イントロン
慣れたように彼の足を刈り取り、背負い投げをしてやる。ぶっちゃけ、腕力に任せてそのままポンと投げてあげてもいいんだけど、それよりかは受け身が取りやすそうだから、わざわざ背負い投げとか足を掬うだけで済ませてあげているんだ。投げられては走りかかって来て、また投げられる。フランソワーズ君はこの繰り返しだ。でも背負い投げとか滞空時間が長い技をしている甲斐あって最初のうちは不様に音が鳴るほど強く打ち付けられて居たけど、段々としっかりと受け身を取れるようになってくれた。
「受け身が取れるようになったら投げられている間に隙を突いてみるなりするといい。今の君じゃあ投げられずにいることは無理なようだからね。手本を見せよう。」
僕はそう言って起き上がったフランソワーズ君に腕を差し出して背負い投げをさせてやった。一回は綺麗に着地して見せ、再度やらせ今度は空中で体を捻り腕を逆に引っ張り返し、投げを返してみせた。常人なら出来ないが、今の彼ならできると踏んでこの手本を見せたんだが……まあ、多分大丈夫だろう。
取り敢えず今のをやってみろと言って今度はある程度ゆっくり背負い投げてやると、取り敢えず体を捻って着地をしてみるという所までは実行に移そうとしているのだなとわかる形になった。まあつまり、無残にも失敗してしまったのだが。少し早かったかな?
うおぉーと馬鹿みたいな叫び声を上げて突進してきて、もっかい投げてみると、今度はまた更に不様な着地を晒したので僕は少し苛立った。幾ら重心を下げたとしても無意味なのがまだわかんないのかなあ。と言うか一度失敗した程度で僕のアドバイスガン無視って何よ。
「三年生でも一年生でも構わないけど、素手で戦う人は入って来てほしいな。こんなんじゃ凄い時間の無駄だし。」
そういうと暫くは誰も入って来なかったが、フランソワーズ君をまた二回投げた頃に、恐る恐る一年生のデモクライトス君が来てくれた。あの金属製の剣を持って僕を殺しかけた子供だ。獲物はない、まあ僕だって剣と弓と素手となんて分けて戦うから、そう言うこともあるだろう。
「いいね、あと3人程は同時に相手取れるから他の子も入りたくなったら好きに入って来て。」
デモクライトス君は僕の様に投げ技を行うわけではなく、蹴りとかの打撃を繰り出して来た。まあ別に彼は僕を倒す事を目的としてるわけではないし、投げ技の方がいいよとかのアドバイスはして上げない。自分で気付けばいいんじゃないかな、という事で僕は彼の鳩尾を殴りつつ、フランソワーズ君をデモクライトス君にぶつける様に投げた。人間バットだ、ははは、急所に当たらない様にしたがそれでも痛かろう。フランソワーズは左脇腹、デモクライトスは左肩を、お互いの部位で痛めた。おっと、フランソワーズ君は投げが変に決まってしまったから僕が掴んでる左腕と地面に強く打ち付けた右半身もかな。
「まだまだいけンだロ? もっと攻めて来いヨ……。」
……いけない、ちょっと興奮しすぎてるかも。頭を冷やそうにも、今しがた挑発されたばかりの彼らはそれを許さない。僕は回復が早かったデモクライトス君のパンチを弾き、また腹に一発入れ、その後一度数歩下がった。彼の体力では今のフランソワーズ君用のパンチが効かないと言うことを知ったから、逆に聞かないのを逆手に取るんだ。こっちに踏み込んで来たところを指すようにカウンターを仕掛ける。取り敢えず彼らの動きに合わせてこちらの動きを遅くしているが、それは彼らと同じ筋力レベルになっていると言う事で、自分に殴られた様なものなのにピンピンしている彼は随分と打たれ強い様だ。
良いぞ、今日の彼らは凄くいい。僕に視点を置いた相対的評価ではゆっくりと、非常にゆっくりとだが、着々と腕が上がって来ている。掴み一回、蹴り一回、どの攻撃でも1回ごとに狙いが正確になって来ている。まあ勿論彼らなりの試行錯誤もあるし疲労もあるだろう、進歩は大きく一歩進んで小さく二歩下がる程度だろうか。でもΔ進歩、最初の攻撃からは僅かながらも差ができている。
フランソワーズにカウンターを二回打ち込めば、また勇気ある……勇気ある? まあ、僕の訓練に参加してくれる人が来た。三年生の人で、袴やガウチョパンツの様なブカブカなズボンをだけを残し半裸で来たので、足運びを見せない様な戦い方をするのかと思ったのだが、先輩は急に帯ひもを緩め、息を大きく吸って『巨大化』した。
