ルカとロナ 1
――ここはダンジョン
ふざけた状況説明だと思うが、本当にそれ以上でも以下でもない。
薄暗い回廊と、黴と血の悪臭で濁ったぬるい空気、そしてどこかからか鳴り響く「モンスター」の蠢く音。
そのどれもが紛れもない現実で、決して僕の見る夢や妄想なんかではなかった。
僕は今、そんなダンジョンの回廊を一人の少女に先導されながら進んでいる。
少女の名は「ロナ・ヴァルフリアノ」
雪の様な白い肌と、水銀の様に煌めく髪をもった美少女であり。
若干十六歳にして、探究者ギルド「ブラザーフッド」の幹部を務める才女でもある。
そして何よりも、僕を「ブラザーフッド」の一員として迎え入れてくれて、さらには僕の教育係を買って出てくれた恩人だ。
その時、ふとロナが歩みを止めてこちらを振り返った。
「ルカ、次は複数対一の訓練をやろっか」
ニコニコと屈託のない笑みを浮かべながら僕にそう言うと、彼女は二百メートル程前方を指差さす。
そこには異様に巨大な蟹が三匹、回廊の奥の暗がりでジャリジャリと気味の悪い音を立てながら蠢いていた。
異様なのは大きさだけじゃない……その甲殻は装甲の様に重厚で、二本の鋏は大鉈を合わせたかのように無骨で鋭くて……その姿は正しく「モンスター」だった。
【名前:ロバークラブ
レベル:0~1
評価:丁度良い相手だ
考察:回避率、攻撃速度の低そうな相手だ】
「……わかりました」
僕はそう答えながら、視界に表示されたロバークラブの情報を眺める。
――三体一の戦闘か、かなり厳しそうだな。
覚悟を決めると、そっと剣の柄を握りしめる。
薄闇の中から浮き上がらないよう、かすかな音も立てずに刃を鞘から引き抜いた。
「がんばってね、ルカ」
ロナそう言って、僕の背中をポンっと叩いた。
それが合図となって、本日四回目の「授業」が始まった。
――この異世界に転生して、三日目
僕の異世界転生冒険記は、いろいろあったが、概ね順調と言えた。
いや、順調過ぎだ。
転生した二日目には「ロナ・ヴァルフリアノ」という、容姿実力どちらも申し分無いヒロイン(たぶんヒロイン)とパーティを組むことができて。
さらに「探究者ギルド」にも所属でき、なんとギルドの居住区の一部屋を貸してもらえることになって衣食住の心配が無くなったのだ。
そして今、転生して三日目、再びダンジョンに潜りモンスター達と戦闘を繰り広げている。
はっきり言って、かなりご都合主義な展開だ。
多分今の僕は、異世界転生ラノベの中でも屈指のご都合主義な主人公だと思う……思うのだが。
三つほど、かなり大きな悩みがあった――
僕は剣の柄を強く握りしめると、敵目がけ全速力で駆け出す。
一番手前のロバークラブが僕の強襲に気づき、防御を固めようとした。
が、一手遅い。
相手が防御の体制を取るよりも早く僕は肉薄し、素早い斬撃を叩き込む。
ギチャリ、と金属の引きつる様な音を立て、ロバークラブの甲殻に大きなヒビが入る。
「うぉおッ!」
僕は怒声を上げながら、そのまま強引にヒビへ剣先を突っ込んだ。
一瞬だけ抵抗があったが、直ぐにバターでも切るかのようにロバークラブの体へ刃が沈み込み……
ブシッ、っという鈍い炸裂と共にロバークラブは口から緑色の体液を吐き出す。
……十分だ。
僕は素早く相手の体から剣を引き抜く。すると、そこからも体液が噴水のように噴出した。
まずは一匹目を倒した、ここまで十秒も掛ってない。
問題は残りの二体のロバークラブをどう処理するか。
どちらも威嚇するかのように鋏を突出し、戦闘態勢をとっている。
僕は剣を持ち直し一つ息をつくと、再び駆け出す。
「おらッ!」
力任せの強引な斬撃、それを距離の近い二匹目に叩き込む。
だが相手は器用に右鋏を振り上げ、その側面で僕の刃を弾いた。
……硬い。簡単にヒビの入った胴体の甲殻と違い、鋏の殻は一層ぶ厚くなっているらしい。
