3と10
先輩との対戦は、善戦して負けると言うシナリオの方が良いのだろうか。そう思いながら僕は刀を作り、適当に体を強化した。髪も解かず、完全に舐めきった態度ではあるが……今日は、体を最低限の動かし方に抑える戦い方を学ばせてもらうとしよう。積極的にとどめを刺さずにいたとしても決して手抜きじゃない。先輩の胸を借りて稽古すると言う意味でなら、僕の態度も許されるものじゃないだろうか。
「女子に剣を振るのは趣味じゃない、手を抜いたからってあまり悪く思うなよ……?」
そう言った先輩は分厚い鉈と短刀の二刀流で、恐らくは傭兵流の戦い方をするであろう人だった。傭兵流は魔術師流や騎士流など四つある流派のうち、もっとも実践的な……魔術師以外が扱うなら実践的な流派だと言える。人相手に最も効果的で、最も効率的に戦で活躍できる戦い方だ。事情の説明は後回しにするが、傭兵は嫌われ者であり、そんな傭兵の名を冠する流派を子供のうちから修めている先輩も中々の手練れだろうと推察できる。
だが神の力を与えられた僕からすれば弱い。そしてそれは与えられた力だ、本来の僕の力ではないし、使わなくとも許されるだろう。神の力を使わないのは手抜きじゃない、心の底から侮っている訳ではない……。
僕が仕掛けて来いと剣先を二、三度揺らせば先輩はすぐに駆け寄ってきた。その魔力量と比べ蹴り込みが軽くブレーキをかけようと思えばすぐに掛けられる速度だから、フェイントなのかもしれない。僕はいつでも振れる構えを取りつつも、僅かな動作でも即座に反応できるように体の強化を強めた。
思った通り、先輩は間合いの数歩手前で急に止まって土煙を上げさせ、更に闇の魔術で辺りを暗くした。傭兵流と魔術の併用か、そうまでして目潰しをしてくると言うことは急接近をしてくるか、あるいはこっそりと背中に回り込んで攻撃するつもりなのだろう。僕は体を捻りながら宙高く飛び、水と光に魔術を噴射した。土埃は泥となり落ち、暗闇はかき消される。先輩の姿は白昼にさらされ、見事に目論見は潰された訳だ。
自身の体を軽く攻撃する事で移動を行い、濡れてない地面に軽やかに着地してみせる。これくらいなら普段の授業でも、と言うか前の教官との組手ではできた事なので、むしろここで負けてしまうと手を抜いているのではと疑われてしまう。なので今は軽く躱させてもらったが、今の駆け寄りを見て分かったことがある。彼はインファイターだ、まあ何をわかりきった事をと思うだろうが、多分だけど普段は鉈ではなく包丁くらいのナイフで戦っている。刃渡りに対して異様に接近しすぎているんだ。まあ槍を持った人間が剣の間合いで戦っていると言ったらその不自然さがわかるだろう、それくらいの違和感があった。あるいは単純に彼の距離の取り方が下手くそだって可能性もない訳ではないが。
純粋に手を抜いたのか下手くそなのか分からずに質問すると、先輩はニヤリと笑って鉈をこちらに投げてきた。そのまま服に隠していたナイフを取り出し、駆け寄ってくる。なるほど、確かに彼の技能があればこれも有用なのかもしれない。だが僕は普段クロノアデアがやる様にまっすぐに剣を振り上げ、そのまま真っ直ぐに振り下ろした。投げられた鉈は刀に当たって地に落ち、少し遅れて先輩が襲いかかって来るが、魔術師流の剣の素振りと同じように、僕は右斜めの逆袈裟で切った。小さい頃から何度となく繰り返してきた動きだ考えるよりも早く体が動いていた。馬鹿め、この程度の速さで動けることはさっきの回避で分かったはず、速度を見誤ったな?