「俺は、ウィルギガースのセダカ。巨人男だ……初めて見たか?」
巨人男? ……ああ、狼人間的な。で、名前はセダカって言うんだ。背高……? いやまあ、今はそこまで説明してる場合じゃないからいいや。最初に見かけたときは年相応の普通の身長だったけど。大体今の彼は2m強くらいの身長になっている、ギリギリ二倍とまでは行かないが、なかなかの膨張率だ。しかも、結構筋肉質になってる。しかし、変身する種族か。話に聞いてはいたし、その者自体は多分気づかなかっただけで見ていたりはしたんだろうけど、変身する姿は初めて見た。しかし、どう言うメカニズムなんだろう。肉体を変える魔術は禁術扱いされてるし、多分そのメカニズムではないのだろうけど。そんな事を考えながら僕は彼の突進を躱した。
その隙を突くようにフランソワーズ君が摑みかかるが、掴まれて逆に投げ返されるのを警戒するあまり腹がガラ空きだったので腹に蹴りを入れて転ばす。デモクライトス君も掛かってきたので彼にもまたカウンターをと思ったけど、僕たちに大きな影が覆いかぶさる。先輩が飛び上がって僕達一年坊をまるごと押し潰そうとして来たのだ。思わず体の強化を強めて飛び上がる。ウルトラマンよろしく拳を突き上げて飛んだのだが、まあいくら運動エネルギーに質量が関わると言ったって、僕みたいな小柄な子供でも、金剛石のように硬く爆薬でも使われたかのような速さの拳は凄い。てかまあmv^2が運動エネルギーなんだから、当然と言えば当然なんだけど。僕の拳は先輩の腹に青痣を残すであろうほどめり込み、先輩を数m程打ち上げた。
体を強化して世界がかなりゆっくりに見えるようになったから言うのだけど、先輩は凄く衝撃に歪められている。多分、あの巨体で着地に失敗したらタダでは済まないだろう。どうしようかと絶対的な時間で0.5秒ほど考え、氷の魔術で滑り台を作った。ひらがなの『し』の字をvの角度に開いたような形で、多分底の部分に振り子のように落ち着くかどうかしてくれるだろう。一応、先輩の前に水球を作って濡れさせ、さらに氷の温度を下げておく。これで凍ってそれが擬似的な摩擦力になる筈。
そこまでしてキツくなってきたので一度強化を弱めて、こちらに向かいつつあったデモクライトス君の肩を蹴って着地した。バリバリと派手な音を立てて先輩が滑り台を落ちていく。……だ、大丈夫かな? 心配になったのですぐに魔術をといて氷を消し、僕は先輩に駆け寄った。僕の魔力で皮膚の調子を戻し大丈夫ですかと声をかけると、先輩は風船の空気が抜けるように体をしぼませた。これは……本当に風船のように膨らんでいるのか? 筋力なんて魔力で誤魔化せるから、別に肉体が変わっているのではなく本当はただ体を大きく見せているだけなのでは……。
体が大きいと言う事には、ある程度のメリットがある。的になりやすいけれども、ダメージが小さくなるんだ。例えば人間にとって1Lの出血だなんて大惨事だけども、シロナガスクジラにとってはそうではないようにね。そしてキリンの一歩とネズミに一歩では大きく違うように、同じ運動をするのにも規模が違う。もちろん嘗て生存競争に負けた種が大型だったように、体が巨大なことは良いことばかりではなく消費するエネルギーが大きいデメリットにも繋がるが……まあ、この世界の人種の謎は今更かな。
先輩に取り敢えず他の子がいて危なかったのでついと言って、氷の魔術を使った事を詫びる。別に、魔術が禁止されていたわけでもないんだけども、あたかも素手だけで戦いますよ感を出してしまったが故にね。というか先輩が押しつぶそうと仕掛けなかったらそう言うつもりだったんだけど。
「い、いや……わ、悪かったよ……。」
先輩は、怯えた様な声を出した。別に、僕が訓練を利用して殺したり痛めつける訳でもないのに。何が怖いんだ、一体。
「……チェルトルカ、もういい! 下がれ……!」
教官はそんな事を言ってきた。下がれだと? この僕に向かって下がれって言ったのか、アイツ。お前が僕に本気を出せだのバカみたいなセッキョー垂れやがったのにか? おいおい、随分と随分な話じゃないか。ああ、ああ、いいさいいさ。下がってやるともさ。数分しか戦ってないけど、下がってやるともさ!
