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第九話 おびき寄せられた孤独者

 ルイーゼ商会の場所はすぐに分かった。最初に立ち寄った屋台でニシンの塩漬けを二匹と焼き牡蠣を五つほど購入した。これだけ買えば屋台の主人も機嫌が良くなるだろう。

ご丁寧に現在地からルイーゼ商会までの道順を書いた地図まで書いてくれた。


 シスはおぼつかない手つきでナイフを使い、牡蠣を殻からほじくり口に運んでいる。食べている間も他の屋台が気になるらしく、小麦のパンを買ってくれとねだってきた。


「……後にしなさい。それにそんな食べるとお前寝ちゃうだろ?」


「後っていつだ?」


「ルイーゼ商会でアルマに会ってからだ。今朝言っただろ?」


「うん……」


 熟睡していたシスは昨夜の事はほとんど覚えていないようだった。アルマとの会話。人間に戻す方法があるという話だ。

 ひょっとしたらだまされているのかもしれない。しかし、悩んでいても仕方が無い。とにかくアルマに会おう。なにか危険な匂いがしたら、すぐに逃げればいい。今までもそうしてきたのだから。


 広い通りを歩いていると、噴水のある大きな広場に辿り着いた。

 ふと周りを見れば、道行く人も入り口とは違い商人風の人間たちが多くなっている。建物の背も高くなり、商館が道のわきに軒を連ねている。商業地に入ったのだろうか?

 屋台の主人から聞いた限りでは、ルイーゼ商会はガンベルツがまだ今のような街になる前からある商館らしい。

 もっとも、その頃は商館など大それたものではなく、どこにでもある普通の酒場だったそうだ。

 街が大きくなり、それと同じくルイーゼ商会もさまざまな商売を行ってきたのだと言う。つまり、街と一緒に成長した商会だ。


 この街で最ももうかっている商会……というわけではないらしいが、信頼はそれなりにあるのだろう。

 地図のとおりに歩いて行くと、ルイーゼ商会の看板を発見した。

 思ったほど大きな建物ではなく二階建てで、一見しただけでは宿屋と間違えてしまうかもしれない。


 二階建ての木造の建物。外壁は黒く変色してはいるが、むしろ古くからあるその商館はロルフを圧倒させるほどの雰囲気を醸し出していた。


 シスはいつの間にか、全ての焼き牡蠣を平らげ、ニシンの塩焼きを口に運んでいる。そのニシンはロルフが食べるはずだったものだ。ロルフはため息をつくが、緊張で食欲がなかったためシスに食べてもらって良かったかもしれない。


ルイーゼ商会の門をくぐると、中では商会の人間と行商人らしき男が、なにやら商談をしている。毛皮の値段がどうのこうのとロルフには違う世界の話が繰り広げられていた。

 その中で一人、行商人の相手をしていないルイーゼ商会の人間が、こちらに歩み寄ってきた。


「いらっしゃいませ! ルイーゼ商会へようこそ!」


 その商人は、明らかに作り笑いとわかる笑顔をロルフとシスに向けてきた。


 いきなり笑顔を向けられる経験が皆無なので、少し戸惑ってしまった。それはシスも同じようで、目線を下に向けロルフの陰で固まっている。


「ああ、商売に来たんじゃないんだ。アルマという人に会いたいんだけど……」


「そうでしたか、それではこちらへどうぞ」


 目の前の商人は、笑顔を張りつかせたままロルフたちを奥の扉へ誘導する。

 商人が扉を開け、ロルフたちもそれに続き奥へ入る。

 通路が横に伸びており、右手の奥には二階へ上がる階段。左手の突き当たりには一枚扉がある。正面にも扉があった。


「こちらです」


 いつの間にか、案内してくれた商人は真顔に戻り、対応も客のそれではなくなっていた。


 商人が戻っていったあと、ロルフは一つ大きな深呼吸をした。


 人間に戻る方法。


 あの時の言葉が、脳裏をかすめる。

 どういう意味なのか……。その確認をしなければならない。

 木製のドアノブを回し扉をあける。

 どんよりとした空気が顔に触れた。部屋の中は窓も無く薄暗い。


「不作法だな。ノックくらいしろよ」


 低く鋭い声が聞こえてきた。


 部屋の中央には両手を広げたくらいの大きさの机があり、ろうそくが一本立てられていた。ろうそくの炎が揺れるたびに部屋の壁には不気味に影が揺らめいていた。まるで牢獄だ。


 声の主は何かの書き物をしていたが、ゆっくりとした動作で立ち上がった。ろうそくを手に持ちこちらへ近づいてくる。

 ろうそくの小さな炎に照らされ、金色の髪と青い瞳が浮かび上がる。アルマだ。


「よう。早速来てくれたんだな。嬉しいぜ」


 アルマは口の端をわずかに上げ、ロルフに手を伸ばしてきた。反射的に握手をしてしまう。アルマはシスにも手を差し出した。シスは握手を返すことはせず、ロルフの陰に隠れている。アルマは困ったような笑顔で肩をすくめた。


「何か飲むか? ロルフは葡萄酒でいいよな? お譲ちゃんはミルクに蜂蜜でも入れようか?」


 アルマは小馬鹿にしたような表情をシスに向けた。握手を拒否されたことに対するささやかな抵抗だろうか。


「酒はいい。俺にも蜂蜜入りのミルクをくれないか? シスもそれでいいな?」


 シスの返事はなかったが、ふるふると首を上下する気配がした。

 アルマは机の隅にある水差しから、ミルクを二つのジョッキに注ぎ、蜂蜜を垂らした。それを俺たちに差し出した。


 一口飲むと、ミルクと蜂蜜の甘みが体に染みわたっていく。このところ、歩き詰めだったので、甘い物に体が喜んでいるみたいだ。

 シスも「ふぅ」と吐息を漏らしている。


「さて。友人が訪ねてきてくれたんだ。仕事を切り上げて酒場にでも繰り出したいんだが……」


 そう言いながら、アルマは数本のろうそくに火を点けた。


 光が満ち、部屋の様子がさらに鮮明になる。部屋の壁には何枚もの羊皮紙が貼られていた。さまざまな角度からみた、ガンベルツの街の情景だ。

 ロルフはそんな部屋の様子に構うことなく、アルマに歩み寄った。外套の端を掴んでいたシスの手が離れ、少しよろけているのが分かった。


「人間に戻る方法とは一体何だ?」


 アルマはロルフを一瞥すると、先日とは違う商人の表情……薄い笑顔を俺に向けた。


「その話は後だ」


 アルマはそうつぶやくと、ロルフの目をじっと見つめたまま近づいてくる。お互いの吐息が感じられるほどまで近づいたときにアルマが口を開いた。


「お前に仕事を頼みたい」

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