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飴売りのおどけさん

作者: 一齣其日
掲載日:2015/09/02

飴売り、子供の目を向けるために四苦八苦した商人。

飴売りのおどけさんはやはりおどけた人だった。

その人は、毎日私達の長屋に来ては、色んなおどけで笑わせてくれた。その抑揚ある声はそこの浄瑠璃にも負けないし、その演技は歌舞伎役者に匹敵する。それらを目一杯使って彼はおどけてみせるのだ。そしてちゃっかりと飴を買わせる。飴をペロリと舐めながら、商売上手な人だと思った。

飴売りにも色々ある。変な格好をして目を引く人、一芸を見せて飴を買わせる人、人によって種類は様々。これが子供達には中々評判がいい。けれど私や長屋に住んでいるみんなは、もっぱらおどけさんの芸しか目になかった。何故ならこの人以上に面白い人がいないし、何より笑わせてくれるのだから。だから私は度々飴を買いに行く。気づけばすっかり常連さんとなっていた。

しかしおどけさんのことであまりよくないことを聞いたことがあった。曰く彼は元歌舞伎役者で、人を殺したことがあると。しかもそれは何やら表沙汰にはなってはならぬ事件であり、彼は五年間蟄居された後に家から追放されたらしい。人を殺して罰を受けずにのうのうとおどけているから人は見かけによらない、おどけさんの噂を話していた人達は恐ろしげにそう言う。これが結構心に刺さった。私達みんなにとっては、おどけさんはおもしろいおどけさんでしかなかったから、そんなことがあるとは信じたくなかった。私は何度もおどけさんはおどけさんと言い聞かせて、また飴を買いに行った。けれどやはり、不信感は拭いきれなかった。

そんなある日だった。おどけさんがこの長屋での商売をやめにすると言ったのだ。当然みんなからは理由をせがまれたが、おどけさんはただこう言うだけだった。

「見つかっちまったんでね」

何が見つかってしまったのか、それは口にはしなかった。けれど私はあの噂が関係しているのではとにらんだ。そしてあくる日、おどけさんが一人になっているところを私は詰問した。

「あなたが人を殺したというのは本当なんですか」

単刀直入。はっきりしないのが嫌いだったから。

おどけさんの目が一瞬見開いた、が次の瞬間にはいつものようにおどけた笑いに戻った。

けれど、

「殺したよ」

とさらりと、平然に、おどけずに、言った。その言葉に衝撃を受けたのか、私は腰が抜け膝をついてへたりこんだ。自分から聞いたというのに、我ながら情けなかった。

「おいおい、そんな簡単にへたりこむなよ」

おどけさんはいつものおどけな笑いをあげるけれど、そのおどけ笑いも今じゃ怖いとしか思えなかった。

「まあ最後だったからな、ついバラしちまったよ。でもな、このことはあんたと俺の内緒だぞ」

その言葉を最後に、おどけさんは私達の前から姿を消した。何も、私は言葉にすることができなかった。



私はおどけさんが勝手に約束したことを律儀に守って、彼が人を殺したということを一切誰にも話さなかった。話してみんなのおどけさんの記憶を汚すのが嫌だった。私自身、これは嘘だと信じたかったのかもしれない。それから私はおどけさんの秘密を忘れようと、長屋の仕事に没頭していた。

そうしておどけさんのことを思い出すことも少なくなった頃、街で買い物をした帰り道に人々が群がっているのを見つけた。何があるのだろうと、群がりの中に身を投じた。人の海をかき分け、ようやく何が起こっているのかわかった。刃傷沙汰だった。浪人風情の男が町人の男を斬ろうとしていたのだ。けれど私はそんなことどうでもよかった。ただその町人の男に目を奪われていたから。

「……おどけ……さん」

おどけさんが片口から血を流してそこにいた。

そのおどけさんを斬ろうと、男は刀を突き立てる。おどけさんはその手に持っていた小刀で刀を捌く。それが意外と様になっていた。素人目だけれど男は大振りが多く、攻め手に欠けているように見える。隙さえあれば男をその小刀で突き殺せるような気さえもした。

男は大きく一太刀を振り下ろしたのをかわされたのを最後に膝をつく。攻め過ぎて息が切れていた。対するおどけさんは、息こそ荒いが男ほどは疲れてはいなかった。

「いい加減諦めたらどうだ」

その表情はかつてのおどけたおどけさんではない、もっと別の何かに見えた。

「諦めれるかぁ!」

怒号がその場に響く。見れば膝をついていた男が吠えていた。

「俺は貴様が殺した妹の墓前に貴様の首を供えると約束したんだ! だから! 簡単に諦めてたまるかよ!」

男は真っ赤な鬼の顔をして刀を杖に立ち上がる。そして体を震わせながらも、男は構えをとった。

「ここで貴様の首をとれなかったら俺は男じゃないんだよ!」

「そうかよっ!」

おどけさんも仕方ないとばかりに小刀をとる。そしてまた死闘が始まった。

私はそれを見るのが辛くてたまらなかった。やはり信じたくなかった事実を突きつけられたことが私の心を心底打ちつける。そして今、非情に戦うおどけさんを見ているだけで、いつもおどけていたあのおどけさんの記憶が崩れていってしまうようで、怖かった。けれど、どうしてか見届けなければと思った。最後まで見届けないと後悔するかもしれないから。

きぃんと金属音が響き渡る。おどけさんに向けられた切っ先をその小刀で捌く。そして刹那のうちに男の懐に入り込み、左の手で首を掴んで押し倒す。男はもがくが小刀を首に突きつけられるとすぐに大人しくなった。

「負けだ、お前の」

男の仇討ちはとうとうなされなかった。やがて流れるは涙。そして空を穿つような慟哭が響き渡った。見物人も、あまりの光景に言葉を失っている。私もその見物人の一人だった。あの舞台には、どうにも上がれる気はしなかった。

「……悪いが俺は生きなければならん。それが死ねなかった俺ができる罪滅ぼしだからだ」

小刀を首から離す。けれど男の慟哭は収まることを知らない。いつまでもそこにいる男を哀しそうな目で見ていたが、やがておどけさんはその場から後にした。野次になっていた人もやがて波が引くように去っていく。

結局、私は最後までそこに立ち尽くすことしかできなかった。おどけさんの世界と私の世界は全く違うということが全く違うんだと、その時初めて実感した。



この後におどけさんを見ることは一度たりともなかった。どこかで飴を売ってるかもしれないし、のたれ死んだのかもしれない。けれどもあの立ち回りの後、一つの噂が耳に入った。曰く、おどけさんは役者時代に人と恋仲になったが身分違いに悩み、恋人と心中をして失敗したということらしい。本当かどうかはわからないが、まことしやかに囁かれている。この話が本当であれば、最後におどけさんが言っていた罪滅ぼしも、わかるような気はするのだ。

人になにがあるかはわからない。きっとなにかしら隠して生きなければならない人も、意外と多いのかもしれない。

私は最近来るようになった新たな飴売りから買った飴を舐める。飴はいつも甘いものだ。


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