悪爺千里を走る
作用と反作用と言う物がある。例えば重い大砲の弾を撃つ時には、大砲本体から弾を押し出す力と同じ力が大砲にはかかる。まあ実際には火薬の燃焼による力には弾の進行方向成分の力だけでなく大砲の壁方向への力成分とかもあるので大砲にかかる力の方が弾にかかる力より大きいのだろうが。
それはともかく、大砲の弾が前へ進むのは結構と言うか進まなければ困るのだが大砲が撃った時に後ろに下がるのも困る。なので世に出回る大砲は後ろに下がりづらい物ばかりだが、それは大砲が固定されているからと言う理由ではなく、いや確かにそうなのだけれど、大砲が固定されている物も含めての大砲の重量が弾よりも遥かに重いと言う事が理由に挙げられる。大砲の固定が強固であろうと甘かろうと、弾と同じ重量しかなければ固定台ごと弾とは逆方向に吹っ飛ぶ。非距離は半減さ。弾の飛距離が減る理由に関しては気体となった火薬のガス圧が云々の話も入るので省くが、この話で重要なのは、物を動かすのに必要なエネルギーにはその物の質量が大きく関わると言う事だ。質量とは空間を曲げる力であり云々はあるが、概ねそうだと思って欲しい。突如として空中に用意されたボールが動き出すのに必要なエネルギーは0で動かないエネルギー云々は位置エネルギーなんてあやふやな物を考慮すれば落下は位置エネルギーの消費と見られるのだし、物が動くのにエネルギーが必要というのは概ね合ってる。概ね合ってるのだから、概ねの話はしていいだろう。
さて、長ったらしい前置きはともかくだ。僕はクラブに行った後、いつも通り訓練をし、いつも通りにゲームをプレイした。ゲームでは火鼠の皮を買う為のお金稼ぎがメインの作業だったので、語らない事としよう。そんなこんなで、朝だ。
いつも通りの朝、魔術で再現しただけの擬似日光を浴び、身支度をされながら覚醒を脳に促し、2人の愛しき人に見守られながら食事をとる。なんら変哲も無い朝だが、だからこそ嬉しい朝だ。平凡でありながら退屈では無い、満たされた朝、いっそ彼女達と一日中一緒に過ごせればいいのに、とは言え学校には通うものだから、僕は馬車で揺すられながら学校へ向かう。毎朝に彼女達の顔を見て今日はいい日だとは思えるのは、随分と幸せな事だ。
教室に着くといつぞやのようにいきなり冷水をかけられるような事もなく、僕は楽しく談笑している子供達の輪に加わらせてもらった。貴族というのも子供というのも噂話がお好きなようで、僕は新たな噂話を聞いた。今回は噂話と言っても確定情報に近しいものだが。近く学校で運動会みたいなイベントが開かれるらしい。内容は半自由参加型のトーナメントマッチとか言う全然平和さを感じさせない物だけれど。
ここで、作用反作用とエネルギーの話が絡む。このトーナメントに大貴族はあまり出てこない。大貴族が小さな家に負けたりしたらカッコ悪いとかじゃなく、大貴族相手に勝てる貴族が少ないから、興醒めするような試合になることが多い上に、いざ大貴族同士で戦うとなっても色々とある。魔力の多さイコール強さみたいなもので家の爵位も殆ど魔力量つまり強さに直結するから、同じ爵位のもの同士が戦うのが好ましい。ところが、どっこい、派閥の違う貴族同士が戦うのは派閥に優劣をつけるようなもので、それは偉くなればなるほど顕著になるもので……まあ、トップ対トップで戦って明確に勝ち負けがつくと不和の種になるからそれは避けようねと言う話もあるのさ。別に本当に大人からすれば大した事ない小さすぎる子供同士や小さな家々が戦うには良いんだけど、小さな家と大きな家が戦って小さな家が負けるのと大きな家が負けるのじゃあ全然話が違ってくるし、それに大きな家々でもまあ穏当に済むわけではないよねって。
僕は迷った。クラスの中では、と言うか一学年の中では僕は当然参加するよねみたいな空気が出ている。これが自惚れならいいけれど、僕は大貴族の高学年には勝てると思っているし、腐っても鯛と言うか公爵家の子供なので、実際に高学年の伯爵位以下なら負けることはないだろう。トーナメントはまず家柄と学年を考慮した順にブロックへと別けられ、下位ブロックで勝った物は上位ブロックへの参入権が得られるらしいが……どこら辺で手を抜こうか?