左鋏でのカウンターが来る、だが鈍かった。少し身を逸らすだけで簡単に躱せた。
なるほど、確かに表示された情報の通りだ。
僕は直ぐにもう一度斬りつけてみようかと思ったが、横から三匹目のロバークラブが接近してくる。
流石に二体同時相手は辛い――ならば。
僕は思いっきり前傾の姿勢を取ると、全体重を乗せた蹴りを二匹目のロバークラブに叩き込んだ。
「斬撃が来る」そう予想して防御の固めていた相手は、僕の搦め手をまともに受けてしまい、あっさり転がされて、無様にひっくり返ってしまった。
足をガシャガシャ振り回し、必死に起き上がろうとしているロバークラブを後目に、僕は悠々と体制を立て直す。
……これで二匹目は暫く動けない、再び状況は一対一。
二匹目を支援するつもりでノコノコやってきた三匹目のロバークラブと、僕は対峙した。
三匹目は思わずといった様子で後退るが、僕はそれに素早く追い打ちを叩き込む。
ロバークラブの右目、甲殻類独特の突出した眼球が斬り飛ばされた。
モンスターの悲鳴のような断末魔がこだます。
……勝てる、このまま斬り刻む。
僕が勝利を確信した次の瞬間、三匹目のロバークラブが予想外の攻撃に転じた。
何かを吸引するような甲高い音を立てたかと思うと、口から泡の混じった液体を僕の顔面に吹きかけてきたのだ。
「がッ、クソぁ!」
予想外の攻撃でろくに防御も出来ず、まともに食らってしまった。
緑色の泡が僕の顔面を包み、視界がつぶれる。
僕は慌てて顔を擦るが、妙に粘液性を持ったその液体はろくに落ちてくれない。
……ヤバい! これは!
俺は思わず剣を無茶苦茶に振り回す、が、嫌な手ごたえが刃をとらえた。
「ルカ! 剣を鋏に取られたよ!」
ロナの声が響く。
僕は直ぐに剣から手を離し、その場に伏せる。
ヒュッ、と風を切る音がして、僕の頭上ををロバークラブの鋏が掠めた。
うっ。
濃厚な「死」の恐怖が僕を包み込んだ。
「ろ、ロナさん助けて!」
思わず震える声で、情けない悲鳴をあげてしまう。
「任せて」
彼女の透き通った声がして……そこからは一瞬だった。
二匹の蟹に白い閃光が一本ずつ突き刺さったかと思うと、どちらも青い水晶の塊になって砕け散った。
……あぶねぇ、死ぬかと思った。
恐怖と興奮で僕の心臓はドクドクと、痛いくらいに早鐘を打ち鳴らしている。
「ルカ、大丈夫?」
そう言って少女が――僕が散々手こずった敵を一瞬で蹴散らす、そんな化けもの染みた力を持つ少女が――僕の元へ駆け寄ってくる。
「あ、ありがとう。ロナさん」
僕は息も絶え絶えだったが、なんとかお礼の言葉を口にした。
「だから『さん』付けは止めてってば」
彼女はにかみながらそう言うと、僕の額の粘液に覆われた部分にそっと手を置いて回復魔法を唱え始めた。
「『簡素』、『救済』――< 清貧なる治療>」
詠唱と共に、彼女の手のひらが心地よい熱を持ち始める。
すると顔を覆っていた液体がパリパリと剥がれ落ち、同時に自分の体力が急速に回復していくのを感じた。
「すいません何からなにまで、ロナさ……ロナ」
「ふふっ、気にしなくていいからね」
彼女は嬉しそうに言うと、その後もしばらく右手を押し当て続けてくれた。
――僕の悩み一つ目「パーティがちょっと変」
まぁ、これは後の二つに比べれば些細な悩みなのだが。
とにかく今のロナとのパーティは、僕が想像していたものと大分違った。
僕が想像していたパーティというのは、大体同じぐらいの実力の二人パーティで、むしろ主人公の方がちょっと知識があったりして、お互い支えあいながら、交代したり連携したりしながら、一人ではとても倒せないような強敵を倒して、どんどんダンジョンの先を目指していくという。
それはもうラノベのテンプレ中のテンプレなパーティを期待していたのだが……
今のこのパーティは……なんというか、あの【探究者指南書・第一巻】に書いてあったパワーレベリングと言えばいいのだろうか?
