帝国は実力至上主義
午後の授業は参加者でない生徒は自由見学になります。先生はそう言って、参加者の生徒を連れて校庭へ連れて行った。
朝と休み時間の雑談によると、今日と明日は通称『下男落とし』と言うそうだ。親が複数の爵位を持っていないため家を継げない長子以外の子が下男下女になる事はあるが、そんな下男下女がよく落ちると言う意味ではなく、『下』級生と『男』爵『落とし』の略称が翻訳の際に丁度掛詞風になっただけだ。まあ帝国流の実力主義だと長子じゃなくても家を継げるので下男になるような実力の足らない人が落ちると言う意味では合っているのかもしれないけど。
下級生、下位5学年のうちでの話だから一、二年生のことだ。僕は騎士爵の家なので男爵ですらない。まあ準男爵といえばそうなのだけれど、領土の返還義務がある家だ、設定上。かなり目立つと思ったのだけれど、数年に1人はいるらしく優秀な子だなあと見られるだけで済むらしい。小学一年生が小学五年生を喧嘩で負かすだなんて考えられない事だけれども、魔力のある世界ではあり得る事で、男爵と子爵の差なんて努力でどうにかなる差という事だ。まあオリンピック選手だって気の狂うような努力の果てにオリンピック出場と言う栄光を手にしたのだから、才能や環境を気にせずに努力でどうにかなると言うのは間違いだとは思うが。
校庭に着けば、選手となる生徒が整列もせずに集まっていて、皆んなになんだかお祭りの様な活気があった。巨人族で見上げるような高さの学生もいれば、上級生なのだが僕とおんなじ背丈しかない学生もいる。スカラークラブ被差別亜人部の先輩もいた。目と目が合うとにっこり笑って手を振って来てくれる。
「なんだぁ? あのカエル女、気持ち悪い。」
君には微笑んでないし手も振ってないから安心書いてくれたまえよ。隣にいる差別意識を持った生徒に心の中で告げる、まあ彼にとっては差別とは思ってもいないのだろう。彼のことは好きでもなんでもないので、気持ち悪いとはどうなのさと言う気にもならない。僕は比較的愉快な気分になる為にさっさとその場を離れ、亜人と呼ばれる種族が集まっている方へ移動した。さっきのカエルの先輩やオットセイの先輩もいる。カエルの先輩は肌がガマのように赤褐色かつデコボコとしたいぼがあり、オットセイの先輩は女性だがヒゲが生えて体は胸部や臀部といった部位に関係なく脂肪に覆われていて野太い声をしている。ヒューマンにとっては醜いと言われるような外見をしているが、2人とも優しくてジョークもかなり上手だ。話してて楽しいし生物学的に少し興味がある。相変わらず生命の尊厳を踏みにじるような興味関心を向ける僕だが、一番個人として尊重していない僕が一番差別なく接することができるのは笑える話だとは思えないか。
他人の本質なんて分かったものじゃない。人前では酷く自分に辛く当たる人が独りの時は自分を引く程愛していたとして、結局自分に辛く当たるの変わらないのだし、その人が独りきりの状態なんて君には知るすべもないのだから、君にとってはその人は恐ろしい人には変わりがないだろう。それと同様に、頭の中でどう考えていようとも表面上差別なく接していれば差別がないのと同じだ。僕は平然と嘘もつくしカントじゃないんだ、僕の行動は道徳に適っていると思うね。それに家族かそれ以外かの区分が差別的かそうでないかなんて僕にはイマイチ判断が下しづらい。僕が他人の判断基準に真に従う理由もないのだから、コレを差別としてとらえる必要もないだろう。
「あ、ゲニー君。昨日は……えっと、心配かけてごめんね?」
ごめんねだなんて、よして下さいよ。こっちが謝らないと。つい先日スカラークラブに入ったドロシー先輩が、スカラークラブの亜人女子+αの集まりにやってきた。やはり数年でも年下の線の細い男子に世話をされるのは抵抗があるのだろうか、あまり謝れると友人に成れていないのかと少し悲しくなる。
