祈りと決意 0.5
「本当に良かったのですか、ファリア様」
ルカが部屋から連れてかれて、二人っきりになると直ぐにチャズマは仮面の男にそう尋ねた。
「ん、何が?」
「……私は別に、イベルタリアンの一人ぐらい私情で解放しても構わないと思います。それほどに私達はファリア様をお慕いして、助けになりたいと日々願っています」
ファリアは彼女の発言を鼻で笑う。
「そんな素敵な考えを持ってるのは君くらいさ、多くの部下はそんな事をした俺に幻滅する」
「ならば適当な嘘をつけば良いのです、『人質解放でブラザーフッドと手を打った』とか『ブラザーフッドは奴隷こそ連れてはいるが、丁重に扱っていて同情の余地あり』とか」
ファリアは書類を投げ捨て、チャズマの方を見た。
威圧感のある視線だ、彼女は思わずたじろいでしまう。
「俺に、今更彼女の父親振る資格は無い。徹底した否定こそが、彼女に対する一番の誠意なんだよ。理解してくれ」
チャズマは理解できなかった。
「は? ルカ、まだ戻ってきてないの?」
ギルドハウスに帰ってきてそうそう、ロナはキツい声で詰め寄った。
「えーっと、まぁ一応そうなるねぇ。でもそんなに変な事じゃないと思うよぅ、ねぇハルヴァー」
問い詰められらたケイティは、困惑した様子で横の男に助け舟を求める。
「ルカ、ティト、ジェロームの三人がギルドハウスを出たのは先先日です。牛車を使ってたので片道一日弱かかりますから……まぁ多分取引に手間取ってるのでしょう」
奴隷輸送は何かとアクシデントの多い仕事だ、遅れは珍しい物じゃない。だからやけに興奮して焦った様子のロナに、二人は異様な物でも見るような視線を送っていた。
「……待機中のギルドメンバー全員に召集をかけて」
「は?」
「えぇ?」
思わずハルヴァーとケイティの二人は声を揃えて聞き返してしまう。
「馬車でウェイストウッズに向かいます。総員戦闘装備で」
「えぇ? 冗談だよねぇ?」
ケイティはすがるような猫なで声でロナ尋ねるが、彼女はそれを無視して玄関から表に出ていってしまう。多分馬車の準備に行ったのだろう。
「どうするケイティ?」
「どうするって言っても……やるしかないよねぇ」
ハルヴァーは盛大にため息を吐く。
「イカレてるよあの白濁女、そんなにルカが大事か、仕事に私情を挟むなよカスが……」
ハルヴァーの強い罵倒に、ケイティは慌てて止めに入る。
「まぁまぁ。えっと、今待機中なのって、私達とユリアン?」
「あとはフィリスだな。ゼノビアさんはさっき寝たばかりだそっとしておこう」
「そうだねぇそれがいい」
彼女はそう言うと、ハルヴァーの肩を叩いて宿舎の方へと歩きだす。
「ゼノビアさん、あんな地下室に篭ってなにしてるんだか、立入禁止ってなんだよ俺達を信用してないのかよ――」
ハルヴァーの中ではまだ不満が煮えたぎってるようで、ケイティ後ろに続きながらも不満たっぷりの口調で何かを言ってる
「――大体あの人がギルドマスターに立候補してくれればそれで良かったんだよ。なんであんなガキをマスターにしちまったんだ。クソが、ダズさんの言ってるとおりだ、あいつはマスターに相応しくない――」
「まぁまぁ、きっと彼女にも何か考えがあるんでしょうね、きっとねぇ」
そう言うケイティの心の奥底にも、今のハルヴァーが言った事と大体同じような不満が渦巻いていた。
「ルカ、そんな女信用しちゃいかんのじゃ、離れるのじゃ」
そう声を荒げるティトの姿は、まだ頭部の回復途中なのでかなり気持ちが悪い。縦に裂けたカエルみたいな顔をしている。
「うわッ、気持ち悪ッ!」
リスベットが正直な感想を口に出す。
「はーなーれーるのじゃールカー! はなれろー!」
ティトがあんまりにも騒ぐので、僕はとりあえず一歩下がる。
「ちょっと! 貴方達いい加減にしないと私も怒るよ、命を助けてあげたんでしょうが、これ以上ない最上の恩を売ったんだから、少しは信用しなさいよ」
