ヤマ
まあ別に僕は子供と一緒に遊ぶのが嫌いなわけでもないし、従ってスカラークラブに行く事が嫌だった訳じゃない。スカラークラブに行く事で訓練の時間が減る事が嫌だったんだ。
でも、ここが殆ど地球と同じ条件であるとするならば、だ。時間は一日毎に24時間もあり、電灯なんてない僕たちは実は幾らでも空き時間は作れる。まあ、夜更かしをしようと言う話だ。僕はぶっちゃけ睡眠時間が赤ちゃんとあんまり変わんない。夜泣きがない代わりに昼は起きているが、一日の半分、つまり12時間は寝ていたい。7時に起きて7時には寝るような生活がしたいのだ。夜は本当にやる事もないのでぐーぐー寝てしまうのが癖になっていると言うか……館ではそれでもよかったんだけど、学園に入って昼間が無駄に浪費されてしまう以上、僕は夜に活動しなければならないんだ。密かに擬似不死属へなる為の魔術研究もしなければならないし、色々と大変だ。ああ、不死属の魔術は前に行った様な気もするけど、記録媒体を作って僕の肉体を定期的に巻き戻すと言う奴だ。記録媒体の作り方やそれで不都合が生じないかとか、そう言う実験やらを何かでやらねばならなくてね。不老不死の研究……詳しい人を師に仰いだ方が良いのだろうか?
それは置いておくにしても、さあ訓練の時間だ。今日は神の力を使いこなそうのコーナーらしい。教会から指示があったとかなんとか、まあカリキュラムの裏事情は知らなくても良いだろう。重要なのは、何を持って使いこなすとするかとか、そっちの方面だ。
「坊っちゃん、取り敢えず今使える神の力の種類を教えてくださいますか?」
クロノアデアにそう言われ、僕は説明のために五つの力を引き出す事とした。一つはホムラビの力、青くいつまでも残る火だ。使用頻度が高いからか、この力はかなり扱いやすい。次にシュテンドウジと蟲達の力、と言うよりかは顕現かな、あまり使ってはいないので引き出すのには少し手間取る。シュテンドウジと蟲はニコイチで送られてきたと言うか、シュテンドウジを梱包材に蟲を送りつけられた感じなのでシュテンドウジは顕現させないでおく。以前弓矢を飛ばそうとした時に腕だけ現れたから、何も考えずに力を引き出したら彼も出てくるのは明らかなので、そこらへんは意識して召喚する。
「まあ……。」
クロノアデアが驚き、少し目を開いた。ああ、ビジュアル的にどうしてもね。少し驚いてしまうかもしれない、でもまあ、僕の力ではあるし、よくよく付き合っていると見てて愛嬌のある奴だと思えなくもない。まあそこらへんは慣れだね、彼女の前ではあまり使わない様にしといてあげよう。と言う事で蟲達を送り返し、次はアンナさんの力だ。なかなか使いやすそうな力ではあるものの、彼女は全く使って無いんだよね。僕は石の板を魔術で生み出し、そこに力の一端である粘菌やら地衣類やらコケ類やら、まあ植物を生み出した。アンナさんの力は純粋生命創造の力、何気に恐ろしくもある力だが、特に植物の種類を指定できるわけでも無いし、僕には早送りとか巻き戻しとか元からある生命を操る魔術があるのでそこまで恩恵はない。
「なんと……。」
聖拳? まあいい、次はテンシさんの力を使おう。彼女の力は14属性の内の浄化と光に分類される。浄化が呪いや魔術を解除する、無かったことにする様な属性で、基本的に魔術への盾の様な役割を担っている。魔術師が使う対魔術師用の属性とでも言おうかな、あまり使用頻度は少ないけど教会からはありがたがられてて、元は聖属性なんて言われてたりなんだったり。光の魔術も似た様な力だ、闇の魔術を打ち消す力がある。闇の魔術も光の魔術も同じ光を操るんだから似た様なものの筈なんだけど、明確には違う属性に分類される。光の属性は本当に光を操るんだけど、闇の属性は黒い靄を操ると言うか……まあ、お互いの属性を再現できたりとかもするので長い、今は語らないでおこう。僕がテンシさんの力を使うと植物やらなんやらに覆われていたが、まるで光で焼き消された様に灰となりそして消えた。
