人類は愚か
古戦場にヘビメタが流れている。
映画にせよゲームにせよ、音楽は視覚情報以上に僕達の視聴、プレイ体験に訴えているかも知れない。スクリーンに映される映像はある程度僕達に情報を伝えなければならないが、俗な映画やゲームに出てくる音楽は別に状況説明したり何かメッセージ性を込める必要はなく感情を掻き立てさえすれば良いので、進行上どうしても興を削ぐような演出がない。だから、音楽担当が優先順位を履き違えるとか映像担当の腕が神がかってるとか監督の腕が異様に良いとか出なければ、音楽は映像より感情に訴える。もちろん、感情が掻き立てられることとその作品が良いものかは別だが。音楽がいいけど映像は適当ってただのミュージックビデオじゃんみたいなね。
まあ役割が違うんだ、オペラや歌みたいに情報を伝えるセリフを音楽に含めるなら映像とトントンかなって言う話ね。僕自身あまり芸術の体系に貴賎をつけたくないので非常にふわっとしたそんなの作品によるってだけじゃんとしか言い様がない事しか言えない。でも一つハッキリと言える事は、この動物の体は爆音が苦手という事だな……人間の体との違いからかすこし吐きそうだ。
「アップデートを入れたのですが、失敗ですかね。ロックは嫌いですか?」
ロックは好きだよ、オアシスやクイーンとかね。メタリカもまあ。ただちょっと会話に支障が出そうなレベルで音量がデカいから下げてもらえれば……。ナビさんはやれやれと言いながら青いパネルを使用して色々なパラメーターを弄り、音量を下げてくれた。こう言う時に運営の人が近くにいると有難い。
「オアシス、貴方の世界ではそんな音楽があったのですね。」
そっちにはクールブリタニアはなかったのか、世界が違えば文化にも齟齬は出ようが、残念だ。僕のなんとなしの落胆に、ナビさんは私も音楽体験を共有できなくて残念ですと返される。たしかに彼女が僕の世界の音楽を知れないと同様に僕は彼女の世界の素晴らしい音楽をしれないので、二重にガッカリだ。ナビさんが慰めかなにかか「貴方はどうも。これが向こうでのヒットソングですよ」と言って音楽をオリエンタルな物へ変えてくれた。どういう意味だ?
「しかし、ネットに接続してみるとオアシスとやらと似た様な名前の物はありましたが、貴方の記憶の中の音楽とはだいぶ異なりますね。」
そりゃあ、そうか。時代が求める音楽というものはあるけれど、良い音楽は良い音楽なのだから、僕の世界とまったく同じ物があるなら多少の差はあれ世界的なヒットはあっただろう。アニメなんぞあまり見れなかった僕が知ってるレベルで有名のロボットアニメも向こうじゃただの古い一作だったらしいし。
二人して古戦場の隅でペチャクチャ喋っていると、「おや! そこにいるのはもしやtokage氏ではござらんか!?」と言う声が聞こえた。誰だろう、こんな喋り方をする人は身の回りにいたっけか。振り向くと、ペールピンクの髪をした魔法少女が立っていた……ああ、そういえばそんな人もいたなあ。
「ひさしぶりですにゃあ、貴君のお噂は予々聞いておりますとも! 今回は如何がしたのですかにゃ?」
如何したと言われても、別にただの金稼ぎだ。防具や武器と言った装備が欲しいからお金を稼ぎに。それ以外ないだろう? 素っ気無く答えた。僕は彼がなんとなく苦手だ。何というか、パワーあるヴィジョンを持っている気がする。小綺麗で可愛らしい魔法少女のような容姿の奥に不衛生な小太りと言うステレオタイプなオタクの像が若干見えるんだ。僕が他人にそこまで負の感情を抱くとは思えないので、ゲームシステム的な物だろうか、あれは一体何なんだ……。
「おやおや、それならここよりももっと良い場所がありますぞ? 何ゆえそこにいかでおられるのかにゃあ?」
それはもちろん良いところを知らないからだけれど。でもまあそんなに効率が上がるわけでもあるまい。ここで戦っている明らかに高レベルなプレイヤーもいるのだし、そのプレイヤー達にとってもここでやる価値があると言うことだ。それを言うと彼はいやいや違いますぞと首を振って言った、ヴィジョンも魔法少女の動きに模して動いているが、中々に気持ち悪い。子供の姿なら可愛いかもしれないが……。
