思考を除いて我々に絶対はない。──デカルト
フェアトレードの問題は資本主義社会で、高いだけで品質が特に良いわけでもない品物がどうなるかとか、自分で考えるかネットで調べるかしてください。
「ゲニーマハト……お前は、戦いに向いてないな。センス云々じゃなくて、生き方として。」
唐突に教官にそんな事を言われた。何を、言っているんだか。人間一人の資質を見極められる事ができる者がどれ程いる、まして還暦すら迎えていないお前なんぞが適当を抜かすなどと……。
「それだよ。お前の感情は動き易す過ぎる。戦いになるとまるで子供みたいに振る舞い出す、その癖は悪癖だぞ。」
僕は、火照った身体に冷たい空気を無理やり吸い込んだ。身体が熱く、上手く息ができない。皮肉じみた事を言われるなんて、頭がフットーしそうだよぉ!? ……アレはないわな。自分を茶化す事で少し冷静になった。ジョン教官の言うことは最もだ。僕はいざとなると急にカッカッとまるで炉に入れた鉄の様に身体が熱くなり短慮になる、訓練経験から言ってそっちの方が限定的な観点から言えば強いのだけれど、もっと長期的な目で見れば、僕と言う人間を目指すべき深い人間から遠ざけているのかも知れない。……クロノアデア、彼女と共にいるには莫大な魔力と神の協力が不可欠だ。その為には、いくら力があっても良いと思うのだけれど……少し、ううむ、考え直すべきなのか? 単純に強くなるのも好きなんだが。
「せっかく一時の間は冷静になれる頭があるんだ、それを大切にしろ。蛮勇は多くの人が持つが、そう言った才能を持つ人間は少ない。」
そんな事はないと思うが。だがまあ理解できなくもない、僕はお金云々の話は下品なのであんまり口に出したい事ではないが、清貧と言う物は達成するのが難しいから尊ばれるのだ。誰でも清らかであろうとすること、貧しくあろうとすること、それを真に望むのなら容易く達成することができうる。まあ清らかであろうとするならそもそも人付き合いを絶ったりだのこまめに善業を積むだのなんだの、貧しくあろうとするならただ単に度を超えて散財すれば良いだけだからな。どちらか一方だけなら容易い。
だが、貧しくありながらも清らかであろうとする者はどちらにも成り切れない事が多い。清らかであるためには悪さをしないようにするだけだが、世界は貧しい者に対し悪事の道ばかり示す。
さらに言えば物質的豊かさは小さな事で満足できなくなると言う心的貧しさの土壌を作り、物質的貧しさは何としてでも満足したいと言う心的貧しさの種をまく。産まれながら足るを知り満たされ続けた者は清貧であると見なされることも容易いが、足ると見做すことを出来ずに貧しくい続けた者は心まで貧しくなってしまう。過去の世界において現代の僕達ほど物質的に恵まれた環境にいた人がどれほどいようか、そして僕達のうちどれ程の人が精神的にも恵まれていると胸を張って言えるのだろう。つまりは、物質的豊かさは心的豊かさに直結しない、そう言う事なんだ。
自分を客観視して僕は恵まれているんだと思える、この才能は少ないとジョン教官は言うが僕はそうは思わない。だけれども実際にそうしようとする人が少ないとは思う。それは自慰行為的自傷行為に他ならないからだ、自分より低いものを見つけて満たされた気でいる事、それでどれだけ救われると言うのだ。多くの人は無自覚的あるいは自覚的にそれを理解していて、僕みたいな寂しい人間の行為をしていないだけなのに。
まあ誰かと意見が合わずに反論が寄せられない心の内でボロボロ文句を言うだなんて事は今に始まった事じゃない、そう言った己の貧しさを受け入れてこその人間だろう。僕はそう開き直るね、恥なんて物は世間へ対してかかなきゃいいのだ、己の内でかく恥など僕はもう数に入れるのを辞めたね。今は授業中なんで、戦い方に関してもう少し具体的なアドバイスくれませんかと尋ね、魔術の威力が高すぎるしやらなくてもいい気がするけど、フェイントを練習したら?なんて言われたのでフェイントを頑張る。だが、フェイントかぁ、今まではルパ◯さ◯せいを真似てフラッシュだのの目潰しをやりながら戦ってきたが、フェイントは難しいんだよなぁ……そもそも相手に効果があるレベルがどうも高すぎる様な気がする。だって魔術を使った完全な不意打ちを相手の攻撃最中に打ち出してもそれに対応できるほどの反射速度だぞ? いっそ完全な幻影でも作った方が……うん?
