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非難と推論 1

 夢……いつも見る夢。

 やがて来る災厄の夢。

 荒れ果てた荒野と空より降り注ぐ天災の悪夢。

 かつてはこの夢の中には誰かが居た気がする、しかし今やこの世界に立つのは僕一人だ。

 天と地が明瞭に分かたれた、この神話のような地には僕一人しかいない。

 かつての住人は何処へ? 彼女はここで何をしていたのだろうか、何を守っていたのだろうか。

 僕はゆっくりとその場に座り込む、そして迫りくる災厄に身を委ねようと思った。

 彼女を失った今、もはやこの風景に対して別段に何も思わなくなっていた。所詮はすべて夢、やがては醒めて消え行く物。




「起きろ、ルカ」

 重い声、肩をしっかりと掴まれ揺さぶられた。

 瞳を開ける、ゼノビアさんが居た。

「おはようございます」

 眠い、やっと少し意識が薄れて来たところだったのに。多分一時間程度しか寝れていない。

「話しがある、執務室に来い」

「はい、わかりました」

 体をどうにか起こして、鉛が詰まったかのように鈍い頭を下げる。成長痛はほぼ収まっている。また今晩ぶり返さないといいけど……

 体をベッドから下ろし、着替えの準備に取り掛かる。

 と、そこでゼノビアさんがまだ部屋に居ることに気づいた。

「なんですか?」

 彼女は……何故か楽しそうにニヤニヤと笑っている、実に彼女らしくない行動だ。

「いや……なんでもないの……なんでもない」

 もにょもにょと誤魔化す様な言葉を落として部屋を出ていく。

 行動が少し変だ、ふざけてる様に見えた。

「……なんなんだ一体」

 僕は戸惑いながらも、取り敢えず着替えを始めた。

 転生以前の服をしっかりと着れるほど、僕の体は成長していた。





「おはようルカ、昨日は良く寝れた?」

 執務室に入るや否やロナが声をかけてくる。

 部屋は見違えるように綺麗になっていた、山ほどあった書類の山が綺麗になくなってる。

 来る途中、ダズさんが何故か焚き火をやってるのを見た、恐らくそれと関係していそうだ。

「おはようございます……はい、眠れました」

「アッハハハ、それ絶対嘘でしょ、酷い顔してるよルカ」

 机の上の書類の山脈が消失しているので、彼女の顔がよく見える。

「はい、すみません」

「なんで謝るの、そういうのやめてってば」

 白い少女は本当に楽しそうだ、いつもこんな表情で机の向こうから僕に話しかけて来てたのだろうか。

 部屋にはゼノビアさんも居る、壁に背をもたれて無表情に空を見つめてる。先程感じた変な違和感は無い。

「で、ルカ。呼んだのはナドラに関する今後の方針の相談ね、案が固まってきたからルカにも決定権をあげようと思って」

 え?

 決定権?

「いや、それは僕には荷が重いです。その、あと、ティトは何処に? 彼女も混ぜてあげないと――ッ?」

 ゼノビアがそこで突然吹き出して、僕はびっくりする。

 口を大きく開けてゲラゲラと笑い、それを一生懸命手で隠してる。

「あの……なんですか?」

「いや、なんでもない。気にするな、ティトを呼ぶ必要はない、既に話は通してある」

 既に?

 僕を置いてもう話し合いは終わってるってこと?

「あの魔物には決定権なんて、無いから」

 ロナは加えてそう断言する……意味がよくわからない。

 まぁ……いいか。

「えっと、それで案とは一体……」

「うんうん、あのね私達が安全にナドラから支援を受ける為の案は二つある。一つ目がオススメの選択で、それは『ナドラに非難声明を出してもらう』ってやつ」

 非難声明?