僕は苛立ちまぎれに遠くにあった今まで戦っていた僕達4人のローブを取り寄せ、乱暴に持ち主の所へ返してやった。腹たつなあもう、クソ。不機嫌に歩いていると、僕を下げさせた訓練教官、一年生担当のいけ好かない性格で生理的嫌悪感を感じる体型のバカから待てと言われた。少し話があるだとかなんだとか。
「座学に関しては知らないが……お前の戦闘に関する実力は明らかにこの授業のレベルにあっていない。と言うよりお前は多分、特級でも怪しくなる。」
ドロシー先輩の魔法を止めても別段疲れていなかった事がいけないらしい。同じ事が何発もできると思われたのだ。基本的に、伯爵以下の家では神が一柱しか守っていない。侯爵家で二柱、公爵家で三柱、皇帝の血には五柱の神が加護を与えている。まあフロワユースレス家は例外的に公爵家で二柱だけど、まあそう言うこともあるだけだ。でだ、神の加護が子供に受け継がれるのだけど、それはつまりどう言うことか、血に神の加護が結びついていると言うことだ。言い変えると生まれ持った魔力の属性として神の加護を受けているんだ。神の力を使いすぎると言うことは、自分の魔力を使いすぎると言う事になる。公爵家のようなタイプでは一つの属性の魔力を使い切っただけなので、その限りではないのだが。
ここで、僕はさっき先輩の魔法を魔法によって打ち消したのだけど、それでピンピンしてたと言うことは、まだまだ魔力に余力があって、また何度も同じ魔法が使えると言う事になる。もちろん、僕は何柱もの神からの加護を受けて、その内の一柱の力を使いきっただけなので、また同じ魔法を出せる訳ではない。だが、それは僕が公爵家の息子だとか神子だとかそう言った情報を得てない人にとってはわからない事だ。
それで、特級というのは要は公爵位の先生から指導が受けられるよう級らしい。僕が公爵家級だの侯爵家級だのと言っていることからわかるように、爵位が変わるだけで実力には結構大きい差が生まれる。よって、いつまでも爵位をごった煮にして授業を受けさせると面倒だ。よって、飛び級や特別支援学級が必要になる訳だね。そこで、僕は飛び級じゃダメだし特別支援ももしかしたら他の生徒とは一線隠しているかもだという話になる。
「特級がダメだったら、僕はもう授業受けなくていいんですか?」
冗談交じりに僕がそう言うと、先生も少し俯いて、残念だがそうなるかもしれないと言った。……それは、願っても無い事だけど。あまり正確ではないけど、今の僕には時間が足りない。放課後の夕方だけフランソワーズ君の訓練と学徒会とか言う舐めた名前のクラブ活動で予定が被っているんだ。本来だったら、約束が守られていたら、例えば一週間のうちに3回だけ顔を出して後は訓練とかが出来るんだけど、どうもやる事がないのに時間がとられてしまって、大変頭を悩ましている。
そこで、今回の事で考えたのは昼にクロノアデアとの訓練をして、放課後に学徒会、そして夜にフランソワーズ君の訓練をする。これでどうだろう、フランソワーズ君には負担を強いる事になるけど、大分いい話じゃないだろうか。ここまで考えたのだが、そこで教官はもしかしたら聖騎士隊や近衛兵隊から特別教師を引っ張ってくるかも知れないと言った。担任のハゲチャビンは副教皇の弟だし、校長は元軍部のトップだった。お互いコネがあるから、そう言うのも可能なんだろうが……教会の聖騎士隊だったら僕の指揮下にあるし、取り敢えず虚偽報告してよと頼む……いや……まあ、流石にそれは無理か、職務違反をしろなんて職務命令は流石に可哀想だ。何よりクロノアデアがあまり良く思わないだろう。しかしそれを先に言えよな、変な期待させないでくれ。
「今日の所は……校長先生に預ける。確かこの時間ならば校長室にいるはずだ。一緒に向かおう。」
なんて一言で、僕は校長先生の所へ向かい、二人で校長室に入った。校長室には、恐らく二人っきりで授業をしていたのだろう、ハイティーン程の女生徒がいた。教官が耳打ちで校長先生に事情を話すと、校長先生はそうかと悲しそうに呟いた。なんでお前みたいな老いぼれにこの僕が哀れまれなきゃならないんだ?
