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ちらうら  作者: 湊いさき21
本編
107/167

ふぁいといっぱっ

 


 小鳥のさえずりが聞こえる。光が木の葉の合間を刺し、僕達を照らしていた。まとわり付くのは冷たく湿った美しい空気だ。どうにかして絵に収めなければならないのだが、どうも苦心する。冷たさは青で、日の暖かさは黄色で表現したいところだが、絵の具はないからなぁ。羊皮紙でない植物性の紙は墨をよく吸収するが、どうも上手くいかない。絵はもう5枚になってしまった。


「相変わらず、描くの早いね。」


 そうかなぁ、と生返事をしてしまったので一旦筆を置いてヤマオカさんの方へ向き直す。彼女は僕の顔を食い入る様に見つめていたので少しびっくりする。僕の様子に彼女は何かを懐かしむ様に微笑んだ。僕の絵をちらりと見る。


「相変わらず、失敗しても最後まで描き続けるのね。」


 そりゃあ紙が勿体無いからねと答えた。言われたので僕は5枚の絵を見比べた。そこかしこに散らばる些細なミスが目に付きどうも気にくわない出来だが、でもやはり人間味があって良い絵だと評してしまう。自分の絵だから自画自賛になってしまうけどね。木の描き方が良い、ささくれ立った様な樹皮がよく表れている。


 彼女の絵と交換してお互いの絵を比べて見る、もちろん僕達は互いに描き手へ特別な念があるのでアレコレと批評はしない。まあ、特に言いたい事だけは言わせて貰うけれど。


 彼女の絵には髪の短い男の子が写っていた、前世の僕だ。ニキビが一箇所あったり端整ではないし、 片足を投げていたり座り方が行儀良くない。でも、一生懸命な顔をしている。魅力的な男だ、本当に僕なのか自信がなくなってくる。


「これ、僕? 気恥ずかしいなぁ……。でも綺麗だ、景色が生きている。」


 自信家だね、なんて言って僕を笑ってきた彼女は、僕の絵に関して的確な技術的見地を言ってくれた。光のさじ加減は3枚目が良い、質感は4枚目が良い、総合的に5番目がバランスを取れている、とか色々ね。参考になる意見だ。そう言えば彼女は僕より一年長く生きていたんだっけ、僕より知識量も一年分多い。彼女の意見を参考にラフを描いて見ると、なかなかどうして一番の出来になってしまった。描き込めば相当の出来になるだろう。


 冷たくもあり暖かくもある、見る者によって姿が変わる、僕の理想とする絵になってくれた。まあどこまで行っても墨で描いている以上モノクロ、色彩のしの字もない灰色なんだけどね。彼女はカラフルだと言ってくれるが、どうもその感覚がわからない。


 小鳥が僕達の間に止まった。地球で言う所の雀だろうか、嘴が赤い。僕の服を啄んだかと思うと、今度はヤマオカさんの膝の上で飛び跳ねたり、色々と遊んでくれる。二人して飛び立たせまいと息を呑んで動かない様にするが、にべもなく飛び立たれてしまう。ああと、2人して声を漏らす。


「人懐っこい鳥だと思ってたけど。」


 僕が呟くとヤマオカさんは太田豊太郎みたいだねと言った。誰だったけ、いやまあ、そうだ、舞姫だな。舞姫はあんまり好きじゃないと答えると、日記では散々っぱらこき下ろしてたねと恥ずかしい事を言ってくれる。あの日記は多くが認める文豪に対して誰も聞いていない日陰で文句を垂れ流すだけだからね、すごい恥ずかしい話だ。彼女にあまり恥ずかしい思いをさせないでくれと頼むと、私を寂しくさせたんだから我慢してと頬をつねられる。


「僕だって、悲しませたくて君を悲しませたんじゃない。でもまあ、君が悲しんでくれたのは嬉しいけどね。」


 酷いと言って僕を押し倒し、悪い事を言う口はこの口かとじゃれついてくる。牧歌的でいいなあ。でも、諸事情により彼女はよく知らない人だ。酷くアンバランスと言うか、不均一と言うか、でもまあ僕はそれでいい様な気もぞする。まるでゼンマイが切れたおもちゃのように、半ば馬乗りになったヤマオカさんが僕をじっと見つめてきた。なんだろう、少し緊張にも似た空気がする。