 予想はしていたがまた政治の話か。正直ついていけないから勘弁してほしい。僕はそういう策略や内政系のラノベはあまり読んで来なかった。

 そんな僕の内面に気づく様子もなく、彼女は嬉しそうに話を進める。

「ナドラに軍部へ強い非難声明、つまり今回ウェイストウッズの一件を理由に『治安部隊は頼るに能わず、国家を防衛する戦力として不適任であり、即刻その義務を探求者ギルド連合に譲渡すべき』って宣言してもらう。するとナドラは『軍部』から外れて完全に『経済』の人間になる、それでなんの問題もなく私達が彼から支援を受けられるようになる。どう、完璧でしょ?」

 一息に捲し立てるように彼女は説明する。口調は明るいながらも強く、この提案を甚く気に入ってる事が伺えた。

 彼女の今の話は……つまり、ナドラに経済の人間になってもらうって事で、それは……

「えっと、それってまずくないですか?」

「うん?」

 彼女は朝日を浴びた猫のように瞳を細めて、ゆっくりと首を傾げる。

「昨日ハルヴァーさんから聞いたんですけど、軍部とギルド連合って揉めてるんですよね? その状況で……その、軍部のすごい人を引き抜いたら……えっと、事態が悪化――」

「うん、多分悪化するね。連合内のタカ派はいよいよ勢いづいて内戦になるかも」

 彼女はなんでもない事の様に、喰い気味に明るく肯定した。

 え、内戦って……

「それは……その……」

「安心してルカ、私達に火の粉は降りかからないはずだよ。むしろ多分ナドラ・ドラギーユを引き抜いたって功が凄く評価されて、手厚く守ってもらえるかも。私達ブラザーフッドの人間は誰も不幸にならないんだよ?」

 火の粉?

「せ、戦争になるんですか?」

「うーんさすがにそのレベルの事態にはならないと思うよ、でもまぁ武装蜂起は起きるかな。あ、でもウェイストウッズのみたいには酷い事にはならないはず。多分軍部の司令部を制圧する程度で済むんじゃないかな」

 正直よくわかんないけどね、とロナは実にどうでも良さそうに付け足した。

「それは、まずくないですか?」

「なんで?」

 なんでって……

 言葉に詰まる。

 なんで? 何から説明すればいいんだ?

 武力と経済の全面戦争の引き金になる、それが正しいわけがない。

 大勢の人が内戦に巻き込まれ、被害を被るだろう。それは、絶対に嫌だ。

「ルカ、嫌なの? なんで? これが私達が一番安全に支援を受けれる最善案なんだけど。ルカだって自分が傷ついたり、せっかく自分を受け入れてくれたギルドメンバーを傷つくのは嫌でしょ?」

 彼女の試すような質問。両手ではペンを弄くり回していて、多少の彼女の高ぶりが読み取れた。

 ……てか、昨日の飲み会の内容、把握してるのか。

「内戦が起きると、どれくらいの死者が予想されますか?」

 彼女はしばらく右上を見て、ペンで机の角をコツコツと叩く。

「そうだ、ねぇ。50人100人程度かな、今の軍部は弱ってるからその程度の人数で納得して引いてくれると思うよ」

 50人が……その程度。

 なんだ、その感覚は。

 でも、間違ってはいないのかもしれない。経済の領域による武力へのクーデター、この国の在り方を変えるような一撃が、たった50人程度の死者で終わるのなら、それは事実「大した犠牲」ではないのかもしれない。

 かもしれない、でも……

 この娘は、人を殺し過ぎてる。

「僕は、そんな選択肢はいやです」

 思わず力の籠った口調で言葉が漏れた。

 ロナはそんな僕を見て、にこりと笑ってみせる。

「ハハッ、やっぱりそう言うよね、ルカ」

 少女は全身で机の上に乗り出し、僕の瞳をじっとのぞき込む。

 色の抜けた、白濁した視線が僕を射抜く。

「ねぇルカ、わかってたよ。この案を君が嫌がることは最初っから」

「そう……なんですか?」

「ルカはウェイストウッズで、見も知らぬただの一般人を助けるため、隠すべき自分の力を世界に見せてしまった。そんなめちゃくちゃな事をした、正直私には理解できないけど、ルカはそういう奇妙な価値観を持ってるよね」

「……はい」

 軽率だ、愚かだ、無意味だ。それらの行動はティトになんどもそう詰られた。

「その価値観を私は否定しないよ、だからルカ、よく覚えておいてね――」

 そういうと彼女は、そっと右手を伸ばし僕の頬に触れた。

 滑らかで冷たい、大理石のような彼女の手のひらがゆっくりと僕の皮膚を這う。緊張で僕の体温はすごい勢いで上昇していく。

「――その価値観は貴方を壊す、貴方に無限の憎悪と最悪の紛争をもたらす。でも安心してね、私が守ってあげるから、私が貴方をすべての悪意から遠ざけてあげる」

 ロナはそう言うと、まるで作り物のような完全で美しい微笑みを浮かべた。

 


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