仲のよろしいことで
殴りかかってくる子供の両肩を跳ね飛ばすように押し、バランスの崩れた足に蹴りを入れた。空中で無防備になった生徒を蹴り切った足の踵での返しで場外へ蹴り飛ばし「次!」と、叫んだ。
次の生徒は火を纏いつつ、姿勢を低くしてタックルをしにかかって来た。火の加護を持つ私に火で攻撃するとは愚かな……僕は頭を掴んでそのまま引き倒し、その子の二の腕を掴んで場外へと投げ飛ばした。体幹の制御はしているもののやはり体重が足りずバランスを崩しかける、そこへ合図も待たずに先走った生徒が来たので空中へ自分の体を吹き飛ばし踵落としを食らわしてあげた。咄嗟に出した攻撃では威力が足りなかったか、蹴りを受けた生徒はピンピンとしている、めんどくさい、いっそ属性魔術で全員纏めて倒したいところだけれど、それは授業の趣旨と違うからな……。
僕達は、と言うか僕は、他の一学年の生徒達と体術中心の戦闘訓練をしていた。成績優秀な班が他の班と対戦をして、勝ち残りで組手をして行くと言う授業になっている。今は丁度一周半したところで、なかなかめんどくさくなって来たところだ。僕以外の班員は当てにできない、まずバートリー侯爵令嬢は魔術専門だし、体術専門のフランソワーズ君は滅法弱いし。彼らは早々に場外に行ってもらい、僕一人だけが戦う事になっている。ただまあ、僕は立場が立場だし見た目が見た目なのだから、手心が加わって班ごとの集計はとるが自然と一対一の勝負になるようになった。
未熟な故に少しだけある、無理な動かし方をした腕の痛みを感じ入っている時に、女子が襲いかかって来た。男子相手なら僕は別に乱雑に扱うのだけれど、まあ怒られるかもしれないし相手を不快にするかもしれないが、流石に女子にはなるべく怪我が無いようになるべく汚れのないようにと気を使う。まあ女子を気遣う事が目的ではなく自分が納得できる事を目的にしているので、ある種の手段と目的の逆転が僕の中で起きていて、女子を気遣うのは例え本人の要望があっても辞めやしないのだが。僕は手を捻り上げ地面に膝を突かせた後に次と叫んだ。完璧に場外へやったわけでは無いが、1週目で何度も似たような手順を踏んで勝ち続けた事で暫定的に捻り上げられたら負けという空気を作り上げたのだ。お陰で大分マシになって来ている、僕は次に来た生徒を片手間に投げ飛ばした。
僕の班は残念なことに二人の戦う力は恐ろしく弱い。一人は魔力が絶望的に量がなく、もう一人は魔力の質が絶望的に用法に合っていない。彼らとそれに付け加えてヤマオカさんにはちょこちょこと課題を出したり訓練をしているのだがどうも芳しい結果は得られていない。そうとは言え全くの無効果ではなくフランソワーズ君には柔道的な何かを教える事が出来た。まだ掴んで引き倒したり押したりする程度で関節を極めたり投げ技を繰り出すことはできないが、結構スジがいいのか、なかなか様になり始めている。少し前に習い始めた割にはだけれどね。
ふと、ヤマオカさんが授業に参加せずにこちらを見ているのに気づいた。彼女は捨て身の特攻で来るから少し怖い、最初に二人して火達磨になったのは苦い思い出だ。まあ彼女は罠を張って戦うタイプの人だから、彼女が授業をサボるのは仕方がない事だと思う。彼女の他にも数人は戦わずに見物に回ってる子がいるしね。
罠を貼ると言えばフェイント、アレはどうも使いづらい。出さない攻撃を出すそぶりをして相手に無駄な行動をさせると言うのが、僕にはどうも肌に合わないと言うかなんというか……まあ何にせよ使い所が重要なのだ。僕の美術眼でどんなに上手にフェイントの動作ができても、発動させるタイミングを誤れば意味がない、案外難しいものなのだ。
考え事をしながら午後の授業を終わらせると、僕は早速今日の訓練をフランソワーズ君に施そうとしたが、そこにまた見知らぬお嬢さんが現れた。いやまあ見知らぬと言うわけではない、名前を聞けてないからどう呼べばいいかわからないけれど、前に僕を異種族女子向けのスカラークラブの部屋に誘ってくれた先輩だ。彼女は先のドロシー先輩に関する件は僕がスカラークラブに来なかった事が遠因だと信じている、まあ実際にそうなのかもしれないが。だが僕にも事情ってもんがあるんだからそれを考慮してもらいたいものなんだがね。
「取り敢えず、フランソワーズ君は強化の魔術の練習。バーディアさんとバートリーさんは……取り敢えず、魔力の質を弄ることを重点的に自習で。」