先輩は石の刀に持ち上げられ吹っ飛び、僕はそれを見ながら構えを直した。足を半歩開いて肩の力を抜き、背筋を伸ばす。意図せずぶらぶらと揺れる剣先をしっかりと固定する。いつこちらに先輩が来ても良いように構えたが、先輩は近接戦では分が悪いと踏んだのか、ピンと言おうか、棒手裏剣の様な鋲を投げて来た。鉈でもなければ撃ち落とされないとでも? 刀で打ち払うのも馬鹿馬鹿しい、僕は土の弾丸を打ち出して撃墜し、更にそれで先輩に追い打ちをかけた。
傭兵流は嫌われ者の剣だ。目潰しやら足掛けやら不意打ちの仕方だの火計だのなんだの、極め付けは効率的に剣を使った野営の方法や剣を使った効率的な移動方法だの実は魔術師流よりも剣を剣として扱うことも少なかったりする。そして何より不憫なのが、傭兵だなんて数合わせの貧民ではこの流派を修めている人が少ないらしい事だ。クロノアデアが語る100年くらいは前の話だが彼女が最初に戦場に出た4、500年前も変わらなかったらしいので多分今も変わらない。魔術師が優良過ぎるからな、三國志で有能な参謀が一人居れば戦がだいぶ変わる様に、魔術師も居るだけで大分変わってしまう。大魔術師なら雨を降らしたり暴風を吹かしたりが可能だから仕方ない。とかく、全く傭兵とは関係ないのに嫌われ者の傭兵の名をつけられるほど傭兵流は嫌われ者の戦い方だ。ここまで嫌われるには政治的に何かあったんじゃないかしらと思うほどにね。
そんな事を考えながら先輩の攻撃を躱し続けていると、教官からそこまでと止められた。勝負はまだついてないのに……のしのしと歩いて来る教官から、パンと、乾いた音と共に叩かれた。痛みはないが少し混乱する。混乱は皆んなも同じ様で、ざわざわと波紋が広がった。
「真面目にやれ。無礼だ。」
先輩をボコボコに打ちのめす方が無礼じゃないか? まあ良いさ、そこまでしろと言うならやってやろうじゃないか。教官からお叱りの言葉を頂いたので、徹底的に負かしてやろう。なんなんだ、僕は彼の精神の安寧を慮ってやろうと、僕みたいなやつに負けたら悔しかろうと、わざと我慢してたのに。頭が血で張った様な感覚がして、体が熱くなる。心からコールタールの様に泥々とした醜い怒りが湧き上がって来た。
──制心術だ、僕は怒りっぽすぎる。前までは怒りに任せて暴れてたけど、それは絶対にいい事じゃない。邪神側に傾くし、短絡的な感情で幸せな明日を潰すことになってしまう。僕は、僕なんだ。怒りに飲まれて困るのは僕だ、怒りに飲まれるな。
頭が少し軽くなり、少し冷静になった。まあ、教官に僕の強さがバレている以上、神様の力を使おうが使わなかろうが手抜きはバレる。仕方がないのでそこそこ本気になろう。僕は剣を構え直し、先輩にまた来る様に誘った。先輩は少しの躊躇の後、すぐさま先輩は短刀を構えて近寄って来たので出来る限りの速さで喉元に石の刀を持っていき、打つ寸前で止めた。
「本気を出す事が無礼だと思ったので手を抜いてました。貴方の自尊心を傷つけるかも知れませんが、黙っている方が無礼だと考えたので白状します。ごめんなさい。」
はあ……つまんない。こう言った勝負では強化の魔術が全てを決める、それは魔力の量が全てを決めると言ってもいい。だから僕に勝てるのは公爵家だけ、いやそれすらも危うい。だから手を抜くんだ、手を抜くのはそうした方がお互い楽しいからだ。僕は力に頼らない剣の腕を磨けるし、相手は一方的な試合にならなくてすむ。どこが悪いと言うんだ、むしろ万々歳じゃないか。
「勝者は残って、敗者は退場しろ。次、誰か入れ。」
僕を叩いた一年生の方の教官がそう言うと、また周囲が騒ぎ始めた。あそこまで強かったかだの、流石チェルトルカだの、あの子はどこの家の子だだの、評価は人様々だが、僕を褒め称えたり恐れたりする声であると言う点では統一されている。過度な尊敬は無理解の象徴であるし、無理解は恐怖の象徴だ。結局、僕は一人だ。僕は勝って尊敬されたかったんじゃない、負けて友人や知人がほしかったんだ。
なんだってそうだけど、気持ちよく負けたいんだ。腕を磨いて、相手を見て自分はまだまだだなあと思って、相手に追いつこうと自分を磨く。負けることに意味があるんだ。勝って当然の相手に勝つ事の何が楽しい、負けて当然の相手に挑むのが楽しいんじゃないか。負けるかも知れない相手に勝って、こちらが勝つだろうと思える相手には勝たせてあげる。お互いが気持ちいいのに、なんでそうしないのか。負ける美学があるんだ、負けるマゾヒズムは誰にだってある。常に自分の上をいってほしい相手は誰にでもいる。負けてこそ勝たずこその勝負じゃないか。負けてはならない時もあろうさ引くに引けぬ戦いもあろうさ、しかしそうでない戦いに本気を出してズタボロに打ち負かして、バカじゃないのか? 大人気なさすぎるだろ、子供同士で遊んでるところに大人が入ってきたらそれもう不審者への恐怖で遊んでるどころじゃないだろ、異質なんだよ僕は。だから普通を装いたかったのに、なんで異質でいろって言うんだよ。クソ……。
