水溶
ナビさんと一緒に来た池沼は、やはり亡霊どもで溢れていた。ボートの縁から目をよく凝らして水面を見つめると、時々ではあるが屋根かなにか、昔はここにあったのであろう家屋の残骸が見える。亡霊が出るあたり中規模の村落が非難する間も無くいきなり水没被害にあったんだろうか?
「探索者tokage、危ないですから覗く時は私の方へ。」
ナビさんはそう言って僕を抱えようとした時、ボートの下から例のキメラが突き上げるように飛び出してきた。ボートが大きく揺れるが、ボートに目立った損傷はない。やはり、ゲーム的な一面もあるのだな。
ナビさんが剣を抜いてカバだかワニだか分からん獣の胴体を打ち、追い討ちをかけるように魔術で石の銛を飛ばす。銛は脇腹から肩まで深々と突き刺さり、キメラは光と共に消えた。
「こう言うことが起きて、貴方が拐われてしまうかもしれないでしょう。ヘリから顔を出さないようにしてください。」
まあ、実際に起こってしまったことだしそれは我慢しよう。今、ボートは取り敢えず上流を目指している。上流といったって、日本みたいに水がアホみたいに短い距離をアホみたいな高さから滑り落ちていく川ではなく、長江や黄河、ナイルの様な穏やかな川で流れも木の葉や紐を落として見て、ようやくわかる程度のものだ。柄杓一本から出ていることを考えると、これでも大分早い方だろう。ゲーム的にクリアさせるなきゃいけないが、現実的な兼ね合いも含めギリギリ……って所だろうか。まあ、そもそも……いや、待て……ゲームだからと受け流していたけれども、柄杓から流れる程度の水でここまでの災害が起きるわけがない。となると……やはり、今回も魔術師が絡むのかな。
こう言った周りの環境に気を配らずに研究している魔術師は……めんどくさいぞ……。前にも言ったけど、魔術師っていうのは研究ばかりだ。目的は不老不死になりたいだの農業改革をしたいだのと人それぞれだけど、概ね人付き合いを辞めてる。帝国では魔術師が過集中しているから夫婦でいる事が大抵だけど、国外では魔術師同士で結婚するも何も出会いがないし、迫害を受ける事もあるらしく、孤独だ。孤独は人を強くして絶望的なまで狂わせる。あの世界に近いこの世界だ、魔術師たちの生活も変わらないだろう。
「異邦者tokage、念のために言っておきますがゲーム内では魔法使いです。さっきから魔術師魔術師と……あんな下位互換と間違えないでください。それに黙っていましたが、私はあまり魔術師を増やす事を快く思っていません。処理が増えます。」
それは、悪かったね。だけど僕も一緒くたにしないほうがいいかとは考えたんだよ。魔術と魔法では明確に違うけど、魔力を扱う点では同じだし、どう違和感なく魔術師と魔法使いの性質に関して喋ろうかというね。しかし処理だと? 世界を改変する魔法と魔術で魔術の方が処理が多いとな。
「考慮したとは思えませんが。いいでしょう、貴方が完全に此方側へ来ればわかる話です。せいぜい今のうちに言っていてください。」
僕が邪神側へ回ると確定で事務処理だのをやらされるのか? 世界管理とか……そういう話だろうが、めんどくさいな。いや、それは神の権能ではないのか? 邪神側に回ったら神の力が手に入る? いやまあ、僕とクロノアデアが住む世界が滅ぶとかいう本末転倒だから嫌だけど。
ナビさんとの会話をしつつ、僕達は上流へ向かった。長い長い河を進んでいると、遠くで水が勢いよく落ちる様な低く連続した音が聞こえ始めた。この辺りにまで来ると流れもやや早くなり、光の反射により可視化されていた。滝だろうか、しかし、周りはマングローブ林に囲まれていて見晴らしが良くなく、実際に滝があるのか、あったとしてその規模はどれぐらいなのかと言った事すらよくわからない。いや、工場の周りに人工林がある様に森林の消音効果は凄まじく、その中でも音がするという事は相当な規模なのかもしれないが……。それに、少量の水が落ちるだけじゃ音は高くなる様な気がする。とは言えこれは普段の生活から感覚的に思った事で、あまり自信はない。
