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ダンジョンと主人公 4

「まぁ、こんなもんでいいかな」

 そう呟くと【探究者の歴史】と書かれた本を閉じた。

 僕の座る備え付けのテーブルの上には、他にも【ファルクリースの民、その文化】や【璧晶史・四巻】といった書物が積まれてある。

 三時間はこういった類の書物を読み漁ったので、なんとなくだがこの「ゲーム」の世界観の大分を掴むことができた。

 個人的に印象に残ったのは、「ダンジョン」の設定が意外としっかりと作りこまれていた事だ。

 僕が普段読むラノベでは、ダンジョンがある理由なんて大抵うやむやで済まされていたのだが……

 どうやら千年前にこの世界で起きた「璧晶大戦」と呼ばれる、人類と「獣人血盟軍」とかいう組織との間での戦争の遺産らしい。

 ――なんでもその血盟軍の一つに「ジグード」と呼ばれる種族が居て、さらにその中の一氏族「ヤツェ」が、人類を試す為の「試練」として五つのダンジョンを建設した物らしい。

 その後、英雄「トルファン・ドラギーユ」が五つのダンジョンの内の一つ「東の冥路」を攻略したことによりヤツェは人類の側に付き、さらにはそれがジグード全体の血盟軍からの全面離脱の引き金となり、璧晶大戦は人類の勝利として終結したという。


 ……まぁ、この辺の設定はどうでもいい。

 それよりも大事なのは、この世界にはダンジョンが五つもあるという事だ。

「東の冥路」

「西の廃域」

「南の魔殿」

「北の邪宮」

 そして僕が転生した場所、「中央の呪城」 

 さらに興味深いのが、これらのダンジョンには「誰でも潜っていい」というわけではないという点だ。

 それぞれのダンジョンに対応する「探究者ギルド」に所属する、もしくは探究者ギルド連合からの許可証を手に入れる、そのどちらかの条件を満たすことが必要とされている。

 基本的に一つのダンジョンに一つの探究者ギルドが対応しているらしいのだが……なぜか「中央の呪城」にだけ二つのギルド、「ブラザーフッド」と「アウトキャスト」が存在すると書かれている。

 ――うーん。これは面倒臭そうだ。

 僕は「いろんな人が気軽に潜っているダンジョン」そんなにぎやかな物を期待していたのだが……

 まぁ仕方ない。

 世界観に関する情報はこんな物でいいだろう、次はダンジョンの攻略情報だ。

 そう言って疲れてきた目に気合いを入れると、手元の本を元の棚に戻し、今度はダンジョンの探検に役立ちそうな本を選んでくる。

 一冊目【ダンジョン攻略・初級編】

 いかにもなタイトルだ。

 僕は意気込んでその本を開き、どんどんと読み進めて行く――行こうとしたのだが。

「あれ?」

 最初の章が、いきなり陣形についてだった。

 五人パーティで組む物と思われる、様々なフォーメーションが描かれている。

「インペリアルクロス」「フリーファイト」「ワールファイト」「コッペリアガード」

 各陣形に関する細やかな説明、陣形を組むことの大切さ、バランスの良いパーティの例――そんな説明が滔々と書かれてあった。

 次の章はポジションの動きについての心得。

 前衛はどうあるべきか、後衛はどう振る舞うべきか、盾役と削り役について、回復魔法を一挙に集中できる戦場が如何に手堅いか――そんな記述ばかり。

 まるで……それはまるで、「ダンジョンは五人パーティで挑む物」という大前提があるかのようで。

「え? 嘘だ」

 僕は思わず本を閉じてしまう。

 五人パーティ? なにそれ? 人多すぎでしょう。

 だって、ふつうライトノベルの主人公のパーティって多くても三~四人だよね?

 四人でも正直「多いな、それぞれのキャラをしっかり描くの大変そうだなぁ」なんて感じていた。

 が、この本には、初心者向けらしいこの本には、「五人パーティが大原則」と書かれている。

「……嘘でしょ」

 僕は慌てて別の本を開く。

 今度は【探究者指南書・第一巻】

 すがる様な気持ちで文字を追っていくが。

『――基本的な構成は前衛三人、後衛二人。その内分けは盾役が一名、準盾役が一名、物理火力が一名、魔法火力が一名、回復役が一名という構成が望ましく――』『――レベリングの際に重要な要素は継続性である。その為十人パーティでの移動狩りが最も効率が良いとされているが、これは初心者には――』『――以上の理由より、五人以上のパーティで若干格上の相手に対する連続した狩りがレベリングの基本と――』

 どこをどう読んでも、五人以上のパーティの戦い方しか載っていない。

 嘘でしょ?