簡単に言えば、ロナの指示した敵と僕が戦う。
それで負けそうになったら「助けてロナさん!」と情けない声で助けを求めると、次の瞬間敵が死んでるっていう。
つまりその……協力ではなくて、介護なのだ。
介護されているのだ、今の僕は。
たぶん年下なヒロインに手厚く介護されながら、僕はダンジョンの第一層をグルグルグルグル回り続ける。
そんな気の抜けたレベリングをずっと、もうかれこれ6時間ぐらいずっとずっとやっているのだ――
「まぁ、さっきのは七○点ぐらいかな?」
「七○点……ですか」
「うん、開幕はよかったよ。完璧だった」
ロナの言う七○点とは、先ほどのロバークラブ戦での僕の評価だ。
これは戦闘後の反省会、これもまた「授業」の一環である。
「すごかったよルカ。とてもレベル1とは思えない動きだった。複数対一の戦い方の基礎をちゃんと把握してるんだね」
彼女はそう言って、その可愛らしい瞳をクリクリと動かして僕を視る。
「そう……でしたか?」
「うん、『複数対一になったら、できる限り一対一に持ち込む』これが意外とみんな理解できないんだよなぁ」
でもルカは初めてのダンジョンなのに、よく出来てたね。彼女はそうやってやたら僕を賞賛する。
「いや、その、それはなんとなく……」
僕はそれが妙に照れくさくて口ごもってしまった。
ここはラノベの主人公よろしく「軽口の応酬」とか、「ウェットに富んだ謙遜をしてみせる」とかしたいのだけど。
さっきの戦闘で分泌されたアドレナリンが未だ抜けきらない僕の脳みそは、あまり利口に回転してくれなかった。
「君って、ひょっとすると、ある程度の訓練は受けていた人かもね」
――いや、そんな大層な物じゃなくて。テレビゲームで学んだ知識なのですよ……という、絶対理解されないだろう説明は胸に閉まって。
「それで、マイナス三○点の内訳は?」
僕は彼女に話を続けるよう促す。
「うーん、やっぱり『粘液噴射』をされてからの動きは、あまり褒められた物じゃなかったなぁ」
粘液噴射、僕から視界を奪ったあの技か。
「はい、かなり動揺してしまいました」
「うんうん。良いかねルカ君、ああいう時は素直に敵と距離を取るのが最善の手だ。視覚以外は無事だったのだから、敵から離れることぐらいはわけなかっただろう――」
ロナは少し大げさに偉ぶった口調で、楽しそうに講義を始める。
どうやら彼女は僕という「後輩」に、「先輩」という立場で接する事が楽しくてしかたないようだ。
「――剣をめちゃめちゃに振り回すのは最悪の手だったね。それで相手にダメージを与えられる訳がないし、より自分をピンチに追い込むだけ」
「すみません、ついパニックになってしまって」
「パニックになるのはダメだぞ! それは一番駄目な事だ」
そう言って僕をビシッと指差す。
「いいかいルカ、鉄則その2『探究者たるもの、常に冷静であれ』だよ」
そう言って彼女は得意げに、そして少し照れた様子でニッと笑顔を見せた。
うっ。
……かわいい。
ロナさんすっげー可愛い。
彼女のその笑顔は、かなり僕のツボに嵌った。
――待て待て、落ち着け僕。
落ち着くんだ、出会って直ぐのヒロインにマジ惚れしてしまう主人公がどこに居る。
多分僕は今ロナさんと出会ってから、ラノベ一章分程度の時間だって経ってないんだぞ。
こんな段階で惚れてしまう主人公があるか。
というか、ラノベの主人公って惚れる側じゃなくて惚れられる側だろうが!
落ち着くんだ僕。
そんな事を自分に言い聞かせ、なんとか平常心を取り戻し。
「『鉄則その2』って、じゃあ『鉄則その1』は何なのですか?」
と、僕は自然な返しをする。
「よっし、じゃあそれを今から教えてあげよう」
彼女は悪戯っぽくそう言って、足を止めた。
釣られるようにして僕も足を止める。
「ルカ、君の次の敵はアレだ」
彼女は回廊の奥を指差す。
そこには盾とサーベルを構えた一体のガイコツが、直立不動の姿勢で僕たちを視ていた。
風化の進んだ茶褐色の骨、ボロボロの革製の盾、血と脂で錆びついた曲剣。
いわゆる、「ガイコツ戦士」といった雰囲気のモンスターだ。
【名前:ナハツェラ
レベル:3~4
評価:強そうな相手だ
考察:攻撃速度の高そうな相手だ】
「ちょっと……いや、だいぶ強そうなんですけど……」
「自信ない? だったら別に戦わなくてもいいけど?」
そう言って彼女は試すような視線を僕に送った。
……僕に倒せるのか?