「パルパー君、少し待ってておくれ。儂は彼女に話があるんじゃ……。」
彼女って言うなし。耄碌ジジイが近づいて来て、僕に話しかけた。曰く、君は本当に特級を受けたいのかと。それに関して一言でハッキリ言えば、僕は受けたくない。授業をサボっていたいと言うのが心境だ。その事を伝えると君は訓練が好きじゃないのかと言われた。そうではない、好きな方だ、多分。でも僕は自分に合ったレベル、あるいは自分よりも強い人が受けるべきレベルの訓練を受けるのが好きなんであって、自分よりも程度の低い人が受ける訓練を受けたいとは思わない。それだったら僕の師匠と訓練をしてるか、友達と一緒に喋りながら適当に訓練をやっている振りをしてた方が楽しい。
「やっている振り……とは? 君は、自分の実力を隠さなかったからここにいるんじゃないのかのう?」
隠して適当にやってたら本気を出せって言われて叩かれただから本気を出してやったらここに連れて来られた……と言うわけですよ。良いじゃないですか、別に不真面目に受けていたとしても。相手を馬鹿にしたような戦い方をしても。実力が開いている以上、訓練の効果を最大限に高めるには強い人が弱い人に合わせてあげるほかないじゃないですか。僕だって望んで皆んなより強くなったわけじゃないんですし。
なんて嘘を言った、いや、全くの嘘と言うわけではない。僕が力を求める時に意識していたのはクロノアデアと神々だけで同年代の子供なんて眼中になかった。だから、結果的に皆んなより強くっただけで別段、皆んなより強くなりたかったわけじゃない。僕が恵まれた才能などを使ってドンドン強くなっている時に、皆んなは才能などが恵まれなかったばっかりに強くなれなかった。なんとも悲しい事故だね。
「望んで強くなったわけじゃない? ……そうか。」
だがまあ老いぼれにそう言った言葉の裏を察する能力はない、いや、元来はあるかもしれないが、僕みたいな子供が好きなジジイだから疑わず、僕が言ったことの裏を探ろうとする素振りすら見せなかった。それどころか呑気にも獅子の件でもこの前の訓練でも気には驚かされるのおだのなんだのと、馬鹿みたいな事を言ってきた。公爵家に神の力が宿ったらそりゃそうでしょうねと言いたいけれども、まあ周りに人が居るために、生まれが生まれですからとしか言いようがない。
ところがどっこい、さっきのパルパーさん、ハイティーンの女生徒は話に突っ込んできた。
「ぼ、僕の家は新興で、加護の分散もない上に、二代続けてエクストラなんですよ。」
説明すると『エクストラ』と言うのは前に話したバグ、魔術師の始まりである魔術師としての才能が何故か滅茶苦茶高い人間のナウいヤングな言い方らしい。あと、加護の分散がないっていうのは単に家の神が守っている人間が少ないって話だ。100の力を祖父母両親叔父叔母従姉妹兄弟息子娘……なんて分けて行くと、25の力を父と息子で割った物より小さくなる。まあそいつを一族のカウントから外すなり殺すなりすればまた神の力は回復するのだけど、まあそれでも二代目レベルまで回復させるのは難しい。よって、ある程度まではこの言い訳でごまかせるのだ。勿論、それにも限度があるが。
「なんなら一度、儂と全力で戦ってみるかのぅ? 儂とて、若く体力に溢れておった頃は竜相手に戦ったこともあるんじゃよ。」
竜族、竜族は……まあ、もっとも神に近い種族とも言われる。神っていうのは魔力塊であって、竜は魔力が豊富な生物であるというだけだから、別に性質が神に近いわけじゃないんだけど……でも、多分、この大陸を占めている種族の中で一番強い種族はあるだろうね。僕がいる大陸、まあ僕の住むアエテルヌム帝国内ではアエテルヌム大陸って呼んでるんだけど、とかく、総力を合わせる事が出来るとするならばアエテルヌム大陸で一番の国は帝国だ、しかし、純粋な戦争になった時に勝つのは竜族の国だろうと言われている。でも帝国内の世論なので帝国贔屓が激しい事を考えると、その強さがわかるだろう。
「まあ、それも面白そうですけど……またその日丸々使って校長先生から授業を受ける日でいいですよ。あまり帝国の魔術師と戦うなと言われてますし。」
それで話は戻るんだけど、まず、大陸には不死族の住む国、まあ話に聞くとカラトウノンベエだかなんだかの占領する土地があって、アレを国とカウントするなら多分1位2位は不死族と竜族の国だ。実際、不死族っていうのはガチで死なない、と言うよりRNAを使うような新陳代謝がなく寿命と言う概念がない種族もいて、彼らのあり方は人と言うよりも神や精霊に近いらしい。勿論、帝国内でその事はあまり触れられてないが。その点に関してはクロノアデアの実体験からの話でしか知らない為、どうも……。まあ、それでともかくとして、竜と戦うと言うのはそこそこな武勇伝だ。成体幼体、寿命や同じ爬虫綱竜亜目竜科であっても、例えば虎とイエネコが同じネコ科である様に、その竜の種によって評価はまちまち、国が滅ぶとか都市が滅ぶとか、基準がおかしいのは統一されているけどね。
「まあ、そう望むのならそうしなさい。手を抜いて戦うのなら。それもまた良し。己に呪いをかけて戦うなり、かけられる負荷は色々あるからのう。」
かけられる負荷ねぇ、仮にそうだとしても、彼ら相手にやる意味があるのかどうか……。




