鋼鉄と硝煙 1
「武器って、どんな武器なんですか?」
裏路地から裏路地へ、極力目立たないルートでナドラ邸に向かいながら僕はリスベットとナドラに尋ねる。
「それも滑空機と一緒、見てもらった方が早い」
先行するリスベットはそう言うと、通りの安全を確認した合図を僕に送る。僕はナドラに肩を貸しながら歩き、誰にも見られないよう大通りを横断する。
人の気配は少なかった。ほとんどの人員が中央広場の暴動鎮圧に割かれているのだろう。ティトがなかなか頑張ってくれているようで、事態が収束した様子はまだない。
「ルカ君、君たちは、随分と不思議な能力を持っているようだね」
ルドラが苦しそうな、途切れ途切れの声で僕に話しかけてくる。
「えぇ、僕とティトは不死です」
彼にまた気絶されたら困るので、僕は極力彼の会話に付き合う。
「なんと、素晴らしい力だ、多くの人間が、その力の源を、研究したがるだろう」
「でしょうね」
ナドラの足がもつれる。僕は肩を強く彼の体に押し込み無理矢理彼を起こす。
「君は、私達を助ける為に、どれ程の犠牲を払ったのか。そして、どれほどの犠牲をこれから払うのか、私には想像もできない――」
僕は理解する、このナドラという男の知能の高さを。
この僅かな時間で、彼は恐らく僕の置かれている状況と心境を的確に察したのだろう。多分リスベットよりも僕の事を正確に認識してる。
「――ルカ君、君は本当に……ハハッ、駄目だな、『ありがとう』そんな陳腐な言葉しか思いつかない」
「構いませんよ、それで十分です」
なるほど、リスベットが命を賭けてまで救おうと藻掻くわけだ。
「ありがとうルカ君。リスベットを、我が最愛の娘を救ってくれて」
老人は、ついさっきまで拷問され片腕を切り落とされていたとは思えない程の、明瞭さと威厳を持った声で僕に感謝の意を表明した。
「どういたしまして」
尻がムズムズするような照れを感じながら、歩き続ける。
街に微かな光が差し込み始めた。夜明けだ。僕らは建築物によって斑になった日光の隙間を、這うようにして行軍する。
奴隷と、不死者と、死にかけの老人。破壊と死の都。狂って殺し合う人々。歪んで血なまぐさい随分と詩的な世界だ。
時に僕らは柔らかな光を全身に受け、ある時は僕らは光に入れず冷たく腐った裏道に入る。光と闇が、僕の中の善悪のように激しく入れ替わる。
善とはなんだろう?
悪とはなんだろう?
正直な話、僕はまだそれを見いだせていない。
自分の今の行為だって正当化できていない。だって傍から見れば、僕は奴隷達の自由運動を阻止して権力者と共にそれを殺戮してるサイコパスだ。
僕は未だ正義を見つけていない。
でも、まったく前進してないわけではない。あのダンジョンで、あの7層でのナナクとの闘いの中で、僕はある一つの確信を持つ事ができた。
――善はどこかにある、それを探すのを諦めてはいけない
そんな思いを、僕は。
「……ルカッ、止まって」
リスベットの小さくも鋭い声が、僕の足を止めた。
「どうしました?」
「まずい、待ち伏せだ」
見ると僕らはいつに間にかナドラ邸のすぐ側にまで辿り着いていた。が、ナドラ邸の前にはダミア率いる奴隷解放戦線が群れを成している。
僕らがここに来ることを見抜き、先回りしていたようだ。
「僕が奴らの注意を引きます、リスベットはナドラさんと一緒に裏口へ」
「……わかった、気をつけてね」
ナドラをリスベットに託すと、僕はスパタを引き抜いて通りへ出る。
右手に魔力を込め、剣の表面を緩やかに覆う。
出し惜しみは無しだ、全力で派手に暴れて注意を引かないと。
だがそんな思いとは裏腹に、僕の姿を認識した彼らは対して騒ぐ事無く、むしろ冷淡な様子で僕を注視した。
「ルカ、武器を納めろ」
ダミアの声がする。
僕は無視して近づく。
敵は見えてるだけで5人、屋敷の周囲には全部で何人居るんだ?
「武器を納めて下がれルカ、リスベットとナドラも居るんだろ? 奴らを引き渡せば見逃してやる」
「そんな嘘に僕が引っかかるとでも?」
ダミアが乾いた笑い声を上げる。周囲の戦士達もニヤニヤと余裕げに笑う。
「まぁそうなるか――」
彼らは武器を構え、戦闘態勢を取る。
「――恨まれたくないから一応言っておくぞルカ。俺達はこれから屋敷の周囲に展開していた兵隊全員をあえてここに集結させる。そんでわざとリスベット達を屋敷の中に誘い出す、屋敷は燃えやすくしておいたから頃合いを見計らって火をつける、そんでお前たちは全滅だ」
左右から、背後から、ぞろぞろと屈強な民族解放戦線の戦士が現れ、僕を取り囲んでいく。
「終わりだよ、ルカ」
十人は居る、突破できそうにない。
「終わるのは、あなた達だ」
僕は刃を手に駆け出した。
「まずぃのう」
ティトは処刑台の上から、血の海に浸った広場を見下ろしている。
凄惨たる光景だった。三桁に届こうかという骸が広場に転がっている。
辛くも勝利を納め、広場を制圧したティト達イベルタリアン勢だったが、その代償はあまりにも大きかった。
まともに戦えそうな兵士は、もう残り二十人程度しか残っていなかった。
絶望的で破滅的な負のオーラが充満している。無理もない、西の大通りの先には見事な防衛線を引いたワンダラー達がこちらを睨んでいる。五十人以上いる事は確かだ、あれが防衛を解いて突撃してきたら、まるで木の葉のように残りのイベルタリアン達は駆逐される。
「ティト様、どうぞ我々に今一度力を」
横に立っていたイベルタリアンが跪いて、彼女にもう演説するよう促す。
少女はしばらく目を瞑って悩んだ後、大音声でアジを始めた。
「聞けッ! 高潔なる者達よ! 顔をあげよ! 何故下を向くのだ。何を恐れておる、何を萎縮しておる、何に絶望しておるのじゃ! ――」
イベルタリアン達は顔を上げ、少女を見つめる。
「――思い出すのじゃ! お前たちはあの野卑な奴隷共に何をされた、どんな辱めを受けた! 思い出すのじゃ、暴行された愛する者の涙を! 殺された愛する我が子の流す血を! 今更何を恐れる!」
広場の兵隊達の瞳に、再び闘志が灯り始める。
……千年前の時も、ちゃんとこういう事やってたら勝てたのじゃろうか?
そんな今更な事をティトは考えていた。