僕は三人に指示を出した後に、とっとこと先輩の後をついて行った。黙ってついていくと、先輩がふと声をかけてきた。貴女はどうしてクラブに来ないのですのなんて、まあなんて返せばいいのかわからない疑問とともにだ。つーか日本語じゃあ読みが同じだからわかりづらいが、貴方じゃなくて貴女って言って、英語で言やあheとsheみたいな感じでその人が呼称相手に対して認識している性別が出るんだが、その件に関しちゃ前回訂正したろうに、本当に舐めてやがんのかっつーの。
「僕にだって、やりたい事があります。クラブで遊ぶよりも、訓練とかの方が好きなんですよ。」
少し棘のある言い方になってしまった。これで彼女がクロノアデアやポミエさんなら後悔もするのだが、まあ僕は未熟なので特にこれと言った罪悪感はない。とは言え僕になんら感じ入るものが無くとも向こうにはあるのだろうから、特になんらアクションがないとは言えだ、僕は気を逸らさせるために世間話に回った。
そう言えば校長先生が気に入った生徒に師事をする事ってあるのだろうか。彼に一度だけ師事をするなんて言われた記憶はあるのだけれど、僕がこんな調子だから一度も師事を受けた事はない。まあ僕の場合は入学時に僕の行動が招いた事故について学園側からの詫びなんて、まあ実際あってもなくても構わない事だったから、気にしてはい何のだけれど。僕が疑問に思った事をある程度お上品な言い方で口にすると、先輩は貴女も師事を受けていますのと驚いた。受けておりますのよ、私こう見えて。心の中でのおふざけの返しで思ったけど、先輩からも同じ言葉が聞けた。校長先生から師事が受けられているとは確かに驚きだが、こう見えてとはどう見えての意味だ?
聞くところによると校長先生の授業はマンツーマンで行われるらしい。それも一日中、授業を潰しての訓練だとか。あの小児性愛者と一日中二人きりとかガチかとは思うが……。大体どんな感じなのだろうかと伺うと、まあ当然の事ながら特に変な事はされないらしい。お茶菓子を食べたりの休憩を挟みながら、校長先生直伝の魔術だったりなんだりを教えてもらうそうだ。どうせ教わる事だからと先輩からは守護霊の魔術を見せてもらった。
先輩は何処からか魔術陣の描かれた紙を取り出すと、それに魔力を通した。魔術陣が黄色く眩しく光ると、陣からライオンが出た。僕の獅子はタテガミのあるオスライオンだが、彼女はメスライオン……いや、それにしては骨格が少しおかしい。もしかしたら豹かも知れない、守護霊は黄色く薄ぼんやりと光る半透明なネコ科の大型動物だった。
「私の、特別製なんですの。我が家の神が宿ってらしてよ。」
へえ、パンサーですかと聞くとよく分かりましたねと答えられた。まあ獅子って言うか装飾の多い動物は王権の象徴になりやすそうだし、そもそもメスの動物を家の神とする文化であるとは思えないし、パンサーかチーターのどちらかだろうと二択に絞れ、その差は模様が見えないとは言え顔の骨格である程度は判断が可能だから、そこまで難しい話ではない。まあ言葉にすると長いけれど。動物に詳しいんですのねと褒められる、まあ褒められて悪い気がする人はいないだろう、僕は単純に気を良くした。
クラブかぁ、何をすれば良いのだろう。球突き、トランプ、ダーツ、そんな物に興味があるかと問われれば微妙だ、オペラとかコンサートには興味はあるけどね。後は料理かな、クッキーと洋梨の紅茶、アレは美味しかった。ポミエさんに頼んで家で再現してもらう程には僕はアレを気に入ったね。
実際に大体、なんで学徒会なんて名前で研究とか訓練がないんだ? 苟も己こそ学徒の会だと僭称するのならばそれ相応の振る舞いを身につけたまえよ、出来ないのならば出来るようになるよう努力をしたまえ、それがスジってもんだろうに。そういう一方で学徒と言いつつも一方では自由人と振る舞うダブルスタンダードの様な体制が僕に不信感を与えるんだよ、全く。
ぐちぐちと不満を心に抱えながら歩き、学徒会の門の前に立ったとき、後ろから「あー!」だかなんだか、声がした。二人して振り返ると、先輩と同じくらいの女生徒がいた。えっと、どこかで見た気がするが……ああ、そう言えば試験監督だったな、入試の時の頭のおかしい人だ。あの時は僕もハイになってたからなあ、今になって相当ヤバイ人だという実感が湧いて来た。
