師匠が不甲斐ないから弟子が頑張ってた
僕はいつだって加害者だった。なりふり構わず欲望のままに動くことすらできずに、不満足なまま他人を不愉快にさせてきた。己こそ忌むべき存在だが、どうしようもなく自己愛が強いのが悩みのタネだ。最近は、世界が疑わしい。救いようのないほど愚かな人達だと思えてしまう。どうして少女の仮面の下に潜む、この隠しようのない醜悪な素顔が見えない? 本当は気づいているんじゃあるまいな。どうして、力が強いと言うだけで、堪え難いほど醜い精神性を無視してその人を礼賛できるのだろう。僕だったらこんな屑、褒めないのに。
僕は今、侯爵家の上級生に口説かれていた。口説かれると言うか、ただの動物的求愛と言うか、何というか。凡その生物が細胞によりできている様に、大きな存在は小さな存在の集合で出来ている。フロワユースレス家に与する貴族も一枚岩ではなく、ともすれば比較的不仲である血と蜜月である家もある。いやまあそこら辺がなかったら国家が空中分解しかねないから必要だし歓迎すべき場所ではあるんだけれど、まあ……要は皆んなが皆んな兄が僕を気に入っているということに気を使う人間じゃない。どの家も優秀な血が欲しいからな。同派閥の他の家より強くなりたい、上手いこと引き抜いて自分の飼い主に気に入られたい、立場の違いはあるけれど発言力を強くしたいってのは同じだ。
今日の8試合ではそれぞれに30秒もかけずに終わらせたため、そう言った優生学に片足突っ込んだ人の目を引くには十分に僕の力が示されたのだ。まあ、生殖目的に絡んできているのは見事に全員男だけれども。ここでも女性扱いさ、中性的な優男やムチムチとした筋肉ダルマ、選り取り見取りだね。クソがッ僕にそういう趣味はない! ていうかなんでこういう時に限って兄さんはいないんだ。僕を本当に欲しているというのなら、彼視点では僕が取られそうになっている今は積極的に動くべき場所だろうに。そもそも僕も試合すら見にきていなかったから、まあ仕方がない場面ではあるが。だからといって彼には人を顎で使える立場と言う物があるのだから、僕の危機には馳せ参じろよ、そういう所だぞ!
「すみません。同じ彼の家に従う者同士嬉しく思う部分もありますが、歴史の浅き家故皆さまの様な高貴な方には気後れしてしまいます……。」
本当に浅ましい奴らだ。僕が強いと言うだけですり寄ってきて、恥という物はないのか。強い個体に惹かれるってお前らは畜生じゃねーんだぞ、動物ではあるが。人としての尊厳とかそう言ったものはないのか、おん? めんどくさくなって来たので適当にトイレに行くだの理由をつけて席を外させてもらい、僕はフランソワーズ君の様子を見に行くことにした。
アバウトな計算をするけれど、普通は短くて五分、長くて数十分は使うような試合だが、8人でやる場合と9人でやる場合においては1試合平均して10分大だとすると90分も差ができる。だから元々、紫組は他の組は実力が拮抗している人だけを集めたのに対し、教員の興味を引くほど強い生徒と弱い生徒の混合だった。他の組が28試合各試合10分大とすると、36試合の僕の組は試合時間が平均して8分辺りになるように考えて組まれていたのだ。しかし僕は8試合をないも同然としたため、一時間は早く終わってしまった。だから他所は残り6試合くらいは残っているはずだけれど……フランソワーズ君の試合が観れるかは彼のクジ引きによる。
ま、ダメだったらドロシー先輩の試合とか、ヤマオカさん方に行こう。ただ駄弁るのも良いかもしれない。でもその為にはまず変装をしなくてはだな……。僕は魔術を使い顔を認識できない様にし、先生が校庭に置かれた板を頼りに端っこの方へ行くと、試合を観戦している彼を見つけることができた。
「もしかしてもう終わった?」
僕は彼の隣に忍び寄り、顔を覗き込む様にいった。僕が誰であるかを判別可能にする為に近づいて見たのだけれど、気づいている様ではなさそうだ。バートリーさんは近くにいない。他の組も見学しに行ったのかな?
