第四話
私の名前はニコラ、代々セイラ様のご実家であるアマツガミ子爵家に仕えている使用人の家系の一人です。現在はセイラ様が結婚されたので一応、ゲルハルド男爵家に雇われている形になっています。
ゲルハルド家にはもう一つ、男爵家ではなく子爵家があります。こちらの方はショーン様のご実家でショーン様のお兄様が収められています。子爵家のほうが本家になりますね。
子爵、男爵と出てきましたので爵位について少しお話しましょう。
まず、位についてですが下から騎士、男爵、子爵、伯爵、候爵、公爵となり、最上位に王家が存在します。
まず、一番下の騎士ですが貴族位に生まれた嫡男以外の男性、つまり次男以下の方が騎士団に入ることで任命されます。一応、貴族位ではありますが他と違って一代限りの地位なので、騎士団で有用性を示して陞爵されるか上位の貴族に婿入りするのが騎士の出世の道です。あ、別に騎士団の中は騎士だけじゃなくて団長のような上の役職には男爵とか伯爵がついていますよ?
男爵から伯爵までは土地を持って運営しているか、持たずに政治に大きく関わっているかの違いがあるぐらいで、身分差以外はやっていることは似たり寄ったりです。男爵から上は代替わりが 可能ですね。
最後に公爵と候爵ですが、公爵は王家の親族が、候爵は建国に最も貢献した一族が名乗ることを許されている特別な枠です。こちらは陞爵されることで就ける爵位ではないので、よほどの功績を立てて婿入りする以外に方法は無さそうです。
さて、分家であるゲルハルド男爵家の起りですが、単純にショーン様の実力と運で勝ち取ったものです。
そもそもショーン様はゲルハルド子爵家の次男で爵位を継ぐことは基本的にできません。また、本人もそんな面倒なことはやりたくないと、成人すると同時に「兄に何かあったら家に戻る」と言って騎士団にさっさと入団してしまったそうです。
その後、実力を認められて騎士団の中でも完全実力主義のエリート集団である聖騎士団に入団。最終的に副団長を任されていました。
騎士団にも名称と順位があって一番下が、王国騎士団で最も数が多いです。そこから順に聖騎士団、宮廷騎士団、近衛騎士団と続きます。
ここで問題になるのが宮廷騎士団です。順位的には王国内ナンバー2ですが、実際の実力はヘタすると王国騎士団以下のヘッポコ集団だったりします。
それもそのはず。中身はやたら血筋にこだわる貴族の次男三男以下の集まりで実家の権力を笠に着て好き放題やっているだけの無能集団なのです。
聖騎士団はその真逆で、血筋に関係なく完全実力主義で身分よりも騎士団内部での階級が全てです。
ショーン様に話を戻しましょう。聖騎士団の副団長に任命されてしばらくして、王都の近隣で魔物の大規模発生が起きました。この対処にあたったのが近衛を除くほぼすべての騎士団です。
この時予定では、王国騎士団が盾となって進行を止めて聖騎士団が魔物の殲滅に当たる。最後に統率を失った魔物にかる~く宮廷騎士団をぶつけて仕事をした気分にさせたら、数に任せて王国騎士団が暴れる、というものでした。
ところが、いざ作戦を開始すると何をトチ狂ったか一部の宮廷騎士団が魔物に向かって突撃して孤立。更に厄介なことにその突出したバカがかなり高位の身分で見捨てて死なれると面倒極まりない相手だったのです。
この予定外の行動に対処するために本来は後方で作戦指揮をとっていたショーン様が少数を率いて孤立した部隊の救出に当たりました。救出に成功して作戦も立てなおして全てが片付いてめでたしめでたし、となればよかったのですが不幸なことに救出作戦中にショーン様が怪我を負って第一線での活動が厳しくなってしまったのです。
完全実力主義の聖騎士団のナンバー2が先頭に立つこともできないとなると聖騎士団の名に傷がつくといって、ショーン様自身があっさりと退団を決意。どこかの田舎で畑でも耕すと言い出したのです。
これには王家も大慌て。宮廷騎士団が役に立たないことは当然、王家も把握済みなので近衛を除いて王国内で自由に動かせる最高戦力の副団長が後輩の育成も不十分のままやめてしまうのは“痛手”の一言では済みません。
急遽、“王名で立案された作戦を無視した貴族を処分”して“怪我をしてまでも孤立した部隊の救出にあたった貴族を陞爵”することにしたのです。さらに、王都から比較的近く空いたままになっていた小さな穀倉地を下賜して簡単に連絡と行き来ができるようにしました。
結局は緊急時に騎士団と同じことをしないといけないのですが、当の本人はいろんな思惑もひっくるめて「これはこれで楽しそう」と言っていました。……何が楽しそうなのか私にはさっぱりわかりませんが。
人口約二千人で周囲を半分以上山に囲まれていて特産品が麦のルーレ地方を統治することとなったわけですが、ここでさらに問題が発生します。
ショーン様が独身のままだったのです。
これに慌てたのが本家である子爵家。今までは騎士団という命を落とす危険がある職種だったので相手を未亡人にしたくないという言い訳が通っていたのですが、これからはそうもいきません。頭のおかしい家がショーン様に取り入る前にどうにかしようと奔走する羽目になりました。
とは言うものの、どこの家も娘の行き遅れを心配して成人する十五歳までに婚約者や許嫁を用意するのが普通です。売れ残っているというのはそれ相応の理由があるわけでして……。
ええ、そうです。セイラ様も成人して貰い手のいない売れ残り候補だったのです。理由ですか?貴族の令嬢が侍女の説教から逃れるために木に登っている姿を殿方が見たらどう思おうと思います?
