衝動的アクセルと理性的ブレーキ
バートリーさんがいないと言うことに気がついた僕達は、フランソワーズ君を校長先生へのパシリに行かせ、残った二人で一緒に校舎の中を歩き回っていた。一般の教員への報告も考えたが、子供が一人いないと聞いたって先に帰ったんだろうとしか取り合わないだろうし、それなら校長先生に直接話を通した方が早い。学生生活が始まって初っ端にフランソワーズは校長先生と一緒にクラスに来た。何か校長先生と個人的な関係があるんだろうと思うが、まあそこはどうでも良い。とにかく、人探しの魔術ができる僕と精神年齢的に落ち着いた行動ができるヤマオカさんとそのどちらも期待できそうにないフランソワーズ君、この中で誰か一人使いっ走りにするならまあ彼だよねと言う話さ。
人探しの魔術と言うのは、まあ僕が何度かやった事があるのでわかるだろうが、使い魔が魔力とかを辿って人を追跡するアレだ。光学的に探知する物もあるが、今回は魔力の波長を覚えていて校外にはいないだろうと根拠もなく想定しているので、魔力的な探知の奴だ。しーちゃんの一件で使ったアレね。だが反応はよろしくない、校内にまだまだ人が多すぎるからだ。帝国の軍事学校内と言うこともあり、急いで探す程の事でもないと言うかなんと言うか、半ば趣味で探しているようなものなので魔力の反応を求めてぶらつくしかない。
「どこ言っちゃったんだろうね、バートリーちゃん。」
わからないけど、もし万が一の事があったらいけないから地道に探そう。ドロシー先輩みたいな事があったら嫌だからね……。僕がそう呟くとヤマオカさんは少し引っかかったようで、ドロシー先輩に何があったのかと聞いて来た。あまり気持ちのいい話ではないしどう説明したものかと考えたが、彼女も子供じゃないのだからとありのままを伝えることとした。
「貴族って、嫌な話だね。同じ貴族でも目下の人には何してもいいと思ってるみたい。」
ハッキリとした上下関係の負の部分だよ。良いモノにも悪いモノにも、なんにせよ従わなきゃならないと言うのは。生まれで人生が決まると言うのは何も悪いことばかりじゃないけど、良いことだけしかないでは決してない。輪を乱すモノは排除すると言うアヤフヤな決まりだけで明確な差別がない現代日本だって、官僚の子供は官僚になる様に育てられる事が多いし農家の子供は畑を継ぐことを求められる。自らが築いた物や与えられた物を自らの子へ与えると言うのは当然の権利だ、それが貴族制の起こりでもあるだろうけど……。生まれつき与えられるのは障害以外何もない、人は育ちによって人格が作られ技能を身につけていく。貴族の子供は貴族に必要な技能を親の教育によって身につけやすいのだから、貴族の子が貴族になるべきだと言うのはわかりやすい話で、貴族により相応しい人がいたらその地位を譲り渡せと言うのもまあ頷いてやらなくもない。でもそれは証明不可能なことなので譲渡しはしませんって言う。
「出たよ保守派……。」
良いんだよ、歴史と伝統は守るべきだ。歴史と伝統言うのは受け継がれる理由があって受け継がれて来たのだから、そうすべきでないと明確に分かる時までは受け継いでいかなきゃ。それを判断するのはもちろん民衆だけど、判断するには学が必要だろう? 貴族制を捨て選挙制の民主化をするには民に相応の教育を施さなければならない、そうしなければそれは責任の放棄であって、そして集団自殺の幇助だ。そんなことは許されるはずもなく、それまでは愚かな民草は賢き私が率いられなければならぬのだっ!
「発想が悪役じゃん。ダメだよ、絶対失敗するよそれ。」
でも、実際にそう言う時もあるのさ。賢い人が導いた方がより裕福になる事もある、愚かな人たちが集まって物事を決めるとより貧しくなる事もある。どちらが幸福なのかは個々人によるけど、物質的豊かさだけを求めるなら前者を選ぼうね、トップが腐敗したら自分たちがそのトップを選んだ事を棚上げして革命を起こそうねって。僕がそう言うとヤマオカさんはケラケラと笑った、こう言うギリギリなジョークが通るのは嬉しい。自分で言い出しておいてなんだけど、ギリギリなジョークはいつだって受け入れられるのか不安で不安で仕方がない、真に受けられたら困る物ばかりだ。
「まあ、革新には犠牲がつきものだから、真に必要な時にするべきであって利益と損失を見極めなければいけないって言うのは同意するけどね。」
お喋りをしながらぐるぐると虱潰しに校舎を巡っていると、いつの間にか見知らぬ廊下を歩いていた。脳内のマッピングによると場所は地下だ、しかも若干周りに封印が施された扉とかもある。立ち入り禁止とか、そんな物は見当たらなかったが……。あまり居ても良い場所ではなさそうだが、使い魔はさらに廊下を進んで行けと言っている。僕のいる所は一応ただの廊下だし、取り敢えず進んで封印が施された部屋を前にしたら校長を呼んでくるか……?