幾らかの人を適当に倒していると、見知った女性が目の前に立った。綺麗な青い髪の幼い魔術師、ドロシー先輩だ。彼女は何か気まずそうに頬をかき、可愛らしくはにかんだ。
「びっくりしちゃった。強いんだねゲニー君って。」
それはまあ、強すぎて騎士爵なのに公爵家に唾つけられるくらいですし。女の子の様な見た目をしているからって立派に男として戦える様になっているんですから、弱くはありませんよ。まあ、女性でも戦う人なんて幾らでもいるので今の言葉は不適切かも知れませんが。
「えっと……まあ、訓練だから行くね。──ファイア。」
ドロシー先輩は火の魔術を打ってきた。今までにも数人いたし、そういった人達は魔術で相手にしてきたのでドロシー先輩も同じ様に扱う。同じ火の球で魔術を相殺させ、さらに僅かに余った僕の火がドロシー先輩の横を掠める。ドロシー先輩は1秒毎程のペースで立て続けに火や風の魔術を撃ち、僕はその悉くを同じ魔術にて打ち返した。最初の十数回は下位属性、それからは上位属性までも混ぜられた。ああ、上位属性というのは火に対する爆発、水に対する氷の様に、俗にある属性より属性的に強力であると思われている属性の事だ。雷だったり魅了だったり、聖属性は流石に撃ってこなかったが、特殊と無属性に聖属性を除いた11属性全てが撃たれただろう。半ば反射で撃っているから覚えてはいない。
僕はチラリと教官を見た。また舐めた真似をしているが、教官は殴りかかってこなさそうだ。流石に僕にも僕の考えがあったのだとわかったのだろうか、そもそも一度僕と手合わせをした事があるのだから、最初からそれをわかっていてくれれば良いものを。
「これでも、魔術だけは学年一位を争ってるんだけどな……後先考えず、全力で行から、受け止めてね。」
そう言ってドロシー先輩は杖を構え、何か詠唱を始めた。詩的な詠唱で、小川が流れる様に歌っている。恐らく氷の魔術だろう……いや、魔法かも知れない。ドロシー先輩の杖の先に法力的魔力を感じる。神の力の混じる魔法に対抗できるのは魔法だけだが……今までの相殺するかしないかの威力はドロシー先輩の力量をちょっとでも知っていたから出来た芸当だ。彼女の魔法の威力が未知数である以上、もはや手抜きは出来まい。しかし、もし勢い余って相殺すべき撃った魔術が彼女に当たってしまったら、僕はどうすれば良いのだろう。
受け止めるということは、僕はある程度信頼されていると言うことで、僕はその信頼を裏切る様な真似はしたくないんだ。どうする、考えろ僕……僕のオリジナルの魔法は、不安だ。魔法を巻き戻す、ないし止めてしまうのだろうけど、普段あまり使ってないしちゃんとできるかどうかわからない。かと言って、ホムラビやマシエッテさんの魔術も不適当だろう。土や鋼の様な、実態を持った物が望ましい。だが、アカグモはフロワユースレス家の力で、衆目の目に晒したくない。だから……僕は、テンシさんに頼ることとした。帝国にいる以上、彼女の魔法は邪神側ではないのだろう。しかし、本来聖属性は対象を選ばない。どんな神の力でも止められるはずだ。
「テンシさん、力を貸してくれ。彼女を受け止めたい。」
僕がそう言えば体から白い光が煙の様に漏れて、ゆっくりと手に集まった。彼女の詠唱も徐々に完成しつつある。可視化できるほど濃密にされた氷の魔力によって周囲が冷え始め、彼女の杖の先には氷柱まで出来始めた。対して、こちらはあまり派手ではない。手の先に全方位に光るLEDライトが取り付けられている様なものだ。
形のある魔法を効果的に無力化する、と言う面ではこの方が良いのだけれど。イメージは力だ、今回の場合はマクロファージや粘菌の様に取り込んで食す様に無効化する、と言うよりも、もっと別の方がいいかもしれない。そうだな……テンシさんが受け止めて魔法を消し去るんだ、地獄門ではなく、天国門を、まあペテロさんまでは作る気は無いが、天国の門を作ってやろう。意思決定がされるとテンシさんが意思を読み取り象牙の様な白さと石膏の様な白さ、二色の白を以って彩られた荘厳な門が出来上がった。まあ、僕から見れるのは裏面と宙に浮いているため僅かに見られる底面だけだけど。表面は後で機会があったら確認してみよう。
「凄い……大きな盾? でも、それで受け止められるのかな?」
ドロシー先輩は盾と勘違いしたが、そう受け止められる様な造形なのかもしれない。まあ、撃てば分かりますよ。僕はニコリともせずに言った。最悪氷漬けの僕が出来上がるため、ホムラビの魔力で体を強化しておく。
「じゃあ、行くね──『ジュデッカ』!」
ジュデッカ、いきなりジュデッカか。まあいい、僕は門を地につけて扉を開けた。
──嘆きの川は罰ではなく契約である。裏切りの神秘を成した者も彼に選ばれし12人なのだ。”Dona nobis pacem. ”
魔法同士が接触したのだろう、門が激しく光った。門に大きな衝撃が走り大地が大きく揺れ、霜が降り始めた。だが、それは数秒の事で、すぐに扉が静かに締まり、光の粒子となって僕の体に帰ってきた……いや、これは氷の魔力? 魔法を吸収したのか?