次はマシエッテさんの力だ、彼の力は属性で言えば水で、特に何か変わった性質があるとは聞いていない。でも、こちらの文化はどうも地球に似通ったと言うか影響を受けている面もある様だからな、ワニの神様、エジプト神話のソベクに何か似た様な力があるかもしれない。生憎とエジプト神話に深い造詣があるわけでは無いが……ワニと言えば恐ろしい動物であるから、何か戦いの力があるのかも知れない、もしくは水棲動物がモチーフの神だし、ナイルの恵み的な、何か豊穣の神なのかもしれない。多神教の神は例えばアポロンが太陽の神でありハープや歌などの音楽、芸術の神であり、またソクラテスが一番賢いんじゃねとかの預言を授ける神であるように、色々な側面を持つ。だから多分ソベク神は恐ろしい神でもあり有難い神でもあるんじゃなかろうか、それはつまり僕の予想通りの。
僕は先程から燃え盛っている青い炎をマシエッテさんの力で消し、最後にアカグモとコクダの力を引き出した。ついでに、コクダさんもマシエッテさんも同じ水で属性が被っているので一応は別の力であると注釈はつけておく。
「全部で7つの属性ですか……、雷の力はないのですか?」
いや、特には。なぜ急にそんな事を、いや、クロノアデアも雷の神様の加護を持っているとか? 僕が尋ねると、クロノアデアはそんな所ですと雷を発動させた。彼女も神の力を……? 神殺し、いや、待て……帝国には、ステラコルと言われる宝剣があって、意味は雷神の頭蓋と言う意味だ。あまり君達は覚えていないかも知れないが、クロノアデアは雷神の呪いで不老不死になった存在だ。一度帝国の神話を調べたほうがいいのかも知れない、もしかしたら彼女は神を殺し……いや、今はいいか。彼女は僕に自分が雷の神の呪いを受ける前後の説明をしたがらなかった。知ってほしくない事を知ろうとは思わない、彼女から語られるのを待とう。それに、神なんてとても人間に殺せる様な存在ではないしな。何か、雷神の力を弱めたのは確かだろうが……。
「——そうですね、坊っちゃん。ここは、いつもの様にしましょう。ダメだった時は、神殿から特別講師でも呼びましょうか。」
まあ、僕にはいつもの事で通じるが。僕達は誰かに何かを教えると言うことが苦手、というか魔術はあやふやで形而上の事と同じくらい扱いづらい物なので、魔術に関してはいつも実施訓練をする。何か技を教える時、例えば火をばら撒く時はポップするので下向きにした方が良いとか、風は渦を作る様に回転させながら打つと良いとか、そう言う技術的なことに関してはちゃんとやる事もあるけれど、十分に魔術が打てないって言う問題になると頑張ろう以外に言う事がない。まああれだね、剣道だって戦略は練れるけど、素振りとかは肩や手首の関節も稼働させようとかの最低限以外は自分で素早く振る練習頑張ってねとしか言えないし、数学だって複雑な問題の解法は教えられても、例えばタンジェントからコサインへの変え方が分かんないとかの初歩的な問題はいっぱい演習解こうねとしか言えない様なものだ。まあそれは相手が三平方の定理使って頑張れば誰だって解けるだろうに解けないとかほざく癖に、その癖ゲームの知識ばっかり豊富なやつとか、お前が勉強に当てるべき時間を娯楽に消費したから解けないのではとしか思えない奴が相手だからだった様な気もするが。
……人間関係の知識は微妙に取り戻してるんだけどなぁ、どうも交友のあった人物の知識が思い出せない。そう言う娯楽に呆けた人物がいたと言うことはわかっても、それが従兄弟なのか友人なのか、そういった知識がない。残念なことに。
クロノアデアの監視のもと、僕は神の力をどんどんと引き出した。蟲達とアンナさんの力がコクダとアカグモとマシエッテさんの魔法を消費していくが、ホムラビとテンシさんの力がそれらを燃やす。そしてホムラビの炎をマシエッテさん達が消して、意図的に使うとこうなるのか。辺りが明るく、そして蒸し暑くなるだけとすごく小規模な影響で済む。心配なのは上手く変換できなかった神の力——そう言えば法力と術力で魔法に使える魔力か魔術に使えるか魔力を分けてようとしていたから、これからは法力と呼ぶ様に心がけるが——それらが術力と一緒に外部に漏れ出さないかだ。こんな公爵やらの子供が集まる場所だ、今更少しの法力が漏れたところで問題はない様な気もするが、少し不安ではある。満月の時、オーバーフローが起きなければ良いけど……。僕は木々の間から見える膨らんだ月を見上げた。満月は近い、今が新月なら別に満月の時には霧散しているだろうが、こんな扱い方……いや、まあいいか。問題が起きた時に考えよう、ここの先生は頼りないが、クロノアデアは大いに頼りになる。それに対処できないのはテンシさんの法力が暴走した時で、それ以外は打ち消す魔法が使えるから大した問題にならないしね。
