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ちらうら  作者: 湊いさき21
本編
11/167

ウロノテオス・G・F

 

 今日、名前を貰う。


 昨日は少し変な気分だったけど、今はそうでもない。

 スピリチュアルというか、曖昧になってしまうけど。


 昨日まで僕は名前っていうのは記号だと思っていた。

 今もそうだが、重みが違う。


 昨日まで名前というものは存在を固定するもの。

 例えば白と言ったら思い浮かぶのは基本的に一色のように、ヒロトと言えば少なくとも僕の家族は僕を思い浮かべる。当然僕も前世を思い出す。

 だからヒロトという名前を捨てるのは、なんだか自分が完全に向こうへと戻れないように思えた。

 別段この暮らしにも向こうの暮らしにも不満はない。

 むしろ、今世は確かに可愛い娘の子守もいて、今は幸福。でも、それだけだ。

 ここには向こうでの家族も、友達もいない。

 ある日突然に、向こうでの全てを失った。


 夢だと思いたかった、でも出来なかった。


 そこら辺のことはあまり考えたくないから、これ以上は言わない。


 とにかく、僕は名前まで捨ててしまったら残る前世のものはないと考えていた。


 今は違う。


 たとえ名前が変わろうとも、肌色という色を偉い人がペールオレンジと呼べと言って、いつの間にか肌色という言葉自体がなくなっても肌色と呼ばれてた色自体は消える訳じゃない。


 そんな感じだ。


 僕がヒロトと呼ばれなくなっても、僕はヒロトとして生きていた。それだけは変わらない。


 今まではそう、名前を神聖視していたんだろう。



「坊ちゃん、いかがしましたか?」


 考え事をしてると話しかけられた。まあそれは急に子供が放心状態みたいになったら気になるだろね。


「べつに、なんでもないよ。」


「それは何より、さあもう準備が整いました。名前を授かりに行きましょう。」


 メイドが手を引いて廊下へと連れてく。

 この館は広い。実のところ僕でもここの構造を理解できてなくて、自室から玄関までの道以外はメイドさんに連れってってもらわなければわからない。


「ねえ、なまえをもらうのになにかすることある?」


 こちらでは儀式で名前を貰うらしいからね。多分複雑な儀式とかもあるんだろうなぁ。で、どうなの?


「不安でしょうが、じっとしていれば終わりますので安心してください。それよりも、お昼の後の剣について考えておいたほうがいいですよ。」


 あ、案外アッサリな回答。いやまあそうか、子供に複雑な儀式なんて無理っちゃあ無理だ。七五三みたいなものか。


「けんについて……?」


 剣について考えたほうがいいってどういう事だろう。

 ていうか、何を考えるんだ?


「坊ちゃん、今まで私は多くのお話をお聞かせしてまいりました。烈火のように力強い騎士のお話、水のように変幻自在の魔術師のお話、大地のように手堅い傭兵のお話、風のように敵を翻弄する冒険者のお話等、その中で憧れた話はありましたか?」


 訳がわからん、まあこのメイドさんの事だから考えはあるだろうしとにかく考えようか。


 冒険者、傭兵……やっぱフリーランスは怖いよな。

 そうなると騎士……カッコイイけど、運動好きじゃないんだなぁ。


 消去法的には魔術師か?


「うーん、まじゅつし?」


 魔術師って日本でいう仙人とか、俗世離れした存在だしなんか結構良いかもしれない。少なくとも生活は安定だよね、まあ僕は貴族なんだからそんなことを考えなくてもいいんだろうけど。


「そうですね、それでは私が魔術師のように戦えるように育てあげましょう。でも、やはり騎士もいい、傭兵もいい、なんてこともありますからよくよく考えてるといいですよ。」


 ふーん……そんなもんか。

 待て、私が育てあげるって言ったか?

 え、君が?

 ふむ……いや、無理じゃないか?

 だってメイドだし、いやでも……うん?



「——さ、着きましたよ。」


 暫く考えに老けていたらいつの間にかついていたらしい。中はステンドグラスのようなものから光が差し込んでいるのと蝋燭以外に光源はなく、何となく怪しい感じがした。

 鼻の奥を刺すようなキツイ香が炊かれていてカラッとした空気から一気にむわっとした空気に包まれる。

 熱い、香が炊かれている所為だろうか。部屋の中はかなりの温度だった。


「天にまします我等が主審よ、わたつみの翁よ、山に潜む大蛇よ、守り給え守り給え————」


 部屋の中央に男がいた。鬼のような仮面を被って歌いながら舞を舞っているので、声からの推測だが結構なおっさんだ。ハッキリとわかった、宗教やばい。


 メイドさんが手を引いておっさんの目の前に連れてくる。


 いやいやいやいやいや、怖い怖い怖い怖い。


 おっさんは緑色の金糸で刺繍が施された服を着ていて、他にも色々な装飾品をつけている。


 トルコ石みたいな目をもしたような物だったり、金色の杯だったり。なんかおっさんがあまりにも激しく舞うものだから杯から葡萄酒みたいな赤い液体が溢れる。


 おっさんは急に杯を捨て胸のところをまさぐったかと思うと懐から小さい袋を取り出し、その袋の中に入っていた灰をばら撒き出した。


 思わず咳き込む。


 やばい、おっさんがお面の中から覗き込んでくる。


 目があって数秒間おっさんは動かなかったがしばらくすると首をキリキリと回し始め、また謎の舞を始めた。


 怖すぎるんだが、メイドからじっとしてろって言われなかったらもう逃げてるわこんなん。


 あ、おっさんがドタドタと急に走りだし、奥へ行った。

 ……急に戻ってきた!なんだよ!なんか新しく大きなツボも持ってる!


「——給え、この者に、加護を授け給えぇ!」


 おっさんが葡萄酒を頭からぶっかけてきた。

 もうびしょびしょ……この儀式なんなん?


「汝の名前はすでに示された、天を見上げ、海を覗き、山を見よ。そこにある物こそ汝の名だ。」


 おっさんが部屋から出てく……え、これで終わり!?


 天ってなんだよ!? 海って!?


「坊ちゃん、上を見てください。」


 メイドが急に口を開いた。

 疑問に思って上を見ると、火が文字を象っていた。


 ウロノテオスと発音する文字。


「次は下を」


 ぶちまけられたお酒の中に灰がゲニーマハトと読む文字。


「次は貢物の中を。」


 果物の中を探るとフロワユースレスと焼き跡のついたオレンジ。


「順に読み上げてください。」


「ウロノテオス・ゲニーマハト・フロワユースレス。」


「それが坊ちゃんの名前です、お疲れ様でした。お身体を清めるのでこちらへ。」


 メイドさんに連れられてお湯の入った桶があった。

 多分この世界でのお風呂だ。


 メイドさんに隅々まで洗われる。


「よく頑張りましたね、この後はお昼ですよ。」


 ……ナニコレ?




儀式の部分は書いているうちになんか怪しい気分になってきました。むしゃくしゃしてやった、後悔はしている。

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