たまにはマトモな生活を
実質100話記念なので暴走させるのを休憩
あと数話くらい主人公が理性的な行動をする回が続きます
「ふぅぅぅー、よく寝た。」
別れた精神が1つに戻り記憶が統合されていく妙な感覚を得ながら、僕は伸びをした。閉じたカーテンから朝日が漏れているのが見えた。やや眩しい日光を見ると窓を開けて新鮮な空気が吸いたくなってくる、窓がただのディスプレイであることが残念でならない。
ゲームの世界を遊んで居た僕と赤の世界で僕を取り返そうと色々していたボクとの記憶の整理に呆けていると、僕に気づいたクロノアデアが挨拶をしてきた。起きるのが早かったですねと言って、あまりよく眠れなかったのかと聞いてくる。寝る子は育つので二度寝でもしたらどうかとか寝かしつけましょうかとかの提案を蹴りつつクロノアデアに服を着させてもらったりした。
「坊っちゃん、申し訳ないのですがまだ朝食は……。」
彼女のいう通り今はまだ少し早い、ポミエさんに今からすぐ出来る簡単なものを作らせるのもなんなので僕は本を読むことにした。普段あまり本気で語らないけど、僕は芸術とか文化的なものが好きだからね。下手の横好きと思われるのが嫌なので裏で音楽に読書に素描、色々と遊ばせてもらっている。
……こういう、本を読んだりだの自分一人だけの時間は好きだ。ああ、もちろん僕は人間が好きだ、クロノアデア達と一緒に笑っているのは本当に心が安らぐ。でも、それとこれは話が別なんだなぁ。僕は元々明るい性格ではあったと思う、少なくともそう振舞えてはいた気がする。その振る舞いで前世でそこそこの顔の広さを持っていたのに、赤の館で30人ぽっちの人たちとしか関わりを持たず、今はそれなりの人の顔を知っている。帝都に来てからまともに接触したのは片手で数える程度だ。でも、人の顔はかなりの数を覚えた。
引かないで欲しいんだけど、赤の館の反動だろうか、見る人見る人全てが印象に残る、多分の話だが顔を見ればどこですれ違った程度の情報を言える人が百人以上はいるんじゃないか。まあ活動範囲が狭いというのもあるが。身なりのそこそこいい人は学園、いい人は黒の邸か神殿、そうでない人は帝都内、そういうわけ方を僕は脳裏で行ってるんじゃないかな、わかんないけどさ。そう考えると、少し自然な能力に思える。能力というほどでもないな、フツーだフツー。
……いや、やっぱり気持ち悪いわ。自分の容姿が特殊でもないのに声をかけてもない人がどこどこで見かけたとか覚えてたら恐怖だわ。
まあ、こんな感じで僕は一人の時だと内観が行える。精神が不安定な今は割と重要な行為だと思う。今の僕は自覚が必要なんだ。自覚は覚悟につながり、覚悟は容認につながる。不安定であり、どのような行動を起こす可能性があり、その行為の結果にどのような未来が待ち受けているのか。例えば、カーネル・フランソワーズ君と決定的仲違いをしてしまうかも知れない、クロノアデアから嫌われるかも知れない、邪神に殺されるかも知れない、また空虚な感覚に呑まれるかも知れない。そんな事を考えるのが、どうしようなく恐ろしい。
でも、いずれ来る未来だと分かれば、諦めもする。その事態を甘んじて受け入れられるかも知れない。少なくとも、唐突に来られるよりかは、良いだろうとは思う。準備ができるし、いずれいい事も起こるだろうと思える。いい事がこの先もう一欠片も来ないとわかっても、なんとかそれを変えられると思えるし、変えられなくともまあわかっていた事だと思える。
要はあれだな、終活だ。人間どこまで行ったって哲学ゾンビの呪いからは逃げらない、結局は自分の認識の上で納得するしかないんだ。それはつまり自分の認識が世界そのものになるという事で、自分の認識を悪しき物から良き物へ変えられればそれは世界を都合のいい物に変えられることに他ならない。最期のお別れの挨拶だって思いの儘だし、大好きなあの子だって君の彼女になってくれるし、明日終わる命はうんと遠くに持っていける。まあ、そこまで自分の認識を弄くれる、と言うか妄想を信じ込める奴は相当なアレだとは思うが。でもそれは、他人の認識。ソイツの認識上ソイツがまともなら少なくともソイツの世界ではソイツはマトモなんだから、ソイツの世界を変えてやる必要もないだろう?
