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安寧と懐柔 3

「で、儂はそこで大声で言ったのじゃ『本物の差別を見せつけてやれ』とな」

 興奮したティトの大声が店内に響くと、ギルドメンバー達が割れんばかりの拍手を以って応える。すると少女はますます興奮し、テーブルの上をドタドタと走り回ってウェイストウッズでの戦いを再現する。

 現在時刻は午後十一時を廻った所、ファルクリースの酒場「イェルの根」はブラザーフッド御一行によって貸し切られ、大騒ぎの舞台となっている。

 大量のアルコール類に肉料理が際限なく厨房から運ばれ、大声で人々がガ鳴り合って、まるで映画の一場面だ。

 参加者は14名、予想通りロナとダズとジェロームは欠席。そして予想外にもティトは皆から大人気で引っ張りだこ。なので予想通り僕は隅の席で一人ぬるいスイカ見たい味の果汁を舐めていた。

「やっぱり断るべきだったかもしれない……」

 そんな言葉を口の中で転がしならカウンター上の乾燥肉を少しずつ齧っている。

 一応説明しておくと、何も最初っからこんな根暗な事をしていたわけじゃない。打ち上げ開始時は一応誘われるがままに適当なテーブルについて、そして変に盛大に歓迎された。

 でも僕はティトと違ってその流れに上手く乗れなかった。彼らと共通の話題も無いし、会話の進め方もよく分からない、そもそもこの世界の知識が未だに穴だらけの僕は、冗談はもちろん普通の話題に付いて行くことさえも

できない。脳を一度再構築した障害なのか、ウェイストウッズでの記憶もほとんど欠落してしまってる。

 結局僕は「会話の上手くできない奴」でしか無かったから、破滅的に白けたテーブルから逃げるようにカウンター席に来て、周りの会話を聞きながら一人寂しく過ごしている。現実世界でのうつ伏せになってた学校の休み時間を思い出す、ひたすらに惨めだ。

「そしたら、あのバカ、ろくな策を持ってないと言うのじゃ! 何も考えずにバカでかいだけのガラクタと、貧弱な獣娘を引き連れて、ただただ戻って来たのじゃ!」

 ティトの興奮した声が響く、人々の拍手、僕に向けてのも少しあったので一応そちらに向かって頭を下げておく。

 ティトが再び動き出し、人々の視線がそっちに戻る。

 ……結局こんな物か、そんな思いが浮かび上がってくる。

 これは、この状況は、多分僕がかつて神様に望んだ物だ。何か大きな事を成して、人々から尊敬されて、居場所を得る。そう、まさにその願いの通りの状況だ。僕は「人々と仲良くできる能力」なんて願わなかった、そんなのは不必要だと思ったから、ただただ自分の実力や業績によって相手から受け入れられる事を願った。

 そしてその通りになった。

 僕は人々と仲良くできないまま、取り敢えずこうやって宴会に入れてもらえる状況になった、一応は気を使って貰える存在になった。

 ……最悪だ。

「腹が立つ」

 自分の想像力の無さに、愚かさに、安直さに。過去に戻ってぶん殴りたくなる。神様にもう一度願い直したい。

 嫌な人間は、偉くなっても嫌な人間。当たり前じゃないか。

 そんな無能な僕を、実績がある事を理由に受け入れて気を使わなくちゃいけないギルドメンバーがただただ不憫だった。

 椅子の引かれる耳障りな音がした、そして人の気配。顔を上げてみると、僕の隣にハルヴァーさんが座っていた。手にはアルコールの入った陶器のジョッキが握られている。

「お前の事が未だによくわからん――」

 赤みのかかった真顔で突然そんな事を言ってくる。

 全てが唐突過ぎて僕は何の反応もできない。

「――お前は『意志の強い人間』なのか『意思の軟弱なロナの傀儡』なのか、正直まだ判断しかねている」

 彼の言葉は強く、怒ってるかのようだった。

「後者ですよ。僕はただの――」

 ガツンと大きな音が鳴り、僕の言葉は遮られる。ジョッキが叩きつけるようにカウンターに置かれた。

「後者ならばウェイストウッズでの行動はおかしい。だがら多くのギルドメンバーがお前を前者と思うことにした……ところで君はこの会の開催意味を?」

 話が早い、頭が追いつかない。

「いえ、何も」

 彼はアルコールを飲み干しカウンターに置く。すると直ぐにウルミアが駆けつけて新しいジョッキと取り替える。

「謝罪だよ」

「はい?」

 ティトのテーブルの人々がデカイ声で歌を唄い始める。それはあまりにも異常な音量だったのでハルヴァーの言葉をちゃんと聞き取れなかった。

「俺達の大半は育ちは悪く、性根の腐った鼻つまみ者だ。だから物事の解決手段が乏しく、何でもこういう宴会で解決しようとしがちだ。つまり今回のこの宴会も俺達なりの君への謝罪表明だ。今まで酷い態度で接してきてすまなかった」

 彼は大声でそう言う、近くのテーブルに座っていた何人かにも聞こえたのかギョッとした視線をこちらに向けてきた。

「謝罪なんてそんな……迷惑をかけているのは僕の方です」

「本当にそう思ってるのかお前?」

 彼は喰い気味に強く問いた。

「え、はい、まぁ」

 思わず萎縮する。

「そんな態度には見えないぞお前、露骨に不愉快そうに隅で飲みやがって、結構な人数が苛立ってるぞ」

「え?」

 思わず僕は周囲を見渡す。

 数人の人々が遠巻きに僕とハルヴァーさんの様子を観察している。

 彼らが、僕に苛立ってる?

「まぁ、いいよ。君がそういうのに長けていない事や悪気は無い事はなんとなく理解している。何よりも今回は俺たちが君をもてなす側だから……ただ」

 彼はそこで少し言葉を止め、何かを考えるような表情でアルコールを呑む。

「ただ……そうだな、怒ってないし不愉快でも無いなら、そういう態度を示して欲しいな。一人で隅で塞ぎ込むな」

「すみません……えっと。それは、僕が悪い感情を持ってないことは、どうやれば示せますか」

 僕の質問に、彼は困惑の混じった笑い声を上げる。

「こうして俺と話してれば十分だよ、お前を特に嫌ってた俺と仲良く会話してれば、まぁ結構な数のメンバーは納得するさ」

 ハルヴァーさん、良い人だな。素直にそう思う。

 僕を強く嫌ってはいたが、今回のウェイストウッズでの一件で僕の評価をちゃんと改めてくれて、そして今もこうやって助け舟を出してくれてる。

 感情的ではあるけど、合理性と道徳を重んじてる大人という印象。

「……質問、してもいいですか。知りたい事があって」

「いいぞ何でも聞け、ロナの事か? それとも他のギルドメンバーについてか?」

「軍部と探求者ギルドの関係についてです」

 カタン、とジョッキがカウンターに置かれる。

 また怒られるのでは、と身構えたが意外にも彼は感心したように目を見開きながら僕を眺めている。

「良い質問だ、そういうのだよルカ、そういう会話を待っていた、できるじゃないか」 

「そう……なんですか」

 よくわからん、何が良いんだろう?

「そうだな、長い話になるから先に要点を言うとだ『俺たち探求者ギルドが強くなり過ぎて、軍部の存在を脅かしてる』のが原因、もっと細かく説明すると――」

 彼は早口そう前置きをすると、宣言通りの長い話を始めた。

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