「プレイヤー同士で繋がっていないとわからにゃい事ではありますが、ここはアイテムが出てカルマ値の調整ができるからいるだけですにゃ。」
カルマ値と聞いて何か記憶に引っかかる物があったが、特に思い出せない。なんだっけか。ナビさんにルート分岐の為に参照される値だそうだ。悪カルマが貯まると悪人にとしてのルートにしか行けず、善カルマが貯まると善人としてのルートに行けるだとかなんだとか。通常だったら細かく管理しないといけないそれを、ここで出る神々への供物を善神や悪神に捧げることで弄れるらしい。ナビさん曰く、僕たちも既に持ってはいるが現段階では使えないので自動的にセーフルームに保管しているらしい。
「課金でもカルマ値の増減はできるんにゃけど、大抵はお金をケチってここで調整する人の方が多いんでありますにゃ。」
そうか……そう言えば、僕のカルマ値はどれくらい行ったのだろう。ちょっと気になると言えば気になるが、怖いからやめておこう。僕はこの世界では2回ほど反人間側として戦ったし、そこで人も死んだ。相当だろう。罪はあまり自覚したくない、自覚して神が赦すならともかく、信心深くない僕にその保証はない。
「現在は中道寄りの悪ですね。まあ気にしないで下さい、運営からの視点ですので。」
僕の心を読み取ってナビさんがカルマ値を教えてくれた。初心者の頃は誰でも似たような物になると魔法少女オタクさんは言って、例えばと言いながら古戦場で戦っている人達へ呪術をかけた。曰く、戦っている味方に強化を施したり敵の妨害をするだけでもカルマ値が微小量でも溜まっていくので、いつの間にか引き返せないほどカルマが偏っていくらしい。1分のプレイ時間で10の善カルマが溜まって11の悪カルマが溜まるとすれば1000時間を超えて来る頃には6万の差がでるんだ。意図して善悪の両カルマをほぼ等量稼ぐ人はいないので偏りは更に大きくなる。
「まあルートを選択しながら遊ぶ場合に気にする事だから、一回もエンディングを迎えていない初心者のtokage氏は気にする事はにゃいかも知れませんにゃあ。」
でも邪神側から見て悪か……まあどうでもいいか。いや、今どうでも良いと切り捨てたのは訳がある。確かに部族の英雄は対立部族から見て悪だ。かつてユダヤ教系列の一宗教がバアル神をベルゼブブだかなんだと扱ったように。現代でもよく見られる。かつての英雄が現体制に不適切だからと墓に汚物を撒き散らしてたりする奴も、外国とかにはある。居るじゃなくてあると言う辺り、言い換えて人を『it』で呼ぶ様な事をする辺り、心象は察してほしい。その点の事を踏まえると、キリスト教的な意味での神ではないこちらの世界の神、邪神から見て悪というのはやっぱりバイアスがかかっている筈だ。僕は秩序の神の生贄らしいし、彼らは混沌とした精神を好む様だしね。
でもそのバイアスがどの方向へどうかかっているのかは知らない。バイアスのベクトル量がわかれば、そりゃあ今の自分が絶対的な客観的にどうなのかなんてのはわかるけれど、でもそんな物は分かりようがない。そもそもどんな行動をしたかと言う真実がわかっても、解釈による行動の価値は人それぞれだ。客観的評価と言うものは主観的評価の平均であるのだから、人間が客観的評価を得ようとしても、自分が知り得る限りと言う閉ざされた範囲の中での評価となる。自分の所属する集団が自身に公正公平な判断を下すと思うか? マクロな事象はミクロな事象の集合なので、身近な範囲で考えて貰えば、どれだけ頑張っても完全な客観、つまり神的視点に近似する評価は得られてもあくまでそれは若干の偏りが生じてしまう。