「私の事、好き?」


 ヤマオカさんの言っていることがいまいちよくわからなかった。意図が不明瞭と言うか何というか。考えていると風が音を立てて僕の混乱を砂のように飛ばした、恋愛的な意味でか。彼女はクロノアデアに嫉妬していたし、僕の意中の人が自分であるのか確認したかったのだ。ああ、いやしかし、なんと答えようか。率直に言えば、よくわからない。彼女を愛してはいる、でもそれ以上にクロノアデアは好きだ。彼女は僕を好きだからそう聞いてきたんだろう。彼女よりもクロノアデアを好きだというのはある種、一番誠実な対応だとは思えるが、こういう日常の一風景で伝えるのは残酷な話ではなかろうか。どうしようも無くなったので、僕は何でもないように笑って見せ、彼女の頰に両手を添えた。


「嫌っていたら、僕は君をこうも易々とは近づけないだろうね。」


 どうしようもなく不誠実ではあるが、僕は彼女を愛していないわけではないし、彼女と付き合ってもいない、まして明らかなる嘘を……いや、どんなに言葉を尽くしても僕の立場が悪くなるだけだな。確かに僕は彼女を騙した、確信犯だ。後で悪し様に罵られようと何を求められようと、甘んじて受け入れたい。別に嘘をつく事も誰かを騙す事も気にはしない未熟な僕だけども、人が傷つくのを良しとはしたくない。そう思えただけでも僕には価値があるとしようじゃないか。


「……貴方ってストリックランドね、まるで。」


 ヤマオカさんは何か感じるものがあったのだろうか、聞き覚えはあるがどこで聞いたのかわからない。誰だっけと聞くと、月を求めた画家とだけ言われた、覚えていないのはモヤモヤするが、なんとなく肯定や否定をせずに黙っていた方が良いような気がしたので、しばらく彼女と見つめあっていた。ああ、可愛らしい顔立ちだ、僕とは違った魅力がある。気怠げな雰囲気が幼さと絡み合い妖しい空気を醸し出している。彼女が静かに立ち上がって、そろそろ帰ろうと手を伸ばしてきた。直感的に彼女の手を握らない方がいい様な気もしたので、一人で立ち上がると、使い魔の小鳥が飛んできた。クロノアデアからの使いだ、彼女を送り届けてから帰ると伝えて送り返す。


 しかし月か、月夜に悪魔と踊ったことがあるか、なんて言葉がある様に日本では月の様に綺麗な女性と言う褒め言葉も何処かでは凄惨な言葉になるらしい。人の気を狂わすだとか悪魔だとか、その点からすると、ストリックランドはどうもいい意味ではないことになる。酷く冷静な判断だと思うが、認めたくない僕がいる。一体彼女はどんな点で僕をストリックランドと形容したのか。


 彼女と適当に学校について話しながら帰っていると、急にヤマオカさんが僕の手を握ってきた。暖かな手に少し驚く、ヤマオカさんって人は結構大胆な人だ。しっとりとした手を握り返すと、お互い気まずい感じがする。彼女の頬は空より一足早く夕焼けが滲んだようで、僕もあんな顔をしているのだろうかと不安になる。彼女のことは、好き、ではあるが。彼女にはクロノアデアの様に僕を惹きつける何かがある。彼女達の共通項はそう無いはずなのに。その何かを見つけて、その普遍性を示せればきっと楽になれるのにそれがなんだかわからない。


 お互いが見つめあっていると、すぐにヤマオカさんの寮にたどり着いた。もうお別れだねと言って走り出した彼女は走り出した、あまりにも急で僕は手を伸ばすしかなかったが、彼女にどんな返事を返せばよかったのだろう。




