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第五話 垣間見る強大な力

 良い天気だ。


 空は一面の青。雲ひとつない空だ。穏やかな風がロルフの顔を撫で通り過ぎていく。その風は青々と色付いた芝を揺らすと、少し先を歩いているシスの外套をはためかせた。

 シスはそれを気にすることなく軽快な足取りで、あっちこっちへと落ち着きなく歩いている。


 あの森を出立してはや二日目。予定ではロルフたちは街道を歩き、南へと進んでいるはずだった。予定を遅らせているのは、ロルフの外套を着ているシスだ。シスの魔術で切りさかれてしまったが、それを繕い着せてやっている。体が小さいシスにはかなり大きめだったが体全体を隠せるので、魔術師ということを隠せるだろう。ロルフは首筋の古傷さえ隠せればよいので、シスのローブを加工して着ている。


 サイズが合わず裾をずるずる地面にこすりながら、シスはあちこちに視線を泳がせている。あっちへフラフラ、こっちへフラフラと祭りを見物する子供のように歩いている。実際、見た目は子供なのだけど……。

 シスは食べ物の屋台があるわけでも、大道芸人がいるわけでもない、この何もない草原を興味深げに歩いていた。


 シスは森を出た途端、あれは何、これは何と散々質問を繰り返してきた。

 ウサギを見れば、捕まえろ。空に飛ぶ鷲を見ても、捕まえろ。岩に張り付くムカデを見れば、気持ち悪い捕まえるな、と。

 ウサギは食えると教えれば、食わせろとうるさい。

 しょうがないので、罠を仕掛けウサギを捕えた。皮を丁寧に剥ぎ、肉を適当な大きさに切り分け太めの木の枝に刺し、たき火で焼く。


「数時間、果実の汁に漬け込んでから香辛料と、塩を振って鉄板で焼けば貴族が食べる肉にも負けないくらい美味くなる」


「えっ……! そうなのか?」


 講釈を垂れても、こんな草原のど真ん中では焼くだけで精いっぱいだ。とりあえず塩だけは振りシスに食わせた。

 簡素な味付けだけでもえらく感動したみたいだ。

 その後は、ウサギを見かけるたび食わせろと騒ぎ始める。ロルフの旅もすっかり騒がしくなってしまった。


 漠然と、自分たちを受け入れてくれる場所を探す、という目標はできたものの、一先ず、大まかな目的地くらいは決めておかないといけない。


 雪の季節が来る前に南へ行く、というロルフの提案を採用することにした。街道を南へ行けばガンベルツの街だ。市壁で覆われているガンベルツは通行証が無いと体中を調べられてしまう。元奴隷のロルフにとっては大問題だ。そのため入ることができないが、このあたりでは一番大きな街だ。シスに見せてやりたい。丘の上から見ればその大きさにシスも目を丸くするだろう。シスの驚く顔が想像でき、今から楽しみだ。

 そんなシスは大はしゃぎで草原を駆けまわっていた。


「おい、そんな走ると……」


 危ないぞ、と声をかけようと、シスのところまで行くと……険しい顔で前方を見据えていた。

 ロルフも前方を見据えるが、何も見えない。耳を澄ましてみる。

 さら、さらと芝を踏みしめる音が聞こえた。


 ……三人。いや、四人か?


 前方に意識を集中していると、シスがロルフの後ろに回り込む。ロルフの外套の裾を軽く握り獣のような表情で警戒をしている。


 次第に足音がはっきりとわかるようになってきた。

 すると、前方の岩山のほら穴から、とても堅気には見えない男が三人現れた。

 それぞれが、抜き身の直剣をぷらぷら振り、顔には下品な笑いを浮かべている。


「見ればわかるよな? 金と食い物おいてけ」


 盗賊だ……三人か。


 三人が三人とも、動物のなめし皮で作られた上質な外套を着ている。声をかけてきたのがこいつらのリーダーだろう。細身の長身で無造作に伸びた髪の毛の隙間からはロルフたちを射抜く目がギラギラと光っている。