「む、坊っちゃん。少し魔術が乱れてますよ。」
魔術……僕の呼び方では魔法だが、認識の齟齬が……いやまあ、いい。赤の世界の独特な感覚では魔法と訳したのだ、魔術と明確な差をつけたかったから。クロノアデアと僕の使う言葉が多少違ってても特に問題はないだろう。
ついでに、魔術・魔法の乱れというのはだ。今までフィーリングで判るだろうと思って語らなかったけど、つい最近に魔力の孔に関しても説明したからそろそろ説明してハッキリさせてやろうと思ったんで語る。魔術の行使っていうのは要は火山の噴火と同じだと思って欲しい、平成新山などに代表される溶岩の粘度が高い火山は中々噴火はしないが一度噴火したら、噴火するためのエネルギーが莫大なものである事から激しく吹き出される。そこら辺の例を挙げると、厳密には違うがデコピンだろうか、親指が押さえる力を跳ね返す為に激しく押し出す力が大きくなり威力が出る。まあそこら辺は経験則で判るだろうから今は黙るとして、魔力の孔は押し広げられたりそれで周りの孔が歪んだりで勝手に狭くなることがある。その孔に魔力の塊が通ろうとして引っかかり血栓の様に詰まる。それを魔力が血流の様に押し広げようとする為、血管の様に魔力孔がぶち破られ、そこから魔力がダダ漏れになったり一時的に溜まっていた分の魔力が爆発的に流れ出す。よって、魔術や魔法の威力が安定しなくなる。大体こう言うメカニズムである。なお、魔術が乱れている場合は正しい流れをしていないことが原因である為、魔力をちゃんと正しい孔の配置に合わせて流すことが大切である。まあそのデリケートさを利用して孔を再変形させる訳だ。
説明がてら孔を治し、再び力を込めようと思ったが、そこでまたトラブルが発生。今度はすぐにどうにかできるものではなく、いわゆる魔力切れだ。虫達とテンシさんの魔力が5分の1くらいまで減った。いざと言う時のため、少しは残しておきたいので、僕はクロノアデアにそろそろ終わりにすると伝えた。
「そうですか、畏まりました。ですが、まだ少し夜は浅いです。今日の訓練はどうしますか?」
まだ訓練ができると言う訳だ。しかし、普段からホムラビの魔力とかは扱ってるからな、術力なら幾らでも減っていいが法力が減っている今、更に無理して法力を消費をするのもどうだろう。今日は法力を消費しない様にしたいのだけど、そうなれば普段の戦闘スタイルから離れることとなる。そうなると型が崩れるんじゃないか? いやでも、そうだなぁ……ああそうだ、素手で戦うか? 素手で戦う時には相手の剣を奪うか、距離をとって剣を持ち直すかの二択だ。いつもの僕みたいに動き回る訳でもないから、そう型も崩れないだろう。
「む、素手での戦いですか。……まあ、白兵戦で素手となった時に何もできないよりかはと思えば、それで良いでしょう。」
クロノアデアは納得して、僕に師事する事となった。素手での戦闘を師事とは言っても、やるのは組手じゃない。お互い、マニュアル操作の使い魔というかゴーレムが苦手だからだ。体格差があるので、ちょっと長い剣よりも誤魔化しが効かなくなるとでも言おうかな。本格的に魔術で体を弄れば体型なんぞとは思うが、それは禁術の域だからね。
僕はクロノアデアから基本的な体の動き、物の投げ方を教わった。……柔道にてるか? 僕はフランソワーズ君に筋力や速さに頼らない関節技を身につけてと言ったんだけど、中々目処が立たなかった。でも、そうかぁ、なるほどね。クロノアデアもそういうのが教えられるというのならば、片手間に習って僕が彼に教えてやっても良いかもしれない。僕をクッションにするのはフランソワーズ君の強化効率の点で見ればよろしくないが、僕個人のクロノアデアとの訓練の時間が減らずに済む点で僕にとって都合がいいからだ。彼には悪いが、彼女の主人は僕だからね。もちろん彼女の時間利用方法の主権は彼女にあるが、彼女は契約という主権の一部移譲をした訳だから、その分は僕の好きにさせてもらうさ。
ひゅい、ドダン、ひゅい、ダダン。足を引っ掛けて重心を移動させ、掴んだら肩で背負って、そのまま円を描く様に投げ飛ばす。しっかりとしつつも柔らかい地面に、僕はひたすら取ってのついた石の柱を背負い投げ続けて夜を過ごした。