「おかえりなさい、今日は……おや、また随分と汚れていますね。すぐにお着替えしましょう、部屋が汚れてしまいます。」


 風の寮の地下を歩いて部屋に戻るなり、そんな言葉で迎えられた。見れば随分と落ち葉やらが付いていて、灰色のローブがドブネズミのようで見窄らしい。僕は服をひん剥かれ、一足先に訓練着に着替えた。今日はクロノアデアに勝てるのだろうか。いや、まあ勝てないだろうけど、勝てる自分をイメージしなくちゃな。最初から負けると思う奴があるか、最後まで決して諦めずに如何なるいかなる窮地でも成功をイメージしなくちゃならない。今日はどんな手で行うかな、彼女に一太刀浴びせる為に試行錯誤をする。前回は石の槍、いや、棒をマシンガンみたいに連射したら中々上手くいったんだっけ。でもクロノアデアの事だ、すぐにメタを入れてくるだろうしなぁ。物量で押し切る事が出来ると言う点で考えを進めた方がいいな。


「さて、坊っちゃん。私も準備が整いました、森へ行きましょうか。」


 色々と考えても有効な策が練れないまま時間は過ぎてしまった。時間がもっとあれば良いのに……ああ、そう言えばだけど、魔術師は自分よりも魔力量の大きい相手には全く歯が立たないことが多い。それは魔力で単純に筋力や速さ、頑強さが変わってしまうからだ。ゲーム的な感じだね、レベルが上すぎる相手には殴っても効果はないし、どんなに軽く触れても相手を傷つけてしまう。だからクロノアデアとの訓練結果はクロノアデアの匙加減なんだけど。


 森の深くまでへ二人で行くと、生い茂る木の葉のせいもあって暗くなっていた。範囲内だけ仕方がないので明るくする結界と音を断ち切る結界を張ってもらい、お互いに剣を構える。館にいた頃と場所が変わっただけでいつもと同じような感じだけれど、今日はちょっと違うことに気づいた。クロノアデアの装備が盾と剣になっている。ちょっと本気か?


 彼女の装備をよく見てみよう。いつもの黒いミニスカートのメイド服に、金の装飾が施された両手片手両用の直剣と、今回追加されたのが金属製で青い大型の丸盾。盾は分厚く、普通の人はあれで殴られただけでも気絶までするかもしれないほどで、とても重量があるだろう。しかし姿勢から見て彼女には大した重さではない様だ、それだけ体が強化されていると見ていいだろう。


 どうしようかな、戦い方を変えたほうがいいのかも。いやいや、剣の腕が上達してもないのに下手に戦い方を変えるのはいけないんじゃないか。どうしようかなあ、本当にどうしようか、悩ましいものだ……うーん、ここ直感で!


 思考放棄をして僕は剣を振りかぶり襲いかかった。袈裟斬りをしかけつつ石のつぶてを連射すると、剣を叩っ斬られて石を盾で弾いた。ああなるほど、盾は前回の石の対策か。へし折られた剣を投げ捨て右手から石の槍を射出すると、剣でそれを弾くのでその間に彼女の盾に飛び乗って上へ跳躍して襲いかかろうとするも、跳躍に合わせて盾を上へと動かされ、予想以上に高くへと跳ねあげられる。彼女は居合の構えへと移行して僕を迎え撃つ準備をした。僕は火を投げつけた、火が彼女の視界を埋め尽くす。その間に影を纏い簡易な結界で自分の音を消しつつ宙に作った足場を蹴り地面へ着地、近くの木に暫くしたら音を鳴らす様に印を打ち込んで移動、影へ移動して魔力を練る。


 彼女がじりと地を踏みしめ中から降ちる僕を待っていると木から出た音に驚きそちらへ注意を向ける、僕は背後から音もなく飛びかかろうとした。が、あと一歩のところで嫌な予感がしたので後ろへ飛び跳ね、ゼウスの雷霆の様に雷を投げて離脱すると、クロノアデアが青い盾で雷を撃ち払いながら体を捻り振り返った。うわ、こわい。彼女の目が光ってその残像を残している、またゆらゆらと湯気の様なオーラも上がっていた。そう思っていたのもつかの間、次の瞬間に僕は盾で殴られていた。