何度も言うが、僕が勝ち過ぎるのは要らぬ不和を起こすのだ。初戦敗退もどうかと思うが……僕が頭を抱えていたら、ヤマオカさんが何を悩んでいるのかと声をかけてきた。正直にどこら辺で手を抜いて負ければいいのかと答えると、ちょっと引かれる。
「う、自惚れが過ぎるんじゃない? なに虎にでもなるの?」
自惚れと虎というと、人虎伝あるいは山月記か。でも李徴の詩って虎になってから袁傪に読んだ物が最高のものじゃん、人間の時の詩も人間性的な物が欠けているだけで実際には作者の品も素質も感じさせる物だし。そう言うと、自惚れを捨て去ったから作品が良くなったんでしょと言われる。そりゃそうだけど、アレは人間一度虎にならなければ顧みることのできない人種がいて、そう言う人こそ優秀なもので、十六夜のいとど悲しき人の世よみたいな作者の意図があるんじゃないのかなぁ?
「……世よと夜々をかけてるのは何となくわかるし、高慢な人って所からかろうじて道長の歌を踏まえてるのかなとは思えるけど、色々と飛躍してない?」
まあ、それは前からだし。僕達はニヤリと笑った。ヤマオカさんとは前世でもこんな付き合いだったのだろうか、中学二年生的と言うか、時が経ったら悶絶しそうなやり取りだ。
2人できゃいきゃい日本語で喋っていると……まあ、独特な空間が生まれる。僕はやはりどこまで行っても日本人でありたいのだろうか、こうやって君達に日本語で話しかけたりするように、彼女と2人で話すには日本語を使って話す。まあ日本語は日本人の僕にとって世界一綺麗で美しい言語として思えるのだ、帝国語で話すよりも日本語で通じるなら日本語で話したい。とまれかくまれ、僕達は帝国人にとっては全く馴染みのない言語で談笑しているのだ、何を話しているのかと僕達両人に少なからず親交のあるバートリーさんが話しかけてきた。僕は冗談が通じるかわからないので、僕が参加したとしてどこまで通じるかなって話をしていたんだと説明した。
バートリーさんはまあマジメで、本当にどこまでいくんだろうねなんて言ってくる。今まで彼女の目の前で本気を出していないのは明らかなんだし、考えることは不毛であると思って適当に流せば良いのに。まあ子供らしく可愛い所ではあるのだけれど、ヤマオカさんは好きだけど、個人的に小賢しいのは嫌いだ。その点、李徴かなんて突っ込まれた尊大な羞恥心と臆病な自尊心を持ってる僕はと言うとだ、小賢しくもあり短慮で愚かでもある、救い難いなとは思えず、なんて愛しい存在だろうかと思う。ああ、僕ってなんて素晴らしいのだろう……。
きゃいきゃいはしゃいでいる生徒に水を差すハゲチャビンの今日の授業は算数と国語だった。真面目に学校らしい事をしてくれるのは嬉しいが、退屈であるのでもっと奇抜な事をやってくれないだろうか。と、思っていたらチャビンが昼休み前のコマにトーナメント参加するかどうかの調査をしてきた、良いね良いね。なんでも参加する生徒は午後の授業が通常の生徒と別になるそうだ。ついでに、二分された授業でも班の枠組みは存在してそれぞれの授業で班へのポイントが加算減算されるらしい。つまり僕がトーナメント参加者組の授業で班へ稼いだポイントは、バートリーさんが不参加組で減点される事やその逆が起こると言う事だ。普段は班としての戦闘で個人成績への減点はあっても班成績への減点はなかったが、トーナメント戦終了まではあるという事だ。まあ僕も普段生活態度で皆んなに迷惑をかけている分返せるというわけだね、これで負い目を軽くできるぞ、やったぁ。
さて、午前の授業は終わり、早速午後の授業は別れる事になった。チャビンは不参加組、僕達参加組は新たな先生に見てもらうことになる。ついでに今回教官になる人が僕達が三年生とか非戦闘系の先生の手に負えなくなった時に体育教官になる人だ。確か、ドロシー先輩との合同授業の時に巨人族の人が僕の教室に来てたっけ、あの人みたいに分業する。まあそこら辺は小学校の授業みたいなもんだと思ってくれ。徐々に徐々に教える人が増えていくんだよ。
新しい先生かぁ、僕は授業中に他の事ばかり考えているせいでチャビンに目をつけられている節があるからね、仲良くできたら良いな。とは言っても、僕は自分に興味があることだけに真剣なだけだ、体育教官とは仲良くできる……と、信じたい。前世で特に体育教官との因縁はなかったと思うが、体動かすことが得意と言い切れるほど運動神経が良かった訳じゃないし、どちらかと言えば縁側でボーッとしてる方が好きだったと思う。あまりハッキリとした記憶は無いが。