だからこそ、まあやはり自分の中にある善悪観をしっかりと見つめ、その中で動いていかねばならないという、月並みな言葉で終わるのだが。多くの場合が他人も満足できる形に落ち着くというだけで、自分が満足できれば良いんだ、生き方なんて。善悪だとか何が正しくて間違っているだとか、そんな物は人による。僕が悪と思えば悪だし善と思えば善さ、だから邪神評価はどうでも良い。
僕は運営を軽視したとナビさんが考えた事を直感的に察知している不機嫌になる前に自論を述べたが、全然ダメだった。他人に気づかれないようにしっぽの端をグリグリと踏まれた、凄い痛い。何なんだ、気にしないでも良いと言ったから気にしないようにしただけじゃないか。
「おやtokage氏、どうかなされましたかにゃ?」
「いえ全く、ところで覚醒者Cannyan、貴方の言うより良い場所と言うものが気になると初心者tokageは考えています。」
ナビさんが僕の知らざる心情をオタクさんに教えた、僕はそう考えていたのか、知らなかったなあ! 自分の失礼を棚に上げて不満を漏らしたら更に足に込める力を強められた。素直に謝っておくと足が退かされたので、まあこの性格がダメなんだな、性格は変えようがないので踏まれないように理性を持って気をつけるか踏まれても痛くないようになろう。
「性格を直しなさい。」
ナビさんが突っ込むのでオタクさんはどうしましたかにゃと通訳の様に働いているナビさんに聞くが、流石にナビさんも温情があり僕のおふざけを伝える事はせずに上手いことはぐらかしてくれた。
話の流れで、オタクさんが言う時間効率の良い場所に来た。無論タダではなく彼に魔術孔を開ける事といくつかの魔力に関する質問とフレンド登録をする事を条件にされたが、まあそれくらいならお安い御用だ。トルコ系の女性のお願いに容易く答えたりしたらやはり女かなんて言われたので仮にも女性アバターにお安い御用だと答えるのはどうかと思ったが、女性アバター差別になると言えばなるので安請け合いした。他人の評価なんて気にしないもんね。
来たのは円形闘技場だ。見慣れていると言えば見慣れている、学園の風の寮が同じ形式をとっているのだが、それとは違いとても大きく、入り口でオペラグラスを売っているレベルだった。倍率は2~64倍を、六段階で調節できるようだが、10倍の時点で100m先にあるものを10mの距離で見えるようになるのだから、それから察することも出来るように結構な大きさになる。体が小さく建物が大き過ぎるので建物の規模がこう言った情報からしかわからない、実際はどれくらいの大きさになのだろう……? いや待て、闘技場って、それはギャンブルじゃないか。確実性のない物をアテにして金をする様な真似はしたくないぞ。ナビさんを通じて伝えると、ギャンブルと言うのは絶対に胴元が勝つ様にできているから、胴元になればいいのだと答えられた。一体どう言うことか。
「何も胴元と言ったって形はひとつじゃないんですにゃあ、これが。tokage氏、腕に覚えは?」
オタクさんが言うのは、つまり僕は賭けをする側でなく、される側になる事らしい。闘技場では選手として実際に戦う事もできるそうだ。相手は同じプレイヤーかモンスターだけれど、対戦相手を選ぶことはできないし直前まで何と戦うかすらわからない。だけど、真面目に戦っていれば出演料は悪くなく時間効率で言えば古戦場の約2.5倍になるんだとか。受付で登録を済まし、戦いたいと言えば待ち時間なしで試合に出させてくれて、手っ取り早くお金を稼ぐだけならまずココらしい。実際に賭け試合を見てみようと言われ、ナビさんの分だけグラスを買って僕達は観客席の方へ足を運んだ。
魔術を使って豆粒ほどの点が遠くで何をしているのかを見ると、僕よりも遥かに装備が強そうなプレイヤー達が剣や魔法で戦っていた。いやまあ、それは当然なのだけれど。強そうな人達だなあ。よく仕組みがわからない魔法も使っているし、エフェクトが派手で見栄えがする。
「実態の割に大げさな演出だと馬鹿にしているのですか?」
