撃滅と殲滅 4
「ヌンッ!」
力み声を上げながらチャズマはブージを振り回す。刃渡り50cmの巨大なその斧は、周囲のイベルタリアン達を盾や鎧ごと切断していく。
広場の中心で、重鎧の女は獅子奮迅の活躍をしていた。
二人、三人と瞬く間に人を肉塊にしていくそのチャズマの姿に、イベルタリアン達は恐れじりじりと引き下がっていく。
「チャズマ!」
背後から呼びかけられ、彼女は敵の追撃を中断して振り返る。
留置所の警備主任、ダミアが数人の部下を伴って近寄ってきた。
「ダミア! 貴様ッ! 何をしていた、なぜイベルタリアン共が解放されているッ!」
「あぁこの事態は全部俺の責任だ、後でいくらでも責めは受ける。ただ今は事態を収めるのが先決だ」
その時、再び轟音が響き渡った。広場の東でまた白い火薬煙が立ち上る。
チャズマは忌々しげに武器を地面に叩きつけ、何とかダミアへの呪詛の言葉を飲み込む。
「東の陣営に変な敵がいる。チャズマ、来てくれ」
「……無理だ、私は直ぐにでもメス犬の追撃に行かなければ、奴らを逃がすわけにはいかない!」
その時、防衛網を突破してひとりのイベルタリアンがダミアの背中を切りつけようとした。
だが彼は振り返りもせず、片手の小さなボウガンでその男の額を撃ちぬく。
男はそのまま地面に倒れ、痙攣した後動かなくなる。
「冷静になれチャズマ、君には機動力が無い。騎馬が来るまではファリアの護衛に徹するべきだ――」
まるで何事も無かったかのようにダミアはチャズマの説得を続けた。
「――リスベットは俺が狩る」
「今じゃ、めちゃくちゃにするのじゃ!」
カルバリンによって穿たれた防御陣形の穴、そこにティトの率いるイベルタリアン達がなだれ込む。
ろくに連携の取れていない愚連隊だが、ワンダラー達への殺意だけは十分に高い。その異様な熱量で強引に敵を駆逐していく。
「掻き乱すのじゃ! 統率さえ奪えばこっちの勝利じゃ」
一人のイベルタリアンが敵陣に転がり込み、当たりかまわず爆発呪文を投げ込んだ。崩れかけていた防衛線はそれで完全に崩壊していく……
と、思われたのだが。
次の瞬間な緑色の強い光が爆破魔の頭部を貫いた。そして次にティトの額も同じ光に貫かれ、彼女は長身のイベルタリアンの背中から剥がれ落ちて地面に倒れた。
ファリアの魔法だった。仮面の男は的確にイベルタリアンの中でも厄介な人間を攻撃していく。
ティトは直ぐに頭部を復活させて立ち上がる、仮面の男の位置を確かめると素早く影に溶け込んだ。そして人々の影に紛れるようにして民族解放戦線の首領の下へと接近する。
「妙な影が寄ってくるな」
ファリアがそう呟くと、右手に持った真鍮製の杖に魔力を込める。
「『守りたまえ』『祝福よ来たれ』、光霊の召還」
杖の先端にまばゆい光を放つ球が生成される。それはゆっくりと前方へと飛び、影という影と照らし掻き消す。
「グワッ」
悲鳴と共に、一人の少女が地表に浮き出てきた。色黒で不思議な雰囲気をもつ異国の少女だ。
「お前はたしか……どういう事だ、イベルガンの血は流れてなかったはずだ」
少女は右手を尻の下にやり、なにかもぞもぞとしたかと思うと巨大な鉄の銃を取り出した。
あれは……リスベットのカルバリンか。瞬時にそう判断して防御の体制を取る。
「ファリア様ッ! 危険です!」
悲鳴のような叫び声、そして重鎧を着込んだ大女「チャズマ」が彼と少女の間に割って入った。そして巨大なタワーシールドを構え、銃撃に備える。
少女はそれを見てとっさに照準を変える。
轟音が再び広場にこだまする。
先ほどファリアが出した精霊が打ち抜かれ、拡散して大気に溶けてていく。
それと同時に周囲を照らしていた光が消え、世界に影が戻る。そして彼女の体はグズグズと厚みの無い黒い影に変化する。
「……面白い、不思議な魔法だ」
ファリアは思わずそんな事を漏らす。
チャズマは盾を構えながら、首だけを動かして彼を見た。
「ここは危険です、一度お下がりください」
「そうだね。広場は一度放棄しよう、全軍二号四差路まで撤退だ」
仮面の男の声に従い、続々と周囲の戦士達が撤退戦の陣形に切り替え始めた。




