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非難と推論 2

 絹の様な手が僕の皮膚から離れる。それは名残惜しそうにゆっくりと、そして最後まで指先で頬骨をなぞる離脱だった。

 ロナは優しく微笑んで僕を見ている。

 僕には彼女が何を考えているかわからなかった。

 倫理や善悪が曖昧で、僕に盲目的に入れ込んだ彼女の内面は、深海の暗闇のように不明瞭だ。

 僕に対する暖かい庇護欲と、冷たい決意に染まった思想をもってる事だけが微かに感じ取れる。

「それじゃあ、本命の第二案を紹介するね。これならルカも気にいるはず――」

 ロナはそう言うと、わざとらしく咳払いをして重くなった空気を茶化した。

「――第二案、タカ派を失脚させる」

「え?」

 彼女は楽しそうに目を細めて、戸惑う僕を観察する。

「失脚……って」

「私達がナドラから支援を受けられない原因を根本から取り除く、経済の拡大を抑制してこの国をもう一度安定した状態に戻す」

「ま、まってください」

 僕は手で彼女の言葉を制止する。理解が追いつかない、考える時間が欲しい。

 ロナはニコニコと微笑みながら、要望通り話を止めて僕に時間をくれる。

「えっと、そんな事できるんですか?」

「『できる』、と断定する事はできない。『できるかもしれない』って感じ」

「どうやってそんな事を?」

「ウェイストウッズの騒動の裏で暗躍していたタカ派を見つけて、表に引きずり出す」

 先日の飲み会での話が一気に頭の中を駆け巡った。

 ――ロナの兄、コリエル、人類最強。

 ――コリエルが黒幕だという噂がある。

「暗躍って……それはただの噂では」

「うん、確証は何もないよ。ただの仮説に基づく推論。不正解でも不思議はない。でもね、かなり説得力のある情報はでてきてる」

 彼女はそういうと大きく体を仰け反らせ、背後にある書類棚から何か複数の資料を取り出してきた。そしてその中から大きな紙を一枚取り出し、それを机の上に広げる。

「見て、ルカ」

 地図だ。見たこともない、どこか大きな街の地図。

「これは自治領『デールン』の地図、ここから遥か南にいったところ、国境ギリギリにある特殊な街」

「自治領……ですか」

 それってどういう意味だっけ……たしか、独立が認められてるとかそんな具合だったような。

「この街はかつて一つの国だったの。いろいろあって併合されたんだけど、一応彼らへの礼儀としてこの国は独立を認めているの、といっても軍事力を持つことは規制されてるから中途半端な独立なんだけどね」

 彼女はそこで手を伸ばし、街の南東の開けた場所を指し示す。

 ……墓地だ、やけにデカい。ここウェイストウッズの三倍くらいの面積割合がありそうだ。

「ここは一応共同墓地って名目になってるけど、本当はある組織の本拠地になってる――」

 暗殺ギルド、そう呼ばれてる組織がここにはある。

「――もちろん、そんな殺人を目的にした集団、認められてはいないんだけどね。ここは治外法権であることを活かして堂々と経営している。そして、ギルドマスターは……」

「コリエル・ヴァルフリアノ、ですか」

 僕の予想は当たっていたようで、彼女は嬉しそうに目を輝かせる。

「そう、正解ルカ。そしてさらに、その暗殺ギルドの中でつい最近行方不明になった一家がいる。『ザカム一家』と呼ばれる集団で、主にワンダラーを利用した大掛かりな攻撃を得意としていた」

 ワンダラーを利用した殺人、まさにウェイストウッズでの悲劇と同じだ。

「……さて、改めて第二案について説明するね」

 言いながら彼女は何枚かのスケッチと資料を地図の上に広げる。

 それらはすべてザカム一家に関する情報のようだ。

「私たちはこれからこの自治領へ乗り込み、このザカム一家についての調査を行う。そしてなんとかコリエル関与の証拠を見つけ出して、ギルド連合に提出する。証拠発見に失敗した時の保険として、私たちの動きを知られる訳にはいかない、だから超少人数で成し遂げなくちゃいけない」

 ロナが僕を見る。

「超少人数、まず一人目はルカ、君がブラザーフッドの一員だって知ってる人間はほとんどいない、秘密裏にこの作戦を実行するには打ってつけの人材。二人目はティト、これもルカと同様の理由。そして最後に私、現地の情報は結構持ってるし戦闘力もあるからね、素性は頑張って隠すつもり。以上3人でやらなくちゃいけない。どう?」

 反応をしっかりと見られてる事には気づいていた。だから頑張って即答する。

「是非それでやりたいです」

 バカな選択肢だとはわかってる。非効率的だし、道理にかなってない事も理解している。

 でも、それでも僕はこの第二案を採用したかった。それは単に「内戦を防ぎたい」なんていう漠然とした正義感だけが理由じゃない。

 コリエルの事が許せなかった。

 もし本当にウェイストウッズの騒動の黒幕なら、あの惨事を意図的に引き起こした人間ならば、そんな人間が着々と自分の思うとおりに世界を変えていく様を黙ってみてられない。

「はぁーッ、しょうもないのぅ。まぁわかってはおったのじゃが」

 突然、それまで黙っていたゼノビアが変な言葉を発した。

 のぅ? じゃが?

 なんかキャラが変わってね?

 戸惑う僕を、彼女は呆れ半分嘲笑半分の変な表情で見ている。

「あぁ、説明遅れたけど、彼女はゼノビアじゃなくてティトね」

 ロナが横から意味不明な説明をした。

「は?」

次の瞬間、ゼノビアが甲高い笑い声をあげ、そしてその顔がドロドロと熱を浴びた蝋のように溶け始める。

「第二案をやる際に、私たち3人の戦力だとちょっと不安があったからね。ティトには私の血を少しあげてみた」

 顔の表面がべろべろと剥がれていく、そしていつもの見慣れたティトの顔が現れる。

「どうじゃ驚いたじゃろう。イベルガンの血は便利じゃ、良く馴染むのじゃ」

 背丈もずるずると縮んでいき、どんどん何時もの彼女の姿に変化していく。僕はその異様で予想外の光景に絶句している。

「見ての通り高度な魔法に接続できるようになったみたい、魔力も最初から高かったのもあって中級探求者ぐらいの実力にはなったと思う。まぁ、血は極少量しか与えていないから、数日で以前の状態戻ると思うけど」

 ロナの説明に満足そうに頷きながら、彼女は近寄ってきてテーブルの角に座り、不敵に微笑む。

「何時もならお前さんのアホな選択に苦言を呈すところじゃが、今の儂は大層機嫌が良いのじゃ、久々にまともな思考と感性を持てておる」

 彼女はそう言うとパチンッと指を鳴らした。すると彼女の指先から、静かに黒い炎が立ち上る。

 闇のような液体で作られた奇っ怪な炎だ。

「コリエルとかいう阿呆を権力の座席から引きずりおろせれば、代わりに儂らがその座に付けるのじゃろ?」

 炎を大きくしたり、小さくしたり、滑らかに魔力を制御しながら自信たっぷりに僕を見ていた。

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