熱力学第一法則
「フランソワーズ! 打つから引いて!」
僕が大声で合図をするとフランソワーズ君が指示通りに動いてくれたので心置きなく相手に特大の魔術の矢をお見舞いしてあげると、こっそりと僕の近くまでにきていた女の子が斧と鉈の中間のような武器を振りかぶった。別にうっかり接近を許しすぎた訳ではない、その子を後ろから我が班の紅一点、侯爵令嬢クラリスさんが術者をも襲う暴走した風の魔術で攻撃した。まあ、クラリスさんは僕が作った防御用の魔術製手袋をしているから大丈夫だ。じゃないと指示を下した僕がリーダーである僕が人でなしみたいだろう?
そこまでと審判役の生徒が僕たちの勝ちを宣言する。やれやれ、今日の相手は少し強かったな。近くで倒れた女生徒の手を取って立ち上がらせ、関節が痛いと先程までフランソワーズ君に絞め技をかけられていた男子生徒に治療を施す。僕は髪をかきあげ、フランソワーズ君の肩を叩いて今の動きは良かったと褒める。彼からの好感度はマイナスだから、当然手を払いのけられた。
「さわんな。つうか近づくな。」
いちいち感に触る野郎だぜ、なんて言葉を吐いてスタコラサッサと離れて行ってしまった。その言葉、そっくり君にお返ししよう。気持ちを切り替え審判を務めるために見学をしていたヤマオカさんに挨拶し、そちらの戦果はどうかと尋ねるとまあまあという返事を貰えた。じっくりと僕を観察していた彼女は戦い方に少し思うところがあるようで、思ったんだけどなんて言いながら話を始めた。
まあ長くなるので僕が話すと、色々と訳の分からない動きがあるらしい。直感に頼って攻撃を避ける部分だとか、ぱっと見は意味のない攻撃をして後々になってそれを生かす戦い方だとか、あるいは自分で出来ることをせずに班員に戦わせるなど、もっと真面目に戦ったらどうかと言われた。班員に活躍の機会を作るのは僕ばかりが強くなっても仕方がないとかそういう理由があるのだけど、直感に頼った戦い方はなんとも言えなかった。直感で戦った方が僕は強いと思うのだけれど、確かにギリギリで避けたり最終的に助かる場合は無視したり必要最低限の行動しか取らないのは舐めているように見えるのかもしれない。
話の最中に喉が渇いたので魔術でこっそり口の中に水を作って飲んでいるとそれがバレ、ヤマオカさんに注意される。曰く、最近なんだか少しだらしなくなっているらしい。暑いからとか言って胸元を開けたり腕を捲ったり、女子と男子で差はないものの距離がやけに近かったり、まあ男子であるとは言え見た目が見た目なのだから少し無防備だとかなんだとか、少し意識してなかった部分を突っ込まれて驚く。きまりが悪いというか気恥ずかしいと思っているとそういう所だと言われ、意図がわからなく尋ねると、頰を赤らめて首をさすったりする所だと言われ直される。なんだか女子からしても可愛いだとかなんだとか、僕は女子の可愛いを信用するほどではないが、彼女の言うことなのだしやや気にすべきことだ。それに、こんな未開の地ではしたないと思われるのは我慢ならないしね。
彼女との間に少し気まずい間ができる。油をさしてないゼンマイみたいなぎこちなさ、あるいは手入れのされてない書庫の淀んだ空気のようなモヤモヤというか、かなり不快な感覚だ。それと言うのもついこの間ヤマオカさんから私の事が好きかと言われて曖昧な返事したら向こうの気に障った為なんだけど。ねえ、とヤマオカさんに声をかけられた。
