撃滅と殲滅 1
斧が振り下ろされた。
血が飛ぶ、骨が壊れる音が響く、そして観客の沸く声。
「やめてッ!!」
リスベットは悲鳴を上げた、だがそれは無意味だった。
彼女の目の前でナドラの右腕は、チャズマの大剣によって切断された。
リスベットがずっと慕ってきたナドラの皺の浮かんだ細い腕が、彼女の頭をいつも撫でてくれた手が、彼女に読み聞かせをするときにページを捲っていた指が、思い出の、大切な、彼の体が引きちぎられ、壊されていく。
「クソッ! クソッ! クソバカ共がァッ!」
彼女はありったけの憎悪を込めて周囲の人を罵倒する。
「お前達は! お前達みたいなゴミが! ナドラ様がどれ程立派な人かを何もしらずにッ! クソバカ共が! 自分達がどれ程バカな事をしてるかも理解できない獣どもがッ!!!」
体を振りまして必死に暴れようとする、しかし二人の戦士に無理やり組み伏せられ、部隊の床に顔をこすり付けられる。
チャズマの歪んだ笑い声が、彼女の着込んだ重鎧の中から響いた。
「無様だなリスベット、本当に無様だ、お前より無様な奴がいるか? 多分いないだろうな」
彼女はそう言いながらナドラを蹴り飛ばす。
老人は苦痛のうめき声を漏らす。チャズマはそんな彼を踏みつけて固定すると、真赤に焼けた焼き鏝を手に取った。
「やめろクソバカが! お前! なんで! ふざけるな! 私を痛めつけろッ! ナドラ様は関係ないだろ! 私を殺せばそれで済む話でしょうが!」
目を充血させ、歯茎から血を流しながらもリスベットは怒鳴る。
「済まないんだよメス犬、たっぷりと味わえ。お前のその卑劣な脳みそが引き起こした結末を、その目に焼き付けるんだな」
焼き鏝が腕の切断部に当てられた。
老人の絶叫が広場にこだました、再び観衆は興奮する。
「うぁああッ! あ゛あ゛やめてッ! あああぁ!!!」
リスベットが言葉にならない叫びを上げる。
「なんて愚かだッ!」
たっぷりと時間をかけて老人の腕を焼ききった後、チャズマは叫んだ。
「なんて愚かなんだリスベットよ」
獣の少女は呪い殺すような瞳でチャズマを睨んでいた。チャズマはそれをたっぷりと鑑賞した後、観衆の方を向いた。
「この獣娘は愚かにも、私達に怒りを向けている。己が愚かさから目を背けて、我々に責任を転嫁している」
チャズマは尊大な口調でそう言う。彼女のパフォーマンスに人々は喜ぶ。
「無茶苦茶だ! お前らがッ、お前らが全部やってるんでしょうがッ!」
チャズマはリスベットの体を蹴り飛ばす。肝臓をけられ、あまりの激痛に彼女はその場に大量の涎を撒き散らす。
「いいや違う! この哀れな老人に、これほどの残虐な死を与えたのはお前自身なのだリスベット! お前が姑息な策を巡らせた結果、この老人に邪悪な死を与える必要が産まれたのだ」
チャズマはリスベットの頭部の毛を掴み引き摺る、そして老人の前で再び彼女を組み伏せる。
「見よ! この哀れな老人を!」
ナドラは気を失っていた。
赤黒く焼けた腕の切断部がリスベットの目に映る。
彼女の一番大切な者が、なに物にも変えがたい存在が、壊れて失われようとしていた。
「お前だリスベット! お前が悪いのだ、お前のような姑息で無能で何もできないクソ娼婦が! このように人を不幸にするのだ、お前は呪われた存在だ! 死ね!」
チャズマの派手なパフォーマンスに観衆たちの熱狂は高まっていく。死ねというコールが始める。
「クソが、クソ女が……」
リスベットは、自分を組み伏せる鎧女は睨む。
「……殺してやる、絶対に、絶対にお前は私が殺す」
「いいや違う、お前が殺すのはお前の大切な人だ。お前は自分で大切な物を破壊するんだ」
その時、観衆の方から動揺の声が響いた。
チャズマはリスベットから視線を外し、人々を見る。彼らは何故か空を指差してざわめいている。
見上げると、上空に一羽の巨大な白鳥が旋回していた。
僕はハンドルを引き、滑空機の制動板を動かし広場の上空を旋回する。
その鳥のような滑空機は、優雅に翼を開きながら僕の思う通りの軌道で広場へと突入する。
まさかこんな簡単に操縦できるとは……ナドラの技術力の凄さを今になって実感した。
人々のざわめきが聞こえる、高度がかなり下がってきた、処刑台の上の様子がはっきりと見えてくる。
リスベット、腕を切られた老人、そして滑空機に見蕩れる戦士が3人、一人はチャズマだ。
事態を理解される前に攻撃をする為に、僕は滑空機の降下角を一気に上げ、急降下をして――
そして僕は滑空機を手放した、体が重力に囚われる、これまでの横方向の強いベクトルを失い、垂直落下をして、舞台の上に着地した。
「お前! 一体」
チャズマが声を上げる、僕はそのまま彼女の方へ近づき蹴りを叩き込む。
動揺していた彼女は一切抵抗できず、面白いようにバランスを崩して舞台の上から落ちていく。
観客のどよめき。残りの戦士二人が状況を飲み込み、武器を構えた。
僕もスパタを引き抜き、彼らと向かい合う。
「おい、何か広場の方が騒がしいぞ」
「さっきの鳥が落ちたんじゃないか?」
「様子が変だぞ、俺達も援護に行った方がいいんじゃないか?」
「だれかファリア様に連絡はしたのか?」
留置場の警備兵達はそんな事を言い合っている、場は混乱していた。
彼らは口々に意見を言い合ったあと、結局その多くが広場の方角へと駆けて行った。
それを確認してから、ティトはこっそりと影のなかから顔だけを出す。
先ほど、ルカがわざとこの街の上を大きく旋回したのは、自分の影を留置場の近くに投影するためだった。そしてその影の中にはティトが入っていた。
少女は周囲の安全を確認してから影の中から這い出す。そして留置所の中心に行くと、小さな声で魔法をゆっくりと詠唱し始めた。
すると彼女の影はだんだんと大きくなって横に広がり、さらにその中から硬いものが次々と飛び出てきた。