「ようやく見つけた! アンタ今までどこほっつき歩いてたのよ! ……げっ。」
あらと声を上げ僕についていた先輩はご機嫌麗しゅうと優雅に挨拶をした。おお。ヤダヤダ、怖いね全く。頭のおかしい女はフンとつまらなそうに鼻を鳴らし、挨拶を返さずに次の授業はアンタの番よとだけ伝えて、どこかへ逃げる様に走って行った。次の授業はアンタの番……ああ、校長の授業か? 噂をすれば影、という事だろうか、丁度いいというのも微妙だがいいタイミングだね。相変わらず下品な方と言って吐き捨てた先輩が気にしないでくださいましと言って僕をクラブの部屋に入れた。コレだから女性は怖い、男性と違って平和そうだけれど、結局の所は人間に根ざす生物なんだから。
クラブには前と同じく異種族の子ばかりが居た。どの子も動物的な可愛さがある、ヤギの混じった子なんて瞳孔が四角形でもうずっと見つめていたくなるし、グレムリンだかなんだかの小人の子なんて抱き上げて上げたくなるほど可愛い。やっぱ子供はいいなあ、可愛いし、実態がどうであれ無邪気だろうと思える。不躾な視線に耐えるどころか笑って答えてくれるいい人もいて、実に素晴らしい場所だ。今のところは。人間、飽きというものがあるからね。見慣れてくれば何ら不思議な事はないかもしれない、唯一僕の心を掴んで離さないのはクロノアデアだけさ。
さて、人と話す事楽しけれ、しかし話題って物があるし、中には戦争がなくなった為に活性化し始めた政治というものがある。世俗の下らないことだとは思うが、政治が不活性で生まれる不幸の方が政治が活発な所為で生まれる不幸よりも悲惨なので、まあ大切ではある。下らない事だが。
そうだなあ、この帝国は大きく四つの公爵で派閥が分かれるのは前に話したっけ。東南西北の四つとなる。南は戦争大好きキルゼムオールを信条とした様な好戦的な家で軍に関する発言力が大きいヒューマンの家で、家の神は二柱。西はどちらかと言えば農耕最高地方活性みたいな、帝国の食料庫的な獣人の家で、家の神は三柱。東は工業万歳な帝国の武器庫的な巨人の家だ、巨人自体が物作りに強い訳じゃないが、まあ領のトップは巨人で神は三柱。それで長くなったが、北の家は商業以外クソなヒューマンの家で神は三柱。まあ南北で外交、東西で物作りを担当していると思ってくれ。
それでこの四家だが、当然のごとく仲が悪い。どれもかけちゃあならないとかそう言うことは考えずに仲が悪い。とは言っても、三包囲全部敵とかじゃなくて、仲が悪いのは南北と東西の組み合わせで、他はまあ安定している。南の戦争には東の工業が必要だし、奪った領土には西の農耕が必要だ。だが、戦争してる時に商業とか言って自分の家の儲けをちゅうちゅう吸ってくる蚤ッカスの様な北は要らない。そんな感じかな? 北から言えば南のせいで経済が不安定になるから無駄な戦争を辞めろとかだろうね。東西の争いはまあお互い助け合う仲だけど、相手の仕事場が増えると自分の仕事場が減るから商業敵に位置するみたいな関係かな? 唯一の救いは帝王にはどの家も忠誠を立てている点だけど、まあ大貴族が国王を目の敵にしてるよとか国として終わってるからそれは数え上げづらい。
とかく、僕の家は南の家から直々に騎士へと見出されたというバックストーリーがあるので、そう言う政治が特に面倒なのだ。北の家からは優秀ならこっちへ来てくれないかみたいな勧誘だったり乗り気じゃないならお前の家を潰したいんだけどみたいな文句だったり、あるいは同じ南からも下賎な者が調子に乗りおってみたいなやっかみがあったり、中々に面倒だ。
まあその反面、いやリコイルと言うか、あの家から嫌われてるお前好きみたいな敵の敵は味方理論で友好にしてくれる人や、あるいはお前の家は成り上がりのホープだなみたいな家が辛いからこそ好いてくれる人はいる。まあそれに嫡子はどうだか知らないが公爵家の当主は事情を知ってるから、派閥問題が私的人付き合い以上に大ごとになることはたぶん無い。あくまで友好的な人物になるか他人行儀な人物になるかだけの差になるだろうが、その程度の事は通常の人付き合いでも起こりうる事だ。
という事で、僕は取り敢えずクラブの人達に挨拶回りをした所で今日は授業で疲れたから早めに帰ると言って早々と帰らさせてもらった。まあ、疲れたと言うのは嘘で、クロノアデアとの訓練は怠らないのだけれど。ちゃんちゃん、何つってね。




