乙女ゲー
簡単に、僕は人が嫌いではある。『ここで僕は人が大大、大好きなんだ!』と言っても仕方がない。まあ、好きな所もあるが。物事は基本的に多次元構造的と言うか、複義的と言うか、コレだとはっきり出来るものではないし、人間の好みだってただ一つの形にはならない。みたらしの様な甘さも好きだが抹茶の苦味も好きだと言う人間もいようし、餡子は苦手だが羊羹は好きだと言う人間もいる。洋画より邦画の方が好みだと思うが一番好きな映画は洋画であるだとか、好きなタイプは大和撫子なのにアメリカ人女性と結婚する人もいる。人のある一側面は僕の嗜好の一部にとても良く合致するものの、全体的に見て好みと相反する部分が多い。それならやはり人間は嫌いだと言うだろう。
人は嫌いだ。煩わしいし、酷く癪に障ってくるし、機微が複雑だし、本音と建前を履き違えるし、自分を知らない。汝自分を知れ、まあ良くある警句だ。身の程を弁えろよ、と言う意味にも捉えられるが、ここは敢えてそう捉えずに行こう。ここでは自分の欲求やそれを果たす為に直接的に何をすれば良いかを知りなさいと捉える。つまり、何に生きるかだ。
人の中に、幸福への欲求が生きる意味に結びつかない人がいるが、それは極少数なので無視するとして……多くの場合、人は幸せになる為に生きる。ここでの生きるは生命を永らえさせると言う意味ではなく、日々を過ごすと言う意味だ。例えば美味しい物を沢山食べて魅力的な異性を沢山貪って惰眠を沢山味わう事に幸福を感じる人は、その為にお金を得なければならない。例えば人の役に立ちたい、つまり必要とされていると自覚し承認欲求を満たしたい人は、人を困難から救わなければならない。例えば立派に生きたい、つまりメタ認知で自己へ向けた承認欲求を満たしたい人は、自分に誇れる生き方を心がけるべきだ。
他人に認められたい人が汚い手でもなんでも使ってお金を稼ぎ地位を得たとしても、卑怯者だとか悪人だとかの誹りは免れない。まして、直接自分を賞賛できる、つまり自分に直接的な関わりを持つ人間は自分の悪事をそれ程知る機会があるのだから、結局、金銭ばかりに気を取られた卑しい奴だと思われて形ばかりの賞賛しか受け取れない……そんな話は滑稽だろ? 逆に、何が何でもお金が欲しいなら、他人の評価なんぞ気にしてはならない。所詮は持たざる者の恨み節だ、まあ普通に汚い手を使い過ぎたら自滅するのである程度は人道的な活動を装う振りが必要だとは思うけれど。とかく、欲求を知り欲求を満たす為の道を知れ、さすれば汝が真の願いは叶わん。
どっこい、それが人はできないのだ。無論、自己の欲求の確認が簡単な事だとは言わない。だが、人の多くは確認をしようともしないのだ。自分の真なる望みはこれだと自己暗示をかけてそれを疑わないでもいる。どうしたことか、それで人生が不幸だのと喚き散らす。違う、本来だったら幸せにも慣れたのにしなかったのだ。
でも、好きな面もある。まあ人間が一人で構成されてるわけでもなく人間の性格が全く同じと言う訳ではないのだから当然だよね。僕一人では世界全ての観測は疎か、人間全ての観測でさえ無理だ。全体を知る事ができないので推量をし考えを進めていく他ないが、偏りがない局所と言うのは理論上存在しうるが確率的に考え難く常に偏りを持っている事を意識せざるを得なく、バイアスに対し逆バイアスをかける為、中立にちかかろう偏見しか持てない。だからそれに逆バイアスをまた掛けて……なんてやってると、世界がわからなくなる。人間は何事も諦めがちだが、何事にもしつこく取り組みがちだ。こう言った考察が結果として出来上がる、まあ倒錯した思考の末に当然の帰結に至れない良い例だ。しかも文意としては同じ割合で諦めと拘泥をしているのだと言う悪魔の証明になる為、こう言った物には否定も肯定もできない。出来ることと言えばその発言にさほどの意味は無いよと至極当然の事を言うまでだ。