「あ? まだだぞ……お前誰?」
僕だよ、僕僕。ボクボク詐欺とはこれはまた……。まあいいや、一時的に魔術を解いて顔を見せてみると、なんだお前かと退屈そうに顔を背けられた。なんだとは何さ、学年最強(?)の班長だぞ。君が憧れてる最強の戦士だかなんだかに君よりかは近い存在だ。へへーん、いいだろ~。僕はフランソワーズ君の頭をつつきながらニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
「馬鹿にしてんのか! ……で、なんだよ?」
いや、もう僕の組み合わせは終わっちゃったから応援に来たのさ。ところで、今日の調子はいい感じ? 僕直々の訓練があまり出来てなかったけど成果あった?
「ああ……まあ、あった分には、あったよ。今んところ負けてばっかだけどな。」
そう言うフランソワーズ君は少し落ち込んでいる。普段からテンションが高い訳ではないけれども、今日は一段とおとなしい。あまりに負け続けるから落ち込んじゃったのかな。聞けば、各試合もいい所までは行くのだけれど、決まって最後に魔術で倒されてしまうらしい。魔術の才能があれば、勝てたのにと思っているのだろう。……魔術の才能ねえ。僕は恵まれているから、正直よくわからない話ではある。なんだってそうだ、恵まれた人には恵まれてない人の気持ちなんてわかんないし、逆も然りだ。でも、お互いに意識せずにはいられない。恵まれない人はどれだけ辛いのだろう、恵まれた人はどれだけ楽なのだろう、お互いがお互いを知ろうとする。
僕はフランソワーズ君の両肩を掴み、正面から向き合った。無神経な事を言わせてもらうけれども、人間は気持ちが負けてちゃダメだ。人間、鬱々とした気だからと言って蟻に負けたり、揚々とした気だからと言って虎に勝つことはない。でも、鬱々とした人間に揚々とした人間が負けることは決して多くない。僕からすれば君は蟻だけれど、普通の学生から見たら君は蟻なんかじゃない。対戦相手を見ろ、僕と言う虎と比べてアイツらは同じ虎か? アイツらは君と同じ人間だ。十分は持つなら、首なんて幾らでも掴めただろう、掴んだら決して離すなよ。人間、首を絞められたら死ぬ。魔術師相手に非魔術師が勝つことはない、でも君だってこの学園の生徒だ。実技試験だってクリアしたんだ、体の強化に関しては一人前であるだろう。強気になるんだ、そして手段を選ばない非情になるんだ。そうでなければ、勝てる相手だって勝てないさ。
僕がそう言うと、フランソワーズ君は少し笑った。お前は相変わらずだなと言って、少し前向きになったようだ。虎と言って傲慢さの象徴と思い浮かべられるのはヤマオカさんだけなので、ちょっとジョークが十全には伝わってないような気もするけれども、まあ良いだろう。もし今日気にいる結果が出たなら、少し良いものをやろう。僕お手製の小手か胸当てないし道着だけれど。魔力を練りこんで作るからすごく丈夫で軽いって奴にしてやる。
「……いや、普通に要らない。なんか怖いわ。」
怖いってなにさ。そこまで言うんだったらもう、フルセットを用意しちゃうからね。こう……いっそ怪人の域に踏み込むレベルで強化を施すスーツを用意しよう。君だと魔力欠乏になる恐れがあるから制限時間とかを設けなきゃいけないけど。
「だから怖えって!」
あはは、おっと二人で喋っていると試合が終わった。次なのかと尋ねるともう一つ先だと帰ってきた。更に聞くと相手は連戦で今から試合になる内の一人らしい。やったじゃないか、相手が疲れていようが勝ちは勝ちだし負けは負けになる。次は勝てる確率が高いぞ。そう言うと彼は微妙な顔をした。まだ勝ち方に拘るらしい。しかし、勝ちは勝ちなのだ。後味の良くないものを残すなんて下らない事を気にしていてはダメだ、手段を選ばず勝ちを貪欲に欲していけ。勝ちに飢えねば、正々堂々だとか気品なんて言うものは勝者の特権だ。敗者はいつだって第三者にとって見窄らしく惨めで憐れな存在だからな……。
