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第十話 望む未来のために

 先日、酒を酌み交わした時とは違い、アルマは頼むと言うよりも脅迫に近い表情をロルフに向けている。

 盗賊や暴漢に脅された経験は幾度となくあるが、こんな表情を向けられたことは無い。


「仕事ってなんだ?」


 こんな言葉しか返せない自分を情けなく思う。


「お前はガンベルツの街のことをどこまで知っている?」


 結論を先に言わないのは、反発が予想される場合だ。アルマの気配に不安を抱えながら次の言葉を待つ。


「貿易が盛んな街とは聞いているが……そのくらいだ」


「ふぅん。まあ、そうだろうな」


 アルマは全てを見透かしているように言った。


「ガンベルツはこのあたり一帯の貿易の要だ。スワニーからも比較的近く、貿易船を走らせる大きな川もある。気候も土壌も豊かで質の良い作物も育つし、牧羊も盛んだ。大陸中から様々な品がこの街に入り、売られ、買われていく」


 そのくらいのことはロルフも知っている。だからこそガンベルツは戦後、二年という短い期間ながらもここまで復興しているのだ。


「一年ほど前、山のように入ってくる外からの商品の中に、一匹の羊が混じっていた。見た目は通常の羊と変わらないが、ある特徴があった」


「特徴?」


「羊毛を刈ると、体表に液体のようなものが流動していたんだ」


 すぐにあることを思い出す。魔術師の文様。


「お前も知っているかもしれないが、魔術師が魔術を使う際に出る文様に似ていた。なにも魔術の力は人にだけ出るもんじゃない。人以外の動物にもまれにそういうことがあるらしい」


 そう言うと、アルマはシスを一瞥……したように見えたのはロルフの気のせいだったのだろう。魔術、という単語がアルマの口から発せられた時は、シスは体を強張らせた。


 たしかに、各地に残る伝承や英雄譚には、魔術を使う動物が災厄の象徴として出てくることが多い。しかし、実際にいるとは思わなかった。


「ルイーゼ商会は、すぐにその羊を買いとった。魔術を帯びた動物は力の象徴として、貴族に目が飛び出るほどの高額で売れるからな。しかし、その輸送中にその羊が強奪されたんだ」


「強奪?」


「バール商会。戦後、外から入ってきた一人の商人が立ち上げた商会だ。有り余る資金を持ち、ガンベルツで成りあがっていったんだ。ルイーゼ商会からしたら、目の上のたんこぶだ。どこから羊の事を嗅ぎつけたか知らないが、バール商会の奴らが輸送していた羊を無理やり奪っていった。輸送していた人間はベッドの上だ」


「なぜそれがバール商会の仕業と知っているんだ? それにそこまで分かっているなら告発して羊を取り返せばいいじゃないか」


「証拠が無い」


 アルマは吐き捨てるようにそう言った。


「なぜ証拠も無いのに、バール商会の仕業だと?」


「やつら、羊を一般公開してるんだよ。角の形、大きさ、毛並みから全てが奪われた羊と同じだったんだ」


「そんなことしたら、自分たちが奪いました、って言っているようなもんじゃないか」


「だから証拠が無いんだよ。バール商会が羊を見つけたのは自分たちだ、って言えばそれまでだ」


 アルマが頭をガリガリと掻いた。


「街の人間がその羊を確認すれば、この羊がバール商会のものだと認識する。奪われた時は、ルイーゼ商会の一部の人間しか羊の存在を知らなかったからな」


 アルマは椅子に深く座り、手を頭の上に回して天井を見上げている。そして、一息ため息をつくとロルフたちに顔を向けた。


「そこでお前たちだ」


 話が本筋に戻り身構える。


「その羊をバール商会から盗み出してほしい」


「それが仕事……と言うわけか?」


 アルマは「ああ」と言い、組んだ手に顎を乗せロルフたちを見ている。


「ルイーゼ商会は長い事ガンベルツで商売をしてきた商会だ。ほんの二年前、突然現れたバール商会には良い感情を持っていない。そこに今回の事だ。はらわたが煮えくり返っているだろうよ。しかし、状況が悪すぎる。ルイーゼ商会の人間が盗みを働いたとなれば、今後ガンベルツでの商売がし難くなる」


「そこで、この街とは何の関係も無い俺に盗みの依頼をしたと言うわけか」


 アルマはそのままの体勢で、口の両端を上げる。笑顔にもいろいろあるが、この笑顔はとてもではないが安心できるものではない。


「なぜ、俺にこの仕事を依頼した? 盗みならもっと良い人間がいるだろう」


「お前を気にいったと言っただろう。それだけだよ」


 アルマは笑顔を崩さずにそう言った。


「俺だって馬鹿じゃない。気にいったという理由だけで、こんなきな臭い話を一介の旅人にするわけが無い……それに、俺たちを人間に戻す方法……その話を聞かせてもらいたい。今回の盗みに関係があるのか?」