いや、ロナさんの事だ。きっと何か考えがあるのだろう。
「……戦いますよ」
僕はそう言うと、剣を再び引き抜いて、両手でしっかりと構える。
「がんばってね、ルカ」
ロナそう言って、僕の背中をポンっと叩いた。
それが合図となって、本日五回目の「授業」が始まった。
――僕の悩み二つ目、「ロナの事が良くわからない」という点。
最初は「命の恩人」という認識だった。
が、いきなり二人パーティを組んでくれるという流れになった時。
僕はてっきり、このロナという人は「神様が僕の為に用意してくれた、素晴らしいヒロイン」なのだと思った。
事実、確かに彼女は「僕の理想のヒロイン」の通りだった。
いざ実物で出てくると圧倒されてしまい、うっ。となったが、考えてみれば考える程僕の想像通りのヒロインだ。
「美人」で「年下」で「強く」て「優しい」
そういう訳で僕はすっかり有頂天になって、この出会いを恵んでくださった神様に感謝しきりだった……だったのだが。
……だが、そうじゃない面もあった。
つまり、ロナは完全な「僕の理想のヒロイン」では無かった。
もっと言うと、彼女は僕が無条件で信頼して良いという、純粋な「味方」ではなかったのだ。
「私のジョブは、狩人だから」
今日、このダンジョンに入る前にロナは僕にそう言った。
一瞬彼女が何を言っているのか理解できなかった。
だって僕の瞳には彼女のジョブは「狩人」ではなく、「血線術士」と記載されていたのだから。
その時は特に意味も考えず「はい!」と素直な返事で聞き流したのだけど……
「ひょっとして、彼女は僕に嘘をついた?」という疑惑が浮かび上がるのに、そう時間は掛からなかった。
相手のステータスを見ることができる、というのが僕固有の力だったという事実にも驚いたが。「彼女に嘘をつかれた」という事実はそれ以上の衝撃を僕に与えた。
彼女はただただ「僕の理想」だけで作られたヒロインではないのかもしれない。
それ以外の何かも混じっているのかもしれない。
そう思った途端、僕は彼女の事が少し怖くなった。
「何故こんなにも僕を助けてくれるのか」
「何故ギルドに僕を入れてくれたのか」
「何故あの時僕を助けたのか」
それらの全てが疑念となって、棘の様に僕の心に突き刺さった――
「がぁッ、クソッ!」
僕は吠えながら刃を振るう。
だがガイコツ戦士はカラカラと笑い声の様な音を立てながら、盾で僕の斬撃を防ぐ。
どんなに力を込めた剣を叩き込んでも、ガイコツ戦士は器用に盾を操り、その勢いを殺してみせた。
ヒュン、という風を切る音がする。
僕は慌てて後退するが、右腕に鋭い痛みが走る。
クソっ、斬られたか。
右腕には大きく深い傷が……
どくどくと血が流れだす、逃げるのがあと一瞬遅かったら健を斬られていたかもしれない。
「強い……」
紙の様に薄いサーベルから繰り出される斬撃は、とても僕の目で追える速さではない。
まともに戦ってはダメだ。
自棄になって強引に攻撃しても、盾で防がれ斬られるだけだ。
僕は肺の中の空気を吐き出すことで、少し頭を冷やす。
そして改めて冷静に、そのガイコツ戦士を観察してみた。
……あの斬撃、かなりの脅威だ。
素早く、正確な一撃。
だが逆に考えれば「斬撃」さえ防げれば……
脆く崩れそうな骨で構築された体、くたくたなレザーシールド。
あの錆びついたサーベル、それが敵の唯一の攻撃手段なのだろう。
だったら。
「ハッ!」
僕は腹から声を出して気合いを入れ直すと、もう一度剣を構えた。
右腕からは血が滴り、傷ついた神経が悲鳴をあげる。
一瞬、僕はその痛みに気を取られてしまった。
ガイコツはその隙を見逃さず、無駄の無い軽やかな動きで近づいてきた。
「来るな!」
タン、と乾いた音がした。
僕の全力の斬撃が、ガイコツ戦士のレザーシールドに弾かれた音。
サーベルを持つ敵の右手首がクッと引かれる。
……横薙ぎ。
相手の次の攻撃を読んだ僕は、とっさにその場に伏せる。
ヒュッ、と再び刃は宙を切る音。
僕の予想通りに横薙ぎを放った敵は、先のロバークラブの様に無様に空ぶった。
……例え攻撃が見えなくても、「あたり」を付けられれば躱せる。
そして何よりも、こいつの動きはシンプルだ。
