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ちらうら  作者: 湊いさき21
本編
102/167

訓練の時間、です

 日々の精進というのは、大事だと思う。継続無くして力は得られないと言うのはわかるだろう。それは、宝くじを当てたのはくじを買ったからだと言うものと一緒で、至極当然のものである。どれだけ買っても当たりくじを買ってなければ当たらないし、一枚だけ買ってもそれが当たりなら当たる。運というのはひどく不平等のように見えるが、少なくとも宝くじを買っていない者には当たらせてくれないし、ちょっとは僕たちの事を考慮してくれている。それで何が宝くじと日々の精進が同じかというとだ、運か才能が施工回数と掛けあわせられると言う事だ。


 僕は、才能と言う物は集中力と言う物だと思っていた。少なくとも勉強や美術においてはそうだった。集中して取り組めばその時の記憶を詳細に思い出せるし、逆にハッキリとした記憶はなくとも驚くべき程の成果を発揮できた。作業の記憶なんて意味薄の、少なくとも当人にとってさほど重要でない事に力を割かず、描きたい物を描くことだけに集中する。時間を忘れて作業に没頭する、それこそが才能という物だと思っていた。今は少し視野狭窄だったと思うこともあるが、それでも確かに集中力は才能の一種だと思っている。


 絵筆を握ればいつかの記憶が蘇り、何年振りかに自転車を漕ぐようにぎこちなく進みいつの間にか十分な安定性を出せるように、僕はかつての作品とは少し劣る程度の絵がかける。もちろん過去の力量は記憶の補整が有ると見越して過去の自分を過小評価しているし、美術部の時の僕は油彩がメインだったので張り合うのは難しいのだけれど。


 石の剣を握れば館での記憶が蘇り、クロノアデアの美しい技と僕の思うように動かない体が思い出される。なのだけど、館での僕は今の最良を選び取り、閉じていた目蓋を開くように取れる選択肢を増やしていき、再び目蓋を閉ざして行きピントを絞るように取るべきじゃない選択肢を捨てて行く事に集中していた。だから記憶は曖昧で、あまり成長をしていない。だからこそ継続が力なんだ、一回で積まれる物が多かろうと少なかろうと、三回積んだ物より四回積んだ物の方が高いに決まっているのに、一回で積まれる量が少ないならば尚更高みを目指すために積む回数を増やさなければならない。


 それなのに最近の僕は羞恥の為に席に着かずいたずらに体力を消耗させたり、授業なんてクソどうでもいい事に魔力消費したりで、最良のコンディションで最良の訓練を積んでいなかった。せっかく得た休暇も遊ぶ事に夢中で訓練もしない。なんだってそれで僕は弱いなんて言えようか、いやまあ訓練をしなかった結果として弱いのは事実なんだし僕は弱い自体は言えるんだけど、剣の才能がないだとかは言えない。付け加えて言うなら万全の状態で戦うことなんて普段から体の強化をしている以上絶対あり得ないのではと思わなくもないが、まあ訓練の質を高めるには最高の状態でやった方が確信は持てないのだけどそんな気がしているので僕はそうだと思い込むこととしている。


 なんかこのくだりは前もやったような気がするが……まあ自覚は大事なので何度でもしよう、兎にも角にも僕には訓練が必要だ。少なくともクロノアデアと同じレベルまで上り詰めなければならない。


 そんな訳で僕は午後の授業は適当に済まして、フランソワーズ君には自習を命じ、ドロシー先輩の件で色々と自粛を求められたスカラークラブのメンツ上手いこと撒いて寮に帰り、急いで訓練の準備をした。


 今は森の中にそこそこの明度を保つ結界を貼り、石の刀を構えた。いつもの猿みたいな思考は辞め、早すぎず遅すぎず自然なスピードで全身に力を溜めた。彼女はしっかりと両手で正眼の構えをしている、あの構えで攻撃も防御も全てできるんだから理解できない。


 やるなら最初からフルスロットル、僕は体が許す限り素早く突きを放った。軽く打ち払われ袈裟切りをされかけ、咄嗟に魔術で石の棒を打ち出す。どうせ防ぐので威力を求めず、すこし短めにした。僕の予想では振り下ろすのを中断し剣を振って防ぐと思ったのだが、石の棒を空中で粉々になる程力強く僕もろとも剣で叩き落とした。地面に強かに打ち付けられる、その力加減は流石というべきかちょっと痛いだけで済んだ。起き上がるついでに足を掴んで引き倒す事を試みるが、体を蹴り上げられ地面に緩やかに着地させられる。