「今日、放課後は私も一緒にいい?」
も? 聞き返すと、僕が適当に開いてるフランソワーズ君ブートキャンプに参加したいそうだ。僕はクロノアデアを倒すと言う目標があるからこそ戦うのが好きだが、彼女の場合は僕が気になるから参加したいと言う事だろうか。別に一緒に時間を過ごす方法なんて幾らでもあるだろうに物好きな人だ……いやまあ、その気持ちも解らなくもないけど。クロノアデアが僕以外の人が好きなのに僕が無理に彼女に付きまとうのは、考えただけでもすごく惨めだ。そんな気分を味わうくらいなら、いっそのこととも思う。
まあいっその後に続く言葉は自殺願望ではないのだが。ヤマオカさん、彼女はどうなのだろう、略奪愛的な物を目指しているのだろうか。それに僕はクロノアデアが好きだけど、今後に心変わりすることが本当にないのだろうか、情けないことだけれど、これだけ彼女を愛していても自分の心がわからない。僕は苦痛を味わったことがないんだ、覚えている限りは、死ぬほどの苦痛はない。夢では何度か殺されたけれど、所詮は夢だ。彼女を愛する限りあの苦痛を何度でも味わえと言うのなら、まあ百や千は耐えられると思う。だが、あの時の苦痛は所詮はその程度の苦痛だ。それに喉元過ぎれば熱さを忘れる、脳が苦痛を記憶してないだけで、百も耐えられないような苦痛であるかもしれない。僕は、自分に自信を持って彼女を愛し続けると言うことができない。自分が信用ならない、愛し続けると信じたいとは思うけれども、信じることができない。愛し続ける努力をすれば、愛し続けられる物なのだろうか。
いや、少しセンチになった。最近はあまりなかったような気がするが、ここに来て再発とはダメだね全く。よっこいせなんて言いながら立ち上がり伸びをすると、流れ弾が顔に勢いよく飛んできて、僕が運良く事前に用意していた防御壁で消された。……こわ! もう少し考えとけよ、危ないだろ!?
「すまーん!」
謝って済む問題か! いやまあ、実害はないし謝られた事を口に出すとアレなんで黙るけど。気をつけろとだけ叫んでおく。まったく、なんで気を改めようと立ち上がった瞬間に流れ弾なんか、しかも顔に、ああもう、恐ろしい。ぶつくさと文句を言いながら座り込むとヤマオカさんに笑いだした。なんのために立ち上がったのかと言われ、そう言うおっちょこちょいな所は変わらないと評価を下される。非常に遺憾だ、イカンねまったく。
ああくそ、本当にどうして立ち上がったか忘れた。どうでもいい用事なのは確かだろうが、気になる。水飲もうと思った訳でもないし、他の所を見に行こうと思った訳でもないし。モヤモヤするなぁ……。
結局そのモヤモヤは晴れず、僕は今フランソワーズ君とヤマオカさんと、それにクラリスさんを目の前にしている。約束したブートキャンプを開いているんだけど、どうしようかと少し悩む。僕は少し魔力信者的な部分があるから、いつもは魔力の扱いを上手くさせることを目的に訓練している。もちろんクロノアデア方式に組手をしたり、彼の戦い方に口を出すこともあるけれど、でも僕は柔道の経験なんて皆無だし、そう言うノウハウは一緒見つけるつもりでの組手なので、どちらかと言えば魔術の訓練を多くしてしまうのだ。実戦形式の方が得るものも多いのだろうけど、実力差的に手を抜いてしまっている僕の戦い方に慣れてしまっても困るし、仕方がない。ああ、僕は魔力を使って身体能力を調節しているんだから、実力くらいどうしようもできると思うだろう?