エントリーをしたのはまあおおよそ予想通りと言うか、伯爵以下の男子は全員と幾名かの女子で、クラスの4分の3は出ることとなった。こうなると、赤の館にいたメイドさん達は優秀というか数少ない人種だったんだなぁと思う。戦う女性は貴重なのだ、普通は戦えないと言うか戦わない、職業として戦うのは貴族の中でもお金に恵まれない人くらいで、帝国軍において多くの女性魔術師は前線には出ずに防衛拠点の開発をしていたりする。それはもう非魔術師達の文化というか、女性は戦えないものだし男性は女性の為に戦うべきだと言う固定観念じみたものがあって、女性に戦争で活躍されるのも男性中心に作ってようやく安定し始めた社会基盤が今の状況で崩れられるのも困るみたいな、諸々の事情があるのだけれど。まあそんな事はともかく、彼女らには入学してから裏で一度手紙を書いて出したが、もうそろそろ手紙の返事がこちらに返ってくる辺りだろうか。返事には帝都での華やかな思い出でも書こうかな、自分の立場で言うのもなんだが、やはり育て親からした一番の幸福というのは娘息子の幸福だと思うんだ。まあ、人間には育て親という一面だけで構成されている人はいないから、彼女達がそれを一番に喜ぶかはわからないが。館にいるのは数十名くらいだし、化粧品の類でも送るか? いや、それはそれで品がない気もする……ま、クロノアデアと要相談だな。仕事仲間だし、僕が気付けない便利道具とかを提案してくれるかもしれない。
僕が色々と第二次性徴を迎え終わった女性の事を考えていると、校庭に移動させられ、体育教官との顔合わせになった。一目見た感想は……ゴツい。ゴツいと言ってもアメコミのハルクや格闘漫画の花山薫くんみたいなゴツさじゃなく、どちらかと言えばスパイダーマンや範馬刃牙くんみたいな、細マッチョだ。だが、多少大胸筋付近の筋肉が発達していて、水泳やってる奴みたいな多少の気持ち悪さはある。いやまあ、北島康介さんの肉体は人として気色悪いって意味じゃなく、解剖学的な意味でね。鳥類とか竜骨突起が気色悪いじゃん、そう言う異様さと言うか非日常さ加減というか。それはともかく、あまり足を動かさずに戦うタイプなのかな、確かに僕は下手な足さばきでよく体制を崩すから、そう言った戦い方の利点も分からなくもないが……。僕は早速体育教官を見下し始めた。大体さあ、なんだいその無精髭は? 確かに生活指導をする人ではないかもしれないが一教師としての自覚が足りないんじゃあないか? 僕がジロジロと不躾な視線をぶつけていると、早速教官と目があった。
「お前ライオンの……いや、まあいい。俺はジョン・オクタヴィウス、これから体育祭までの期間お前らの訓練をする。」
オクタヴィウスだぁ? タコみてぇ苗字だな、まあ8と言う数字に関係するものは数多くあるのでイチャモン以外のナニモノでもないが。ジョン先生は軽く自己紹介した後、僕達に校庭のランニングを命じた。魔力のせいで大分実力がバラバラになっているのにランニングなんぞ、大人と子供の混合みたいなものだし意味はないと思うが……まあ準備運動としてのランニングならいいのか、午後の授業も短いというわけではないんだ、次にする運動もあるだろう。僕はマホメッドだかタコメッドだかなんだかと言う子供と、ヌメリヌス君だかなんだかの人と一緒に走りながら喋った。別に僕は名前もよく覚えてない人へ話しかける人ではないが、まあ向こうはそうではない、文化の差だね。それにクラスの人なら僕が一度は地面に這いつくばらせた人になるので、彼らにとって僕はまあある種の憧れの存在となるのだ。中頃に語ったけど、子供のうちなら小さな家の者が大きな家に勝つ事もあり得ないことではない、だから強い僕はそこそこ持て囃される。これで大人になっても実力が家柄相応の物でないとなったらまあ……アレなんだけど。
大体さあ、まあ今までもあったのかも知んないけど、公爵家が急に取り立てた家って何さ? それも騎士爵とか。まあ部外者には知らせてはならないからね、あまり大きな家に僕を預けるってことも難しいんだろうさ。だからと言ってだよ、ぽっと出の家の子が公爵家並みの力を持ってるとか、もうソレ不倫で出来た子供以外の何を疑えってのさ。まあ子供の戦力は両親を足して二で割った奴だから、僕の場合は母親も公爵家夫人並みの力がなきゃ可笑しいんだけどさ。でもそうなると公爵家前妻の忘れ形見やんけ!ってなるじゃん。お祖母様によれば顔もそっくりだとか、まあもって産まれた顔は変えようがないけどさあ……。歴史が古くなればなるほど物は陳腐になるから制度が形骸化してしまうって言うのはまあ理解できなくもないが、そもそも神様は何がしたいんだっつー。まあ、僕みたいな力のある子供をちゃんと捧げさせるって言うのが目的であって、僕を紙面上公爵家に属させないって言うのは手段なだけなのだろうけどさ……。




