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ルカとロナ 2

「陸ガニの甲殻が三点、頑丈な骨片が一点、甲虫の甲殻が六点、虫の翅が四点――」

 カウンターの向こうに立つ細見のエルフはそう言って、ロナの並べた戦利品の数々を手早く仕分けていく。

 僕は思わずそのエルフをじっと観察してしまう。

 長い耳、細く整った顔立ち、黄金色の艶やかな髪。

 うわー、まさにエルフだ。

「あ、ついでにこれも」

 僕の横に立っていたロナはそう言って、道具袋から奇妙な石をいくつも取り出した。

 水晶のように透き通った宝石、見覚えのある石だ。

 たしか、倒したモンスターが偶に落としていたような……

「水のクリスタルが三点、闇のクリスタルが一点、風のクリスタルが五点」

 やはり王道設定の通り手先が器用なのか、エルフは右手で水晶の鑑定を行いながら、左手に持ったペンでなにかを羊皮紙に記録している。 

「以上でよろしいでしょうか?」

 まるでテレビのアナウンサーの様な、綺麗に整ったイントネーションで尋ねてきた。

「えーっと待ってね――」

 ロナはそう返すと道具袋を再び漁り、真っ二つに折れた剣を取り出して僕に見せた。

「――ねぇルカ、これも売っちゃっていいかな?」

「あ、はい。どうぞ売ってください」

 ブロンズソード、僕の初期装備。

 まさかこんな早い段階でお役御免とは……

「――こちらは銅の含有量を調べさせていただきますので、査定にお時間を頂きますがよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」

「かしこ参りました、ではそちらでお待ちください」

 エルフはそう言うと、左手に見える待合室のような雰囲気の広間を示した。

 そこには爬虫類系の革で作られた豪奢なソファーが何台も設置され、数人の冒険者が思い思いの様子でくつろいでいる。

「ほら行こ、ルカ」

 僕はロナの細く華奢な手に引かれてカウンターから離れる。

 すると僕らの後ろに並んでいた次の冒険者がカウンターに着き、先程ロナがやっていた様に道具袋から様々な戦利品を取り出し始めた。



 ……僕は今、探究者ギルド連合が経営しているらしい、とある施設にいた。

 その名は「オークションハウス」

 ダンジョンを出た僕は、そのままロナに連れられて、この良く判らない施設に来ていた。

 なんなんだ此処は。


「ん? あぁ、まぁ簡単に言えば換金所かな。ダンジョンで手に入れた戦利品を、ここでお金に換えてもらうんだよ」

 ――さっき売ったのは、ルカが倒した敵からの戦利品だから。慣れた様子でくつろぎ始めたロナは、僕の質問にそう返した。

「換金?」

「そう換金。ここでは大抵のアイテムを買い取ってくれるの、だから楽でいいんだよね。探究者はみんなここを使うよ」

 懇切丁寧な説明を聞きながら、僕も彼女の座り方を真似してみるがイマイチくつろげない。

 というかこのソファー、やたら硬い。

 ロナはそんな不慣れな僕の様子を、にやにやと楽しそうに見つめてる。

「それで、えっと、どうしてオークションハウスは買い取ってくれるんですか?」

「それはもちろん必要な人に卸すためだよ」

 おー、なるほど。

 つまり、ここ「オークションハウス」っていうのは売り手と買い手を仲介する場なのか。

 それを踏まえた上で、僕は改めて周囲を良く観察してみる。

 カウンターに並ぶ冒険者たち、それにきびきびと応対するエルフの受付嬢、僕らみたいに査定を待つ何組かの冒険者。奥の方には売店の様なものがあって、どうやら回復アイテムの類が売られているようだ。

 装飾は全体的に豪華、従業員たちはまるで高級ホテルのボーイのようなピシッとした正装。

 ここが探究者ギルド連合の中でも一二を争う重要な施設なのだという事は十二分に察せられた。

 きっとここの収益が、ギルド連合全体支えているのだろう。

 ――なんか変だな。

 ライトノベルでは……少なくとも僕の読んでいた異世界トリップ系のライトノベルでは、この手の施設にあまり焦点はあたってなかった。

 それもそうだ。

 だってここは、言わばゲームのリザルト画面で処理されているような事を、事務的にやっているだけの空間に過ぎないのだから。

 さらに言えば、僕はここの雰囲気があまり好きじゃない。

 それは、別に装飾が気に入らないとか嫌な雰囲気の冒険者がいるとか、そういった類の物じゃなくて……

 ……こういう「高級な施設」に主人公が訪れるのは、普通物語の中盤以降だというイメージがあったからだ。

 だっておかしいだろ。

 異世界転生した主人公が、即こんな高級サロンみたいな施設を使うか?