まあそんな戯言はともかくとして、僕は人間の立ち上がる姿が好きだ。卑屈になりながらも前へ進んだり、やけっぱちになりながらも前へ進んだり、怒りに駆られて蛮勇を持ち前へ進むのも、断固たる意志と誇りを持って並み居る敵を蹴散らして悠々として前へ進むのも良い。ああ、強大な敵を前にし進む姿は胸がすく。結果はどうだって良い、勝って奢って滅んでも、負けて滅んでも、勝ってなお栄垂不朽としてても、あまり興味がない。滅んだ方が美しいと思うが、滅ばずあるのもまた良いものだ。しかし前へ進む意志、人間とはかくあるべきだと思えるあの姿こそ、僕は興奮する。苦難は立ち向かい難いからこそ苦難であるのだから、苦難に立ち向かってこそ人間よとは言わないが、苦難に立ち向かう人を笑う人を僕は見下すし、苦難に立ち向かう人を賞賛する。立ち向かえた時点で苦難ではないよと言う人は、まあ立ち向かった本人だったら本人がそこまで言うならと思うが、その他の人間が言ったら怒る。それくらい好きだ、人間の前へ進む姿は。
「クソ……なんなんだお前は、エクストラだと? ハッ人外、確かにピッタリだな。」
そう言いながら、彼は魔術の矢を放ってきた。彼の殺意は十分だ。狙いは最も当てやすいであろう腹部に、散弾的に放たれた火と石の屑は彼の意思を反映し鋭く翼を広げた鷲のように飛び込んでくる。もし当たっていれば足止めとして馬鹿にならない効果を上げていただろう。当然の事のように攻撃が外れることを予期していた彼は、次の一手のために使い魔として魔術生物を作り上げていた。大鷲の使い魔かと思ったが、もっと原始的な、形を成していない火の塊だった。口の様な部位があり今まで彼が撒き散らした石屑を食べて成長をしている、敢えて言うなら無形の獣かなあ。まあ面倒なので潰そう、氷の槍を囲む様に飛ばして結界を作る。それを結界に利用すると……あっという間に氷の檻だ、飼いならされていない獣は檻に入れないとね。使い魔に大量の魔力を渡せば抜け出せるレベルに抑えたが、そうした先に待つのは魔力欠乏。勝つためには我が子を見捨てるしかない。だが、基本的に魔術師は作品に愛着を持つ。目を見開き一瞬の戸惑いを見せる、それが命取りだというのに。
僕も簡単な魔術生物を作り飛ばす。時間が無い為簡単な命令しか出してないが、その代わりに7体も作った。命令は目の前に入る魔術師を囲み、結界を作って僕に結びつけろと言う物だ。早い話が氷の檻を作った時の槍の様な役割を果たせと言う物だ。彼は焦った様な顔をして、しまったと呟きかけた。実際どうなのかは知らない、言う前に魔術生物を変換して作った氷の鎖で雁字搦めにしてしまった。バランスを失い倒れた所で猿轡になっていた部分の氷を壊して口が自由に動く様にする。
「降参します?」
自信たっぷりニヤニヤしながら聞いてあげると、悔しそうな顔をして負けを認めた。……ああ、残念だなぁ! 今回はもう少し抗うかと思ったのだけれど。まあ僕は困難に立ち向かう姿が見たいのであって弱者をいたぶる趣味はないので、ここで終わって良かった様な気もするが……。
僕は順調に勝っている。いや、順調に公爵家にまつわる者でない事をアピールをしている。フロワユースレス公爵家は土の蜘蛛と水の蛇の神の家だ。その神を使役できなければその家の子ではない。だがしかしそれは証明不可能なので、別の神の家だと思わせる事とした。それが氷の檻を多用している理由だ。神の形は、一般に生物と無生物では無生物の方が格が低い。ホムラビみたいな中途半端に人の形をとっていても格がやや低い神ととても高い神とがいて、人の形をしてるから格はどうだと決めるのは少し難しい話であるが、無生物の形を神がしていていたら基本的に格が低いと見ていい。まあ、大抵の無生物、つまり道具と言うのは人が使う為に作られた物だから、当然といえば当然だ。剣でも鍬でも槌でも、人間が使う為に作った存在だ。その形を取ると言うことは、人間に使われる事を意味している。包丁が一人で歩き出して人を指すことはない様に、そう言った神は御利益があるから崇め奉られるのであって、自らに畏れを抱かれない弱い神だ。まあつまり、『信仰したら豊穣をもたらしてあげるよ!』って言うよりも、『信仰したら俺が起こしてる地震止めてやるよ!』って言う方が信仰を集めやすいんだね。他にも、敵いっこない強大な存在ってイメージしやすかったりするのも関係するのだろう。