友、利害が関係なくいられる存在。どこか神話的概念のようにも思える。自分が道徳的にアレだからかもしれないけれど、その人のために自分がどこまでも損をすることができるだなんて、生涯に十も出来たら多すぎる気さえする。これは友達なんぞ気安く言われると少し違和感があるあたり、やはり他人より神聖視し過ぎているのだろう。だから友達だと言う言葉は先じて言いたい、先じて言うことによりあくまでコイツとは便宜上友達を名乗りあっている関係だと認識しやすくなる。そんな僕が友になりたいと思えるほど、僕は彼女を尊敬している。子供なのに恐怖に立ち向かえる強い人だ。大人からすれば子供の恐怖の対象なんて大した事無いのだけれども 、人生経験のない子供はそれゆえ恐怖に敏感だ。子供は恐怖に打ち勝つ事はそれだけで賞賛に値する尊いものだ、いや別に大人は打ち勝つだけじゃ尊くないのかと言われればそうでもないのだけれど。
「じゃあゲニー君、お互い本戦で会えたら、もう一回戦おうね。今度は私だけじゃなく、お互い全力で!」
ドロシー先輩は可愛らしく言ってくれるが、それはどうなのだろう。全力で……まあ、友となるには仕方がない事か。僕は手を抜く事を諦め、そこまで言うなら全力でやりますと言って微笑み返した。ドロシー先輩は可愛いと言って頬を両の手で包んできた。笑ってる方が可愛いよとか、微妙な言葉を。僕は生物学的に男だ、性自認も男なのだが、このそんじょそこらの女子よりも断然に可愛い身によって基本的には女子として扱われる事が多い。男子なんだが、まあ友になりたい人にそう扱われる分には構やしない。クロノアデアにまで女の子扱いされるのは嫌だけど。
僕は性自認と言うかアイデンティティを完全に他者へ依存させる程頭がハッピーじゃないと言うか、僕のアイデンティティは当然の事ながら僕の所有物であって他人の物ではなく僕が好き勝手に決められる物だと思うほど傲慢だから、性自認も当然僕が自分を男だと思っているので僕にとっての男となるのだ。だけれども自分の物は自分の物と認識するにあたり、他人の物は他人の物と言うことを認識せざるおえないので、他人の認知に関して僕はその認知を否定することが出来ない。
どうしても僕を女と思うのなら、僕はやめて欲しいと要求したり交渉したりはするがそれらに応えなかったらそれでおしまいで、どうすることもできない。たしか前に僕が語った叙述的契約論……だっけ、ふざけにふざけて言った余りにも杜撰すぎる論理もどきのなにかに身を任せれば、ジャイアニズムだってやって良い事だ。結局ジャイアニズムが非道というのは他者の言い分、ジャイアニズムを貫きたければ貫けば良いのさ。そもそもその道とやらに必ず従う理由もないしね。まあジャイアニズムを貫いて早死にしたって僕は知ったこっちゃないが。とかく、男と認識しないのもまた結果、受け入れずに彼女らの認知に対しどうこう騒ぎ立てるのも面倒くさいし僕に利益があるとも思えないので黙っておこう。
「あ、そろそろ始まるみたい。教頭先生が出てきたよ。」
背丈の問題で僕は見えないのだが、気を利かせてくれたカエルの先輩が骨格的に掴みづらいだろうに僕を持ち上げて様子を見せてくれた。教員の前にマントを羽織った生徒がいる。選手宣誓だ、戦士としてこの学園と自らの誇りにかけ全力で戦うと生徒を代表して宣言して、教頭が頷いて開会を承認した。側に控えていた幾人かの教員が魔術を放つと、色とりどりの光球が大量に放たれた。先輩からの説明によると光球は各生徒に一つ行き渡るらしい。そして、光球は同じ色の光球方向へ導いて、戦うグループを教えてくれるらしい。
しかしなるほどなあ、程度の低い80名を20名へ振り分ける前座だけれど、お祭りの一部といえば一部ではある。単純にトーナメント制にすると二回戦うだけで終わってしまうし、ある程度のグループを作ってその中で戦い続けさせる事で、場が白けたりする事を防ぐわけだ。あるいは強弱をハッキリさせる為かもしれない。強力な伯爵が精々で、侯爵もいないこの大会では相手を気遣う必要もなく、好きに叩きのめしても良い。でもやっぱり物には限度があって、十年生の強力な伯爵家の長男がぽっと出の騎士爵の一年生に負けるのはマズイのだ。五年までなら言い訳がつく。五年までなら大器晩成型と早熟型との、あと相性の差なんて言い訳がつくのだ。
傲り高ぶった考えと共に光球に導かれると、10グループ中唯一9人構成で四、五年生の男子ばかりのグループに来た。作為的な物を感じる。しかし周りのグループを見渡すにレベル別に分けられているように見えなくもない。初日は初参加の一年生がいるし、明日の為のデモンストレーションにするのかな?