 使わないし、使えないだろ。

 序盤はもうちょっと等級の低い、チープで効率の悪い施設を利用して、その内レベルや名声が上がったらこういう立派な……


「お飲物は如何ですか?」

 唐突に声を掛けられて、僕は一気に現実へと引き戻された。

「え? はい?」

 いつのまにか一人のボーイが僕の脇に立っていた。

 彼は幾つかのカップが乗った銀盆を持っていて、どうやらそれを僕に勧めているようだ。

「ねぇ、私にも一ついいかな?」

 ロナ横からそう声をかけ、彼からカップを二つ受け取ると、片方を僕に差し出した。

「あ、どうも」

 高級感に満ちた純銀のカップ、側面には緻密な彫刻が施されている。

 なんというか、こういうので飲食してる奴って大抵悪役なんだよな……

「これは錬金ギルドが今売り出している『アクアムルスム』という物で、MPの回復手段としては非常に安価かつ高性能な回復薬です――」

 ボーイはそんな説明をすると、奥の方に見える売店を示す。

「レンブロワ薬品店でも販売しておりますので、お気に召していただけたら是非に」

 なるほど、宣伝を兼ねているのか。

「はーい、どうもありがとね」

 ロナはそう言うと手慣れた様子でボーイに銅貨のチップを渡した。

 チップだと?

 うっ。

 待って、僕も渡さないと駄目? というか渡すべきだよね?

 ちょっと待って、今の僕には「所持金」なんて物は無い、というかまだこっちの世界の通貨に触れたことすらない。

 聞いてない、というか、これは、事故で、僕は……

 そんな狼狽する僕の様子を見ると、ボーイは礼儀正しくお辞儀をしてその場から去って行ってしまった。

 ――格好が悪い。

 なんか年下の女の子に奢られたみたいで、しかも無銭飲食をしてるような変な罪悪感までもが……

「ごめんルカ。すっかり君の事情を忘れちゃってたよ」

 ロナは神妙にそう言ってみせるが、眼は笑ってる。

 めっちゃ動揺してた僕の姿がさぞ面白かったのだろう、今にも噴き出しそうな表情だ。

 普段は雪女の様に白い肌が、笑いをこらえるのに必死で、ほんのり朱色がさしている。

「いいですよ、別に気にしてませんから」

 僕はできる限り冷たい声でそういって、彼女に反省を促そうと試みたが、ロナは余計楽しそうに口元を抑えるだけだった。


 ……というか、今の結構難しいな。

 僕は確かにこの世界の言葉を話せる、でもこの世界に関する知識はほとんどない。

 つまり「マナー」がまったく身についていないのだ。

 これはなかなか厄介な問題だろう。

 下手に言葉が話せる分、相手も僕がそれなりの常識を備えてると思ってしまうだろうし。


 そんな事を考えながら、僕はコップに入った「アクアスムルス」に口をつける。

 甘いハチミツの様なにおいがしたので、てっきりジュースの類なのかと思ったのだが――

 うっ。

 うっげげえぇぇっ!

 僕は思わず吐き出しそうになるが、無理矢理飲み込む。


 ――酒じゃねぇかコレ!