コツコツと廊下を進む。途中から段々と照明が落とされていったり曲がり角が多くなっていったり、本当に彼女はここにいるのか不安になってくる。反応自体は段々と強くなっているから近づいてはいると思うのでだけれど。ふと、ちょっと待ってと言う声と共に後ろから裾を引かれた。そのまま手を握られる。どうしたのかと聞くと、ヤマオカさんが少し不安そうに引き返さないかと聞いてきた。確かに、辺りは暗視の魔術を使わなければ真っ暗で、不審者撃退用か魔術が仕込まれたゴーレムの様な物も多くなってきた。薄々ヤバいと思っていたが、引き返せなかったのだ。正直少し助かった、バートリーさんには悪いが、一旦引き返して校長を呼ぶべきだろう。僕一人ならともかくとして、ヤマオカさんと2人では行くことは出来ない。
「何も見えなくて怖い……手、離さないでね?」
彼女の心細そうな様子を見ると、どうも胸が痛むというか、何というか。ついつい返事もどもってしまう。そ、それはもちろん。と言うより、そんな状況で僕についてこられたの?
「私、貴方の存在は感じられるもん。」
うん? 魔術的な? 聞くにどうやら、彼女は僕がどこにいるとかどんな状況だとか、朧げながらなんとなしに分かるらしい。離れすぎていると生きているかいないか程度しかわからないそうだけれども、存在は感じるのだとか。一体どうしてそんな限定的な魔術が……?
ほんのちょびっとばかし恐怖を抱いて、僕は彼女のよく開いた瞳孔を見つめた。瞳孔が開くのは死んだ時ばかりではない。虹彩が目に入る光の量を調節する為に伸縮をする結果として瞳孔が開いたり閉じたりするわけだから、暗闇にいる時には瞳孔が大きく、肌を焼くような強い日差しの下では小さくなる。彼女は人に近い獣人だからあまり猫のように細い線にはなりはしないが、それでも僕にようなヒトと比べて瞳孔の変化が大きい。満月のようにまん丸な彼女の瞳孔は可愛い、確か実際にそういう研究結果も出てたんだっけか。黒目が大きい方が好感度が上がるとかなんとか。
仕方がないので、僕は手のひらに小さく炎を灯した。猫に対するフラッシュのように、瞳孔を閉じてない内にいきなり明るくすると最悪失明するからだ。光や熱を感知して作動するタイプの罠も考えうるのであまり使いたくなかったが、ヤマオカさんが転んだりしたら大変だからな。その代わり魔術的なナニかを見逃さないように片目を犠牲にして魔眼を発動し、元来た道をゆっくりと辿って行った。
明るくなって初めて彼女は自分がどんな道を来ていたのかを理解したようで、明らかに封印が施されている仰々しい扉や明らかにこちらを目で追ってきて不審者かどうかを見極めようとしてきている石像などに驚いていた。こんな危険な物を認知していて何故早く言わないのかと問われると少し弱いので、僕たちを認識して放置しているようだからよほど変な事をしなければ危険はなさそうだと先に言っておく。
彼女の子供相応の柔らかな手を引いてゆっくりと戻っていると、校長とフランソワーズ君達に出会えた。まあ態と暗くしている廊下を明るくして歩いているのだから教員に会うことは予想していたが、いきなり校長と会えるのは良い。僕は事情を話して、バートリーさん探しを手伝ってもらおうとした。
「バートリー嬢の捜索は請け負うが、君も帰るんじゃ。ここは危ないからのう、本来は封鎖するべき場所なんじゃ。」
……一瞬、少し考えた。なんでしーちゃん程度に手こずる人間に庇われなければならんのかと思ったんだが、まあ校長の立場からしたら当然の行動か。一応のポジショントークとしてそれもそうですがと抗ってみせ、どうしてもじゃと頼まれ本当は心配だけれども渋々帰る様に演出する。あっさり引き下がったんじゃあ、全体の為に冷静に動こうと努めてる僕が薄情に見えるからな。僕だって全体に含まれるのだから、僕の体面を保つ事くらいはする。
四人で道を引き返し、校長に見送られながら校舎の外まで出た。まさか演技が迫真すぎて僕が校長の目から離れたら引き返すとでも思ったんじゃなかろうな。その場合は神様の力でゴリ押しして目を欺くから無意味ぞ。別に、校長の管理下ならそこまで気にはならない、ならないが……。
「ヒロト君、これからどうする? 待つ……?」
手を握る力を強めながらヤマオカさんが伺う様に聞いてきた。まあ彼女の為に引いたのだから、僕が彼女に対して何かを抱いていてもおかしくはないが、何も伺わなくたっていいじゃないか。しかし、彼女の心配はもっともだ。そもそも何故バートリーはあんな場所に行ったのか、何故あのような場所が校内にあるのか、封印が施されるような部屋が沢山あるあの廊下はいったいどの様な意味があるのか。諸々の謎があって真実が不明瞭だ。