「えっと、おかしいな。君、光球は……同じ紫色か。あー、先生方の手違いかも……。うーんまあ、仕方がない。よろしくね。」
そんな言葉と共にヒューマンの男子達に迎えられる。手違いではないさ、多分だけどね。とは言え手違いじゃないと断言するのは余りしたくない。こう、やっぱり傲慢に振る舞うようで嫌だ。実際に僕は相手を見下しているのだけれども見下していると言うメタ認知をしたくない。
上級生に言われ校庭中央を見ると、先生方が何か板を立てていた。近寄って見てみると、戦う場所を書いた名簿だった。横長の長方形である校庭を10等分に区分けした地図の上に名前が書かれている。名前が色付きで彫られていて、地図で示された場所で戦うようだ。紫色で書かれた生徒は、先生が校庭の端に張った教員用の観覧席テントを基準に、校庭の中央手前で戦うらしい。先生の興味ある順にテント付近へ並べられているのだろうか、もしそうでなく試中に怪我が起こりやすそうな順だと少し恥ずかしい。
六年生以上の上級生や、今回参加しないバートリーさんもぞろぞろと来てどうやらコレで応援したい人や観戦したい組が何処にあるのかを見るようだ。人混みに揉まれ抜け出せそうにない所を同じ紫の上級生に手を引かれて出ると、他の組もあらかた位置についていた。僕の組みも含めおよその組みは上級生の1人が地面に手を当てて何か呪文を唱えている。またもや誇りにかけだのどうのこうのと言っているので儀式的なものだ。上級生が呪文の終わりにセットと唱えると、紫色の光線が枠となって広がりボクシングのリングの様に広がった。まあそのまんま戦いのリングだ、子供相手に戦うなら十分だけれども少し狭い様な気がする。あまり僕の戦い方には合っていないかもだ。
「が、がんばってね!」
聞き慣れた声に後ろを振り向くとバートリーさんの応援する姿が見えた、礼とともにフランソワーズの方にも行ってあげてくれと頼んでおく。魔力至上主義的な価値観を持ってしまった僕だからだけれども、彼が他の誰かに勝つとは思えないし、慰めになるかは分からないが彼女が応援に行っていた方が少なくとも一人で負け続けるよりかは嬉しいだろう。それに、男子なら女子から応援されているだけで気合の入り様が違う……と、思う。わからない、そこら辺は日本人的な価値観かもしれないが、まあ向こうの神話だってヴァルハラのヴァルキリーに勝利の女神ニケと言うレベルだし、戦いの際に女性からの応援が欲しいと言うのは結構共通する価値観ではなかろうか。
斜め隣の舞台に割り振られたヤマオカさんが手を振って来たのが見えたので手を振り返していると上級生から呼び声がかかった。クジ引きで対戦順を決めるらしい。まあ午後の授業を丸々潰す試合なので本戦とは違って総当たり戦となり、あまり戦う順番は関係ない。ただ連戦となるとキツいのかも知れないが……まあ、侯爵すら混じってないこの大会においては些細な事だ。運悪く9人の総当たり戦つなり36試合中に僕が出る8回の試合全てが連続しても特に問題ないだろう。
「おっと、一番最初か。運がないな。」
僕が引き当てたのは1、3、7、10、12、20、25、33番だった。悪くない、縁起がいい数字ばかりだ。12番が少し気になるが、まあ前四つで帳消しだ。こう言う非科学的な価値観はいい。精神の安寧に貢献するというか、気が楽になる。しかしまあ、最初に戦うのは運がないと言われれば確かだ。どれ程の時間で相手を倒せばいいのかわからなくなる。いやまあ、いいか。徹底的に打ちのめそう。僕はいつもの通り石刀を作って、綺麗な三つ編みが邪魔にならないように髪を解いて後ろでまとめ直した。上級生の人達もテーピングやら槍の素振りやら術の確認やらをしている。
