富める者必ずしも心貧しからず
「……ゲニーマハト・チェルトルカさんはいるかしら?」
放課後、体育の授業から教室に戻りヤマオカさん含むフランソワーズ君達に今日の木製製品の修復に関して四苦八苦しながら教えようとしていると、名も知らなければ顔も見たことがない複数名の先輩方が来た。そんな人達に特に怨みを買う様な覚えがないと言えば嘘になるが、いやに高圧的な態度だ、騎士爵の子は平民だと言う意識を持った伝統的貴族の子だろう。それとも……恨まれる覚えがあると言ったらある、石の獅子、しーちゃんをけしかけてしまった子達のお仲間だろうか。
取り敢えずお辞儀をして自分がそうだと名乗り出る。全く、面倒だな。先輩方は僕の姿をジロジロ見ると、へえ貴女がなんて言って僕に舐め回す様に不躾な視線を当て、ついて来なさいとスタコラサッサと教室から離れてしまった。叶う事なら魔術で適当に催眠術でもかけてやりたいところだがまあやって碌なことにならないのはわかるのでやめ、3人には自習して適当なところで切り上げて帰ることを言っておいた。
移動中に彼女らの容姿でも語っておくか。僕に声をかけたのは女生徒で、取り巻きは男子2人に女子1人だ。声かけした女生徒は金髪碧眼の長い髪を持った人で、魔力量的には侯爵か伯爵辺りだろう。あまり興味はない、というのは取り巻きが個性的なのだからだが。彼らの説明に入ろう。
取り巻きの男子その1は爬虫類顔だ。いや、比喩とか容姿に対する侮蔑ではなく種族がそうなのだ。フードを深く被っていて周りには隠しているが、背の低い僕からは中の様子が見てとれる。目は黄色で鱗は青白い。骨格的には人間よりだが、口は目元まで裂け鼻は顔の中央にある緩やかな丘陵に二つの線が入っているだけで、見てて好奇心にかられる。口腔とか耳とかはどうなっているんだろうか。ローブの裾でては見えないがきっと鉤爪でもついているのだろう、でなければ裾の長いローブを着る意味もないだろうし、靴は先が尖っているが、まあトレンドが先の丸い靴なのに先がとんがってるというだけで足に鉤爪があると断言する事はできないな。やばい、気になる……。
おっと、男子その2の説明に行こう。男子その2はまあインパクトは負けていない。エルフ……に、該当する人だ。肌は青みがかった灰色で耳はウサギの様に長くしなだれていて、生きてる間も死化粧をした方がいいだろうという顔だ、まあ化粧というか顔を隠している物はあるが。エルフは確か種族人間で一年分の成長に5年をかけるんだっけ。背丈的にはロウティーンだから人間で言うところの50から70辺りか、知恵的な物も相当だとは思うが……。逆にアイツはその年になるまで学園にはいなかったってわけだからね、微妙なところだ。まあ精神年齢的には僕より上だろうが……好ましい精神かは微妙だ。それで彼の化粧代わりの仮面だけれど、ヴェネチアンマスクの様に顔の下半分は見えているけれど、なんかこう……絶望的に似合っていない、ロボットアニメの敵役みたいな感じだ。親友と思っていてくれた人を謀殺しておいて坊やだからさなんて酒飲みながら語る様な敵みたいな感じがする。
次に取り巻きの方の女生徒だけど、この人もなんか強烈な見た目をしている。牛の半獣人なのか、頭にはツノが生えていてしかもローブから尻尾が見えている。しかも角的に乳用牛じゃなくて肉用牛、闘牛で出てくる様な牛だ。殺意が高い形をしている……いや、生え方が微妙だからもしかしたらヌーとか水牛かもしれないけれど。彼女はだいぶ血が薄い様でそれ以外に種族人間と違いが見れない、まあ多分尻尾が見えるくらいの薄まりなんだから腰とか大腿とかローブから見えないところには違いがあるのだろうけど。