空ぶったガイコツは焦ったのか、直ぐに次の斬撃に移る。
が、その動作は雑。軌道が楽に読み取れる。
「縦斬りか!」
僕はそれに合わせるように剣を振り上げる。
薄く錆びついた「脆そうな」サーベルと刃をぶつけるようにして――
甲高い金属音。
欠けた刃の先が宙を舞う。
狙い通り。
僕はそのまま追撃を……と思ったのだが。
「あれ?」
刃先が無い。
「え?」
さっき宙を舞ったのは、僕の剣の刃先だった。
そして胸に鈍い痛みが走ったかと思うと、ガイコツのサーベルが僕の……
「20点、まったく無茶して」
ロナの声で目が覚める。
「あ……れ、僕は……」
ここは……まだダンジョンの中?
ダンジョンの床に、寝かされていて……
体を動かそうとすると、胸に強烈な痛みが走った。
「う、うぇ、痛てぇ」
「こらルカ、傷が開くから大人しくしてなさい!」
彼女は少し怒った口調でそういうと、仄かに光る右腕を僕の胸に押し当てた。
「すいません、僕死んだのですか?」
「死んでないわよ、私がこうして治してあげてるじゃない」
言われて、自分でもなんでそんな意味不明な事を聞いたのか疑問に思う。
「いろいろ動揺しているようね、あのガイコツはもう私が始末しておいたから」
「あ、ありがとうございます」
胸の痛みがゆっくりと和らいでいく。
満ち足りたような心地よさが胸に流こんでくるが、それと反比例するかのように、自分の不甲斐なさへの嫌悪が膨らんでいく。
「情けないぁ、僕」
「ん?」
胸の中に押しとどめておくつもりだった愚痴が、つい口をついてしまった。
「あ、いや、その……」
「じゃあそんな君にクイズ、『鉄則その1』は何だったでしょうか?」
「え、いや、わからないです」
ロナは優しく微笑むと、そっと僕の額に手を置く。
「正解は『強い敵とは戦わない』でした」
そう言うと悪戯をした子供のように、赤い舌をチロっと無邪気に出して見せる。
「え?」
「だーかーら、『無理です、僕にはあんなの倒せない』っていって戦わなかったら100点だった。さっきのはそういう問題だったのよ」
あーそういう。
……なっとくいかねぇ。
ロナ、お前、俺が負けるってわかっていて……
ていうか、強い敵と戦うなって。ちょっとそれ、なんか夢も希望も無いな。
そんな僕のモヤモヤを表情から読み取ったのか。
「ごめんねルカ、君がおもったより全然めちゃくちゃ断然超強かったからさ、ひょっとしたら勝つかもなーって思っちゃったんだよね」
ごめんね、本当にごめんね。なんて甘えたような声でいいながら、僕の額をぐりぐりと撫でまわしてきた。
――まぁ、確かに彼女は微妙に「僕の思う通り」から外れた点も持っている。
が、きっとヒロインなのだろう。
多分、そんな気がする。
だいたいヒロインなんて物は、少しぐらい予想外な面があったほうが可愛いしね。
正直に言えば一つ目の悩みも、この二つ目の悩みも、三つ目の悩みに比べれば可愛いものだ。
そう、全然大した問題じゃないのだ
その三つ目の悩みとは――
「あーロナさん、もう大丈夫です、良くなりました」
僕はそう言って、額に置かれた彼女の手をそっと除ける。
「そっか、じゃあ今日はもうそろそろ帰る? 疲れちゃったでしょ」
「えっと、いや、レベル……」
「そうそう、レベル上がったしね。いやーやっぱり最初は上がるの早いなぁ」
彼女はそう言うと。ちょっと昔を懐かしむように目を細めた。
一方で僕は、自分の胸の内に今日一番の不平不満が溢れ返るのを感じた。
ウソだろ? これで『上がるのが早い』って……
僕、まだレベル1しか上がってないぞ。
――僕の悩み三つ目、「レベルがまったく上がらない」という点。
六時間だ、今日僕は六時間も高レベルのプレイヤーからの徹底的な介護を受けながら、ダンジョンで連戦をして。
それでたったの1レベルしか上がらなかった。
そして、それを彼女は「早い」と。
「六時間で1レベルが、早い」
……ふざけてる。
ふざけてい過ぎる。
どういう経験値テーブルしてんだこのゲームは、今日日の海外オンラインゲームだってここまでレベル上がるの遅くないぞ。
六時間がっつりやって1レベルしかあがらないとかどんなクソゲーだよ。
ふざけるな!