まあとにかく、僕は氷の檻を積極的に使う様にした。氷の檻ばかり使っていれば流石に何かあるんだなと思えるだろう、いやまあ初日でだいぶ暴れたから、手遅れ感はあるが。
「やぁ、チェルトルカさん。疲れただろう、水はいるかな?」
僕が腕前を見せつけると、四人の男子たちが駆け寄ってきた。鬱陶しい、なぜ僕が野郎にアピールをされにゃならないんだ。ホモセクシャルか? 悪いが僕は男性をそう言った視線で愛せる自信はない。ただ彼らも前回の事から少しは学んだ様で、僕に接触を測ってきているのは四人しかいない。いきなり何人もの上級生に押しかけられちゃ堪らん事を理解して、各派閥から一人ずつ排出された、優しそうな顔をした人だった。各派閥と言うのは、フロワユースレス家を南とした場合の北派西派東派と中立派の四派閥だ。南は我が兄は僕にお熱なのが災いして出遅れる形となる。まあ出遅れようと出遅れなかろうと他の家同様に裾にするが。
結構ですと丁重にお断りしつつ、僕は観戦様に自分で作った椅子に座った。基本的に、試合がなされてる時は集中して見ていれば良いので楽だ。もちろん、観戦している間もナンパの手が休むことはないが、生返事をしてれば良いのだ。まあ僕の試合は終わったばかりでまだ試合は始まらないので、しばらくはウザったらしく感じるが。やれ来週お茶しないだとか明日明後日は一緒に過ごさないかだの、来週になったら考えては見ますとか予定があるから嫌ですと答え続けてるのに、まだアポイントメントを取ろうとしてきて……第一、あの手この手を試そうとするのが小賢しい。考えとくという言葉には否定は入ってないが肯定の意味も入ってない、保留と言う意味だと言うのに良い茶葉を用意しておくだのなんだのと言われ、さも僕が必ず自分の誘いに必ず乗る気でいる。嫌がっている子供に四人で囲んでベラベラと、一体どう言う神経だ?
心の中で彼らは精神的に醜いなあと思っていると、流石に僕の試合から五分と経ったらしい。そろそろ次の試合が始まる事となった。僕のいるグループは数名が入れ替わった程度で昨日とは大差ない。勿論、コレは弱い人を落とす為の試合だから同じ実力の人を戦わせても意味はない。今回は全てのグループが実力に開きがある組み方になっている。恐らく、普段の授業の様子を見て組み合わせた昨日の試合で僕たちの実力を図り、上にいける子いけない子を予め決めた上でのグループ分けだ。2日で予選を終わらせると言うのに、学校側は主催者として最低限は公正に振る舞う責任とかがあるし、予選の恣意的な組み合わせは仕方がない部分もあるんだろう。そんなこんなで、今回僕の観戦する試合は弱い子と強い子の組み合わせだ、あまり見所はない。
見所はないのだが、昨日と違って観客は大勢いる。上級生が多めで、下級生は割合で言えば少ない。自惚れて言うが僕を見る為だろう。昨日の試合で僕は目立ちすぎたので色々注目されている。実際会ってどうこうするわけではないが、一目見ようとしてしまうのが人の性と言うか、子供なら仕方のないことだ。しかし、そんな事は試合をする側には関係のないこと。想定していた以上の人に試合を見られている、そんな意識が彼らの中に生まれたのか両者ともに少し緊張気味だ。
今回はお互いに純魔術師型、杖を持っている。とは言っても今回実力が上の方、上級生の半魚人は金剛杖、山伏の持つ角材をそのまま利用してるかの様な杖だが。普通は老木の枝とかステッキとか何だけれど、角材も別に魔力通せば一、二回殴るだけでゲバ棒みたいに折れて使えなくなると言うことない。むしろ角がある分だけ圧力が上がりダメージは増えるので、角材そのまま感のある杖はちょっと恐怖だ。普通に殴っても良いし魔術の補助器として使っても良いので、どう戦うかわかりづらい。
半魚人は杖を振り使い魔を召喚した。生成ではない珍しいパターンだ。前にも言ったが、魔術師は異次元に空間を作れる。そこに物をしまって置いたりできるのだが……まあ、物がしまえるのだから、生命がしまえても問題はない。発想が少し恐ろしいが。異次元にしまった物がある中で異次元を崩壊させるとどうなるかとか、そもそも魔術師でもない人は酸素はどうするのかとか、こちらから異次元への門を何らかの理由で開けられなくなった際にどうやって異次元からこちらへ戻って来る方法を保持しようかとか、色々と怖いので僕は生物に対してはあまり使おうと思わないが。まあ使い魔は物によるが魔力さえあれば大丈夫だ、何もペンやら紙だけでなく使い魔を入れる使い方は良いかもしれない。