しかしなんだ、こうして見るとあの推定侯爵令嬢には若干好感が持てるな。そうやって人種で人付き合いを選ばない人は多くない、と言うか僕だって現状は人種で選んでいると言われても仕方がない交友関係だ。いくら帝国が多民族国家であろうと、そう言う差別は0にはならない。アメリカに近いね、彼らは奴隷解放をしたけれどイギリスを母体にしているからどうもって話がある。まあこちらは建国当初から巨人族や人狼族などの獣人、あるいは小人の貴族がいるからまだマシだとは思うけれど。なんだろう、まあ最初っからアメリカ政府にアフリカ系の議員がいるって感じ? まあいくらそうであってもWASPがアメリカにある様に人間が上流階級に多いんだよ、帝国は。
そう言うのもあって、僕みたいなトップ以外はおいそれとお近づきになれない人はエルフや獣人が寄り付きづらいんだ。残念だね、全く。まあ僕が彼らに向けている好奇心は生態が知りたいと言う心で、およそ人間が人間に向けていい目を彼らに向けていないのだから、種族人間ではない人種の彼らにとっては幸福なのだろうが。
「着きましたわ、中に入りなさい。」
そう種族人間、ややこしいし今後はヒューマンと呼ぶか、ヒューマンの女生徒が言うと取り巻きが僕の退路を塞ぐ様に立ち位置を変えて、僕の入室を促した。ああ、今のヒューマン呼びは別にヒューマンライツ的な意味でのヒューマンじゃなくてホモサピエンスサピエンス的な意味でのヒューマンね、僕の中では人権を有するって意味での人間は英単語でパーソンないしピーポーだから。エルフ、まあ学術名をでっち上げるとホモサピエンス・アルブスはパーソンだけどヒューマンではないって言うくくりで……まあ、この世界で生きる僕の考えを前世の言葉で表現する為に生じる齟齬をできるだけなくす為の苦労だ、あまり覚えなくてもいい。まあ、差別などに対する僕の意見は僕程度の言葉では一側面しか表せないから良く表現がブレるしね。
勝手に複雑化した心境を切り離し部屋に入ると、そこにはいかにもメリケンですと言った風貌の人がいた————ああ、僕の兄さんだ。
「ご機嫌麗しゅう、フロワユースレス様。……一体、どう言うおつもりで?」
彼は僕の知っている人を、腹を立てている人物かいない人物かで分類するなば、腹を立てている人物に分類される人だ。理由はいくつかあるが、まあ大きいのは彼の部下に当たる人物たちがドロシー先輩を泣かした事だ。奴らは確かスカラークラブの人員だ、あんな奴らと仲良くしている人間だと思うと少し嫌にもなる。他には彼が僕を女性として扱って好きだと迫ってきたのもあるが……まあそれは僕の容姿を鑑みて許容するとしよう。第二の理由が許容できるものから分かる様に、彼に対する怒りはあまり大きくはない。だけれども、それでも、実際に目の前にして不快になるならないは別だ。不快感をあらわにしつつ彼に要件を伺った。
「……すまない、コーネリア、下がっててくれ。2人きりで話がしたい。」
兄が命令して女生徒を下げさせた。女生徒はつまらなそうに鼻を鳴らして下がる、できれば僕も下がりたいのだが、どうにかならないものだろうか。彼女らが下がるのを確認しもう一度用件を聞き出すと、彼は重々しそうに口を開き謝りたいのだと言ってきた。僕は少し迷った、今すぐには対応を決めかねる、まず何に対して謝るつもりなのだろうか、彼は謝るべきことは幾らでも挙げられるし、それらを権力を傘に潰すこともできる、どう対応すべきか。倫理的にも感情的にもそして謝罪と言う制度的にも、何に対する謝罪なのか教えてくれなければ謝罪を受けいれることはできない。例え許さざるを得ない状況であったとしても、許したかったとしても、謝罪とはそう言うものなのだ、体面的にはその限りではないが。
「先日の、ドロシーと言う女生徒とお前を、スカラークラブの奴が暴走して追い回した。それで、謝りたい。」
彼はそう言うが、まだ僕は対応を決めかねている。理由は2つ、まずドロシー先輩への謝罪の件と、謝罪の妥当性だ。説明が簡単な妥当性の話を先にすると、僕は男性で一年生で貴族的地位で言えば騎士爵の子供で再会未満、ドロシー先輩は女性で三年生だ。ドロシー先輩の方が謝られるべきだし、僕が公爵家嫡子の謝罪を受け入れるのは些か度がすぎる。彼に頭を下げさせるのはやりすぎと言う話さ。だからこの謝罪は僕にとっても彼にとっても不利益な物であり、むしろ迷惑な話でもある。
