罪悪と悪運 4
8層のテラスから、僕は街を見下ろしている。
ファミリアたちの荷物から拝借したmp回復薬の瓶を片手に、壁に囲まれた箱庭のようなその世界を眺めていた。
こうしてみるとウェイストウッズは実に小さな街だった。かつての世界で僕が住んでいた街よりも遥かに狭い。
こんな小さな領域であれ程の悲劇が起きている、それはとても不思議な事に思えた。
人が大勢死ぬにはあまりにも狭い世界だ。
8層の室内には24人もの死体が安置されていた。ファミリアの三人に見放され、無残の斬り捨てられた24の屍。すべてが丁重に処理され布に包められていたのは、あの三人のせめてもの罪滅ぼしだったのだろうか?
それとも、全てが露見したときの減刑のための取り繕いか?
……彼らのやった事を責める思いは、僕の心の中には一片たりとも無い。
彼らは、彼らなりの正義を通した。
見ず知らずの24人よりも、仲間3人の命を守る。それが彼らの選んだ正義。それが彼らの選んだ生きる道。それを非難できる人間なんているのだろうか?
「ティト……」
テラスの淵に座り、足を空に垂らす彼女に呼びかけた。
「なんじゃ」
僕は街の広場を指差す。
そこには松明を持ったワンダラー達があつまり、処刑台を囲んでいる。
台の上では何かが催されている。
「あそこで、何がおきてる?」
「何も起きておらん、いつもの見世物じゃ」
ティトはこちらを見ずに即答した、嘘だとすぐにわかる。
……僕、ティト、ジェローム、みんな嘘をつくのがへたくそだ。
「僕はティトほど視力は良くありませんが、いつもよりも明らかに活気があることは見えてます。教えてください何が起きてるんですか?」
ティトは不愉快そうに顔を歪めて無視をする。
「二人縛られてる。片方はリスベットだね、もう片方は見たことない老人、多分彼がナドラ・ドラギーユなんだろう」
ティトの代わりにジェロームが教えてくれた。
「そうですか……彼女、もう見つかったんですね」
なにが模範生徒だリスベット、普通に捕まってしかもナドラの事まで気づかれてるじゃないか。
「まさか助けに行くとか言わんじゃろうな」
ティトの言葉は暗く重い。
「……見殺しにはできません」
「やめるのじゃ。正気に戻るのじゃお前さん、最悪の事態になるのじゃぞ」
ティトは立ち上がり、僕を睨みつける。
「お前さん、不死になったからと気が強くなっておるのかもしれんが、いい加減にするのじゃ。あそこに乗り込むのは今までの小競り合いとは違うのじゃぞ。確かにお前さんは死なないじゃろう、じゃがお前さんの力を多くの人が見る、多くの証人が出てしまう。過ぎた力を持った人間の末路をお前さんは見たじゃろ」
過ぎた力を持った人間……ロナ。
全ての魔法を無条件で唱えられる、特殊な血を引いた少女。
彼女は全ての人から崇められ、求められ、そして嫌われた。
誰もが彼女を必要として、彼女を憎んだ。
僕は……今の不死の僕は、どれ程の畏怖と崇拝の対象になるのだろうか?
どれ程の人間が僕を憎み、僕を束縛しようとするのだろうか?
「あの広場の処刑は罠じゃ、儂らを誘き出そうという魂胆じゃろう。仮に助けに行ったとしても、あの獣娘は救えんし、お前さんの不死を多くの人に見られるだけじゃ。冷静に考えるのじゃ」
ティトはそういいながら僕の胸を指で突く。いつになく真剣な表情だ、本当に心の底からやめて欲しいのだろう。
「うぇへへへ、よく見てるなティト。君の言ってる事は全部正しいよ、広場にいるやつら全員武装してやがる」
ジェロームはそう言うと、自分の両の手を僕に見せる。
右腕には穴が開き、左手の指は何本か欠損していた。
「悪いが、俺は助けになれない――」
傷口は既に止血処理が施されているが、まともに武器が扱える状態には見えない。
「――だから、よく考えろよルカ」
ここから先は、僕一人の戦いだ。
「ジェロームさんは当初の計画通り外へ出て助けを呼んでください」
ティトが強く僕の胸を殴った。
「やめるのじゃ、お前さんも外へ行くのじゃ」
「行きません、助けにいきます」
もう一度強く殴ってくる。
「バカな気負いは捨てるのじゃ、お前さんは英雄でもなんでもないただのガキじゃ。お前さんは、モブであるべきなのじゃ。いいや、全ての人がそうあるべきじゃ。物語の主人公になったところで何があるというのじゃ、クソみたいな独善を人に押し付けられる? 過激な体験を味わう事ができる? 多くの賞賛と畏怖を得られる? それに何の意味があるのじゃ、そんな事にどんな価値があるのじゃ。そんな物の為に自分自身を投捨てるのはだたのバカなのじゃ」
僕は思わず笑ってしまう。
心の底から笑ってしまう。
それが不愉快なようでティトは更に強くパンチして、キーキーと喚いた。
「全部同じですね。そう思いませんかジェロームさん」
――避難民を見捨てたファミリア。
――自分の娘を気にもかけない仮面男。
――恩人を見殺しにしろと迫るティト。
――イベルタリアンに復讐するワンダラー達。
それらも一つの正義だ。
――僕を救おうとして捕まったジェローム。
――無意味と分かっていても赤子の死体を抱えるガキ。
――自分の命を賭けてまで恩人を救おうとしたリスベット。
――ナナクを殺せなかった僕。
そしてそれらも一つの正義だ。
貴賎は無い。
そこにあるのは「何を選んで、何を捨てるか」その違いだけだ。
「うぇへへへ、後悔するんじゃねぇーぞルカ」
彼はそう言って、まぶしそうに僕を見た。
「えぇ、そのつもりです」
後悔はしない。
たとえ彼女を救えなく、僕の正体がバレるだけだったとしても。




