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頂点と最強 3

「コリエルがウェイストウッズに入ったとの報告があった」

 ゼノビアの暗く冷たい声が執務室に響く。

 暫らくの静寂、開け放たれた窓から夜風にそよぐ木々の音だけが部屋を満たしている。

 やがて少女の呼吸音が鳴り始めた。ゼノビアから見て山のように積まれた書類の向こう側、そこに座るロナは徐々に呼吸を荒げていく。

 ゼノビアはその音に耳を傾けながら、そっと目をつぶる。

「このッ! クソがぁッ!!!」

 少女の怒号。そして机の上の書類が大量がぶちまけられる音、そして机がガツガツと叩かれる音。癇癪を起こしたロナが部屋で暴れまわる。ゼノビアはただ黙って目を瞑り、彼女が落ち着くのを待った。

 たっぷり十分は待ってから、ゆっくりと目を開ける。

 部屋は酷い有様に成り果てていた、破れた大量の書類、ひっくり返された机、床に落ちて割れたインク瓶とそこから零れた大量の黒い液体。

 その中心で、ロナは憔悴しきった様子で床に座りこんでいる。

「街は完全に占領されたらしい、残念だがもう工作は無理だ。予備案の復活か、計画そのものの中止か、次の手を選んでくれ」

 ロナはゼノビアの方は見ず、ただ自分の皮膚の切れた拳を撫でている。彼女の薄く弱い表皮はズタズタに裂け、呪われた血が滴っている。

「そんなの決まってるでしょ、中止なんてできるわけがない」

「何故そう決めつける。状況は変わった、ナドラ・ドラギーユという新たな駒がこちらについたんだ。一度仕切り直すのも悪くはないと思うが」

 ロナは相変わらずゼノビアの方を見向きもせず、自分の拳を見つめ、血を舐めている。

「そんな時間ないでしょ、コリエルはルカの存在に気づくまで時間はもう無い」

「早計だ、生存者の口封じは穏便に完了したのだろ?」

 少女は呆れたように溜息をつき、そして顔を上げ、咎めるような視線をぶつける。

「拷問されれば誰だって喋るでしょ」

 ゼノビアはその言葉を受けて憂鬱そうに頭を抱えた。

「まさか……そこまでは……」

「やるよ、あれはそういう獣だ」

 ロナはゆっくりと立ち上がり、足元の書類を踏みつける。

 自分の中の内なる怒りを鎮める為に、何度も何度も力強く。

 床材が悲鳴を上げても彼女はやめない。靴が壊れて、足が傷んでも続ける。

「私に今必要なのは、金でもないし、ましてや軍部の後ろ盾なんかじゃない」

 鈍い音がした。

 彼女に足の肉が割れ、血が滴り床を汚す。

「私に必要なのは、力だ。私の願いを叶えられる、自由が手に入る、そしてルカをこの世の薄汚い豚共から守れるだけの力」

 ゼノビアが溜息を吐き、今度は彼女の方が視線を逸らす。

「この上更なる力が欲しいと。理解してるんだな、それがどれ程の禍を招くかを」

「構わないよ。私は彼の為になら何だってできる」

 ロナの言葉は尖く重い。聞いているゼノビアの方が恥ずかしくなってくる。

「……じゃあ行くんだな。自治領に、ルカを連れて」





 




「すみません……特にそういった『コリエル』に関係してそうな物はウェイストウッズでは見なかったと思います」

 僕の返答に、カルヴはがっかりしたように項垂れた。

「そうですか、まぁ常識的に考えれば民族解放戦線もそこまでバカではないか、黒幕の存在もしっかり隠すか……」

「まぁたその噂の話してるのぉ?」

 甘ったるい声が僕とカルヴの間に割って入ってきた。

 いつの間にか、今度はケイティは背後に立っていて、ジョッキ片手に赤ら顔で僕らに絡んできた。

「まぁた『事件の背後にはコリエルが居る』って話ぃ? カルヴ君はどんだけ血線術師が嫌いなのぉ?」

 言いながらカルヴの背中にべたべたと纏わりつく。

「ルカもぉ、こいつの言う事は真に受けちゃだめね。妄想癖が凄いのよぉ」

「妄想ではない、私なりの根拠がある」

 カルヴが強い口調で抗議する。

「あのねぇカルヴ。コリエルが『民族解放戦線に占領依頼』なんてまどろっこしい真似するわけないじゃない。アイツはもっと短絡的で野蛮な男でしょう?」

「いいやそれは昔の話だ。今の彼は違う」

「俺もカルヴの意見に同意だな。コリエルは最近フィクサーぶってる節がある――」

 また別の声。声の主は側のテーブルに座っていたユリアン。席を立つとフラフラとした足取りで寄ってくる。

「――コリエルの最終目標はこの国の王だ。だから民衆からの評価を得ようと最近は躍起だ」

「へぇ、自治領の長なんてやってる人がそんな野望をねぇ」

 ケイティは納得できない様子で目を細め、振り返る。

「ウルミア! 貴女はどう考えてるぅ?」

 呼ばれた彼女ははるか遠くの席で瞬時に立ち上がり、小間使いのように駆け寄ってくる。

「私も、コリエルは無関係ではないと思います。民族解放戦線に誰かが手を貸した事は明白で、そういった大きな作戦が彼の耳に入らずに実行できたとは思えません」

「いや、それは彼を過大評価しすぎだ」

「さっきから随分自信満々だけどぉ、貴方はどれ程アイツの事を知ってるのぅ」

「いやいや、それを言うならお前だって」

 議論が燃えてきた。それと比例するように人がワラワラと集まってくる、あっという間に僕らの周囲には十人弱の人だかりができて、お互いに喧々諤々に言い合っている。

 僕は、疑問に思う。

 どうしてこれほどに皆熱くなってるのだろうか。

 話を聞いてる限り、皆あまりコリエルに詳しくない。実際に会ったことのある人はいないようだ。憶測と妄想の意見ばかり、これでは何も結論はでなそうに思える。

「ルカはどう考える?」

 唐突に問いが向けられた、そして多くの注目が僕に向けられる。

 尻がむず痒い、緊張で心臓の鼓動が少し速くなる。

「えっと……その……」

 その場の人間は皆喋るのを止め、僕の言葉に耳を傾けている。

 そこで、その段になって、やっと僕はハルヴァーが最初に言っていた事に思い至った。

 この会が開かれた理由は、僕への謝罪。

 つまり、みんな本当はこんな議論どうでもいいのかもしれない、ただ僕を輪に入れて、コミュニケーションを取りたいだけなのかもしれない。

「……その、コリエルという人は――」

 僕は僕なりの意見を必死に喋った。それは稚拙だし、まとまりに欠けるし、冗長だし、退屈な意見だった。

 それでも人々は最後まで、真摯に耳を傾けてくれた。

 初めて、自分がブラザーフッドの一員に成れた気がした。

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