「あの、ドロシー先輩にも同じ様に謝罪をしたのですか……?」
恐る恐る聞くと、彼はまだだと答えてくれた。結果的には良かったと思えるものだけれど、これもなんだかなあ。考えなしすぎるでしょこの子、僕が好きなんだっけ? 何かを愛する者に正気の人はいない、なんて聞いたことがあるけれど、まさにそれだね。まあ年相応の無知もあるかもしれないけれど、でも公爵家嫡子が取る行動ではないね。
「恐れ多くもかしこみかしこみ申し上げます、今回の件は御付きのものに相談した上で行動したほうがよろしいかと。」
僕がそう言うと、彼は動揺して理由を聞いてきた。出されていたお茶で喉を潤……あっつ、飲めたもんじゃないわ。体を強化してなかったら口腔火傷まったなしな煮え湯で喉を潤し、なんで彼が僕に謝ることが悪いのか、どうドロシー先輩に謝るべきか、それらを説明した上で彼の周りにいる大人に事を任せていればきっとこの程度のことは教えてくれて、更に良い方法を教えてくれたでしょうと伝えた。いやでも、ほんと公爵家の使用人って無能っていうか使えないよね。なんだろう、そりゃ僕が彼に説明するときは貴方はこうするべきだったのだと責める様な口調にならざるを得ないけれど、まだ彼は未成年だ。取れる責任取れない責任ってものがあるだろう。今回のことは彼の教育係のミスさ、そもそも彼の教育係が彼が頭を張るスカラークラブで僕に関するトラブルが起きた時点である程度は物を教えるべきだった。
説明し終えたのでもう一度、今度は魔術で冷やしてお茶で喉を潤した。……あまり良い茶葉ではないな、いや、ウチの茶葉が世間一般でいう粗悪な茶葉で僕の舌がいい味とやらをまずいと感じ取っているだけかもしれないが。まあそこらへんは個人の趣味だね。僕の兄は年下の子供に貴族としての自覚を持てと言われて少しショックを受けたのか、俯いて黙ってしまった。まあ貴族の本来の役目は戦争から民を守り領を発展させることなので、執事や政治に専門に携わる人を頼るのは当然だからあまり気にしなくても良いんじゃないかな的な言葉で場を濁し、ついでに今回の件は謝罪ではなく主従関係にある両家の件での話だったという事にしてもらうのも忘れずに言及してお暇させてもらった。
部屋を出ると先ほどの女生徒が廊下に椅子を作って寛いでいたので用が済んだ事を伝えた。女生徒は何か思うところがあった様で立ち上がると、僕に詰め寄ってきた。
「貴女、スカラークラブの一員であるというのなら少しはクラブに顔を出しなさい。貴女がそんなのだから今回のような件が起きたのですわ、わかっていらして?」
わからんね、と言いたいがそれは堪えて勿論ですと答えておく。あの男子達の襲撃は僕をドロシー先輩から取り上げれば僕はスカラークラブに通うようになり兄に気に入られるだろうと言う魂胆のもとで起きた件だと事後で聞いてはいた。だが心の中で言わせてもらうがそれで僕に責任を負えと言うのは言い過ぎだと思うね。入会当初には会に所属している事が大切なのだと聞いていたし、兄が僕に言い寄ってきたから僕は会を避けるようになったのだ、僕には正当性と言わなくても情状酌量の余地がある。そして実際に問題を起こしたのはそちらだし、なんだいその振り込み詐欺に引っかかる老人が多いから老人側の権利を制限するような横暴は。
まあそんな事は口に出しても良い事にはならないので黙り、いつまでも僕に詰め寄っている女生徒にまだ何かと愛想たっぷりに聞く。僕もだいぶ堪えた方だとは思うのだけれど、彼女はまだ我慢ならないらしく、僕の手を乱暴に引っ掴むと来なさいと言ってスタスタ歩き出してしまった。少し痛い、さすが一流の貴族様、庶民のおらにゃあ理解できねえエスコートの仕方でいらっしゃるだえなあ。そんな舐めた口を聞きたくなったが黙って彼女について行くと、門番にさっきの男子生徒2人が突っ立ている小さな教室につれこまれた。待ち受けていたのは先程の牛の女生徒と10人20人くらいのヒューマンでない人種の人達だった。……え、なにタコにされるの?