封印がされた部屋が何なのかさえわかればあの廊下の意味、あの廊下が校内にある意味、またそれからバートリーさんがあの先にいる意味が芋づる式にわかりそうなものだが、それを調べる伝手もない。明日本人から直接聞くくらいだが、魔術を学ぶ学校で帝国貴族つまるところ魔術師の家の娘が何か特殊な事をしていると言うのは大方家庭の事情からだろうし、それに首を突っ込みまくるのもな。今のお遊びの訓練だっておっかなびっくりでやっているんだ。彼女の家にとっては彼女は魔術が使えない方がありがたい様だけど、何か力を密かに持つ事だけは許されるだろうと訓練を施したりしたんだ。良かれと思ってなんだが、少し不安にもなる。
「ヤマオカさんはどうする? 僕は、今日何か彼女にとって特別な日であるとは思えないし……明日、班長としてどうしたのかと聞こうと思うんだけど。」
それが良いかもしれないねと言って、彼女はまた僕の手を強く握った。夕日が眩しい、探し回る過程でも凄い時間がかかった様だ。バートリーさん、何事もなければ良いもののと、僕は夕日が眩しすぎたので目を細めた。
寮に帰った僕は少し早めに訓練を終わらして、いつもの様に寝る準備をした。しかし今日は寝る前にクロノアデアに按摩を行なって貰い、そのついでとして今日有った事を話していった。なんだか今日は、色々と考えるものがあった。僕が野郎にモテモテになったり、なんだかこの学園に不信感を抱いたり……乳母と調理師に言っても仕方がないことではあるけど。まあ精神の安定の為に自分の大切な人と同じ時を過ごす事はとても重要だ。
「ええっと、バートリー家の内情に関しては少し時間がかかりますが、もし坊っちゃんが気になるなら調べる事も出来ますよ?」
それならそこら辺の調査はクロノアデアに任せて置くことにしよう。まあ基本的に調べ物を僕だけでやった試しはないが。単純に情報へアクセスする場所がないと言うのが大きいが、まあ上司なんてそんなもんで良い。会社とかなら話は違うだろうが、君臨すれども統治せずと言うか、帝国貴族に必要なのはいざという時に振るえる力と威厳だけだ。況してや神子だかなんだかになるんだったら、僕はただのお飾りで良い。
「それにしても、大会ですか。優勝できると良いですね。」
それは良いのか? 公爵家の隠し子的に。今は亡きお母様にクリソツと聞いたが、目立ったらそれが露見する様な気がする。まあ今更だから、ここでブレーキを踏んだりはしなくても良いかもしれない。むしろ目立つことにより教会から邪神共の尖兵を防がねばと保護を受けられるかも知れない。今の中途半端な状態よりよほどマシか? でもまだ学園内の一人二人に察知されただけで来てないんだよな。……まあ、おいおい考えるとしよう。
クロノアデアの柔らかな手で癒されていると、ポミエさんが今日の家事が全て終わった様でエプロンで手を拭いながら部屋に入ってきた。まだ起きているのですかと聞かれる。魔術師は夜更かしをするものだけど、確かに僕の発育を見るによく寝た方がいいとは思う。一体兄とは何処で差がついたのか、興味が尽きない……。ポミエさんは部屋の一角でパジャマに着替えると、眠れる様にと暖かいお湯を出してくれた。お茶は目が覚めてしまうので白湯はありがたい。相談したい事は話せたし、今日はもう3人で白湯を啜って寝る事とした。まあ実際には啜る事は下品だとされている為してはいないが、文化的な差なのだけれども、どうもあはれやをかしと言う物を感じられなくて少し不満だ。
「啜る事でしか感じられないあはれなんて価値がないのでは?」
ログインするなり言ってくれるね。ナビさんが記憶を読み取って、寝る前の思考に関してコメントをくれた。あまり気持ちがいい訳ではないが、ナビさんから軽口を言われる程度には近しい存在と認識されていると思えばまあ収支プラスだ。ポジティブ思考は重要だ、他人からの評価なんて余計なことにメモリは割きたくない。
「私との関係は余計な事だと?」
そう言う意味ではないけど、まあそうも取れるかもね。ぐにぐにと顔を引っ張られる。腹が立ったから取り敢えず相手の頰を引っ張るって子供じゃないんだぞ。そう思ったのだが、ナビさんは涼しい顔をしてじゃあ前回決めた通り稼ぎに行きましょうかと言ってセーフルームの扉を開けた。なんなんだ全く……。