 うっぷ、三半規管がやられた。数秒ほど待ってもらい、また刀を構え直す。ニコニコと笑っているのを見るに彼女の評価は上々だ、やはり真剣に取り組むとソコソコの成果が見込める。今度は飛びかかると見せかけてフェイント、視界を防ぐように火を円状に放ち、一気に後退する。リングの外へ逃げて長距離射程から狙い撃つのも考えたが、多分その場合は僕が狩られるのであくまで中距離を保ち、石をばら撒いた。考えるのは機関銃だ、デタラメでも良いから取り敢えず避けられないように打つ。彼女は火の壁を突き破り迫る石を見ると上へ飛び、剣を投げた。右の脇腹にあたり僕がバランスを崩すと、空をかけながら炎を手に纏わせ僕に向かってくる。自分に向かって石を打ち込み無理やり回避すると同時に、彼女が投げた剣を遠くへ飛ばしておく。


 ほんのさっきまで僕の顔があった所を彼女の掴みかかる炎の手が通り過ぎた。彼女は開いていた手そのまま地面につけ、まるでオリンピックの体操のように片手で綺麗に前転をした。その間に体制を立て直す。およそ僕の大股で三歩の距離に無手のクロノアデアがいて、僕は片手に刀を持っている。彼女は涼しげに笑っているが僕は息を切らしていた。はぁー、つらい。


 はっきりとわかる実力差に気をやられながら、僕は上段の構えにして彼女へと切り掛かって行った。




 ま、何時間やったかは黙るとして14回は彼女へ攻撃を当てられたから僕は満足かな。クロノアデアが身を整えている間にポミエさんから体を清めてもらいながらそう思った。クロノアデアに打ち込めるということは彼女が避ける術がなかったという事で、彼女もそこそこの汗をかいていたのだ。そんな彼女に僕の面倒をみさせるほどデリカシーがない訳ではないので、彼女の職務をポミエさんに譲るように頼んだのだ。本当は僕が自分で体を洗いたいのだけど、背中とか洗いづらいところの体の洗い方を忘れたとか、貴族としてみっともない事なので彼女達の職人意識を傷つけるとかの諸々で仕方なく洗ってもらってる。好きな人達に洗ってもらえて嬉しいとかそういうのは考えてない、考えてないったらない。


 しかし前にも言ったが風呂を作りたいな、お風呂。文化的に無くもないそうだが、ここじゃあ濡れた布で垢すりするだけだ。髪も水で濯ぐだけだし、色々と思うところがある。帝都は水道とかがあるんだから公衆浴場でも作ってくれれば良いのだけど、まあ紆余曲折あって衛生が逆に悪くなったと言うか爛れたので取り壊しになったそうだ。頭チンパンジーな帝都民が憎い。


「坊っちゃん、今日の夕食はお肉とお魚どっちがいいですか?」


 されるがままに体を洗われていると本業がキッチンメイドのポミエさんが献立を聞いてきた、いつもはバランスのいい食事を考えて献立を考えてくれるのだけど、たまにこうして僕の希望を聞いてくれるのだ。こういう時は材料だけじゃ無く焼き加減や分量などレシピまで詳細に頼むと希望通りに作ってくれるので少し嬉しい。


「今日は運動したから、濃い味付けでレアのステーキがいいな。サラダはいつもより野菜を大きめに切って、スープはよく煮て、クルトンも浮かべといてね、それからそれから——。」


 年相応に食い意地が張った僕の注文を穏やかな笑みを浮かべてハイハイと返事するポミエさんは、やはり美しく儚げだ。僕の中で美という概念は広い。大雨が降っている時の川の濁流や紅葉した楓の葉の落ちる姿、汗を流しながら走る人、高くそびえ立つ城、色々と何でもかんでも美しいと思える。なんだ、才能の無さに絶望して死にたいとか考えていた無気力の時から回復した後に反動で今までは醜いと思えたものも逆に美しいと思えるようになったと言うか、美しいものと醜いものがごちゃごちゃになった結果として全て美しいとも醜いとも思えるようになったと言うか。


 だけど、クロノアデアとポミエさん2人へ向ける美というのは、その中でも特別だ。2人だけは美という言葉に色がつくと言うか、共感覚もどきがある。僕がまだ小学生とかの頃に感じていた、色づいた感覚があるんだ。彼女たちの美を思うと、色で例えるなら桃色と黄色を連想させる感覚がして凄く温かな気持ちになれる。2人の女性に異性愛を向けてるなんて事実が認めがたいのでこの感情を僕はまだ恋と名付けてはいないのだが、まあそんな事を考えている時点で。少し逸れたな、とにかく彼女達の美というのは僕の感情が絡む美で、まやかしではない本当の美と言ってもいいのかも知れない。


