機、計3ユニットでナキ村をウロウロとし始めた。一人のカウントはルサルカさんなので下手したら二匹(妖怪と動物)と一機カウントで人間は一人もいないことになるが。
「愚考者tokage、無駄なことに思考を馳せる事も結構ですが、前回の持ち帰った本を読んでみてはどうです?」
装備が過剰に整った剣士と、水中を自由自在に泳げる槍使い、正直に言って僕は予備の予備の様な役割だったのでナビさんは本を取り出しながらそう言った。タイトルは悪神の作り方、内容はわからない。魔法がかけられている他、文字が暗号化されている。古代エルフ語、上代王国語、それにたぶん……ドワーフ語か? 色々な言語が混ぜられている様だ、それに、文字の形が露骨に違うから上記三ヶ国語がわかったんであって、文字の形の似ている言語に関しては入ってるか入ってないかは全くわからん。帝国語も入ってはいそうだがよくわからん。なんだってここまで厳重に、まあ神の作り方とか明らかに悪用されたら行けないものだけれども。
まあ、とは言え今回の事件は明らかにこの悪神の書物が悪用されたケースだろう。ただ、僕の世界に住んでいない普通のプレイヤーがこれを読めるとは思えないが、もしかしてこの本は解呪とかできるのか? わからんが……。読む限りわかった単語は神、信仰、水、免罪符、矢、泥、春、修羅、君、小人、虜囚、精神的……くらいか。400くらいのページをめくって手に入れられた情報はそれくらいだ。いや、魔力とかニガヨモギや一角のツノだの魔法陣だのそう言った入ってて当たり前の物は省いている。修羅は常に怒り狂っている者という意味を持っているのでそう訳した。春の前に持ってきたのは趣味だ。
「何かわかりましたか?」
「いや、多分無意味な単語が散りばめられているから、わかったものはコレを書いた人は相当にこの内容を相当見られたくないらしいってことだね。」
そんな事は既にわかっていますと詰まらなそうに吐き捨てられた。まあ僕が悪いんだけれど。水とは書かれているのは恐らくこの水没させられたナキ村に関連しているのだろう……いや? それは……マズくないか? もしかしなくてもナキ村の神が悪神に改造された? ルサルカさんは神の加護を受けた女性だ、ナキ村の聖女なんだ。だから、悪神を倒すとなるともしかしたら神の加護を受け取っている彼女の身に危険が及ぶかもしれない。おいそれと神を倒すのはまずいな……。いや、神は倒さなくともどうにかなるのか? そうか、推定悪神になったナキ村の神を元に戻せば解決するのだろうか。水の神だ、魔法使いが絡んでいてもどうにかできるやも知れん。本格的に読み進めねばなるまいが、面倒だなぁ。しかしさっきも言ったが他のプレイヤーがこの本を素で読めるとも思えん、何とかして読む手段が用意されているだろう。
「暗号の魔法を解くアテなどは無いのですか?」
ナビさんが襲いかかってきたモンスターを剣で三枚におろしながら尋ねてきた。水中を素早く動けるルサルカさんが遠くにいるヴォジャノーイと言ったモンスターを槍で攻撃するなりでおびき寄せつつ、近くまで来た奴を僕が水上へ魔法による攻撃で跳ね上げ、ナビさんが剣で倒す。そしてそれでも撃ち漏らした物は僕が石の槍を飛ばして倒す……彼女にはやっていることが単純であり詰まらないのだろう。まあ僕にとってもそうだ、魔法陣を組んでオートマチックにやってる行為なので、魔力が減る感覚だけしかない。お陰で解読に集中できるのだが、彼女は僕よりも他の誰かを頼った方がいいと考えた様だ。彼女の考えに僕も同意したい、この本を書いた奴はふざけている。こんなん暗号を考えた奴以外誰が読めるってんだ、誰にも読めないなら残さないでもいいじゃないか。そもそも、何処の誰がエルフドワーフヒューマン、三種族の時代の違う言語を扱えるってんだ。僕でさえ片言でしか話せないぞ! エルフや不死属と言った長寿ならギリギリあるかも知れないが……。
「ではエルフを頼りましょうか? 知り合いがいるでしょう、丁度貴方に友好的な。」
ナビさんが言ったのはエリィさん達の事だ。オソレヤマに住むエルフ達の中の混血の人だ。以前、エルフとヒューマンで紛争が起きていた時にエルフ側としてヒューマンの街と基地に甚大な被害をもたらした事で、僕達はデータ的には人間だけれども歓迎されている。彼らなら古代エルフ語は読めるだろうし、王国の古い言葉ももしかしたらわかるかも知れない。ドワーフとは……どうだろうか、少し微妙だけれども、まあ解読が楽になる事は確かだ。
ルサルカさんに事情を説明して、さっそく僕らはエルフの隠れ里に向かった。