ジュデッカねぇ……偶然と信じるには余りにも関連性の強いタイミングにジュデッカとかが出るから詠唱に影響した。仔細は省くがジュデッカは地獄門をくぐった先の最奥にある場所で、ユダがブルータス達と一緒にルシファーにガジガジ噛まれてる所だ。たしか嘆きの川コキュートスの一部だね、で契約云々裏切りの神秘云々は神の全知全能を拡大解釈した異端の説というか、ここら辺は前にも言ったかな。まあ、文学として成功しすぎて実質上の外典と化していると言えなくもない神曲の話ね。ペテロの黙示録では確か細部が微妙に違った様な……いやまあ、今となっては知るすべがないので、あまり正確なことが言えないが。
「ふふ、流石……。」
そう言ってドロシー先輩は倒れた。慌てて駆け寄り手を握って魔力を探ると、かなりの魔力が減っている事がわかった。まあでも、多分まだ行けるレベルだ。本来なら気絶せずともいられたが、急に魔力を失ったため失神したのだろう。立ちくらみみたいなものだ、僕も魔術を使い始めた時はよくクラクラしてたからわかる。
取り敢えず今しがた吸収した魔力を流し込んでみると容易く回復させられたので、すぐに目が醒めるだろう。
本来、魔法なり魔術なり使用した魔力が体内へ帰ってくることはない。それは僕たち魔術師が延々と魔術を使えないことからもわかる。対応する属性に変換されて放出され大気中の魔力と混ざった魔力は容易に元の魔力へ戻らず、また元の魔力に戻るには、詳しくはわからないが、複雑な経路を辿らねばならないのだ。まあ泥水にワインを混ぜてワインを再び泥水から分離させることができるかみたいな話さ。しかし、今回の天国門は一度変換された魔力をまた魔力に戻し、それを他者へ渡せる形のまま、つまり僕の使える魔力とは違った波長のまま体内に留めていた……という事? てことはあの魔法は、テンシさんの魔法は自分に合わない波長の魔力なんて物騒な物を体内に吸収する必要がある訳だ。今回わかったのはドロシー先輩の穏やかな波長で10秒程度は大丈夫って事だね、血縁関係の人なら1分くらいは平気かもね。テンシさんの魔力の残量は……全体の4分の1くらいか。当たり前だけど、そうバンバン使える魔法じゃないな。
おっと、いつまでも手を握って考えてるわけにはいかないね。僕はドロシー先輩を背負って、教官の目の前まで飛んだ。気を失ってるだけなので休ませていた方がいいかと思いますと言って、近くに石材で申し訳ないが、簡易のベッドを作った。ローブを枕にさせればそう苦しいこともあるまい。
さて、次の人をと思って待つが、しばらくの間は誰も来なかった。教官でさえ次の者に入れとは言わず、なんだか突っ立ってるのが馬鹿みたいに思えた。はあ……これが大人が子供に勝つって事なんだよね。無意味で無価値で無駄骨の、損しかない事じゃないか。教員なら、わかっとけよな……。こんな事ならいっそ、午後は学校を早めに切り上げてクロノアデアと訓練する時間にしたい……。ああいや、そうだな。僕は僕と同じ一年の方を振り返った。
「フランソワーズ、誰も来ないようだから来てくれ。訓練だ、放課後にできる時間も少ないんだし今やろう。」
僕が直々に指名すると、彼は驚いたような顔をした。