「ぶる、ごっふぇ!」


 僕は肺から空気を押し出され声ともならぬ音を漏らしながら吹っ飛んだ。木にぶち当たり、『く』の字に曲がっていた姿勢を『)』、閉じ括弧型に曲げられる。木が衝撃に耐えきれず折れ、僕は木からずるずると落ちた。うゔぉぇ……。声にならない、どうしようもない痛みだった。ああ、胃から色々と漏れそうだ。


「坊っちゃん! すみません、大丈夫ですか!」


 クロノアデアが慌てて駆け寄り、僕の体を起こした。うう、色々とシェイクされた感覚がする中、倒れた木に魔力を通して地衣類に覆わせておく。いやまあ、ここだけ火のあたりがよくなって良かったんじゃないかな。僕はそう言うことにしておいて、彼女に背中や骨格がおかしくなってないかを見てもらう。ぶっちゃけ、僕より彼女の方が骨格とかそう言う見てわかる健康状態についての目、つまり美術的センスは上だ。場数が違う、まあ、悲しいことではあるが。何百年と戦いに身を置けば僕の20年にも満たない美術知識なぞすぐにと言う話さ。


 彼女に癒して貰いながら今回の総評を聞く。あまりよろしくない様だった、いや、強くはあるが危険な戦いだと言われた。強ければいいじゃないかとは思うもののそうではないらしい、例えば直感で察知した急な方向転換などと、守りを捨てに行ってギリギリで帰ってくる様な戦い方で、実戦ではしない方がいいのだとか。もう少し後先考えた方がいいと言われたが、それでもその直感で後ろに下がれたのは素晴らしいと褒められた。頭を撫でられる、子供みたいだが素直に嬉しいものだなぁ。


 今度は防御の訓練をしてみましょうかと言われ、剣を構えさせられる。さっきの直感で飛びのいた様に、瞬時の判断を大切にしながら剣を受け止めて見せろと言う。隙があれば攻めに転じても良いが、その度にペースアップをするので慎重にだとかなんだとか。


 剣を構えるとすぐに彼女は横薙ぎを放ってきた。咄嗟に右後ろに下がると、盾が迫ってくる。後ろに飛んでも避けられない、僕は左前、先ほど僕がいた場所へ戻った。剣の柄頭で殴りかかってきているので石の剣でそれを外へ弾きだし、また距離を取る。この間わずか1秒足らず、自分で言うのもアレだが頑張ったな。


 頑張っても休む暇はない、また彼女の一線が来る、今度は縦に振り下ろしだ。半歩剣筋を逸れると僕を追尾する様に曲がり、それを剣ではじきかえす。剣の腹で殴りかかって来てくれたので僕の剣が切られずにすんだ、また後ろに飛びのく。しかしクロノアデアも僕を逃がすことはしない、鋭く突きを放って来る。腰を捻り、服を引き裂かれる程度に済まし、片手で彼女の剣を掴んで引っ張る。そのまま剣を捻り彼女の手から奪い取り、少し離れた木へとぶん投げる。深々と木に刺さり、彼女は盾だけになった。と思ったけれど、何処からか金色の槍を取り出し突きを放ってきた。


 槍といったが、穂先がまるで矢じりを伸ばした様な独特な形をしている。確かこの世界の神話にもあんな形の槍が登場した様な気がする、たしか鏃斧だかなんだか、槍というか斧だったしネーミングセンスがアレだったけど。挿絵で見た鏃斧はもう少し穂先が短かったが、彼女の持つ槍は穂先が大きすぎて幅広の大剣の様な形状だ。嫌な予感を感じて高く飛び跳ねると、大きな横薙ぎが足のすぐ下を襲った。あな恐ろしや、彼女の持つ盾を蹴って更に飛ぶと、彼女が槍を上へ振り上げたのをすんでのところで避けられた。宙を蹴りすぐにその場をはなれる。こうなっては剣は邪魔なばかりだ、僕は剣を消して籠手を作って。体の強化に集中した。時が緩慢になる、僕はクロノアデアに殴りかかりにいった。


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