 慣れないアルコールの苦みに、僕は思わずむせ返ってしまう。

 微量のアルコールに顔面の体温が急激に上昇し、耳まで茹で蛸の様に赤くなった。

「あはっ、君の反応ってほんと面白い」

 ロナは思わずといった様子で噴き出すと、腹を抱えて笑い出した。

 僕はため息を着きながら熱くなった顔をぬぐう。

 その熱はアルコールによる物だけではなくて、一人の少女にすっかり玩具にされてしまっている恥ずかしさもあった。

「ロナ、そんなに大声で笑わないでくれ」

「あははっ、ごめんごめん、だってルカが」

 口を押えながらも、彼女は笑い続ける。

 僕は思わずそっぽをむこうとしたとき、女性の声がした。

「うるさい奴等がいると思ったら、君たちか」

 その座り方は行儀悪過ぎ――いつの間にかロナの後ろに立っていた彼女はそう言って、ソファーの上で足をばたつかせるロナの後頭部をはたいた。

「いてッ。あ、ごめんなさい『ゼノビア』さん」

 ロナは大人しく謝罪すると、直ぐに姿勢を直す。

「二人とも無事帰って来られたようなだね。ダズが気にかけてたよ」

 緑衣の召喚術士、「ゼノビア・カルルシャミ」は少し安心した様子で言うと、ロナの隣に座った。

「いやだなぁ、一層程度で負傷するわけないじゃないですかぁ」

「緩むなロナ、君は長いことダンジョンに潜ってなかったんだから」

「あははッ、大丈夫だってゼノビア。ルカも意外と強かったし」

 そう言って僕の方を向いて同意を求めてくる。

 ゼノビアの『長いこと潜ってなかった』という言葉が少し引っかかったが、とりあえず僕は頷くだけにしておく。

「無茶はするなよ。ルカ、君も無理に付き合う必要はないからね」

「そんな、私無理強いなんてしてないよ」

 ロナは楽しそうに笑いながら、銀のカップの中身を舐めた。


【名前:ゼノビア・カルルシャミ

 HP:53/77 MP:37/156

 ジョブ:召喚術士

 レベル15

 筋力:14 技量:9 知覚:21 持久:19 敏捷:10 魔力:31 精神:32 運命:30


 武器スキル

 両手棍(21)


 魔法スキル

 破壊魔法(11)

 神聖魔法(24)

 変性魔法(31)

 召喚魔法(35)


 アビリティ

 遠隔適正

 契約<アグラフォティス>

 契約<テージャス>

 契約<ヴェノム>

 マジックサイフォン

 コンサーブMP

 マジックバースト抑制

 マナプロスペクト

 キャストペリジ


 装備

 緑花の錫杖

 ペナンスローブ

 ヴィルマの指輪】


 うっ。

 アビリティを幾つ持ってんだよ……

 ゼノビア、この人も相当に強い。

 彼女もロナと一緒、ブラザーフッド三幹部の一人。

 一応先日、「ギルド加入」の手続きの際に、僕は一度彼女と出会っている。

 口元にはいつも不敵な微笑みを浮かべているが、妙に冷たい目つきをした女性だった。

 ギルドでは参謀的な立ち位置にいるらしい。

「どうした、何を見てるルカ?」

 言われて慌てて目を伏せる。

「あ、いえ、なんでも……」

 ぶっちゃけて言えば、僕はこの人に若干の苦手意識がある。

 相手の考える事を片っ端から見抜いてみせる、彼女のそんな自信と冷笑に満ちた傲慢な瞳が、嫌な寒気を僕にもたらした。

「ゼノビアさんは一体何をしてたの?」

 ロナはアクアスムルスを飲みながら尋ねる。

 未成年が飲酒って……まぁ、この世界ではこれが普通なのか?

「五層で『モリオンスパイダー』を狩っていたんだ、その戦利品の売却と――」

 とそこで言葉を少し止め、何故かゼノビアは僕の顔をちらりと見た。

「――アウトキャストのバカどもが例の『稟議書』を提出してくれてね、それの処理」

 りんぎ……なに?

 聞いた事の無い言葉で、意味が汲み取れない。

 ただ、隣に座るロナの表情が酷く強張った事で、あまり良くない話だという事は察した。

「稟議書って……まさか……」

 憔悴と困惑に詰まった様子で、ロナが言葉を発しようとする、が。

「安心しなよ」

 ゼノビアはそれを遮るように言うと、シニカルに微笑む。

「君は『十四層攻略組』から外れてるから」

 よかったねロナ、おめでとう――嫌味のような強い口調で言い切ると、ゼノビアは僕の方を向き直す。

 何かが違う。

 数舜前までの彼女の表情とは、明らかに何かが違う物だ。

 同じような微笑み、同じような冷たい瞳、でもあきらかに彼女の雰囲気がそれまでと異なっていた。

 これは――敵対心?

