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鋼鉄と硝煙 3

「うん、潮時だな」

 ファリアの唐突な呟きに、チャズマは思わず振り返る。

「潮時……ですか?」

 中央広間が見える西の大通に作られた防衛線の内側、その中でファリアは状況を冷めた目で俯瞰していた。

「そう、潮時だ。撤収の準備を始めよう」

「まってください、何故ここで!? たった今騎兵隊も到着し、これからって所――」

「ジェロームの姿が見えない――」

 ファリアは強い口調で彼女の言葉を遮った。

「――恐らくあの男は外に逃げたんだろう。今の内にこの街を離れないと治安部隊に囲まれる」

 チャズマは何も言い返すことができず、ただただ拳を強く握り締めた。

 ファリアは踵を返し騎兵隊の方に近づくと、隊の長を務める片目の男「スニフ」に近寄る。

「スニフ、皆を引き連れて撤退しろ。君が次の民族解放戦線のリーダーだ」

 スニフは腹を抱えてゲラゲラと笑う。

「冗談はやめなされ、俺なんかにこのゴロツキどもを纏められるわけが無いだろう?」

 そう言って周囲の民族解放戦線のメンバーを指し示す。

 彼らがこんな状況でも動揺せずに団結していられるのは、このリーダーであるファリアの人徳による所が大きい。彼が抜けては組織の存続があやぶまれる。

「できるさ、君ならな。俺はやらなくちゃいけない事があるんで、後はよろしく」

 彼はそう言うと、スニフに握手を求める。

 だがスニフはただ笑っているだけだ、手を交わそうとする気配はない。

「死ぬ気か? ファリア、それはちょっと無責任だろ」

「敗軍の将には敗軍の将なりのケジメがある。わかってくれとは言わ――」

 鈍い音が響いて、ファリアは言葉を失った。そしてその場に糸の切れた人形のように崩れる。

 彼は後頭部を強打された事によって意識を失っていた。そしてその犯人はチャズマ。

 ファリアの後頭部をブージの柄で殴った彼女は、不遜な態度で周囲の人間を見ていた。

「なんか文句あんのかお前ら」

 誰一人声を出さない。全員が言葉を失っていた。

 ただスニフだけは、面白そうに笑っていた。

「いんや、無いね。よくやったよチャズマ」

 彼はそう言うと馬から下りて、気絶したファリア担いで馬の上に乗せる。

「彼を安全な所へ。絶対に守りぬけよスニフ、この人無くして我々民族解放戦線に未来はない」

 ファリアは呪詛のように重い口調でスニフに念を押す。

「おいおい待て、お前は来ないのか」

「行かないよ、やることがある」

 彼女はそう言って自分の馬に跨る。そしてブージを構えて前方の広場を睨んだ。

 二十人余りのイベルタリアン達、そしてそれを率いる謎の黒い少女見据える。

「リスベット、ルカ、ティト、ナドラ。あの四人の首は必ず手に入れる」


 