使い魔を召喚した半魚人は使い魔に魔術の補助をさせて魔術陣を空中に描いた。その間に、対する相手、小鬼の様な外見をした人は動きながら呪文を唱えて火の玉を打ち出した。なぜ火の玉を……何か考えがあるのだろうか。半魚人の人は魔術か何かで体から常に粘液を出し保湿をしている。体が乾燥に弱いのだろう、だからこそ電気に対してめちゃくちゃ弱い。まあ人間も、流石に通電経路によるが、普通1アンペアもない内に死んでしまうから、基本的には……まあ流石に万が一でも試合中に相手を殺したくは無いだろうし雷は控えるか……。魔術師は普通雷が当たっても死なない程度には体を強化できる。まあ要は電流は電子の移動なので電子を流さない様にする、つまり体を絶縁状態にすれば、落雷時は基本的に雨が降っていてまだ通りやすいそちらを電気経路として雷が人体を通らない為、生き残れはすると言う訳だね。車に乗ってれば落雷もなんとかなるのと同じで、雷に直接耐える訳ではない。まあ魔術で放電ができるのだから雷も人によっては普通に耐えれるとは思うが……。
火の魔術は使い魔が打ち消した。魔術陣の作成は補助が切れて効率が悪くなるが、中断はされないので作成が続いている。小鬼の人は呪文を唱え魔術を雨霰の様に飛ばすが、まあ雨霰の様に打たれた魔術は使い魔がレインコートの様に弾いてしまった。霰の大きさがもう少し大きかったらどうにかなったかもね。術を完成させた半魚人の人が大きな水球を相手にぶつけ、球の中に閉じ込めてしまった。小鬼の人が成すすべもなく溺れる寸前で審判が止めに入り、決着はついた。
まあこんな物か。僕だったら距離を詰めて叩くか、あるいは使い魔を召喚したら攻撃されても無視して魔術を打つかかな。他人の戦い方を見て、自分だったらどう動くか、と言うのを想像すれば実力が開いていても少しは足しになるだろう。そんな考えの下、試合中も雛鳥の様にピーチクパーチク喚いていた人達が、君や僕の様な選ばれた人間にはこんな低級な試合は面白くもなんともだとか何だとか言ってきた。彼らの話よりかは面白いと思うが、まあそこは黙っておくとして、私は面白いと思ったのですがとだけ言っておく。つまらない輩だ、僕の発言で黙ってしまった。本当かいと冗談めかして聞くなりなんなり会話を続ける方法は幾らでもあるだろうに。まあ黙ってくれるのは嬉しいことだ。
次の試合はまだかなぁと思っていると、近くにいた男達が下がって行くのが目の端に映った。あんなに五月蝿いのが何故急にと思って顔を向けると、隣に石造りの豪華な椅子とパラソルが作られて、そこにメリケン顔の男が座った。お兄様だね、流石公爵嫡男様は下々の扱い方を心得ている様で。お好きな相手の隣に座る癖に、随分と粗野な行動をされる様で。
「隣、座るぞ。」
ええ、座られている様ですね。取り敢えずそう返しておく。話す気は無い、まあ無理にこちらに迫ってくるとか色々やらかしているのだから納得できるだろう。そう思っていたら、しばらくの沈黙の後、この前は悪かったと謝ってきた。いつの話だ? 何に対する謝罪かわからないので、気にしてはいませんとだけ返す。固い会話だ、兄弟の物とは思えんな。まあ向こうにその気は無いだろう、僕にも彼の考えている気はないが。良い具合で対象じゃないか、訂正する気も手立てもない。早く始まらないことだろうか。兄の手がこちらに近づいて来たので僕は反対側で手を組んだ。兄の手が止まる、断りもせずに手に触ろうとするか普通?
「気にして、無いんだよな……?」
「気にしてはいませんよ、貴方と仲良くしたいとも思ってはいませんが。」
兄は驚いた様な顔をした。今まで彼は擦寄られるのが常だったのだろう、まあ僕だって兄弟だから冷たくあしらっているだけで、もし本当にフロワユースレス家に仕えるチェルトルカ家の子供だったら謙る程度の事はしただろう。チェルトルカの父に迷惑を掛けようとも、将来その事で苦労しようとも思わない。
気まずい時間が、流れ始めて行った。