カンスト付近のプレイヤーならまだしも、レベル1から2でこんなに経験値が必要とか。
だって少し考えてみてくれ、ロナのレベルが8、8だぞ8。
このペースじゃ8だってめちゃくちゃ遠い、いつ到達するのか想像さえつかない。
そしてロナは僕とパーティを組む時に言った通り「ギルド内で一番レベルが低い」のだ。
レベル8までいって、ようやく「弱い探究者」ってなんだよそれ。
多分ギルドで一番強いだろうダズさんでレベル19。
19って、どんだけダンジョンに潜らないといけないんだよ!
何時なれるんだよ!
ジジイになっちまうよ僕が!
しかも、レベル19の彼の地位は「ギルドマスター」だぞ?
ギルドマスターってあれだろ? ラノベ的に考えれば「普通の人間にしては結構やるなぁ」って敵から言われる程度の強さだよね?
じゃあ、ラノベの主人公みたいに「誰も倒せなかったボス」を倒したりとか「英雄視」されたりとか「魔王と戦ったり」とかって……
ふざけんなよ。
ふざけんなよ、マジで神様てめぇ!
何考えてこんな設定にしたんだよ!
意味わかんねぇぞ!
僕言ったよね、ちゃんと「主人公」になりたいって言ったよね。
これじゃあ「主人公」じゃなくて「モブ」だろ!
モブだよモブ、「ギルドの構成員A」と大差ないというか、その物じゃねぇか!
……いや、わかるよ、冷静に考えれば確かにいろいろ妥当だよ。
多分年不相応にダンジョンに潜りまくっているのだろう、ロナさんがレベル8なのだから。
今日一日ちょっと頑張っただけで、レベルが2とか3とか上がるのは変なのだろう。
ダズさんに至ってはもう一○年も二○年もダンジョンで戦っているのだろうから……
そう考えると僕のレベルが2っていうのも、すごく妥当なのだろう。
が、が、が、これは……あんまりだ、いくらなんでも……
そこまで考えたところで、ふと、思い出した。
『君の想像が雑すぎる、結構俺の方でざっくり補うけどいいね?』
それは神様の言葉、あの時僕はその言葉をボーッと聞き流したのだが。
あー、あの言葉の意味ってこれか――
「どうしたの、ルカ?」
「え?」
彼女の呼び声で、僕は現実に意識を戻された。
「なんか暗い顔してるよ? まだどこか痛む?」
そう言って彼女は右腕を突出し、詠唱の準備をしようとする。
「あ、いや、大丈夫です」
僕は慌ててそう言って、ぎこちなく笑い返す。
それを見ると安心したのか、彼女は屈託のない笑みを返してくれた。
――まぁ
あんまり悲観的なことばかり考えるのも良くないなぁ。
一応【蒼き玉座の担い手】なんて凄そうなスキル持っているし、相手のステータス見られるし、ヒロインいるし。
なんだかんだできっと、僕は恵まれているのだろう。
その内レベルだってなんとかなるだろう――
そう自分に言い聞かせて気を持ち直すと、僕はロナと一緒にダンジョンの出口へと向かった。
【< 清貧なる治療>】
魔法―神聖魔法―レアリティ:コモン
概要:「【<治療>】の発展系の一つ。元の魔法と比較して、消費MPが大幅に切り詰められている」
備考
ダンジョン探索で重要な魔法の一つ。
詠唱が長いにも関わらず回復力は低い為、戦闘中の使用には向かない。
だが消費MPあたりの回復量は高い為、戦闘終了時といったタイミングでしばし使われる。
回復役の継戦能力を支える重要な魔法である。