 誰に向けてのだろうか。

 まさか、ロナに対して?

「ルカ、お前もアウトキャストには気を付けな」

 ゼノビアは僕にそういいながら、静かに立ち上がった。

「アウトキャストって……もう一つの、探究者ギルドですか?」

 ブラザーフッドとアウトキャスト、中央の呪城には二つの探究者ギルドが対応してるんだっけ?

「そうそれよ、魔物よりも厄介な連中だ。奴等は私達を潰す事しか考えていない」

 じゃあ、そういう事で――彼女は言うだけ言うと、緑のローブをはためかせて、悠々と去って行く。

 僕は思わず立ち上がって、彼女を呼び止めようとする。

 先の会話の中だけでも、質問したい事が山ほどあった。

「稟議書」、「十四層攻略組」、「アウトキャスト」、そして「ロナへ対する謎の敵意」そのどれもが説明不足で、思わせぶりで、何か悪いことの先触れに思えた。

 でも、呼び止める事はできなかった。

「ゼノビ……ッ⁉」

 僕の言葉はそこで止まってしまった。

 それはロナの……去っていくゼノビアの後ろ姿を見つめるロナの表情が……酷く、恐ろしい物だったからだ。

 思い返せば、僕はロナの「笑顔」以外の表情を知らなかった。

 いつも僕に優しく微笑みかけ、なんでも無いようなことにお腹を抱えて大げさに笑って、そんな明るい彼女しか僕は知らなかった。

 だから今の彼女の表情が怖かった。

 青筋を浮かべ、瞳を血走らせ、獣のように八重歯を剥き出しにした彼女の表情に、僕は酷く怯えてしまった。

 そんな僕の様子には気づくことなく、ロナは小さく息を飲むと。

「あのブス、余計な事ばかりごちゃごちゃウザいんだよ」

 と、暗い敵意に満ちた声で言った。


 ――うそだろ?

 うそでしょ?

 え?

 マジで?

 今の発言、マジで――


 確かにその言葉はロナの声で、ロナの口調で、ロナの唇からこぼれ出た物だった。

 でも僕はそれが彼女の言葉だと、直ぐに理解することができなかった。

 僕は彼女をヒロインだと思ってた、多少のズレはあったけど僕にとっての理想を具現化したような人だと思っていた。

 だが、彼女は暴言を呟いた。

 およそ一般の女性らしい憎しみの籠った言葉。

 自分の全身の毛孔がブワっと開いていくのを感じる。

 心の深い所からあふれ出た動揺が、僕の全身を包み込む。

 わけの判らない警戒心が沸き上がり、ロナから一ミリでも離れようと、腕を突っ張り背中をソファーに押し付けてしまった。

 彼女はただの「キャラクター」じゃない、魂をもった人間なんだ。

 当たり前の事実を前にして、僕の見ていた世界がガラガラと崩れ去っていくのを感じる。

 ロナはゆっくりと首を傾げ、僕の方を向き直る。

 そして、体全体で戸惑いを表現している僕を見ると、ニッと微笑んで見せた。


 うっ。


 それは、僕が今まで見てきたロナの笑顔の中で、もっとも可憐で華やかな笑顔だった。

「ごめんねルカ。あんまり気にしないでね」

 さぁ、そろそろ鑑定も終わったんじゃないかな。そう言って立ち上がると、右腕をそっと僕の方へと差し出した。

 それは、その一連の動作は全てが全て舞台女優の様に滑らかで、優雅な所作であった。

 触れただけで脆く砕け散ってしまいそうな体、それらが舞のように柔らかく動く。

 僕は彼女の手を取ってしまう。

 ついさっきまで僕は彼女に怯えて反射的に距離を取ろうとしていた。

 彼女の思わぬ「憎悪」に驚き、たじろいでいたはずなのに。

「ロナさん……その……」

「なぁに?」

「いや……なんでもないです」

 それ程までに彼女は美しく。

 そして僕は、その美しさに魅せられてしまっていた。


【アクアスムルス】

アイテム―回復アイテム―レアリティ:アンコモン

概要:服用者のMPを20回復する 中毒性(1)



備考

 MP回復アイテムの一つ。回復量は20と控えめだが中毒性が低く、値段も安い。低レベル探究者のMP回復手段として重宝されている

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