結線と結末 3
「立て、リスベット」
チャズマの加虐的な声が聞こえる。彼女はブージを構え、体を起こすのに苦労している獣人の娘に近づく。
少女は血の涎を垂らしながらも何とか立ち上がり、向かい合う。
「チャズマ――」
背負っていた武器を構える。それはハサミの様に二枚の薄い刃を持った独特な剣だった。
「――お前を、殺す」
「いいぞ、死ぬ気で抵抗して私を存分に楽しませろ。さもないと、その分ナドラで楽しむことになる」
ガチッち金属音が鳴り、猛獣の口のようにリスベットの持つ二枚刃が開く。
「ナドラ様には、指一本だって触れさせない」
リスベットが走りだす。チャズマがそれを迎え討つ。
素早く力強いブージの振り下ろし。リスベットは素早く横に跳躍してそれを躱して回避、そのまま肉薄して斬撃を叩き込む。
だがチャズマはとっさにブージを引き、その柄で刃を受け流す。そしてほぼ密着するような距離に近づき。
「ぬんッ!」
右ストレートが、リスベットの顔面に撃たれる。
リスベットは咄嗟に顔を傾け、後ろに軽く飛び、その威力を少しでも受け流そうとした。
「グぇッ」
鉄拳を頭部に食らった彼女は派手に転がる。鼻血が豪快に吹き出し顔を真っ赤に染める。
先程浴びた馬の血とで彼女全身は真っ赤だ、うずくまる彼女は血を拭いたボロ雑巾のように見える。
「早く立て、ナドラが死ぬぞ」
リスベットは唸り声を発し、欠けた歯を吐き捨てながら立ち上がる。
頬骨が砕け、一部が肉を突き破り体外に露出していた。
「……哀れだな」
リスベットが突撃する。
が、直ぐに口から血を吹き倒れ込んでしまう。内臓に相当ダメージが溜まっているようだ。
「奴隷であって奴隷でない、人であって人でない、獣人であって獣人でない、何者でもない、何者にも成れなかった哀れな生物」
少女は顔を上げる、そして自分を見下ろすチャズマを縦に細まった虹彩で睨む。
「ナドラ……死にかけの老人の情婦が最後の居場所か。そんな下らない物に縋るのとは、自我の無い奴隷はつくづく哀れだな」
泡の混じった血が、つらつらと口から滴る。震える手で武器を握りしめ、ゆっくりと立ち上がる。
「あ、貴女の、ほ、ほ、方がよっぽど哀れね――」
震える口元から、引きつった声で言葉を紡ぐ。
「――わ、私は、ナドラ様に、あ、愛されてる。で、でも貴女は、ふ、ファリアに利用されてるだけ」
怒声。嵐のようなチャズマの雄叫び。
ブージが高く、強く、荒々しく振り上げられる。
「このメス犬風情がァッ!!!」
「あまり斬り刻むな、それはそれで厄介になる」
ノアと呼ばれた徒の戦士は、その馬上のワンダラーの指示に従い、そのまま僕の胸を刃で貫き地面に押し倒した。
体が緑色の池に沈む。黒い棺が倒れた衝撃で周辺の地面が陥没したのか、そこには巨兵から漏れた大量の緑色の液体が流れ込んでいた。
僕は必死にもがき、彼の拘束から逃れようとする。
「――自業自得だな、ガキ」
ノアの声が、波立つ水音の隙間から聞こえる。
「奴隷の苦しみを、憎しみを、悲しみを、一欠片も理解してないガキが、『民族解放』という大いなる正義の流れに水を差した、その罪は重い」
いくら藻掻いても水面に出れる気配は無い。当たり前だ、両手を失い地面に剣で串刺しにされてる僕に、どんな抵抗ができるというのか。
「自分を何様だと思ってたんだ。どういう神経で、この『人種差別撤廃』という偉大な物語に傷をつけようと思ったんだ」
僕は必死に魔法の詠唱を試みる。だが、大量の苦い液体が気管支に流れこむだけで、とても言葉なんて発声できない。
意識が弱くなっていくのを感じる。
このまま死ぬのか?
仮に窒息では死なずとも、意識を失うのはまずい。
斬り刻まれて死ぬかもしれない。
「理解も、主義も、思想も、信念さえも持たないガキ風情が。少し力を手に入れたからと崇高な物語に首を突っ込み引っ掻き回す。それがどれだけ非道徳的で侮辱的な行為かわかるか?」
体に力が入らなくなっていく。
止血していた筈の両の腕の断面から血が漏れ始める。
思考が解れ、世界が遠のく。
「ただの脇役風情が、物語に干渉するんじゃない」
視界が暗くなる。筋肉が緩む。
意識が揺らめく。
死……これが
静かで、安らかで
僕の、半端な人生を半端に断ち切る。
結局、何も
リスベットさん、ナドラさん、ごめんなさい。
僕は……あなた達を、助けたかった。
弛緩した体内に大量の液体が流れこみ、僕の臓腑を満たした。
《ǖǜǚǖæ失敗
マインドオーバーロードが発生します》
「おい――」
ノアが馬上の男に声をかけた。
「――なんか様子がおかしい」
彼が昆虫標本のように串刺しにて、水底に固定していた少年。
それは一度は抵抗を止め、死んだかと思った。だがまた激しく暴れだした。
それも尋常じゃない抵抗だ、気味が悪いほどに全身をバタバタと動かし、水面を激しく波立てている。
「ガッ!」
とうとうノアは強烈な蹴りをくらい、握っていた剣ごと後ろに吹き飛ばされた。そして水の中から少年が立ち上がった。
「……おい、なんだよ一体」
少年の姿は異様だった。
全身の皮膚がズルズルと剥がれかけていた、所々に巨大な水疱のような物が貼り付きグロテスクな様相を呈している。目は緑色に濁り、頬肉と毛髪は無くなっている。めくれた皮から覗ける真皮には、青黒いタトゥーのような模様が見えた。
「お前……どういう……」
少年は口を開く。
「『滅っせ』『散らせ』――」
ワンダラーはすぐさまボウガンを放つ。矢は少年の顎を貫き舌を切り裂いた。
「――『分解しろ』――」
それでも少年の詠唱は止まらない。
「一体、これは」
彼は口から言葉を発していなかった。
腹に開いた裂傷。ノアの刃が刺さってた、腸が舌のように溢れるその風穴が、まるで口のように蠢き言葉を放っている。
「雷鳴球!」




