第3章『ハリネズミと草原の村』
光の方へ歩くと森の出口だった。
森を抜けるとそこには草原が広がり、太陽の日差しが降り注ぐ中、そよ風が吹きあたり一面の草がまるでカーペットのようにしなっている。
どこまでも続く草原の風景に有栖は不思議な感覚を味わっていた。自宅や教室、建物に囲まれ街、まるでそんな息苦しく肩身がせまいところから解放されたような解放感を有栖は全身で感じた。
「気持ちいい……」
暖かい日差し、一面に広がる綺麗な草原。昼寝をするにはこれ以上ないぐらいの状況である。
このまま横になって寝たくなる衝動をぐっと我慢して有栖は歩き始める。さすがに喉も渇き、お腹も空いたこの状況で昼寝なんてしてる暇はない。
有栖は歩きながらトキからもらった懐中時計を眺めている。
「持っていればわかるって言われたけど……明らかに高価そうなんだけど後から難癖つけられたりしないよね」
傷一つないその銀色の表面が日光を反射する。そこら辺に売ってある安物の時計と違ってそれだけで高価な物なんだろうと有栖の目からしてもわかるのだが、有栖はそんな高価そうなこの懐中時計に若干の不釣り合いな模様をまじまじと眺めて考えていた。
(森の中だと薄暗かったりしたから気にならなかったけど、この兎の模様……なんていうか兎っていうより人に兎の耳つけてるような見た目というか。材質とか的に高価なのは間違いないんだろうけどこのアニメキャラのような模様でなんか台無しにしてるような感じがするんだけど。でもこの感じどこかで見たような気がするんだけどなぁ)
模様というよりこの模様になった人間と会ったことがあるような気がする有栖であったが耳が生えた人間など会っていたらインパクトのあまり忘れることはないだろうと気にするのをやめた。
しばらく歩いてから有栖はとある違和感に気付く。森の中同様に歩いても歩いても変わらない景色、変わらない風景、確証があったわけではないが確かにそんな気がしていた。
「同じところをループしてる?」
あくまでそう感じたというだけであって同じ風景なだけで確実に進んでいるという可能性もあるのだが、ゲームの画面端に着いたら元の画面端に戻されているようなそんな説明し難い感覚を有栖は感じていた。
「気のせいならいいんだけど……」
さすがに喉の渇きも限界に近づいている中、むやみやたら体力を消費するわけにはいかない。
(どうしよう……森に戻ろうにも、もう遠いし戻っても涼しいだけで何も解決しない……でもこのまま何も考えずに進むのも危ないし……)
足取りも少しづつフラフラしてきたかと思えば、頭の回りも悪いのか考えるのさえしんどくなってきていた……と、その時だった。
「あら?大丈夫かい?」
有栖は大きな影に包まれたかと思うとふらついていたところを大きな腕が支えた。身長は有栖より大きく190ぐらいはあるであろうか。
「おやおやフラフラじゃない、これをお飲み」
有栖の口に何かが触れたかと思うと口の中に冷たい液体が流れ込んでくる。
有栖はそれを抵抗せずゴクゴクと飲み込んでいく。まるで冷蔵庫から出したばかりの冷え切った水を飲んでいるようだ。
「……かは、ごほ!ごほ!」
「おやおや、すまないね。大丈夫かい?」
声てきに年は20代半ばから30代だろうか。少し大人というより声が低くておばさんくさく聞こえなくもない。
「ごほ、すみません……ありがとうございます」
有栖はまだ少しふらつくものの水分補充できたことで少しはマシにはなった。落ち着いてから目の前にいる女性の姿を見ると、肌は焼けてこげ茶、髪はまるで肌の色と同じようなダークブラウニー、長さは腰したぐらいまでのパーマで顔を見ると美形だがなんとも鼻が少し大きくて目立つ印象がある。
「あなたは……」
「まあまあ、こんな村の前で話してもなんだし」
「村……?」
有栖の目には村など見えず草原が広がっているだけだった。しかし女性は確かに目の前に村があると言い不思議に首を傾げている。
有栖は先程のトキとの会話を思い出しもしやとポケットから懐中時計を出してみる。
「あら、その時計。兎…いやトキに会ったのかい?」
有栖は頷く。
「あの子は『導き』をちゃんとわかってるのかしら……はぁ、まあいいわ今は先に帰りましょうか。その時計を握ってゆっくり目を閉じて」
有栖は言われるがまま懐中時計を手に握って目を閉じる。ゆっくりと数えて3秒ほど。
有栖が目を開くとそこにはよく漫画などで登場するサーカステントを小さくしたかのようなテントや木材を使った一軒家など様々な建物がある村が目の前に広がっていた。
有栖が立っていたのはちょうどその村の入り口のアーチの目の前だった。
「自己紹介がまだだったね。私は『ハリネズミ』であり『看視』のアメリア。ようこそ、草原の村『ソウハ村』へ『アリス』!」