「滝ですか……貴方の言う通りなら、ボートのままでは危険ですね。」
言われてみればそうだ。しかし、水源の近くのマングローブ林を歩けるとは思えない。氷の魔術でどうにかするのも……微妙だ。こちらでは僕は十全に力を発揮できないから、多分途中で力つきるのが精々だろう。しかし、かと言って有効な手立てが思いつくわけでもなく……。
「仲間を、雇うべきでしょうかね?」
ナビさんが提案するには、前に詫び石だかなんだかで貰った聖石を使って仲間キャラを呼ぶと言うものだ。クラスチェンジで温存した分、それも良いかも知れないが……そうだ、前回のエリィさんみたいな人を自分で作れば良いんじゃないか? 直感がそう囁いたが、具体的な手立ては思いつかない。
「作るだなんて、貴方はそこまで神格を得てはいませんので無理ですよ? 赤の世界のマップでなければゲームデータへの介入権はありません。」
ナビさんの一言で思考のトリガーが引かれた。僕が直感的に思いついたのは多分だけど使い魔のことだ。石獅子のしーちゃんはかつて僕が生み出してマシエッテさんに殺させてしまった使い魔だけど、その元々の原因は校長が僕の使い魔に干渉して術を書き換えた事だ。ならば亡霊だって魔術の一種なのだから、僕が魅了魔術で仲間へと書き換えることも可能な筈だ。遠隔操作で滝に登らせたりだってね。もちろん難しい物ではあるだろうが、それでも魅了の魔術が効いたのだ、魔術陣を練り上げて儀式を行えば可能かもしれない。亡霊の存在そのものは強固かもしれないが、その存在をかき消すのではなく方向性をズラすだけなら、儀式も簡易なもので済む……と、思いたい。
「ああ……あまり、推奨はしてませんが。まあ良いでしょう、貴方にだけと言うのは不公平です。」
やあ、悪いねどうも。ゲームルールを破られるのが嫌なら僕をリリースしても良いんだが、秩序の神に渡すくらいならと殺すんだったら辞めてくれよな。僕がそう考えると、彼女は貴方はゲームルールを利用して本来想定されてない動作をしてるだけで破れてなんかいないとムキになって言われた。そこ拘るところかな?
取り敢えず僕達は今まで来た道を引き返し、亡霊の多く出る水没していた村まで辿り着いた。相変わらず亡霊が襲いかかってくるのだが、しかしこの亡霊達も謎よな、ゲームだからと言えばそれまでなんだけど、どうしてこう無限と思えるまで湧いてくるのだろう。中規模村落なのだから、数にも限りがあろうと言うものなのに。最初に訪れた沼地の地下墓地では魔法使いが劣化版コピーアイテムを使って亡霊を延々と使役し続けていたけど、今回もそのパターンだろうか。魔法使いのフィールドを荒しまわる魔術師……あまり良い予感がしないが、とは言え魔法使いなら気に食わないことがあるならすぐに自分から出向くだろう。そうでないと言うことはテリトリーを管理しきれてないか別に癪に触る様な行動ではないかだ。大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせながらボートに魔術陣を描こうとしたが、その前にここの亡霊達が気になった。
その成り立ちの如何によって術式が大きく変わるからだ。元々怨みが募って出来上がった亡霊と、ただ死体に儀式を施して悪性の亡霊を作るのでは、前者では一からの作り変え、後者では儀式の反転が必要となる。クロノアデアが亡霊を消滅させるにはで語っていたが、儀式と競合する儀式をかけると互いに干渉しあい亡霊が弱くなり、最悪自己矛盾に耐えきれなくなり消滅する。そうでは困るので儀式によるものかどうか儀式は何かなどの探偵ごっこをする必要がある訳だ。
ひとまずグルグルと村落上を徘徊すると一部、宗教上施設と思しき建物の近くに全く亡霊が居ないことに気づく。水が濁っていてハッキリとは見えないがおそらくは教会だろう。亡霊達も出現からウロウロとしはじめるのだけど、教会に近づいた途端にふいと向きを変えて離れていってしまうのだ。多くの者にとって教会は聖なるものではあるが、元となった亡霊達がここまで避けるのは何かありそうだ。気になるが……一度、潜ってみてみようかな?