終活なんてする必要性は無いとは思うが、最期の挨拶はやっぱりしたいし、そういう死ぬ準備ができたら死ぬ事も我慢できそうだ。息子やら孫やらなんやら自分の命を惜しむ者はいても覚悟ができてるから安心して死ねる。それと同じで、内観して悲観的未来を予測するのは自分を幸せにする第一歩なのだなコレ。だから一人の時間が好きなんだ。
まあ僕はカオス理論信者なんで、起こり得るかどうかの事を加味しないできる限り悲観的な未来を考える他ないのだが。
雑念交じりに文字から目を滑らせていると、クロノアデアが食事の時間だと告げてきた。今日も彼女は見た目麗しく華やかで可憐で、声は鼓膜を蕩けさせ桃のような素晴らしき香りは心を満たす。美の結晶と可愛さの化身が合体したとかそう言う次元じゃない、魅力的と言う言葉が正しいとは思えないし、まさしく語る言葉がない、と言えるだろう。例えば男友達と修学旅行で誰が好きかと言う語り合いをする時に対象が被らない事がそこそこの確率であるように、人間それぞれ完璧な造形っていうのは違う。僕の場合はクロノアデアがその真ん中にいる。銀の髪に緑色の目なんて言うファンタジー過ぎる容姿をしているのだから、前世で彼女のような人とはまず巡り会えなかっただろう。この世界に生まれ変わって彼女を目にする事が出来ただけでも僕は幸運なんだ。
「どうかしたのですか?」
彼女は首を傾げて僕の目を見つめてくる。動作までもが致命的に愛らしい。
「クロノアデア、君は僕の事を——。」
口を途中まで開いて辞めた。彼女に僕への好感度を聞いても返ってくる答えはわかりきっているからだ。彼女はメイドで、僕は主人だ。僕のご機嫌とりと言うわけではないが、どうしても返事は決まっている。
気持ち悪く思わないで欲しいのだが、僕は大好きな彼女に抱きついていたい。それはもう力強い抱擁をしたいし、叶う事なら接吻やら愛の囁きなど想い人同士にしか許されない行為をしたい。僕はまだ彼女目線で子供だし、容姿が良いから、声に出して望めば叶うだろう。だが本当にどうしようもなく僕は子供だ、容姿がよく恋愛の対象にならないからスキンシップとして許されるのが我慢ならない。僕だからこそ想い人として許される行為であって欲しいのだ。坊っちゃんなどと言う肩書きだからじゃなくて、僕と言う一人の人間だから好きだと思って欲しいのだ。彼女に愛されたくてたまらない、形式上は愛されるならいいやとは割り切れない。割り切りたくない。
「私は、坊っちゃんのことが好きですよ。」
彼女は優しい、そして僕の考えを見抜く程度には賢い。朝から恥を書いたので暫く黙ろう。……ふへへ、まあ、意味はわかってても……うん。
悲しいまでに上機嫌で学校へ向かい、鼻歌まじりに扉を開けると顔に水がかかった。結構勢いがあった、攻撃用の魔術だ。普段から最低限の強化をしてる僕だったので驚くだけで済んだが、他の子供だったらどうする気だ……。
「お前が悪い!」
「悪いのはそっちだろ!」
子供が言い争いをしていた。喧嘩だ、火の魔術を使ってないあたりまだ理性はあるのだろうが風の球やら水の球があっちでバシャバシャこっちでバシャバシャと教室をカオスに仕立て上げている。喧嘩している2人は教室の中心で殴り合いをして、他の人は教室の隅でおとなしくしている。
楽しい気分が一気に台無しだ、クソが。僕は場の魔力を掻き乱し喧嘩をしてる奴らの術を暴発させた。この程度はたぶん侯爵家、下手すれば上級伯爵家でも、魔力の扱いが得意な人種ならなんてこともなく簡単に魔術を扱えるのだがまあいつの時代も小競り合いとかで実働する人々は下々の奴らだ。簡単に魔術は使えなくなった。
「ねえ……何してるの?」