「おぅおぅ、恩着せがましいのぅ」
「貴方達が恩知らず過ぎるんでしょ、あのさぁなんでこの状況でなんで私を疑えるの? 常識的に考えなさいよ」
「ルカ、聞く耳を持つんじゃないぞ、どうせシーイン達四人組もこの女がけしかけたのじゃ、そうに決まっておる」
「そんな事するわけないでしょ!」
ティトとリスベットがギャーギャー言い合いを始める。
どっちの言い分も一理あると思ったので、暫く静観してみるも、どんどんヒートアップするばかりだった。
「あ、あの、リスベットさん」
「なに!?」
瞳孔の開ききった物騒な獣の目で僕を睨む。体臭が感情に影響されてるのかムワッと濃い獣臭が漂ってきた。
「どうして僕達を助けてくれたんですか? それを説明してもらってもいいですか」
「貴方ね……女の告白を疑うのは外道だって以前にも……もういいッ! わかった道中で説明するからついてきなさい!」
彼女はそう言うと肩を怒らせ、僕らに背を向けて歩いていってしまう。
少し迷ったが、彼女についていくことにする。だいぶ遅れてティトも、渋々といった様子で歩いてきた。
「私の目的も貴方達と同じ、『ご主人様の救出』で、ずっとその機会を伺っていた」
「おぅおぅ献身的な性奴隷じゃのぅ涙が出る、ご主人のチンポが恋しくなったか?」
リスベットが振り返る。その顔は真っ赤で、その睨みは呪い殺すような強い念がこもってる。
「ティト、少し黙ってろ」
「ご、ごめんなさい……なのじゃ」
流石のティトも反省したのか、しょげた様子だ。
リスベットはそれに満足したのか、説明に戻る。
「私のご主人……『ナドラ・ドラギーユ』様はホモセクシャルだった」
え?
え?
「え?」
ホモセクシャル?
って事は……リスベットって……男?
うっ。
うわ、それはきつい、男の娘ってそれ……無理なんだよなぁ、嫌悪感がある。
うわッ、最悪だ、本当に意地が悪い世界だ。本当に最悪だ。無理だこの世界観。
神様にとっては元奴隷猫耳男の娘獣人っていうのが至高のキャラ造形なのかもしれないけど、俺にはそれは……そんな尖った趣味を押し付けるなよマジで勘弁してくれ。
「私は男じゃないッ! 貴方達本当に失礼ね! 助けるんじゃなかったこんなッ!」
僕の表情で察したのかリスベットがめちゃくちゃキレて怒鳴る。
「す、すみませんでした」
「ナドラ様はセクシャルマイノリティって世間から白い目で見られるのが嫌だったから私を買って偽装したの! なんでそんな事も分からないの? 貴方どんだけバカなの?」
「ごめんなさい、ほんとすいませんでした」
必死に平謝りする。横でティトが楽しそうにニヤついている。
「……そういうわけだから、ナドラ様は私に何も強要しなかった。それどころか私を娘のように可愛がってくれて、たくさん色んな事を教えてくれた」
教養、武術、生存術、マナー、そして道徳を。
「それなら、リスベットさんがそう民族解放戦線に証言すれば、彼は救われるのでは?」
あの高級レストランが経営可能だったのを見るに、そのあたりはフレキシブルに対応してくれそうだ。
「無理。ナドラ様は昔、第二次軍縮宣言以前は軍の兵器局の局長だったから。彼の兵器でたくさんのワンダラーが捕獲されたから恨まれてる」
なるほど。
僕達にとってのシーインみたいなのがわんさと居るのか。
「民族解放戦線の連中は理解してくれない。ナドラ様の開発した捕獲兵器のおかげで、捕獲時の誤殺傷率はうんと減ったのに。ナドラ様は奴隷制度に反対してたけど、いや反対してたからこそ、それを隠して軍部に入って殺傷率の低い兵器をたくさん作ったのに。そりゃ確かに捕獲率は上がっちゃったかもしれないけどそれは――」
それから暫く、ナドラ邸に到着するまで、リスベットの「ご主人様が如何に人格者であるか」という講義は続いた。