元の僕のフィジカルが酷すぎて石製の剣を振れる最低限度の強化でも彼を圧倒できるんだ。その程度の筋力を合わせる程度の強化でも彼を圧倒できると言うのは、まあ……僕がクロノアデアの訓練を受けているから、と言うことにしておきたい。ついでに剣を装備せずに殴りあえばもちろん彼とそれなりに戦うことは出来るのだが、彼はそれをあまり望んでいないようなのでしていない。わがままをとは思うけれども、僕も殴る蹴るよりかは加減が効くのでそれに甘んじている。
前もって今日は実戦形式を考えていたけど、改めた方がいいのだろうか。大人数相手に組手とか面倒だしなぁ……。寄らば切るの考えだと他人毎に力加減を変えるのがアレだし、どうも。3人の前に立って色々と考えたけれども、答えは浮かばないまま僕は考えを切り上げ、口を開いた。
「えーっと、今日はいつもの強化訓練なんだけど、ドロシー・バーディヤさん、彼女が体験に来ている。あまり気にしないでいつも通りやってね。」
そうだなぁなんて言いながら僕は適当に説明のための図を書いた。僕に教えを受ける人が僕の教えに対してイマイチ納得できないなら訓練はあまり意味なくなるので、今のうちに共通理解を得ておくために座学をしようというのだ。僕は今、魔術というのは使えば使うほど強大に威力を発揮できると思っている。それと言うのは、僕は魔力の回復が魔力の変換であると思っているからだ。僕達にはそれぞれ、扱いやすい魔力の質というものがあって、枯渇した魔力の回復は実は扱いやすい魔力への変換なのだ、少なくともそう考えている。いやまあ君達には魔力なんて不思議パワーを僕みたいな一人人間が解明できると思って欲しくないよ、当然君達も思ってないだろ、だからそこらへんは勘弁してくれ。
まあそれで説明に戻るんだけど、魔術ってのは絵と同じだ。例えばずっと同じ風景の絵を描き続けた人はその絵に特化してうまくなる様に、人間は魔術に慣れなくては魔術が上手く使えない。すごく乱暴に言えばこうで、魔力の変換の話は魔力回復を挟まなければならない細かくさほど重要でない話だ。
だがまああえて話させてもらうと、魔力の濃いところにいれば魔力が回復するということは大気中の魔力を体内に取り入れているということだ。だが人間は魔力が周りにあっても切れれば全く魔術が使えない。じゃあ大気中の魔力と体内の魔力は別物という事になる、大気中の魔力を元に体内の魔力を作っているということになる。だけれども例えば魔術陣のように、体外の魔力を扱って魔術が使える事から、大気中の魔力は体内の魔力と全くの別物という訳ではない。そもそも大気中の魔力は体内にあった魔力が魔術で完璧に変換できなかったとかで漏れてるだけだから当然なんだけど。
でも大気中には魔力なんて幾らでもあるのになんで魔力が切れるということが起きるのか、そこで考えられるのは、魔力を魔術に変換させる効率があるからだ。ここに100の体内魔力があったとしよう、僕達はコレを本来魔力が持つエネルギーで考えれば魔力10程で魔術に変えることができる。そしてここに1000の大気魔力があったとして、僕達はそれを100の体内魔力に変えることができる。この時に僕達が打てる魔術は本来の魔力の持つエネルギーの20しかない、残りの1080魔力は無駄に消費されてるだけ、いや消費されてすらいない。ただ僕達が上手く扱えない特殊魔力、あるいは大気魔力に変わっただけで。
僕達が保有できる魔力は血で変わる。でも、僕の感覚ではその変換効率は自力で変えることができる。僕が君達に望むのはその変換効率の上しょ……あ、おいフランソワーズ! 寝るなっつーの! 心の中では悪態をつきながら彼を起こしてあげると、話が長いと言われた。人がせっかく強化を施してやろうというのにクソが……まあいい、僕はとにかく練習あるのみだと伝え、ヤマオカさんには意識するのは変換効率を高める事だと伝えて、コツを教えるつもりで僕にとって火を扱いやすい魔力と水を扱いやすい魔力と色々と練って渡してあげる。
そんな事をしていると、すぐに外が暗くなってしまい、僕は3人を寮に送る羽目になってしまった。フランソワーズ君は別にいい様な気もしたが、ヤマオカさんもクラリスさんも女子だし、彼女らだけを送っても僕が女好きみたいだし、いやまあ好きだけど、なんかそう思われたくはないし、彼まで送らなければならなかった。ついつい話をしようと思うと余計なことまでも話してしまう、悪い癖だな……。
ついでに帰ってからの訓練では、純粋に魔術を打ち合ってみてその尽くが無駄になった。別にボクサーのコーチがボクサーよりも弱いことは普通だし、医者の不養生も別にいいのだろうけど、魔術でも僕は彼女には敵わないなぁ……本当に、僕神様の力をわけ当てられてるんだよね? 神様の力使っても勝てないとか、僕が彼女に勝つまでにどれほどの時間がかかるんだろう……ハァ……。