魔術が使えなくなった彼らをはっ倒して静かにさせるのは簡単だが、まあそんなラフプレーをやる僕ではないので取り敢えず事情を聞くことにした。それでなになに、ほう、へー、うんうん、なるほど。2人の話を聞くに事の起こりは実にくだらない話だった。この帝国では同じ爵位の家にも力を振るえる大きな力を持っている公爵家が4つもある所為で、結構ややこしい派閥がある。帝都から東西南北というわかりやすい分布をしてくれているのでここでは仮に北家やら東家とするとして、今回問題になったのは東家側の男爵と西家側の男爵だ。
ついでに僕の直接のバックにいるフロワユースレスは南家となるので、なんだか口を挟むのは政治的見解からするとすこし面倒な話なのだが……まあ子供だし僕が風変わりな人物なのは多分そうそうにして慣れたと思うのでガンガン絡ませてもらう。
それで今日の朝に、東側男爵が友人とふざけているうちに西側男爵君にぶつかってしまった。東側は西側にすぐに謝ったが西側はそれでよしとはせず、さらなる謝罪を要求し、それが過度のものであると判断した東側は拒否。両名とも口論していたら、どちらが先に始めたかは不明だが魔術が飛び合う喧嘩となった……らしい。くだんねえことで喧嘩すんなよな。お前ら二人が我慢してれば済んだ話じゃねーか、教室をこんな惨状にすんなっつうの。
僕は仲裁を後にして先生が教室へ来るまでに倒れてしまった机や椅子の整理する事を命じた。二人とも僕の力を知っているので、そして僕が力を振るわないということを知らないので、渋々と命令に従い、お互いが悪口を言い合いながら教室を整えていった。
その間に僕も濡れた服や教室にできた水溜りの除去をしておく。魔術の中には物体を支配するものがある。例えば泥から泥人形を生み出すとか、空気を動かすことで風を作るとかな。ああ、風の魔術には2つ種類があるんだよ。別に風の魔術に限った話じゃあないんだが、まあ風は特にその2つの種類を見る。1つは空気を生み出して風を作る術、もう1つは既存の空気を動かして風を作る術だ。どちらもコスパがそこまで変わるというわけではないのだが、どちらかと言うと既存の物を利用する方が楽……かなぁ、微妙だ。空気って作り出しやすいから少しわからない。まあだからこそその二つが入り混じるのがよく見られるのだけど。でも土とかになると既存の物を使うのが主流になるから、風も同じなはずだよ。
まあとにかく、既存の空気を操れるんだから既存の水を操るのも訳なくて、それを教室の窓から纏めて外へポイした。バケツ7杯分くらいあったぞ、なんでこんな事をしたんだ、全く。
「この件は先生に報告して先生に解決をしてもらうか、もしくは君達だけで解決させるかの2つの選択肢がある。解決せずまた喧嘩するってのはない。」
二人を睨んで言った。まあ別に構いやしないんだ、この二人が喧嘩し続けていようと魔術の打ち合いにならなければ、いや僕の見えないところでやってくれていれば。僕の言葉に二人は戸惑って、俺は謝りたくないとか俺は悪くないだとかを小声で僕に言ってきた。僕は時間切れなら強制的に前者の選択肢を取らせる旨を伝え、足をパタパタしたり腕組みをしたりイライラしている素振りを見せると、二人はぎこちなく謝りあった。
うん、よろしい。本当なら水を被った僕に五体投地でもなんでもして欲しいところだがそこは諦めた。子供社会はムラ社会とかなんだとか前に言った気がするが、これは群れの統治だ。争いを収める事で僕の権威と力を示していく。こういうコツコツと心象を高めることが僕の社会的地位の向上に役立つんだ。そして学年が低い今は力の政治だが、いずれは法の統治へと転換する。学生の身分の内にリーダーとしての気質を示しておけば、まあ悪いようにはならない……と思うんだ。
色々と立場が特殊だから、少しずつでもいいから考えていかないとね。そんな事をしている内に先生が教室に入ってきて、今日も学校が始まった。