 そう質問を投げかけると、アルマは浅く座り、椅子の背もたれに体を預けた。


「その羊には、魔術の力を大気から吸い体内にため込む性質がある。魔術を吸った羊は毛を紅く輝かせ、その角は万病を治し、不老不死を与える紅い羊が生まれる……」


 あくまで噂だ、とアルマは付け加えた。


「しかし、そうなるまで数年かかる。あの羊はまだ生まれて間もない。魔術をためこみ貴族に高く売れるようになるまでまだまだ時間がかかるんだ。しかし、一瞬で紅く輝く羊にする方法が一つある……その羊には魔術を魔術師から吸う力がある」


 魔術師から魔術の力を吸う? まさかそんなことが……。


「なあ、お譲ちゃん」


 アルマはロルフの後ろに隠れるシスに声をかけた。


「あんま、魔術はむやみに使うもんじゃないぜ」


 シスが後ろでビクンと震えるのが分かった。


「ロルフももう少し気を付けるんだな。いくら人のいないところでもあんな見晴らしがいいところじゃ、遠くから見られているかもしれないからな」


 盗賊に襲われた時――アルマがあそこにいたのか。

 背中にしっとりと冷たい汗がにじむのが分かった。シスが魔術師だとばれている。

 ロルフは反射的にシスをかばうようにアルマの前に立った。


「何を考えている? シスを捕えて殺すつもりなのか?」


「そんなことして何になるんだ?」


 アルマはきょとんとした表情を作る。


「私たちは商人だ。利益の出ないことはしない。魔術師を捕えてスワニーに引き渡して金をもらえるなら喜んで魔術師狩りをしてるさ」


 アルマはさも当然と言いたそうな表情をしている。

 シスは隣で琥珀色の目を潤ませ、アルマを鋭い目つきで睨んでいた。


「幻滅したか? まあ、好かれるとは思ってねぇよ。私たちはそういう人種だ」


 表情から動揺と不安が気取られないよう、フードを目深にかぶり直した。


「話を戻していいか?」


 アルマは表情を戻し話を続けた。


「羊に触れた魔術師は体内の魔術の力をすべて吸い尽くされる。そうすれば魔術師も力を持てなくなる。人間に戻れるってわけだ。どうだ? やる気が出てきたか?」


 魔術師も力がなくなれば通常の人間だ。そんな方法があったなんて……。


「お譲ちゃん。どうだ? 人間になりたいか?」


「シス……」


 驚きを隠せないといった表情のシスは、小さい歩幅でロルフの前に来ると、アルマを琥珀色の瞳で見つめた。小さい胸がゆっくりと動いている。


「私は、普通に生きたい。怯えないで人と話したい。私、ロルフに守られてばっかりだから……」


「そうか……人間になればできるさ」


 アルマは表情を崩し、目尻を下げ軽くほほ笑む。


「どうだ? 仕事を受けるか? もちろん、金は払うし、今後の旅に必要な物も用意してやろう。お前たちが良ければこの街の住民になれるように計らうこともできる。悪い条件じゃないと思うが」


 ここで、首を縦に振れればどれほど良い事かと思う。しかし、アルマの言葉の裏を取れるわけではない。


「悪いが、アルマの言葉を全て信じることはできない。そんなうまい話があるとも思えない」


 アルマは表情を全く崩さずロルフを見つめている。


「ああ。そうだろうよ。ここで首を縦に振るんじゃ私も信用できない」


 アルマは全く表情を変えずに言った。おそらくロルフとシスはアルマの一つ一つの言葉で表情が変わっていることだろう。


「まあ、この状況じゃ、信じてくれとしか言えない。まだ、もう少し時間はある。ゆっくりと受けるかどうか考えればいいさ」


 確かに迷ってはいる。裏は取れていないが、シスを普通の人間に戻す方法がある。今後の旅の路銀、さらにはこの街の住人になれるかもしれないという期待。

 窃盗と言う犯罪に手を染める危険はあるが、それを差し引いても十分すぎるほどの報酬だ。

 しかし、アルマはこう言った。


 ――お前らを人間に戻す方法がある――と。


 アルマの言葉を聞いた限りでは、人間に戻せるのはシスだけだ。そこにロルフは含まれていない。


 その迷いが表情に出てしまったのか。アルマはロルフの顔を見つめたまま、ゆっくりと近づいてきた。

 アルマが立ち上がった拍子で、机のろうそくの炎が小さく揺れ、部屋の壁が異形の者に乗り移られたかのように揺らめいている。

 アルマの表情も笑っているのか、何かを企んでいるのか分からない表情をしている。


 そっと、アルマはロルフの耳に唇を近付けた。そして一言、


「夜になったら、私の部屋へ来い。もう少し突っ込んだ話をしよう」


 妖艶な誘い。通常であればこんな誘いを断る男はいない。ロルフがその言葉に頷いたのは決して下心からではなかった。


「ここの二階は客用の部屋がいくつかある。私も二階の南側の部屋にいる。また夜にな」


 そう言うと、アルマはロルフたちが入ってきたときと同じように、書き物に没頭し始めた。


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