罪悪と悪運 3
「なんだお前らは! なぜ死なない!!」
ナナクが叫びながら必死に背中のティトを剥がそうともがく。
少女は背中に刺したナイフの柄をしっかりと握り、歯でも噛み付き必死に纏わり付いてる。
ナナクが絶叫しながらひたすら暴れる。
「なんなんだ……お前たちは一体……」
僕はゆっくりと立ち上がる、足の筋肉はもう回復していた。
「ティト、降りろ!」
言いながら僕はナナクの体を蹴り飛ばす。
ティトの離脱、強い蹴り、その二つによって彼はバランスを崩して――
悲鳴。
ナナクは螺旋階段の下へと落ちる。
ドチャッ
と鈍い音が響いた。
勝った……のか?
僕はひとまず両の腕の再生を始める。
上を見上げるとジェロームさんがこっちを見て笑っていた。その全身は血まみれだ、多分向こうも決着がついたのだろう。
「お前さん、まだ安心するには早いぞ。この高さは致命傷にはすこし足りないのじゃ」
螺旋階段の下を覗き込みに行ったティトは、そう訴えかけて僕に手招きした。
一緒に覗き込んでみる。
下の踊り場にまで落ちたナナクが、ピクピクと痙攣しているのが見えた。
「止めを刺しに行くのじゃルカ」
「……そうですね」
僕はスパタを拾い上げて、螺旋階段を下りる。ジェロームさんも遅れて降りてくる。
ナナクはまだ意識があるようで、必死に体を動かして立ち上がろうとしてるが、その試みは上手く行かない。
僕は踊り場にたどり着いたときも、まだ彼はうつ伏せに横たわったままだった。
「……正義の味方気取りか」
僕の気配に気づいたのか、ナナクが大声で呻き始める。
「俺に、死ねと。避難民を守って死ぬべきだったと、無様に死ぬべきだったと、お前も、そうやって考えているのか。これは裁きのつもりか、正義の鉄槌のつもりか」
「何をバカを言っておるのじゃ、儂らを貴様が襲うから対処したまでじゃろ。貴様らは黙って通せば良かったのじゃ」
ティトの喝破に、彼は力なく笑った。
「じゃあお前らも俺と同じだ」
「なんじゃと?」
「善悪の考えを捨て、己が命の為に人を殺した。お前達も俺と同じ畜生だ、道徳のないゴミだ――」
ナナクがゆっくりと体を起こした。だが直ぐに力なくその場に膝をつく。
「――同じだ、外の奴隷共も、お前も、俺達も。善悪の境目を見失って、目の前の障害に対処するだけの殺人鬼だ」
「アホめ、お前さんさっさとこのバカに止めを刺すのじゃ。儂はこいつが嫌いじゃ」
ティトの言葉は、僕の耳には届いていない。
僕はナナクの言葉について考えていた。
善悪、殺人、障害。
この街に来てから、僕は何人殺した?
この世界に来るまでは、ただの子供だった僕がどうしてそんな……
どうして殺人を何でもない事のようにやって、そして、「おかしい」と思えなかった? そして何故今でも僕はおかしいと思えていない?
僕はそれが「最善の選択」だったと心の奥底では納得してしまっている。
変わっていた、自分がいつのまにか。
昔の価値観が消え去って、代わりに血なまぐさい殺人鬼が自分の中にあった。
その変容の原因はすぐに思いつく。
一ヶ月前のあの事件のせいで、僕は僕の正義に自信を失ったからだ。
自分が心底嫌になった、だから自分の全てを否定した。自分のそれまでの考えを捨て、この世界に順応しようとした。この世界に合わせようと、ただただ現実的であろうとした。
その結果――
「何を躊躇しておるのじゃ! 早く殺すのじゃ! この男は悪人じゃ、儂らの事を恨んでおる! そして儂らの能力を見ておる! 生かしておいても何の得にもならん、絶対に殺さなければならない人間じゃ!」
彼は……殺すべきだ。
それが、もっとも良い選択肢だ。
ここで逃がせば、僕の不死が多くの人にバレて、最悪ギルドのみんなにも迷惑がかかってしまう。ギルド連盟に気づかれて、拉致され実験材料になってしまうかもしれない。彼を生かすというのは、馬鹿な選択だ。
……本当だろうか。
本当に、そうなのだろうか。
本当に、それが正しい事なのだろうか。
僕は……
スパタを強く、握り締めた。
「うぇへへへ」
笑い声がした。
振り返るとジェロームさんが立っていた。
「ルカ君、好きにすればいい」
……君は、君の生きたいように生きればいい
……貴方は何に隷属するつもり?
いくつかの言葉が、思考の中を巡った。
ため息を吐き出す。
そして僕は抜き身のスパタを返し、鞘の中へと収め、ナナクに背を向ける。
「ルカッ! なんの真似じゃっ!」
ティトが絶叫する。
ジェロームさんはヘラヘラと楽しそうにしてる。
「やっぱり君、ダズさんによく似てる」