「それでも、俺は次勝ったとしても、それは俺の実力じゃないってするよ。」
──ま、それで良いならそれで良い。君の価値観は君だけ物だ、罷り間違っても僕のものにしてはならない。それを曲げずにいてくれ。とにかく、本気でやってくれよな。応援してるから。立派な子供だなあと思いつつ、それだけ言うと僕は彼と一緒に観戦する事にした。槍を使う子同士の対戦だった。周りの生徒を見るに基本的に素手か武器を持っている生徒だったので、多分魔術寄りの生徒の集まりではないのだろう。三年生辺りが最上級生で、多くがフランソワーズ君みたいな子供達なんだろう。
試合は一進一退の素晴らしいものになっていた。槍で間合いを探りつつ、振り回して、ここぞと言う場所で突いて、蝶のように舞ってはいないけれど、両者ともに技巧が素晴らしい。やはり技術は必要に応じて進化するもので、人間甘やかすとすぐつけあがって甘ったれた事を言うから常に必要を欠く事もなく、どんどんと必要でない物は後回しにされてしまう。僕がいい例だ、魔力に頼るから全然進歩技巧がしない。いやまあ、自己弁護に回ると進歩してはいるのだけれど、他の子供と比べれば実に鈍臭い。他の子供は日進月歩でドンドンと僕との差を縮めよう縮めようと頑張るのだけれど、僕はそれを突き放す事が出来ないでいる。
才能……と言う奴なのだろうか。才能は集中力だ、集中力を持って当たれば大抵のことはなんとかなる。訓練をしなければな。クロノアデアは焦るほどのものではない、誰もが目に見えないだけで一歩一歩進歩しているのだと言う。誰だって自分はまだまだだと思い込混ざるを得ないでいる。絵を作ることと同じなのだろうか、概形を削り出す事は簡単でも、幾ら筆を足しても全く前へ進まないあの感覚と……彼女の言葉は僕を楽にする。
「お、勝ったな。……んじゃあ、行ってくるわ。」
長い攻防の割に、いやだからこそ、勝負が着くのは一瞬だった。フランソワーズ君の戦う相手が、その子の相手の疲労によるほんの些細な隙を一回突いただけだ。その一突きで相手が槍を手から落とし、投了となった。長い勝負だった、お互いに下手を打ちそこを少しずつ突いていった結果だ。相手はまだ疲労が抜けきっていないだろうに、フランソワーズ君が場に出ると好戦的な笑みを浮かべ、まるで書道パフォーマンスの筆のように大きく槍を振り回した。まあ、彼の戦いを見てわかったが五分五分だ。十何分の休憩を入れた今のフランソワーズ君と少なくない疲労で気分もハイになっている彼でようやく実力がトントンだった。ハイになればなるほど強い人もいるが、普通ハイになればなるほど動きが単調となってしまうから、それだけ実力の差がある。
「さあ勝負は続いて一年カーネル・フランソワーズ! 今日は後一歩の勝負を繰り広げています、今回で初勝利となるか!?」
ここの審判は随分お喋りだ。まあ軍学校の行事なのだから腕自慢で賑やかな分には構わない、今回はフランソワーズ君に関する事だから耳に入れただけで今までのように聞き流すし。
勝負はまあ、なんとなく予想できた。フランソワーズ君の負けだ。彼が勝つのは恐らく無理だろう、最初の立ち合いからそう思えた。槍と素手の勝負では、と言うかなんにしてもそうだけれども、技量が同じなら間合いなりなんなり得意な状況で戦った方が勝つ。槍は狭い屋内では途端に突きしかできない長物となるし、とっとと懐に潜り込んで仕舞えばいい。だけど、彼はできずに迫る槍をいなす事しかできずにいた。拙い試合だ、さっきの試合はもっと糸が張りつめるような興奮したけれど、拙い勝負なりの興奮しか感じない。よちよち歩きの子供を見てるようだが、彼らにそんな可愛さはないためただただ不安になったり焦れったさを感じるだけだ。周りに混じってヤジを飛ばしたいぐらいだが……まあ勝負に口出しなんて、無粋な事はしたくない、したくはないが……!