 嘘だ。

 だって異世界物の序盤っていったら、ヒロインとの二人パーティって相場が決まっているじゃないか。

 ページをバラバラと捲っていくと、「少人数パーティに関する考察」と題された小さなコラムのような物を見つけた。

『五人以下のパーティでのレベリングには、基本的にメリットはない――』『――だが、高レベルの者が低レベルの者に付き添い、その徹底的なサポートによって強引に低レベルの者を育てる、所謂パワーレベリングという行動においてのみ、その有用性が――』

 うっ。

 僕の望むような記述は一切無く、そこでも少人数パーティは全否定されていた。

 ……って事は、つまり僕がまたあのダンジョンに乗り込もうとしたら、五人もの仲間を見つけ出さなきゃいけないって事?

 冗談じゃない、この世界に転生してきたばかりの僕に、そんな人脈なんてあるわけない。

 五人もの仲間を見つけるのにどれくらい時間がかかるのだ? たぶんラノベ五冊分くらいの時の流れが必要だぞきっと。

 パーティが作れないなら、パーティに入れてもらう?

 どこかの既成パーティに頭を下げてお願いして、そこの一員にしてもらう?

 絶対嫌だ。

 ふざけるな、せっかくラノベな世界の主人公に転生したっていうのに、なんでまた誰かの下で動かなくちゃいけないんだ。

 何が楽しくて、またあの現実世界の働きアリみたいな日々に戻らなくちゃいけないんだ。

「どうなっているのだ、こんなの聞いてないぞ」

 胸の奥が無性に熱くなり、脳の中に苛立ちが渦巻き始めた。

 なんかちょっと変だぞこの世界。

 僕の望む世界の筈なのに僕自身が妙に弱いし、いきなり死にかけたし、ダンジョンは「ダンジョンその物」じゃなくて「ダンジョンをめぐる環境」がやたらシビアだし。

 そもそも初戦がいきなり敗北って。

 今さらながら、あの神様への強い不信感が浮かび上がる。

 ――これってひょっとして『異世界転生ラノベ』じゃなくて、『サルの手』みたいな教訓寓話?

 そう考えた途端に、その仮説の恐ろしさで僕の背筋は一気に冷たくなった。

 この世界が僕にくれるのは「名誉」や「栄光」や「ヒロイン」じゃなくて、「人間の愚かさ」や「無責任な願いの代償」とかそういう「手痛い教訓」が……


「随分熱心に読んでるのね」


 不意に女性の声がして、僕の意識は現実に引き戻される。

 顔を上げると、一人の女性が僕と向かい合うようにテーブルに座っていた。

 ――美しい、白髪の少女。

 彼女は何故か少し嬉しそうに微笑みながら、僕を見ていた。

「あ、えっ、君はあの時の……」

 いきなりの事態に、僕は言葉に詰まる。

 そんな僕の様子を見て、彼女は嬉しそうに微笑むと。

「覚えててくれたんだ」

 と言って、右手を僕に差し出した。

「ダズから話は聞いてるよ。私はロナ、よろしくねルカ君」

 それは静脈が透ける程に白く細い、まるでガラス細工のような手だった。

 触れたら壊れてしまいそう……そんな妄想にすこし怯えながら、僕はその手を取って握手を交わした。

「よ、よろしくお願いします」

 わずかに体温の低い、小さな手のひら。

 この手。あの時、僕の焼け焦げた腕をそっと包んでくれた……


【名前:ロナ・ヴァルフリアノ

 HP:124/124 MP:182/182

 ジョブ:血線術士

 レベル:8

 筋力:5 技量:14 知覚:15 持久:7 敏捷:13 魔力:25 精神:27 運命:4


 武器スキル

 弓(12)

 短剣(11)


 魔法スキル

 破壊魔法(12)

 神聖魔法(24)

 変性魔法(19)

 血線術(39)


 アビリティ

 遠隔適正

 テクニカルマギ

 ヒール・アフィニティ

 狙い撃ち

 コンサーブMP

 鋭敏な感覚

 苛まれし血脈


 装備

 白髭

 フレイヤアクトン

 ウルミヤの潮騒】


 うっ。

 視界に表示された彼女のステータスに、僕は思わず怯む。

 この人も強い。

 か弱そう……というか、脆く砕けそうな少女。そんな外見に似合わず、ステータスはどれも僕より断然上だった。

 妙に偏ったステータスをしている人だ、やっぱり後衛なのかな?