小さなテーブルの前に用意されていた小さな椅子に座らせられて、目の前にある大きなテーブルに僕を連れて来た女生徒が座った。な、なんだよ……イギリスにはダッチェスラントって言って美しい座り方がある、絵画の時にも参考にはするのだけど、なんだか……日常で実際に目の前でやられると威圧感がある。しかし僕が彼女の座り方に思うことがあるように彼女も僕の座り方に思うことがあったようだ。
「貴女、もう少し座り方をどうにかできないのかしら? それでは男子の座り方でしょう。」
あ、いえ、これでも男子です。その、家の事情で容姿は女子のようにしていますが、立ち振る舞いや戸籍では男子として扱われてますし肉体的にも男子です。慣れたものだ、僕は優しく訂正をした。まあすっぽんぽんになればはっきりする事だがやるわけにもいかないし、証明するものがないのであまり信じてもらえなさそうだが。
「へ? 冗談……ですわよね?」
信じられないなら先生に確認していただければ少なくとも社会的身分は男性だとわかるかと。僕は出されたお茶に口をつけた、洋梨の香りがする甘い良いお茶だ。さっき用意されてたお茶みたいに熱過ぎず、かといってぬる過ぎず、舌と鼻がちょうどよく利く温度で、淹れた人はわかってるなあと思う。大方、彼女は僕の兄にフォローでも頼まれたんじゃなかろうか、女子同士の方が良くコミュニケーションも取れるだろうとかそう言う感じで。兄が気を揉むのはわかるけれど、もうちょっとくらいは頭を働かせたっていいんじゃあないか?
「えっと、それで用は?」
お茶をお代わりしたらお茶菓子も出されたのでポリポリとクッキーを食べる。しかし残念なことに紅茶と違いクッキーはあまり美味しくはなかった。なんだろう、バターと砂糖が足りない? もしかしたら牛乳も足りないと言うか卵もなんかな……パサつくのでもう一度紅茶を口に含むと洋梨の香りと甘さが口いっぱいに広がった。さっきよりも味が濃くなっている、そうか、クッキーがか。クッキーのナッツと小麦の素朴な味わいが洋梨の華やかさと絶妙にマッチして、すごい上品な味わいになっている。このセットを作った人は恐ろしい程の才能を持っているな……今度ポミエさんに頼んで同じものを作ってもらおう。
「へ、あ、ああ……そうでしたわね。貴女、どうしてもフランソワーズ様が苦手だと言うのならここに来なさい。ここも一応クラブの部屋ですから。」
ほ? 陰湿なイジメにでも合わせられるかと思っていたら、彼女から出されたのは意外に優しい提案だった。まあ……そうか。兄は僕にお熱で僕は兄を避けている、ならとっとと遠ざけてその間にアタックするって感じかな。しかし兄も困った性格だよ、次期公爵が自分より年下の騎士爵にアプローチとか正気じゃないぜって。僕はその提案を喜んで受けた。いやあ、学園も捨てたもんじゃあないなあ。あ、お代わり貰えます? 僕は美味しい紅茶をぐびぐびと飲みながらにして、そんな思考をしていた。