「フランソワーズ、もっと潜れ! 足だ足、足を使え!」
「うるせえ!」
怒られた……。口調も変えて皆んなに混じってヤジを飛ばしたのにどうしてピンポイントで怒ってきたんだ。でもまあ、聞ける分には聞いてくれるらしい。一応はさっきよりも上手く動いている気がする。止まってたらただの的だからね、少し槍の人も少し表情に焦りが観れる。脚を使う様になったフランソワーズ君はいつもの調子を思い出したかの様に動きが良くなった。
魔力を一切加味しないと、剣や槍と言った武器は基本的に素手よりも圧倒的に強い。本職の警官が武装した相手に対して一番に取るべき行動は逃げる事だと言うほどに。剣や弓と比べた時にこれから修める物として選択肢の候補にすら上がらないだろう。だが、それらの物に対して無傷でいられる僕たち魔術師は違う。素手には大きな利点がある。対した訓練を積まずとも最初からある程度はできて、そして掴む動作ができる事という二つの利点があるのだ。掴むと言う事は凄く、凄く特異な事だ。武器の先が曲がり、対象を自らへ固定する。それだけだが、逆にそれだけだからこそ強い。動作が単純だからこそ派生をさせやすく、結果として動作がもたらす物が多くなる。相手を投げたり引き寄せたりは剣ではできない事だ。
そして、掴む対象は何も人間だけに限られない。特に、槍なんて持ち手の長い武器は簡単に掴まれる。フランソワーズ君が武器を奪った。僕は彼にそんな技を教えていないから、といかそもそもスカラークラブの契約不履行だったりなんだりでまともに教えてすらいないから、他の誰にかに教わった訳だ。多分一年生の教官の技だな、すでに十分な師事を受けていたのか。……まあ、僕の師事では今の段階で武器を奪うレベルに成長することはなかっただろうし、スカラークラブには少し感謝してやろう。
フランソワーズ君は槍をリングの端へ投げ遣り、相手に脚を絡めて引き倒した。凄く順調だ、しかし相手だって素手での戦い方くらいは心得ている。マウントを取られない様に体を捻り、お互いがお互いを捩じ伏せようとするレスリングの戦いの様になった。フランソワーズ君が首に腕を回すが、体を捻ることでロックを外され距離を取られる。お互いが間合いを図りあっている、ボクシングの様に軽いステップを踏みながら一定の距離を保っていた。しかしそんな膠着状態は長く続かない、先に動いたのは相手選手だった。
鋭い蹴りが一発、首か顎に入った。角度によりよく見えない、脳震盪が起きれば一発グロッキー、魔力による強化で防御が間に合ったかどうかで勝敗が決まる。一瞬フランソワーズ君の片足が大きくぐらついた、もうダメか。フランソワーズ君の上半身が大きく前へと倒れる、がしかしフランソワーズ君は腰と胸元の服をしっかりと掴んだ。
片足を上げたことにより相手の重心は不安定だ、フランソワーズ君は体を大きく捻り、硬い地面へと相手を叩きつけた。相手も素人ではないし頭は無事だろう、しかし大きなダメージが入ったのは確かだ。相手がふらふらと立ち上がるがフランソワーズ君は追い討ちをかけない、変な情けをかけていないで早く倒さねば試合は長引く一方だぞと思ったが、その必要はなかった様だ。相手は手を上げて審判に降参を宣言した、目眩がして気持ちが悪いそうだ。もしかして大変なんじゃないかと思ったが、負けた彼を迎えるご学友の手荒い労いに対して割としっかり対応しているので一先ずは大丈夫な様だが……。
「ど、どうだよ。俺も少しは……」
そう言いながらフランソワーズ君が帰ってきた。いつもの事ながら泥だらけだ、傷もいっぱいある。まあ治療は簡単なので別に気にはしないけれど、しかし滅多に見ない彼の勝利に僕は少し興奮さえしている。少しはやるんだぜとでも言いたいのか? それは適切じゃないね、凄いじゃないか! 僕は正直君が勝てるかどうか怪しいと思っていたよ、でも勝った! 馬鹿正直に蹴りを受けるなとか、もっと攻めるべき所は攻めろと思う所はあるが、勝ったのが全てだ!
「ほ、褒めてんのかバカにしてんのかワカンねぇよ。」
褒めてるに決まってるじゃないか、僕は誇らしいよ。僕は武器を取る技なんて教えていないだろう? あれは教官に習ったのかな? よくできたじゃないか、え、僕との訓練をできない間もサボらなくて偉いぞ。僕は褒めたが、褒めすぎた様で、フランソワーズ君はそんなに大げさに反応しなくていいと言われてしまった。残念だ、まあいい……うん?
「ど、どうした?」
僕が違和感に固まると、顔を少し赤くしたフランソワーズ君が詰まりながら聞いてきた。何か違和感がある、何かを忘れているような気がする。何を忘れている……? 僕の疑問はよそに、ヤマオカさんが手を振りながら歩いてきて、探したよと言っていつものように友人として話を始めようとした。僕はようやく違和感に気づいた。
「ねえ、フランソワーズ君。バートリーさんって来てないの?」
来ていないと言う彼の返答に、僕は少し悩んだ。僕はこの学園に対してあまり信用を寄せていない。少し前にドロシー先輩が生徒によって取り返しのつかない暴行を与えられかけたから、また何か嫌なことに巻き込まれていないだろうか。杞憂だといいが……。