 というか「血線術」ってなんだ?

 年齢は僕と同じぐらいに見えるし、身長にいたっては僕よりも低い。

 でもその落ち着いた物腰のせいか、それともレベル差のせいか、僕よりも年上に感じられた。

「じゃあ、帰ろっか」

 ロナはそう言うと、椅子から立ち上がった。

 僕はその言葉の意味が分からず、一瞬戸惑う。

 帰るって……あ!

「どうしたの? ほら、ギルドのみんなが心配してるよ?」

 一緒に帰ろう、少女そう言って優しく微笑んだ。

 ――図書館を出ると、いつの間にか日が暮れていて夜の帳が降りようとしていた。

 本を読むのに夢中になり過ぎてしまったな、僕はそんな反省をしながら、目の前を歩く少女の後に続く。

「ダズが心配してたんだよ? 『ちょっと外の空気を吸ってくる』って言って四時間も帰って来ないんだから」

 そう言って彼女は、水銀の様な髪をたなびかせる。

 それは淡い月明かりを受けて僅かに光を放ち、幻想的な美しさを魅せていた。

「すいません、つい集中してしまって」

「ダンジョンの本だっけ? 随分熱心に読んでたね」

 そう言うと彼女は悪戯っぽく笑う。

 僕はそれにどう返せばいいのか判らず、曖昧な返事しかできなかった。

 というか、この状況かなりキツい。

 今までろくに女子と会話してこなかった僕には、こんな綺麗で、大人びていて、尚且つ命の恩人でもあるお方との会話なんて――

 あ。

 そこまで考えて、僕は大事なことを思い出す。

「あ、あの、ロナさん」

「なぁに?」

「あの時助けてくれて、本当にありがとうございました。貴女は僕の命の恩人です」

「命の恩人なんてそんな、大げさだよ」

 いや、大げさじゃないでしょう。どう考えたってその言葉通りの状況だったじゃん――という突っ込みは胸に押しとどめて。

「僕なんかにできる事があれば、何でも言ってください。少しでも恩返しがしたくて……」

 これは百パーセント純粋な本心だ。

 別に「こんな綺麗な女の子と仲良くなれたらなー」みたいな下心は無い。

 一切ない、そういう感情を抱くにはあまりにも恐れ多すぎる相手だ。

 そんな僕の様子を面白おかしそうに彼女は見ていたが、ふと唐突に少し真面目な顔になった。

 そしてその薄い蒼色の瞳で、僕をジッと覗き込んできた。

「えっと、なんですかロナさん」

「うーん……」

 何かを考える様子で、ゆっくりと首を傾げはじめる。

 僕はどう反応すればいいのかわからず、ただ黙っていることしか――

「ねぇ、ルカ君」

「はい、なんですか?」

「またあのダンジョンに潜るの?」

「え?」

「いや、あんな本を熱心に読んでたから」

 あんな本、【探究者指南書・第一巻】の事かな?

「えっと、まぁ一応そのつもりですけど。でもパーティの当てがないので、なんとかソロで潜る方法を探さないと――」

「じゃあ私と一緒に、二人で潜らない?」

 ……え?

「え?」

 ……え?

 ロナのその提案は、あまりにも予想外すぎて僕の思考はパチリと固まってしまった。

「もちろん嫌なら嫌って言っていいんだよ。私も無理にとは言わないから」

 たださ、私あのギルドだとレベルがちょっと低くて、一緒に潜ってくれる人がいなくて困ってたんだよね――そう言って彼女は、探るような視線で僕を見つめた。

「どうかなルカ君、いやかな?」


【血線術】

 魔法―レアリティ:エピック

 概要:マジックポイント(MP)ではなく、血液を消費することで詠唱する、非常に特殊な魔法


備考

 血液。

 人はそれを混ぜあう事で子を成し、流しあう事で殺し合い、記すことで歴史を刻む。

 高貴さと汚穢を持つそれは、人の本質であり上澄み。

 そんな人の証として脈々と受け継がれてきた「血」に、魔法を刻みこむという発想は「合理的」であると同時に「禁忌」でもあった。


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