結線と結末 5
「なるほど」
チャズマがルカの特性を見抜くのには大して時間はかからなかった。
「……お前、実は強くなってないな。外見は立派でも弱体化著しいんだな」
先ほどからルカは距離を取った魔法詠唱でしか攻撃してこない、近接攻撃での受け攻めは一度も無い。何故か? 恐らく切断された腕の再生が上手く行ってないのだろう。剣を扱える水準の再生に至っていないが故の魔法砲台化だ。
「暴走してるのか。その外見は再生力を制御できない故の物か」
神経や筋肉の再生も失敗してるのか敏捷性の低下も酷い。おかげで戦闘開始から3分経過したが一度もチャズマは魔法を喰らっていない。ルカは影の操作でどうにか牽制しているが、正確性のある攻め手には乏しく防戦一方に追いこまれている。
強引な再生力強化、対価として失った再生精度。
つまり、目を壊せばまともな目を作れず魔法を当てられなくなるだろう。足を切ればまともな脚部を失い攻撃を回避できなくなるだろう。そして――
「教えてくれルカ、その脳を壊されたらどうなる?」
脳、脊椎、視神経、三半規管、そういった複雑な部位を破壊すればこの化け物は容易に殺せる。
弱点は正中線と頭部、つまり普通の人間とそう変わりはしない。
「『何故その知を拒むか』『何故その死を探すか』――」
怪物が魔法の詠唱を始める。だがチャズマはそれに対応した的確な防御行動に移る。
彼女はもうルカの詠唱単語から「影」での攻撃なのか、「電気」での攻撃なのか、あるいは両方なのかを魔法発動前に推測できるようになっていた。
「なんなのじゃこれは」
東門にたどり着いたティトはそう言って呆気に取られる。
彼女は何事にも動じない自信があった。なぜなら「東門は罠」という事をちゃんと察知していたから。
大広場での戦闘の後、ファリア達民族解放戦線は西の大通り、つまり「東門と反対側」にわざわざ防衛線を引いた。それは何故か?
西門の厩を奪われたくなかった、という意図もあるだろうが、しかし「東門には十分な防衛部隊がいるので、あえてそっちに逃がして挟撃に持ち込みたい」というのが真の狙いだとティトは推測していた。
だから東門でどれ程の戦力が待ち構えていようと、どんな防衛線が敷かれていようと、彼女は驚かないという強い自信があった。
「……これは、予想外なのじゃ」
ティトの予想は概ね当たっていた。30人の民族解放戦線の防衛部隊が門の周辺に拠点をつくり、厄介なバリケードを展開して、とてもティト率いる戦力では突破できない罠が張って待ち構えていた。
ティトの予想を裏切ったのは二点、その防衛部隊が壊滅し、バリケードというバリケードが粉砕されていた事。
謎の少数の部隊が、東門を完全に制圧していた。
「ティト様、これは」
彼女の背後の生存者達も驚愕している。
僅かに残った防衛部隊が散り散りに逃げ惑っている。それを少数部隊が追い掛け回し、一人一人と確実に殺している。異常に強い謎の少数精鋭の部隊の姿に、ティトは見覚えがあった。
部隊員の一人がティトたちに気づき、駆け寄ってくる。
ティトの背後の生存者達が恐怖に怯えた声を上げるので、彼女は「大丈夫じゃ」と宥める。
その部隊員は、白い少女だった。
背には長弓を担ぎ、肌という肌には色はなく、白銀の髪が朝日を受けて宝石のように輝いている。両の手首からは血が流れ、それが彼女を彩る唯一の色となっていた。
「ロナ……一体なぜお前さんがここに?」
東門を制圧していたのは、ブラザーフットのギルドメンバーだった。
ダンジョンの中のダンジョン「中央の呪城」で鍛え抜かれた精強な彼らは、まるで蜘蛛の子を散らすように造作もなくワンダラーを殲滅している。
「ティトちゃん!」
駆け寄ってきた少女は息を荒げながらも、ティトの肩を強く掴んだ。
「ルカは今どこに!?」
リスベットは体を起こし、震える手でカルバリンを再装填していた。
一射毎にばらばらに分解されるその銃の装填には非常に手間がかかる。そして今、彼女の手は血まみれで部品はぬるぬると滑り、パーツをはめ込む握力にも欠け、微調整をする集中力も保てない。
でも彼女は必死に、1つ1つ部品を組み合わせていく。
精度は捨てる、正確さは必要ない、はめ込むのに力の必要な部品は銃を地面に叩きつけてどうにかする。
急がないと。リスベットはひたすらに焦っていた。
ルカはかなり押されていた。チャズマを圧倒していたのは最初の1分程度だけ、今はめちゃくちゃに追いこまれている。再生精度が低下してることが見て取れる、体表の一部を硬い骨組織で弱点を守るなどしてどうにか彼女の攻撃を凌いでいる。
あと彼はどの程度攻撃を凌げる? 魔力はどの程度もつ?
そしてもう一つの懸念事項は「薬物中毒」
黒い棺のエネルギー源に使われていた魔力液は尋常じゃない中毒性を持っている。常人が一口でも飲めば即死は免れない。
ルカも当然、中毒状態になってるだろう。そしてそれを不死の再生力でどうにか補ってる状況だと思う。今は補えてるかもしれない、でもそれはいつまで続く?
ルカの外見から中毒症状はすでに肝機能障害と分泌線異常にまで及んでいる。もしこのまま症状が進行すれば中枢神経の破壊が起きる。今の彼に神経のまともな復元能力があるようには見えない。
「は、早く助けないと」
撃針の装着に苦戦しながら、リスベットは虚ろな声でそう呟いた。