僕も準備運動的な意味を込めて強化を強めてみると、体が少し発光し始めた。ああ、毒風の加護を切らねば……いや、それはマズイか。テンシさんとホムラビの加護も一緒に切って、マシエッテさんとアカグモとコクダ……いや、家の神の加護は辞めておこう。となると、使えるのはマシエッテさんとアンナさんとシュテンドウジの力だけか。
いやいっそ、ここは僕の魔力だけで戦うか、魔法って必殺技みたいな感じだし。僕の魔力が法力として働くのは赤の世界だけで、こっちではちゃんと術力として働く。これならフェア……と言うわけではないけど、まあ暇つぶし程度には面白い戦いにはなりそうだ。舐めてる訳じゃない。ただ、本気を出すのは正義に悖る。カントは余り好きではないけれども、相手を持てる力全てで打ち負かすことが正しい事ではないと判断したから僕は道徳的には優れている行為として相手へ全力を出さずに戦う。総合的価値は知らんが、まあ道徳的においてのみ優れているだろう、きっと。
そう長い時間も経たずにぼちぼちと観戦客が集まり始め、僕と対戦相手の先輩以外の人が紫色の光線で出来たリングから離れると、同じグループ内の先輩の一人が僕達の紹介を始めた。『剣を持つは一年チェルトルカ家のゲニーマハト、対して杖を持つは五年ホークス家のブライト。』云々、まあどうでもいいことさ。正々堂々と戦うだの、持てる力を持ってだの、凡人にとって到底不可能な事を強要してくる話だ、無視しても良い。
始めと上級生が声を発すると、上級生が短い呪文と一緒に魔術を飛ばしてくる。彼の使用している杖は大体40センチ程で木製、わざわざ脱がないでいたローブは裏に魔術陣が書き込まれていたし、魔術だけで戦う様な人だ。飛び出してきた魔術は氷で、接近しながら剣で弾くとバラバラに砕けた。砕けるほど強く打ったつもりはない、最初から弱く作られていたな。目潰しのつもりか? 意識を氷に引っ張られていると術にやられるかも知れないので、サッカーのスライディグの様に足を滑らせ上体を倒し散らばった氷を躱し、すぐに剣で地面を叩いて体全体を浮かし、そのまま先輩に蹴りを放った。
宙返りで着地をしながら火の魔術を先輩に打って、先輩を観察するにまだ元気そうだ。良い感じに入ったと思ったのだけど、先輩も咄嗟に強化の魔術を使って防いだのだろう、後ろによろめいただけで大したダメージはなさそうだった。先輩は飛んできた火に慌てて氷の壁を張ってまた杖を構える。すぐに魔術が飛んできそうだったので僕は剣を握り直し、クラウチングスタートの様に駆け出した。氷の壁を石の玉を打ち出してある程度崩した上で飛び越え、呪文を打ちかけた先輩を蹴り倒す。後は簡単だ、蹴り倒した勢いのまま先輩に馬乗りになって、首に剣を押し当て跳ねたり折ったりする直前で動きを止める。
「こちらの勝ちです。運がなかったですね。」
まあ、肩慣らしというか……ちょっとした運動にはなったかなぁ。僕は一体、何がしたいんだろうか。我ながら何を下らない疑問を、ハッキリしてるじゃないか。しかし、いつもの事と言われればそうだけれど、手加減をするべきだと思いながらも相手へ求めるレベルを相手の実力より少し上に設定してしまう。まあ実力なんて隠すだけムダだ。無駄無駄、どうせどっかで僕の本気を見たやつが真面目にやれと穢らわしい手で僕の顔をひっぱたくんだ。不愉快極まりない経験をするくらいなら、最初から周囲に引かれた方がマシさ。他人へ屈辱を味あわせてでも、僕は引っ叩かれるのを避けるね。
周りから驚きの声が聞こえ始める。まだ尊敬の色が混じっていると見られるけれど、一体いつまで恐怖が混じらずにいてくれるのだろうか。




