結線と結末 2
世界が燃えている。広場の中にいるとそんな錯覚に襲われる。
それ程派手に周囲を囲む建造物は燃え盛り、紅色の焔を舌のように天へと伸ばす。視界の背景全てが猛火と表現しても過言ではない環境だ。
温度は上昇し、真っ黒な煤の欠片が大気を漂う。
熱と血と鉄と死が、その広場という小さな世界を包み込んでいた。
「無事か、ノア」
チャズマはそう言いながら倒れていた戦士を抱え起こす。
戦士の肩にはナイフの刃が刺さり、そこから伸びたワイヤーが遠くで転がるリスベットの方まで伸びている。
「……チャ……チャズマ、様。状況は」
「幾つか想定外の物があったが、概ね終わった。私達の勝利だよ」
チャズマは言いながらブージを振り下ろし、そのワイヤーを切断した。
状況。
ルカは巨大兵器の側まで下がっている。中のナドラを救助しようとしたが、操縦席の開け方が分からなかったようだ。切断された左腕は未だ再生されていない。
リスベットはチャズマ達から15m程離れた所で、馬の血に塗れて床に転がり呻いている。落馬で相当に体を痛めたようだ
チャズマ達ワンダラーは残り3人と、戦闘開始時と比較して大きく数を減らしていた。彼らの内訳は騎兵が一人、徒が二人。
最後の騎馬がチャズマ達の元へと駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか」
「あぁ、問題なさそうだ。ほら立てノア、仕上げがまだ残ってるぞ」
チャズマはノアの右手に剣を握らせ、力強く肩を叩いた。
「お前達は二人でルカを始末してこい、そろそろ不死では無くなってるはずだ――」
彼女はそう言うとノアから手を離し、床に置いていたブージを拾い上げる。
「――リスベットは私がやる。その後でナドラを壺焼きにしてやろう」
灼熱の地獄の内側で、彼らワンダラーは最後の殺意を心に灯した。
「なんでだよッ!」
文字通り黒い棺桶と化した兵器の上で、僕は苛立ちのあまり絶叫してしまう。
左腕がさっきから一向に回復しない。一応切断面には黒い瘡蓋のような物が出て止血はされているが、いくら念じても新しい腕が生えない、いつもならとっくに生え替わってるはずなのに。
「まさか不死じゃなくなった? いや――」
自分ステータスを表示してみるも、アビリティの項目に「不死」はちゃんとある。変な状態異常もついてない。
「――てか、そもそも右腕は再生したんだよな。なんで左腕だけ?」
チャズマにへし折れた右腕はもうとっくに完治してる。
この違いはなんだ? 右腕は折られただけだけど、左腕は欠損したから?
いやいや、これまでだって欠損は何度も経験してきた、その度に影から体積が補充されて……
「あッ!」
そこまで考えて僕はようやく気づく。
影が、無い。
広場の周囲の建物が激しく燃えている。その炎の強い光が四方八方から僕を照らし、影を完全に消し去っていた。
「うそでしょ……あの人達このために火事を」
とにかく広場から出なければ、体積を回復できない今の状況は危険すぎる。最悪死ぬのでは?
その時、馬の蹄の音が近づいてきた。
最後の騎兵が、その手にボウガンを構えて僕の方へ……
「まずいってこれは!」
僕は迫る騎兵と反対の方へ、黒い棺の上から飛び降りようとした。
だが足に強烈な痛みが走り、そのまま転がり落ちて地面に落下する。
体がずぶ濡れになる、巨兵が背負っていたタンクから漏れ出た緑色の液体が、周囲に大きな水溜まりを作っていた。
「くっそ、まずいこれは本当に」
立ち上がるが、左足が思うように動かない。見ると足に矢が刺さってる。
矢傷は苦手だ、切り傷と違って損傷部位の修復には矢を体から抜く必要がある。
いつもなら矢の刺さった部位ごと切り捨ててから再生するのだが、今の状況でそれはできない。
どうする……どうればいい?
蹄の音が迫ってくる。足を負傷した今、騎馬を振り切って広場から脱出するのは無理だ。
ここで、敵を倒すしかない。
蹄の音が大きくなる、黒い棺を周り込んできた騎兵が姿を表す。
右手に魔力を込める。
《警告:マインドクラックの可能性が上がっています》
撃てるのはあと一発、何を唱えようともmpは0を下回り、それから五分程度の時間経過後に僕は意識を失う。
だが、やるしかない。
馬が僕の前で止まる。
「やめた方が良い――」
馬上の騎士はボウガンで僕を狙いながら、静かな声を発する。
「――貴様が魔法を詠唱し終えるのと、俺がこれを撃ち込むこと。どちらが速いかは明白だと思うが」
僕は顎を隠すようにして右手を突出す。
「『唸れ』『ひッ
矢が放たれる。それは僕の右手を避け、左の脇腹に突き刺さった。息が詰まる。横隔膜が引き裂かれ、腹が強く痙攣して言葉が詰まる。
「俺は今までに結構な数の魔法使いを殺してきた。だから分かってるんだ、どこを壊すのが効果的か」
矢が体内残ってる、引き抜かない限りは横隔膜の再生ができない。
「ヒッ、ウッ、うぐッ」
僕は腹に刺さったボウガンの矢を掴み、引き抜こうとする。
「いい判断だ。君なら俺の再装填より先に抜くことができるかもしれない」
言いながら彼は素早く二の矢を準備している。
矢が体から半分ほど抜ける。身をへし折るような激痛が僕に襲いかかるがそれに構ってる暇はない。鏃の返しが僕の臓腑という臓腑を傷つけるのを感じながら渾身の力を込める。
そして矢を引き抜く、先には千切れた腸がボロ布のようにぶら下がっていた。
瞬時に横隔膜を再生し、魔法を唱えようと――
「確かに俺の装填よりは早かったようだ、でも残念」
駆けつけた徒のワンダラーが、僕が正面方向に突き出した右手を切断した。
「ノアが駆けつける方が早かったな」




