罪悪と悪運 1.5
「もう少しだ、頑張れルカ」
ジェロームがそう言いながら振り返って僕を見る。
「が、頑張ります」
僕は乾いた口を動かして返事をする。
――5層と6層の攻略は熾烈を極めた。
特に6層は凶悪なモンスターの群れが層全体を巡回し、侵入者である僕らを執拗に追いかけ回した。
その為、層の出口に直行することは叶わず、右往左往縦横無尽に層を逃げ回るはめになった。
ティト、僕、ジェロームという陣形は、今や完全に崩壊している。ティトが7層に入るや否や過労で倒れてしまい、仕方が無いので僕が彼女を背負い、ジェロームを先頭にゆっくりと攻略することになった。
地図を見る限り、7層はまだまだある。夜明けまであと四時間程だろう、間に合うだろうか……
そんな考えに耽る僕を、何故かジェロームは随分楽しそうに見ている。
「楽しそうですねジェロームさん」
半分は嫌味だ。それくらい今僕はストレスで苛立ってる。
「うぇっへへ、いやなに、ちょーっと昔の出来事を思い出しててね」
「なんですか、その出来事って」
こんなに大変な攻略を、彼は今までいくつか経験してきたのか? そりゃ強いわけだ……
「ロナ父親、先代のギルドマスターが死んだ日もこんな感じの攻略をやってたんだわ俺、たった今思い出して笑えてきた。俺はその時、ちょうど今のルカのと同じ状態だったな」
彼はそう言って正面方向に顔を戻す。
非常に興味のそそる話だった。僕は黙って続きを待つ
「あの日俺達……ゼノビアと俺とダズさんは『ティトラカワン討伐隊』から外されて、ギルドハウスに置き去りにされた。ダズさんは次期ギルドマスターだったから安全の為にも仕方なかったけど、本人はめちゃめちゃに怒り狂ってて……それがまた面白かった」
ほんとに面白かったんだよ。ジェロームはわざわざそう念押ししてきた。よっぽど凄かったんだろう、なんとなく想像はできる。
「そんでさぁ、結局ダズさんはなんとも堪えきれなくなって、『仲間を一人でも助けるぞ』って叫んでダンジョンに行っちゃったんだよ。で、俺とゼノビアで慌てて後を追ったのさ」
「それでそのままダンジョン攻略に?」
「そう、10層目指してね。あの時のレベルはそれぞれ12、9、7だっけな。無茶な事をしたなぁ今思えば」
無茶過ぎる。
自殺行為もいいところだ。
「止めなかったんですか?」
僕の問いかけに、彼は何故か少し恥ずかしそうに笑い声をあげた。
「一応止めたがな、でもさぁ……なんだかんだで俺、ダズさんのそーいう所好きなんだよね」
再び笑い声、どうやら言ってて照れくさいみたいだ
「ダズさんのさぁ、なんていうのかな、クソ真っ直ぐな所がさ。俺はこんな風に適当で何もやれない人間だからさ、なんか見てて気持ちが良いんだよね」
ジェロームは実に楽しそうに語っている。それ程にダズの事が好きなのだろう。
彼にとってダズは、きっと師と親友を足し合わせたような存在なんだろう。
「懐かしいなぁ。五層でゼノビアのmpが切れてな、ちょうど今のルカみたいに俺がアイツを背負って、必死にダズさんのうすらデカイ背中を追ってたわ。まさか俺が、ダズ側になる日が来るとはなぁ」
冗談みたいな話だ。今のゼノビアは無茶苦茶に強く厳格な人だ。彼女がそんな情けない状態になってるのは、まったく想像できなかった。
「結局無事、10層に辿り着いたんですか?」
「いやいや、6層でダズさんが大怪我してドロップアウトだ。帰り道が大変だったよ」
うぇっへへへと陽気に笑ってはいるが、僕は笑う気にはなれない。今同じような状況なのだから、そんな結末は知りたくなかった。
「……お二人さん、会話の途中でちょと悪いのじゃが」
背中のティトは唐突に喋りだした。
見ると顔色がかなり良くなっている。どうやらいろいろ回復しつつあるようだ。
「どうしたティト?」
「なんか……さっきから妙じゃぞ、敵が全然おらんじゃないか」
……あれ?
言われてみればそうだ。ここ7層に入ってから、序盤こそ数体モンスターが出たが、今は随分静かだ。
「うーん、俺もさっきから気になってたんだがな……このダンジョンの勝手がよくわからんからなぁ」
嫌な予感がするな……
僕は背中のティトに降りて貰おうとしたが、彼女は虫のように張り付いて離れなかった。




