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民族解放戦線とイベルタリアン 3.5

「ルカ! 貴様ッ!!」

 チャズマが大声で僕を威圧する。

 ファリアが右手を上げてそれを制した。

「ルカ、何を勘違いしてるのかしらないけど。俺に子供はいない。今も昔も、そしてこれからも」

「嘘ですね。わかってますよ」

 ドンっと車にでもはねられたような衝撃が僕の右わき腹を襲った。体は吹き飛ばされ、柔らかな絨毯の上に沈む。そのあまりの衝撃に肺が萎縮してしまいヒューヒューと音がでる。内臓を痛めたのか体内に鈍痛が広がり口にぬるい唾がこみ上げてくる。

 どうやらチャズマに剣の鞘で僕をド突かれたようだ。

「貴様ァ! さっきから聞いてれば不敬だぞ!!」

 彼女の興奮した声が鎧の中で反響している。

「もういい、やめろチャズマ」

 ファリアの少し苛立ちの覗く声、やっと感情をみせたな。

 僕は生まれたての子鹿のように足を震わせながらも立ち上がると、涎をぼとぼとと垂らしながらも必死に言葉を投げる。

「ファリアさん、貴方は僕がブラザーフッドの人間だと気づいた、どうやって? ジェロームがブラザーフッドの一員だと知っていたからだ。貴方は娘の事を心配している、娘の所属するギルドの状態を丹念に調べ、さらに僕を呼び寄せてさりげなく娘の近況を探ろうとするほどに」

「言いがかりだよ、ゼノビアなんて知らない、たまたま家名が似てるだけだろう。探求者ギルドの人員に詳しいのは、この街を襲う前に下調べしたまでさ」

 僕はテーブルに寄りかかり、唾を吐き捨てて、語気を荒げる事ができるように体を整える。

「だったら、アウトキャストの人員を言えますか? あそこのギルドに所属するメンバーの名前を挙げられますか?」

 ファリアは何も答えない。

 何も、答えられないのだ。

 ……間が空いた。チャズマが世話しなく体を動かす音だけが部屋に響く。

「それに、ファリアさん。貴方なんでご自身の家名とゼノビアの家名が一緒だと?」

 僕はゼノビアさんのフルネームを一度も出していない。

「貴様いい加減にしろ、ここで叩き斬られたいのか! 今すぐその四肢をもいで外堀に飾って――」

「だからやめろチャズマ」

 彼はそう言うと、仮面を顔に装着した。そして僕から目をそらし、またテーブルの資料の上へと視線を戻した。

「どうも俺達は、この小僧の事を過小評価していたようだね。なかなか賢いし、面白い能力を持っている」

 やばい、不死を見抜かれたか? 僕の背中を冷たい感覚が駆け抜けた。

 そんな僕の焦燥を他所に、彼は悠々とした態度で適当な資料を一枚手にとってしげしげと眺めている。

「真実を話そう。俺はゼノビアの親ではない、血が繋がっているだけの他人だ。これで満足かな?」

 血がつながってるだけの他人。

 その言葉で、彼とゼノビアさんの関係が大体想像できる。

 そういえば僕、ゼノビアさんについて何も知らないな。物言いはキツいし露骨に僕を嫌ってるから意図的に交流を避けてたから仕方ないとはいえ、まさか父親がこんな物騒な集団のリーダーやってるなんて……

 彼女はこの事を知ってるのだろうか? あと母親ってどこにいるんだろう?

 まぁいい、今は関係ない。

「それで、ルカは何がしたくてここへ? まさか『ゼノビアのためにもジェロームと自分を解放しろ』なんて言いださないよね?」

 ファリアが先手を打ってくる。

「そのまさかです。ジェロームはゼノビアにとって大切な人だ。貴方は彼を解放するべきだ」

「あ、そう。そういう考えか。じゃあ残念だけど無駄だよ、俺は彼を解放なんてしない」

「なぜですか」

 彼はつまらなそうに手に持っていた資料を手から落とし、別の物を探し始める。

「逆に聞くけど、なんで俺がそんな事をすると思ったんだ?」

「娘の事を思ってるからですよ」

 彼は娘の事を心配してる。

 だからブラザーフッドにも詳しく、ジェロームの事も直ぐに処刑せず、そして僕をこうして呼び出して彼女についての情報を得ようとした。

「ふぅん、面白い想像力だね。でも俺はべつにそんな考えをもっちゃいないよ」

「え?」

「ゼノビアについて情報を集めていたのは、『あの女が俺に突っかかってくるのが怖かったから』だよ。彼女は変に俺を恨んでるからね。だから、対策を立てておきたかった。それだけの話だよ」

 あの女?

 変に俺を恨んでる?

「なにを……言ってるんですか?」

「なにって、事実だよ。俺は面倒くさい女の対策を練っていただけで、その様子を君は勘違いしてるんだよ」

 思考にブレーキがかかり、嫌な音と共に減速していく。

 面倒くさい女。

 自分の、娘を、今、こいつはなんて言った?

 自分の周囲の音が、世界が遠のくのを感じる。

 僕が見ていた、想像していた、思っていた現実と、まるで違う世界が目の前に突然顕在した。

 ――この男は、娘を愛してなんかいない。

 自分を逆恨みする不便な女としてしか見ていない。

 娘を気にかけてたんじゃない。娘を疎ましく思っていただけだ。

 ファリアのその不遜な態度と、かつてロナを蝕んだ彼女の父親が、僕の中で重なった。

「貴方達は……クズだ」

 彼は視線を上げさえもしない。

「ファリア、お前、なんでですか。なんでそう……自分の娘を、父親だろッ! なんでそんな物みたいに! 護ってやれよ!!」

 クズだ。

 こいつも、グィンハムも、この世界の親は皆そうなのか!

 皆、こんな……

「おい、チャズマ。もういいぞ」

 鎧女に合図が送られた。

 そして彼女が動き出す。

「話を聞けファリア!」

 次の瞬間頭部に強烈なダメージが入る。

 チャズマに剣の鞘で思いっきり後頭部をぶっ叩かれ、僕は再び地面に倒れる。

 平原の時の日じゃない、激しい頭痛が襲い掛かってくる。頭蓋骨が砕けたようで、ギチギチと不愉快な音が耳の底で鳴っている。

「どうします? ファリア様」

「ダミアに渡せ、こいつも留置所行きだ」

「了解しました」

 体がズルズルと引きずられて行くのを感じる。

 怒りや、悔しさや、悲しさが僕の中で暴れる。僕の胸を掻き毟って、今すぐにでもこのワンダラー達を皆殺しにしろと慟哭する。

 でも僕のモブみたいに弱い肉体と意志は、その思いに応えることができず、ただ静かに意識を失っていくだけだった。

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