「冒険者tokage、正気ですか? こんな濁った水の中に入ったって情報が得られるとは思えません。」
いやいや、生憎この体は君の所の邪神が作った特別製でね。後ろ足に毒は持っていないが嘴に電気ロケーション機能があるんだ。電気信号を出して動く様な生身の肉体を持たない亡霊に反応したりはしないが、これまでに出て来たキメラの様な捕食生物には鋭敏に反応するから安全だ。そして何より、このままここでぶらぶらしているよりかはずっと建設的だろう?
大丈夫だ危険はない、そう思っていた僕は、水に飛び込んで一メートルも潜らないうちに何者かに体を掴まれ、水の中を引きずり回された。なんだってこうもお約束の様に油断するとそこを突かれるんだろう、僕はそう思いながらゆっくりと意識を失っていった。
「あ、めっ目が覚めたかな?」
僕の意識が回復した時、近くには見慣れない女性がいた。スラブ系のしっかりとした顔立ちだが、幼さも残っていて可愛らしくもあり美しくもある。その人は全身、服も髪も肌までも水が滴っており、部屋の淵から僕を覗き込んでいた。ここは一体……見渡すと、水の中にある部屋の様だった。いや、うまく説明はできない。水没した部屋に空気が留められていると言おうか、現在女性が顔を出している屋根裏部屋の様に床の一部に開けられた穴、恐らく下階に繋がっているであろう穴には、梯子が立てかけられてあるのだがその梯子はカビていた。この部屋の中に入っている部分を除いて水につかっているせいだろう。穴には水が張っていた。部屋全体をランプから漏れる青い炎がぼんやりと照らしていた。辺りは薄暗いが僕は彼女の姿をハッキリと捉えることができるのは、彼女自身が発光しているからだろう。空気を必要としない? いや、どこかで空気の循環が起きている?
「えっと、どうも初めまして。お姉さんはルサルカって言って、水の妖精なんだけど……あー、僕ぅ自分の名前は言えるかな?」
辺りを探ろうと小さな目をぎょろぎょろと動かしていると、少女から名前を聞かれた。彼女が僕を連れて来たのだろうか、一体目的はなんなのか。わからない以上、僕は彼女を下手に刺激しないほうがいいだろうな。
「ああこれはご丁寧にどうも、僕はtokageと呼ばれています。ところでここは?」
僕がテレパシーで返事と質問をすると、ルサルカと名乗る彼女は特に驚いた様子もなく僕には言葉が通じるのねと喜び、水から上がって僕を抱き上げた。僕には通じる……ああ、妖精種だから、常人には存在自体が認知されないときだってあるし、今まで色々とあったのだろう。
「あ、意外としっかり……あー、ここはお姉さんの部屋で、あっ別に誘拐とかじゃなくてね!? その、tokage君がヴォジャノーイに絡まれていたからちょっと匿うために連れて来た……のよ?」
それはありがたいが、ヴォジャノーイだって? 聞き覚えがある、と言うか向こうの授業でもやったなハゲチャビンがなんか色々言っていたけど、確か姿を変えるだとかなんだとか。あいつ肉体が魔力で構成されてたのか……。この世界じゃエレクトロロケーション機能はダメだな、魔力を感知する器官がなければあまり役に立たない。
「あー、その……あっ、お菓子とか食べる?」
すみません結構です。僕が状況を整理しようと黙りこくっていると、気を揉ませたらしく、彼女は何かよくわからない水草の様なものを取り出したが、あまりそう言う文化にいないため反射で断ってしまった。しかし、それも失礼な事じゃなかろうか、自文化に馴染みのない食べ物だろうと食べなければ。そう言う事で、多少落ち込んだ様な声を出したルサルカさんにやっぱりオネーサンと一緒に食べますと言った。流石に、毒かもしれないのを一人で食べる気はしない……。
「ほんと!? よかったー、妖精じゃない生き物も食べれる物ってよくわかんなかったから不安だったんだー。」
僕は今の一言でものすごく不安になったが……まあ、男に二言はない。食うと言ったら食う。一度言ってしまった手前、女子に勧められた菓子が怖くて食えないなんて恥ずかしいじゃないか。