それいいかもな、完全な幻影は無理だけれど、僕は全く同じ見た目のゴーレムくらいなら朝飯前でできる。ゴーレムに僕の動きを学習させた戦闘AI的な物を積めば結構な物になるんじゃあないか? 今日の訓練はクロノアデアにデータ採集を依頼でもしてみようか。
ジョン教官とのマンツーマン訓練から離れ、見学の輪に加わる。お前相変わらずすごいなと近くにいる子供から声をかけられたので、髪を紐解ながらありがとうと答えておく。やあ、えーっと、記憶を漁り僕は相手の名前を思い出した、デモクリトス君。確かこの子に舐めた態度で挑んだら冷や汗を書く羽目になったはず。トップバッターの僕は色々と彼やその他の人達から色々と感想を聞かれた。感想を聞かれても困るのだけれど、子供らに語らない僕の本心としては物足りなさがある。地面に魔術陣を打ち込んで簡易地雷的なトラップとか、印付けの魔術で運動の対称性を利用した攻撃とか、色々できる事は試したのだけれど、クロノアデアなら明らかに突いてくる実力的にも十分に突けた隙とかを見逃されたり、予想外の動きもなく、なんかこう……スリルにかけた。闘争こそ男の華よと言う程の戦闘民族脳をしているわけではないけれど、やはり味気なさがある。
なんて思ってはいるものの、馬鹿正直アイツ真面目に訓練をつけてくれなかったんだよなんて言うのもどうかと思ったので、僕は素直に教官の腕の良さを褒め称えた。姿勢が安定していて崩そうと足を攻撃しても軽く流したし、その点は流石教官様と言うほか無いねとか。そんな事を言うとデモクリトス君は『やっぱりお前でも強いと思うんだ、あの教官スゲエな。』なんて言ってきてくれる。僕を強さの基準にするのは違くないか? 教官の行動を元に生徒の強さを判断してくれよ。まあ、確かに僕なら自分を含めたクラス全員を打ちのめした生徒と教官なら生徒の方が凄いと思うが。年齢による将来性もあるがヴィジュアル的に僕の方が魅力がある、可愛くて強いとむさくて強いだとどうしても前者を選ぶ。むさ苦しさもある男前が強いのだと後者だが、前者が男って時点で若干ね。まあ、この子達は僕を未だに女子だと思ってる疑惑があるのでアレだが。
しかし、実際に戦って見るとわかる事があるように、実際に戦わずに傍目で見ているからこそわかるものがある。ジョン教官は本当に最低限の動きで戦う、だいたい魔力を探って見たところ侯爵下位あたりなのでスタミナが少ないと言うわけではないだろう、アレこそが少し歪んだ筋肉の秘訣だろうか、足腰がしっかりしてないと逆に無理な気がするが。ええ……今の教官は無手だが、普段から無手で戦っているのだろうか? 僕が手探りで教えていた柔道とは違うが、フランソワーズ君は彼にこそ支持をするべきじゃないか? 僕だと結局最後は肉体強化でゴリ押せくらいしか教える知識がないし。僕は一緒に見学せずにグループから離れて一人孤高の狼を気取っていたフランソワーズ君に声をかけた。まあ、彼はクラスの中で弱いと言うだけでイジメられかけ、気取っていても気取ってなくとも孤独にならざるおえないのだが。
彼に授業後に教えを請うた方がいいぞと伝えて見ると、お前に言われなくともそうするつもりだったとつっけんどんな態度を取られる。それは良かったがしかし、実は僕にも彼の動きは見習うべき箇所はある。手加減だ、手加減。僕が戦った気がしないと言うか物足りなさを感じたのは、普段の訓練において僕はクロノアデアばかりと戦っているため、手加減と言うものについてよく知らない。教育者ではなく常に生徒の立場で動いている、普段から誰かしらからも何かを学ぼうとする姿勢自体は別に結構だが、人に教える立場が常に何かを教わる気ではいけない。クロノアデアは僕のギリギリ限界に力を合わせてくれるが、僕はフランソワーズ君の限界に合わせることができずすぐに彼をブチのめしてしまう。色々と考えものだ……。
授業を終えてフランソワーズ君が先生に話しかけるのを見届けて、僕はヤマオカさんに声をかけて、バートリーさんと会って宿題の確認をする事にした。まあ宿題なんぞ、一日二日でなんとかなるような問題ではないので確認のしようがないのだけれど、話だけは聞く事にした。
「えっと、私はあんまり……うまくできなかったです。」
そう言ってバートリーさんは魔術を打って見せてくれた。素手で打った半魔力の魔術が地面にぶつかり、地面を大きく抉った。相変わらず殺意の高い魔術だ。そう言えば、バートリー家はどうして杖に固執をするんだろうか。代々素手で打ったほうがいい物を発達させて来たのなら、素手で打つのが普通なのだろうに、どうして……弱い方が都合が良いのか? まあ、後で調べておこうか。
ヤマオカさんも上手くいかなかったと言って魔術を使ってみせた。彼女の魔術は威力の調整が不安定で、安定した威力を見せられない。これに関しては僕に解決できそうな問題だ、僕も同じ時期があった。原因は多すぎる魔力を上手く扱えないからだ。前に火の魔術を使おうとして10の魔力を込めても1しか火に変換されないなんて言ったけど、込める魔力が多すぎると同じ1割でも大きく差が出るんだ。10000と12000の1割じゃあ200も差が出るだろって話ね。