そんなことは……ナビさん今日はどうしたんだ。すごい不機嫌じゃ無いか、普段なら突っかからない事に突っかかって、僕が何か悪い事をしたのだろうけれど、お願いだから何が不機嫌にさせたのか教えてくれ。そう伝えると、彼女は驚いた様な顔をして、一瞬顔を歪めた。今朝あなたが私にと呟いて、彼女は目を逸らした。今朝? 今朝といえば、彼女が軽口を叩いて、僕がそれに返した程度だったけれども。
……ああそうか、僕が軽口を叩かれるのは嬉しいと言ったからか? ナビさんは少し躊躇ってそうですよと言って拗ねてしまった。確かに、軽口の様に発言に噛みつかれるのが嬉しいと言っておきながら、それが不愉快だとするのはひどい裏切りだ。それは悪かった、すまない、どうすれば許されるのだろう。僕の謝罪は受け入れられないらしく、謝らなくて良いですと素っ気無く返される。まあ、今後彼女の要望は可能な限り聞くこととしよう、それで贖いになるかは知らないけれども。
それで結局、オタクさんには申し訳ないのだけれど、戦う気というものが起こらず、また今度にしますとだけ伝えて今日は二人して帰ることとした。思うに人付き合いとは難しいもので、自分の何気ない行動が予想できない結果を招き起こす。それはもちろん、僕の演算能力が皆無だからと言うものによるのかもしれないけれども、それでもやはり、それは人間に共通するものだと思う。異なる文化の接触は軋轢を産みお互いを傷つけ合ってしまう。それでもなお、相手がいくら傷つこうが知ったことではなく、一緒になりたいと思えてしまうのだから不思議なものだ。
「彼女は赤子の様な物だからな。親代わりの君に認めて欲しいんだろう。」
クラゲ頭の方の邪神が白い教室で言った。確かに、自立思考存在であろうと自律しているわけじゃない。そも自律的人間はある種ファンタジーであると思う。何千年もの歴史を持った種でも自律できないのだから、感情というコードを載せられた彼女もそうだろう。彼女は人間の模倣だ。不完全であるが故に成長もしうるが、完全には決して勝てない劣った存在。
よくドン底の人間へこれからは上がるだけじゃないかと激励する人がいるが、まだ下へ落ちることのできない現状を嘆いているんだから意味がないだろう。下の階層にいる人間は高みにいる人間を見て『うわー! 自分より偉い人だ! 手の届かない存在だ! やったー!』なんて喜ばない。自分より下がいて、落ちる場所があって初めて、ああまだ自分は大丈夫と安心するんだ。
僕達はしばし倒錯した思考の末に当然の帰結に辿り着けない事がある。無計画に難民を受け入れて経済破綻すればホロコースト再びかともなるし、私達は倫理にそぐわない行動を取れるが敢えて取らないのだという事を忘れてしまえば今まで忠を尽くした価値観とともに死を待つ事にもなりうる。科学は幾千もの疑問とそれに対する検証とともに発展してきた事を忘れ、かつてのアインシュタインの様に既存の理論を疑わずにいては決して辿り着けない理もある。
その点、不完全という事は完全よりも完全性が低いという点で明らかに劣った存在である事を忘れてはならない。人として振る舞い人として思考するAIである彼女は、人という不完全な存在に寄せて作られたものだ。元となる演算存在が完全かどうかは知らないが、敢えて完全に作られなかった存在というのは、完全と比べて欠点があるというのは当然の帰結だ。それを忘れ、僕は彼女を所謂『自律的存在』としてみていたのかもしれない。彼女は彼等風に言えばNaviさんから別れて、僕のパートナー役のナビさんとして生まれたばかりの存在だ。いくつかの知識を与えられただけでこんなよくわからない小動物の世話を任せられて、彼女は人間で言う5、6歳と同じ様なものだと言うのに。
「まあ気にする事はないだろう。私達は愉快だし、彼女が不安定だからと言って君が何か困ることもあるまい。」
ナビさんの父親として、僕は生活しなければならない。そう考えると少し大人気ない行動だったのだと、無理やり与えられた地位である事を鑑みても、思わざるを得ない。彼女の親として、僕は振る舞えるだろうか。