こうして成人したてのセイラ様を何とか嫁に出したいアマツガミ家と贅沢は言いませんけど可能な限り好条件の嫁をあてがいたいゲルハルド家が出会ったわけです。
見合いの結果は両者ともに一目ぼれ。その場にいた私はあまりの甘ったるい空気に胸やけがしたほどです。
セイラ様が十六歳、ショーン様が二六歳で結婚されてその一年後にはゲルハルド男爵家の第一子、カール様が産まれました。産まれてすぐ産声を上げないという心臓に悪いハプニングがあったものの順調に育っています。
尊敬できる「お姉ちゃん」として日々頑張っているのですが、なぜか行動を起こすたびに心の距離が開いていっている気がします。一度出来心でお乳は出ませんけどカール様におっぱいをあげようとしたら、非常に残念なものを見るような目で見られました。そりゃ、セイラ様のように大きくありませんけど、あの目は結構へこみました。
順調に育っているとは言いましたが侍女長のサンドラさん曰く順調すぎて、正確には手がかからなさ過ぎて「異常」だと言っていました。言われるまで全く気にならなかったのですが、確かに夜泣きもしなければ癇癪も起こさず基本的に非常に静かです。基本的にといったのはなぜか本を見た時だけカール様のテンションがおかしくなるからです。
簡単な言葉が喋れるようになってからは違う方向で大変でした。普通なら、やんちゃで手が付けられないといった感じなのでしょうが、ことカール様に至っては「知りたがり病」(命名、私)を発症します。とにかくどんなことでも質問してくるのです。ここで根負けして適当なことを言おうものなら理詰めで看破されて余計に時間がかかるので割と真面目に答えないといけません。幸い、「赤ちゃんの作り方」の様な性的な質問が来ていないのでまだ何とかなっています。
そして先日、カール様がもうすぐ三歳になろうかというときに魔法に興味を持たれました。切っ掛けは私がカール様の服の染みを魔法で洗浄したことです。
魔法を使ってみたいという本人の希望もあって私とカール様は今、屋敷の物置部屋に来ています。魔法を使うのになぜ物置かというと、魔法の才能を測る道具がここに置いてあるからです。
部屋の中央にあるそれは昨日のうちに埃が被らないようにかけてあったシーツが取り払われていて、簡単に掃除が済まされていました。外見は三面鏡のついたドレッサーが一番近いでしょうか。ただ、鏡にあたる部分には黒い光沢のある石がはめ込まれていて、机の部分には水晶玉が置いてあります。
「セイラ、これはなに?」
カール様が聞いてきますが説明するよりも実演したほうが早いですね。水晶玉に手をのせて魔力を流すもっとも簡単な呪文を唱えます。
『わが力を糧とせよ』
呪文を唱えると三面鏡の部分に白い光の線で描かれた図形が浮かんできます。まあ、浮かんできた図形も自分の顔と同じぐらいの大きさで、光り方もぼやっとしていてあまりはっきりしていないですけどね。
「こんな風に、魔力を流すとその人の魔法の才能を教えてくれるんですよ。光の強さは魔力の大きさ、図形は複雑で大きければ魔法の制御にたけている証拠です。」
「セイラはさいのうあるの?」
「お姉ちゃんは可もなく不可もなく……よりちょっと下ですね。」
見栄を張りたいところですけどカール様に変な知識が入るほうが問題です。この恥辱を受け入れましょう!
「じゃあ、カール様もやってみましょう!大丈夫です。お姉ちゃんがそばにいますから何も怖く……。」
『わがちからをかてとせよ』
言い終わる前にカール様は用意してあった台に登ってちゃっちゃと準備を終わらせて呪文を唱えてしまいました。可愛げがない。でもそれがいい。
さてさて、カール様の実力はいかにと思って三面鏡に目を向けると中央に白い点がぽつんとあるだけ。光の強さは私よりありますけど、これは……。
「あの、カール様?制御はいずれ身に付きますからあまり落ち込まないでくださいね?ほら、っカール様はまだ三歳にもなっていませんし……」
凹んでるであろうカール様を慰めようと必死に言葉をかけながら顔をのぞき込んだら、ものすごい笑顔でした。それも、今まで見たことないほどに。え、なんで?
もう一度、三面鏡を見てもあるのは小さく光っている緑色の点が一つ……ん?緑色?
疑問に思った次の瞬間には緑色の点は横一直線の線に、さらに上下に波打った線に、丸にと次々と形を変えていきます。緑で塗りつぶされた丸ができたと思ったらその横に今度は青と赤の丸もできて、それが重なって白に……もう何が起こっているのかさっぱりわかりません。
変化はこれで終わらずさらに色とりどりの線が三面鏡に表れて複雑怪奇な図形を作っていきます。カール様の顔を見ると……非常に満足げな表情ですね。
こんな現象を私は見たことも聞いたこともありません。ですが一つわけわかることがあります。それは、「私の手に余るのでとっとと別の誰かを呼んだほうがいい」ということです。
誰でもいいので助けてください!