だから僕は2人に魔力の変化の練習をさせた。バートリーさんは安定した魔力に変える力を、ヤマオカさんは安定した属性変換を出来る力を、それぞれ似たような問題なのでまあ教える身分としてはありがたい事だよ。しかし……僕は教育に関してすごい悩んでいる。
教育に正解なんて無いとは思うけれども、それは人間に達成できる範囲での話であって、例えばある教育を受けた皆んなが皆んな『人類の幸福』に関して少なからずの貢献をできるならば、僕はそれを正解に近いものであると言いたいし、あるいは目的を決めた上での教育で、例えばオリンピック金メダリストを育成すると言う目標下で金メダリストを生み出せたら、それは教育の成功であると言えるだろう。大切なのは、なにを目標にするかだ。単なる強さ? そんな物を追い求めて何になるのだ。もちろん、軍人として働く事になる彼らには最低限死なない技術を教えてあげたいが……。人間、教育というのは『幸福』を第一目標にすべきであると思う。納得、満足、仁、和など、人としての幸福とは様々な形であるし、単なる死ひとつ取っても幸せな死もあれば不幸な死もある。でも、どうしてたかが1人の人間に複数人の幸せを見極めそれを完全に導けるというのか。所詮、『人類の幸福』とは人類の手になく、神にしか知り得ず神にしかなし得ない物なのだと、僕は思っているのだ。
その点、僕はとりわけバートリー嬢取り扱いに困る。彼女は一体どうしたら幸せになれるんだろうか。これを論ずるには彼女の幸せをわからなければならない。だが、人生の幸せとはなんだろうか。前に僕は人生の幸福感の平均を取ってそれに人生の時と適当な係数でもかければ幸せが出るだろうと乱暴に言ったが、それは家畜が真なる幸せなのかという話に繋がるのだ。人生の幸せというのも蝶よ花よと育て苦しみのないように屠殺するのが人にとっての幸福であるというのならば、一生麻薬でも吸って早く死ねばいいじゃないか。そうではない、そうでは無いのだ。もっと幸せがあるのだと心の奥底から思うけれども、どうも難しい。
幸せや正義の追求とは得てしてそういうものなのだ、例えばその名も気高き『フェアトレード』は薄利多売をできる大企業だけを生かして真に貧困に苦しむ者を追い詰めたと言うように、我々がある面だけを見て良いとした物は我々が思いもしなかった面から悍ましき闇を見せてくる。良かれと思った事は裏返るのは、共産主義や資本主義のようによくある事だが。動物農場やソビエト連邦また資本主義的中国に見られるように共産主義はダメだ、アメリカとメキシコの格差やイギリスの産業革命や現在のフランスのデモの様に資本主義もダメだ、じゃあ何がいいんだ? 人類は未だに正解を見出せず、それでも諦めずに我々の子孫が笑いあえる未来を模索している。
だから、僕も彼女の幸せを模索する。幸せとは何か、何者にも縛られずに一人で生きることか、誰かに利用されながらもみんなと一緒に生きることか、そんな彼女の心を探る事はできないが、今の帝国は幸いな事にまだ戦争白熱時代の名残で力さえあれば願いが叶う時代だ。彼女を心身共に強くして、数多の道を示す事はある。数多の道を目の前にして悩み苦しませてしまう事もあろうが……そこは、結局は自分を信じる他ない。
僕は訓練で負った怪我を手当てしてあげながら、彼女に今は苦しいかと聞いた。
「苦しい? ……急になんで? チェルトルカ君との訓練は大変だけど、私たのしいよ!」
それは良かった。まあ、そうね……うん、あっそう。美術部は、まあ表面上の知識だけは広い。広く浅くのジェネラリストじゃなければ色々冒険しないと評価が貰えない学生はやっていけないんだ。スペシャリストになるには時間が足りなすぎるので、嘘を適度に混ぜてお茶を濁す。だから自分に絶対の自信は持てないのだけれど、彼女はどうも嘘をついているような気がした。直感からの逆算でどうにか理由づけることも難しい、本当になんとなく嘘をついているんじゃあないかという感覚だ。まあ彼女は嘘をついたんだ、それ相応の対応を取るしかない。どうにか彼女の苦しみを探って、密かに取ってあげる。難しいけれど、僕は一人じゃないからね。僕という人間は一人だけど、僕のために働いてくれる人はそこそこいる。一先ずはそれでいいだろう。僕が一人で勝手に納得していると、ヤマオカさんから小突かれた。痛い!
「また、中学生の時みたいに悩んでる。ヒロくんは自分の存在を無視して抱えすぎるんだよ。今日はどうしたの?」
まあ、彼女のようにね。人と人が支えるのはなんて美しいんだろう、支えられる側に回ると特にそう思う。僕はヤマオカさんに帰りは一緒に帰ろうと誘った。バートリーさんの件でこっそり相談したいことがあるんだ、僕はそう言って彼女を見ると、なんだか彼女も少し苦しそうな顔をしていた……おお神よ、なんだって貴方は私をお試しになるのです。貴方を一心に信じます、貴方のお試しが私に乗り越えられる物だと。願わくば布教の義務を果たせずにいる私を許し、異教の彼女らもお守りください……。