 そのわきに、大柄な男が二人。一人は胸だけだがプレートメイルを付けている。

 シスのロルフを掴む手に力が入った。「ううう」と獣のような声を喉の奥から発している。


 ロルフはシスの頭をポンポンと軽く叩き、「下がっていろ」と声をかけた。

 そのまま、長身の男にゆっくりと歩いていく。舗装された道を歩くように。いつも通り。

 そして、手を伸ばせば触れるくらいまで近づいた。

長身の男は、なぜこいつは恐れていないのだろう、と言いたそうな表情をしている。

そのまま、素早く腰のナイフに手をかける。そしてナイフを長身の男の太ももに突き刺した。

 長身の男は、最初自分に何が起こったのかわからない、といった顔をしていたが、太ももに突き立てられたナイフを見て叫び声をあげた。


「ひゃあああぁあぁぁあ! 痛ってぇええ!」


 腰を折り曲げ、情けなく悲鳴をあげている。ロルフはナイフを長身の男の太ももから引き抜いた。そのまま長身の男の頭をつまみ、膝で蹴りあげた。

 男は盛大に鼻血を噴き出し、うつ伏せに倒れた。

 三人のうち、一人が腰を抜かし後ずさりしている。


 こいつらは盗賊としては三流以下だ。あんな登場をしたら、今から悪い事をします、と言っているようなものだ。警戒されてしまう。

 しかも、街道から外れた場所とはいえ、こんな見晴らしのいいところで襲うなど馬鹿としか思えない。逃げられてしまう可能性大だ。

おそらく、戦争が終わり仕事が無くなった傭兵くずれか何かだろう。脅せば金を出してくれるに違いないと思っている半端者だ。


 すぐ横にいたプレートメイルの胸当てをつけた大柄な男が呆けていたが、すぐに我に返る。剣を振り上げたがもう遅い。

 大柄な男の顎をめがけ、拳を振りぬく。

 男の顎がガクンと揺れたかと思うと、そのまま足から崩れ落ちていった。

 先手必勝。相手が戦闘態勢に入る前なら、虚をつけば一人、二人なら楽勝だ。


「うわああぁぁぁぁ」


 長身の男にナイフを突き立てた時、後ずさりしていた男がどたどたと足を震わせながら、直剣を頭上に振り上げこちらへ走ってくる。


 突然――長身の男の動きはピタリと止まり、体全身で震えだした。

 持っていた直剣は震える手からこぼれおち、地面に突き刺さった。

 その眼には尋常じゃないおびえの色が見える。ロルフを見ていない……?

 その時、首筋の産毛が焦がされるような感触がした。火をあてられ首筋が燃やされているような感じだ。

 後ろを振り向くと、あながち間違いではなかった。空中に火球が浮かんでいた。溶岩のように燃え盛る火球の向こうにはシス。狼のように歯をむき出しうなっている。


「おい。シス! やめろ!」


 シスの反応は無い。火球はそのままロルフの横を通り過ぎ、男に向かっていった。


「ひいぇぇぇぇぇぇ!」


 ロルフは舌打ちをし、男を思い切りぶん殴った。

 横に吹っ飛んだ男はなんとか火球の直撃を免れ、地面に倒れこんだ。

 火球は辺りを燃やすことなく、地面に飲み込まれるように消失していった。

 男は口から泡を吹き失神している。


「シス!」


 獣のような表情は消え、うつろな目で手を上空でゆらゆらと振っている。再び火球がシスの上空で生まれようとしていた。

 ロルフは思い切りシスの肩を掴み揺さぶった。


「おい。シス! 殺すな。厄介だ」


 シスのうつろな目は、次第に感情の色を取り戻した。ロルフを見て驚いた顔をする。


「あいつら、私たちを殺そうとした。だから……」


「もう大丈夫だ。あいつらに殺しなんかする度胸は無かったよ」


 無様にのびている盗賊たちを見ると、失禁している者もいる。

 シスをみると呼吸が荒い。激しく肩も上下している。まだ興奮から覚めていない様子だ。

 外套から見える顔や手には、魔力が流動する水のような現象が皮膚に現れ、落ち着く気配が見えない。


 感情が高ぶっただけで体の変調が出るとは聞いたことが無いが……。

 次第にシスは落ち着きを取り戻す。皮膚にもいつもと同じ色が戻った。


「なあ、シス」


「ん」


「もう魔術は使うな」


「いやだ」


 シスは口を尖がらせ、そっぽを向いた。


「だって私、何の役にも立ってない。桃の蜂蜜漬けも作れないし、うさぎを捕まえる罠も作れない。ロルフに迷惑ばっかりかけてる」


「じゃあ、こうしよう」


 ロルフがシスの目の前で、指を一本立てそう言うと、視線を下に向けていたシスは琥珀色の美しい瞳をロルフに向けた。


「俺だけの力じゃどうしようもなくなった時、一回だけ、魔術を使え。それで周りに魔術師だってばれたら、二人でどこまでも逃げよう」


 シスはその言葉を聞くと、顔を赤らめた。そして、静かに頷いた。


「よし。そうしたら……」


 のびている長身の男からなめし革で作られた上等な外套をはぎ取った。そして、皮で作られた袋を腰からはぎ取る。

 袋の中を確認すると銀貨が三枚と銅貨が五枚。


「まあ、こんなもんか」


 硬貨を袋から出し、ロルフは自分の財布の中に入れた。

 すると、シスが首をかしげながらロルフの肩口から覗き込んでいる。


「なにしてるんだ?」


「こいつらの荷物を頂いてるんだよ」


 シスはあまり納得ができないような顔でロルフを見ている。


「そんなことしていいのか?」


「いいんだよ。奪うっていうことは、奪われることも覚悟しておかないといけないっていうことを教えてやらないとな」


「ふーん。そういうもんか」


「よし、じゃあ、こっちに着替えろ」


 そう言った後、ロルフはシスに先ほど長身の男からはぎ取った外套を渡してやる。


「俺の繕った外套はもう古いからな。こっちの方が上等だから」


 シスが長身の男の外套を受け取り、鼻に近付けている。すぐに顔をしかめ、外套を放り投げた。


「それ、臭い。私このままでいい」


「お、おいシス」


 シスが放り投げた外套の匂いを嗅いでみると、たしかになめし皮特有の匂いはするが、それだけで、これを手放すのはもったいない。


「シス。わがまま言うなって」


 シスはむーん、と唇を尖らせ不満顔だったが、しぶしぶ外套を受け取った。

 これでしばらくは旅装の心配はいらないだろう。


 暖かな日差しとさわやかな風を受け、ロルフ達は先へと歩いて行った。

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