「あ、食べ方はわかる? 口に含んでぐちゅぐちゅ舌で押しつぶすんだけどね、しっかり味わってから一回あーって舌を突き出して空気に触れさせるの。そうすると甘酸っぱくなって、美味しくなるんだよ。」
どう言う反応だ? こちらの世界ではアミラーゼ的な酵素が酸素濃度に敏感でみたいな物あるのか? 異文化交流は得して不快感と共にあるものだけれども、そうやって食事中に口内の様子を見せるのが文化的に受け入れられいている事なら仕方がない……。僕はデモンストレーションに習いながら水草を味わうと、最初は何か土の様な苦く鈍いなんとも言えない風味がするのだが舌を突き出した瞬間に野イチゴの様な野性味のある味がした……あまり……うん。とは言え、いかに貴族だろうと甘いものはあまり食べる機会がない。その点、確かに美味しいと思えば美味しい様な気がする許容範囲の味だった。表情筋はあまり動かないので、精一杯の笑顔を喜色を滲ませた声でお礼を言う。
「あ、よかったー。まだまだ沢山あるからねー。どんどん食べていいよぉー。」
うわーい、やったあ。……冗談じゃない、あと二、三個程度ならまだしも沢山あるとはどう言う事だ。流石にそこまでは食べきれないので、ありがたい事ですがと断っておく。一緒に来ていた人がいるし、心配させているだろうから外まで案内してほしい旨を伝えると、彼女は少し渋った。
「その、ダメっていう訳じゃないんだけど、本当にダメって訳じゃないんだよ? ただ少し待ってほしいと言うか、今はちょっとタイミングがー……。」
何か外に出られない理由でもあるのだろうか、ルサルカお姉さんと甘い声を出してどうしてもダメかと言うと苦しそうにダメと言うので、彼女自身が望んでいるわけではなさそうだが。仕方がない、僕はナビさんにテレパシーを繋いで、今さっき目覚めたがまだ帰る手立てが見つかっていないと伝える。
「ん? あ、tokage君の保護者、ええと、お母さんと話してるの? もしよかったらルサルカお姉さんに変われる?」
会話中、予想外の言葉が投げかけられた。ええと、ああそうか、少し考えてみればまあその通りだねと思えるのだけど、彼女は妖精だから魔力関係に関しては人以上に感知できて、混線なり通信傍受なりなんなり的な事があったんだろう。お世話になっているしお母さんではないが保護者であるのは確かだろう、保護者に断りを入れられずに子供を預かるだなんて彼女も気が気でないだろうしもちろん変わってあげたいが……。
「あの、ルサルカお姉さんに変わらせてあげたいのは山々なんだけど、変わり方がわからないからお姉さんができるならやってほしいな。」
そう伝えるといとも容易く彼女は僕とナビさんのパスに入り込んで、もしもしお電話変わりましたと話し始めた。いやお電話なんて発明されてないからお電話変わりましたとは言ってはないが。頭の中にルサルカさんとナビさんの会話が響く。流れとしてはヴォジャノーイに襲われてたから保護したのですが外に自分では対処できない魔物がいるので暫くは帰せそうにない。魔物が去るのを待つか魔物をそちらで払ってもらえれば……と言った具合だ。そうしてくれなければ死んでいたしありがたいけれど、何そんなとこに連れ込んでくれとんねーん。切にそう思う、いや本当に有難いけどさあ。何気に僕はゲームキャラとして死んでいないからな、赤の世界ではもう手軽に噛み殺されていたけれども、あの感覚が生きているならこのゲームでも死ぬのは苦痛だろう。その点、助けてくれてありがたかったのだけれど……。
「tokage君? えっと、ナビお姉さんは外の怖い魔物がどっかへ行ったあとで迎えに来るそうだから、ここでしばらくルサルカお姉さんと一緒に待ってて貰っていい?」
それはもちろん構わないけれども……会話が続かないからってお菓子を食わせようとあの水草のお代わりを出すのは遠慮していただきたいな……。