「な、なんじゃそりゃ」

 広場に黒いロボットが進入する。ティトも生き残りのイベルタリアン達も驚愕の様子で見上げている。

 僕は直ぐにその鉄の背中から飛び降り、ティトの元へと駆け寄る。

「ティト、よくやってくれましたね」

 僕は真っ先にねぎらいの言葉をかけてあげる。

 だが彼女の視線はその巨大兵器に釘付けで、僕との再会に喜ぶどころではない。

「お前さん、あれはなんなのじゃ」

 引きつった声で尋ねてくる。

「ナドラさんの兵器です、彼が操縦している機械の兵隊ですよ」

「こ、こんな兵器を持ってるなら最初っから出せばいいじゃろ。何を考えてるのじゃあの獣娘は」

「説明させてもらうと――」

 頭上、ロボットの上からリスベットの声。そして彼女が僕らの直ぐ傍に飛び降りる。

「――この『黒の棺(ブラックコフィン)』は見た目ほど強くない、足の関節を一つでもやられたら即機能停止になる。ハリボテのデクの棒だよ」

 攻撃能力も実はそれほど高くない。さっきのダミアと戦った時だって結局この兵器が殺せたのは3人だけ、あとは全員逃げるかリスベットが対処するかだった。

 攻撃がいちいち大振りで遅すぎるという欠点がある。

「なるほどのぅ。で、次はどうするのじゃ? なにか策があるからここに戻って来たんじゃろ?」

 8層のテラスで立てた当初の作戦では、僕はここには戻ってこないはずだった。広場から離脱後は騒動に乗じてどこか適当な場所に潜伏する予定だった。

「作戦は簡単、私達がここで敵を引き止めるから、ティトさんはここに居るイベルタリアンの皆さんを率いて、東門から脱出してください」

 リスベットの説明に、少女は僕の顔を凝視する。

「この獣娘がまたバカな事を言っておるが、まさかお前さんもこんなバカな考えを推してるわけじゃないじゃろうな」

 言葉に僕は肩を竦める。

「ティトさんも平原で拉致られた時見たはずです、東門は壊れていて開閉できる状態ではありませんでした。逃げ出すとしたらあそこしかない」

「なんじゃそのバカげた作戦は。ふざけておるのか、東門に行ったところで門の防衛部隊を――」

 ティトはそこで言葉を飲み込む。

 周囲のイベルタリアン達の不安そうな視線に気づいたのだ、彼女は彼らの士気の為にも不用意な発言は避けたかった。

「ティトさん、わかってるでしょ。彼らを救うにはこの手しかない」

「……街に潜伏させるのはどうなのじゃ、その方法もあるはずじゃ」

「東門を突破できそうになければ、それでお願いします」

 ティトはウンザリした様子でため息をつくと、イベルタリアン達に集合をかける。どうやら作戦を受け入れてくれたようだ。

「リスベットさん、ナドラさん、行きましょう」

 僕達、二人と一体は、西の大通りへ向かう。民族解放戦線の戦士達をこの広場に押しとどめ、生き残ったあのイベルタリアン達を守るために。

 恐らく、この闘いの最後の局面だ。

「ティト!」

 僕の呼びかけに、少女が遠くで振り返る。

「――最期になるかも知れないから言っておきます。僕は貴女にとても感謝しています、貴女に出会えて良かった」

 最期かもしれない、僕は本心からそう思っている。

 確かに僕の体は不死身ではある。でも無敵ではない。先程はダミアに弱点を突かれて酷い目にあった。

 ああいう風に、僕には無数の負け筋がある。ここで「死」に限りなく近い状況に陥っても不思議はない。

「そんなの、あたりまえじゃろ! お前さんたちはどんだけ儂をコキ使ったと思っておるんじゃ!」

 彼女の全く可愛げのない返答に、僕は思わず笑ってしまった。

「なんでこんな状況で笑ってるの……頭おかしいよ」

 リスベットがドン引きした様子で呟いていた。

【ブラックコフィン】

 防具―機構鎧―レアリティ:レア


 概要―防94: 重量:1400

 特殊状態:騎乗

 特殊状態:操縦

 特殊状態:拘束

 要「特級機械知識」「機構鎧の心得(皆伝)」「超上級魔力回路技師」


 (備考)

 ナドラ邸の地下で埃を被っていた巨大機構鎧。

 運用には大量のmpが必要であり、燃費はすこぶる悪い。


 天才武器職人「ナドラ・ドラギーユ」の数ある失敗作の一つ。

「軽量高強度」を謳い文句に新開発された合金と、新製法でより高濃度に濃縮された魔力液、その2つの性能を表現するために、技術見本市に向けて作られた展示用試作品。

 残念ながら合金の強度不足が問題となり、展示には至らなかった。

 当然実戦での運用など想定されていない。

 カラーリングはナドラの趣味。

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