 そう呑気な事を考えながら、僕はまた明日素晴らしい1日を摘む為にしっかりとした夜を過ごして行った。




 まあどれだけ早く床に就こうが明日が来る前にゲームに招かれるのは変わらない。全くの小く毛むくじゃらの体で、僕はセーフルームの中でタナカデスさんのメッセージを読んでいた。昨日の飲み会で僕が何も言わず帰った後にこのメッセージは届いたようで、色々と気を悪くしたのだったらごめんなさいだとか、また遊びませんかとか、人の良過ぎる文が書かれてあった。無断で帰ったなんて僕に非がある気がするが、そうは考えずに気を悪くしないタナカデスさんはどうも怪しい。かにゃんさんだかの件もあるし、邪神方面も思慮に入れちょっと付き合いを考えたい。


 ナビさんにこちらも途中で帰って悪かったという文と、しばらくはストーリーを進めるので一人で遊び、ストーリーがそこそこ進んでレベルが揃ったらまた一緒に遊びたいと言う文を送ってもらった。


 そろそろ行こうかとするとナビさんが今日は自分も付いていくと言ってきた。アバターが変えられない僕への特別措置だと言う、そんな措置を取るくらいだったら僕を人にしてくれないかなあ。僕をこんな姿にしたあの男……邪神の手下への恨みが積もる。


 そう言うのを引きづらない様に心の奥に押し込めて、僕はナビさんと街を練り歩いた。僕の隣に保護者のような存在であるクロノアデアがいないだけじゃなく、他の誰かがいると言うには少し慣れない。ましてや今の僕だと宙にふわふわ浮いてる人間は巨人の域に収まるのかさえという印象を受けるし、僕の背丈じゃあ段差等諸々の理由から荷物の様に持ち運びされるので……恐怖とは言いたくないが少し思うものがある。


 優しい対応をしているのに散々な評価をそのサービスを享受する僕に下されたナビさんの案内によると、ストーリーを進めるには街を探索してNPCに色々と話を聞く必要があるそうだ。


 お使いクエストと言われるアレだ、たらい回しにされたり、挙げ句の果てにダンジョンで攻略のヒントを町民が言ってたことに気づいて、思い出すコマンドで思い出せなかったら一回戻って聞き直すみたいな手間をするあの……ゲームをピコピコしているなら適当にメモをできるが、あいにくとVRゲームとか言う代物だ、大きな木の迷宮を攻略する際にはゲームの中で方眼紙とペンを用意しなければならないだろう。


 取り敢えずナビさんに連れられて酒場に来た、酒場とは言うけれど元は定食屋で、夜に住民がお酒を呑みに集まるから便宜上酒場とされているだけらしい。昼間から呑んだくれてる客もいるが、普通に旅人風の人がオートミール風の何かを食べていた。おそらくゲーム的に同業者の設定なんだろうと睨み、僕はキーアイテムらしい物の風説を聞き出した。まあ聞き出すといっても四方山話で聞ける程度の物だ、この会話だけで正解にたどり着けると言うのなら苦労はしないだろう。ちょこちょこっと謎解きとちょこちょこっと強敵を倒して行かなければならないし、そもそも風説の信憑性を確かめねばならない。


 噂によるとこの街の近くの森にグールの生まれる場所がある、と言うよりグールを生み出す道具があるらしい。それをモンスターに手を焼いている軍に売っぱらえば一攫千金だとかなんだとかとか。軍が手を焼くレベルの物を民間人がどうこうしようとか考えるなよとは思ったが、まあゲームだしね。


 ゲームという事を無視すると、この世界にはレベルと言うものがある。いつか邪神の手下が筋肉質な男と肥満な男ではステータスに差はないと言っていた。初めはバカな話をと思ったが、確かに魔術師ならそれはありえる。そしてこのゲームはロードアビスの探索と言っているが、どうもその舞台が僕の住む世界が元になっている様だ。その事を踏まえて考えると、プレイヤーは皆んな強化の魔術を使える魔術師と言うことになる訳だ。


 帝国でもない限り、魔術師は一般的じゃない。軍は非魔術師の集団と見れば、まあ民間人の一人が軍の手を焼く問題をさらっと対処とかをしても良いのかもしれない。


 さて、そんな喋りをしてたらもうグール達の蔓延る森へ来てしまった。これから適当にレベルを上げつつ、そのグールを生み出すアイテムとやらを見つけていこうと思う。手始めにグールの密集地帯を探して行こう。僕はナビさんの手から野に放たれ、チャプチャプと沼地を泳いで行った。

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