民族解放戦線とイベルタリアン 3
「まさか、本当に口説き落として見せるとは……伊達に性奴隷をやってたわけじゃ無かったようだねあの獣娘」
全身銀色甲冑の女ワンダラー、「チャズマ」は明らかに強い侮蔑を込めた様子で、民族解放戦線の拠点にやってきた僕にそう言った。
「そう言いなさんなチャズマ。ブスの嫉妬は醜いぞ」
片目の男ワンダラー、「スニフ」がそう言って横から冷やかす。
「で、肝心のリスベットは? あの獣臭い女は来てないのか?」
「いんや、俺も見てないぜ」
そこまで話してやっと彼らの注目が僕に降りてきた。
「ルカ、お前……リスベットに説得されて来たんじゃないのか?」
めんどくさいな。
現状に僕は辟易する。
ファリアに会うためにやってきたというのに、リスベットだの来た理由だの面倒だ。さっさと通してくれと心から思う。
「彼女は関係ありません、僕は自分の意思でここに来ました」
ここ、東区にある民族解放戦線の司令部。立派な塀に囲われた恐ろしく広い屋敷、おそらく市長とかそういうレベルの権力者が住んでいたのだろうと思われる建造物。
かつては立派で荘厳な物だったのだろうが、今は酷いありさまだ。窓ガラスという窓ガラスは全て割られ、屋敷の東側半分は延焼して中身を外に曝していて、そして一番やばいのは堀の上に人間の四肢が大量にならべられ晒されていることだ。
「……まぁいい。チャズマ、案内してやれ」
スニフはそう言うと鍵を取り出し、屋敷の門を開ける。
「ついて来い、ファリア様も君を待っていた」
チャズマに続いて屋敷の中に入る。前庭の芝生では巨大な猟犬が数匹走り回っていた。ワンダラー達も数人居て、人の四肢を飾る作業に勤しんでいる。あ、ダミアがいる。
「あまりジロジロ見るな」
注意をされて慌てて視線を正面に戻す。
背後で門が閉められる大きな音がした。
……思ったよりもキツい状況だ。
ざっとみただけでもここには10人弱のワンダラーが居る。そして目の前を歩く鎧女のレベルはなんとおどろきの「12」だ。何か騒動を起こせば確実に僕はズタボロにされるし、逃げることも困難だろう。
もしファリアも僕と同じ「相手のステータスを表示する能力」、あるいはそれに準ずる物をもっていたら? きっと不死である事を見抜かれて、広場の処刑台の上で何度も手足をちぎられる見世物にされてしまうだろう。
「顔色が悪いな、怖気づいたか?」
チャズマが鎧をガチャガチャならしながら僕に尋ねてくる。彼女は大柄だしフルフェイスのヘルメットで表情が見えないしで威圧感が尋常じゃない。
ドアを開き、屋敷の中に入る。禍々しい見た目に反して中はまともだった。むしろ綺麗だ、ホールは一見して掃除がしっかりされてるようだし。設置された振り子時計も正確な時間を挿してるように見える。
床の絨毯はところどころ切り取られ無残な姿になっているが、多分血染みでもできてそれに対処したのだろう。
「だからジロジロ見るなと言ってるだろ」
見てねぇよ。
僕は抗議の言葉を胸に押し込めて、黙って映画の中でしか見ないような立派な螺旋階段を上る。
二階奥の部屋、観音開きの巨大なドアをチャズマが開ける。
その先には、縦長の巨大な部屋があった。
食事場として使われていたのか、よく映画でコース料理が並べられるような巨大な横長テーブルが置かれている。
そしてその上に一人の男が座っていた。
奇妙な仮面の男、民族解放戦線のボス、この街の虐殺の主犯、ファリア。
「ファリア様、ルカを連れてまいりました。我々の活動に参加したいとの事です」
「あ、そう。ご苦労だったねチャズマ、彼と二人きりにしてもらっていいかな?」
ガンッ! とめちゃくちゃデカイ音が響いた。僕は思わず体をびくつかせてしまう。
見ると横のチャズマが鞘に収まったままの剣を両の手で握り、強く床に突き立てている。
……え、なにやってんだ?
「お言葉ですがファリア様、それは無理な相談です。この男ルカは怪しい人物です、我々の思想に同調してるようにはとても見えません、危険因子です。なのでファリア様とこの男を二人きりには――」
「あ、そう。わかったよ。居ていいよ」
会話の流れがよくわからん。とにかく、このチャズマという鎧女が変な人間だってことは理解した。
「……それで、ルカ。君、本当に俺達の活動に加わりたいの?」
仮面の男が僕に問う。
「は、はい。そうです。えっと、是非、よろしくお願いします」
緊張で言葉を噛む。
とにかく、出来る限り従順なフリをするのが今の方針だ。
「ふぅん、でもつい先日までは脱出を模索してたんでしょ?」
ファリアはさっきから僕の方を一回も見ていない。
テーブルの上にばら撒かれた何かの資料を眺めるばかりで、露骨に「君には興味ない」という意思を表現していた。
「もう、未練はありません」
「へぇ、信用できないなぁ」
この男、本当に民族解放戦線のボスなのか? そんな威厳やカリスマ性は一切感じない。
影武者だったりするのでは? でも横のチャズマの緊張感と不動っぷりを見るに本物に思える。
「ルカ、君、ブラザーフッドで何やってたの?」
「え?」
ブラザーフッドの名前を知ってる。
僕は一度も名前を出していない。当然ジェロームも何も言ってないだろう。
なのに何故、僕がファルクリースのもう一つの探求者ギルド「アウトキャスト」ではなく、「ブラザーフッド」のメンバーだとわかった?
こいつ、やっぱり、僕の想定どおり……
「質問に深い意味はないよ、そのままの意味の質問だよ。運搬係でもやってたの?」
「あ、はい、そんな感じです」
ポーターってなに?
以前読んだラノベではたしか荷物運びみたいな役職だったな。
げー、あのラノベあんま好きじゃないんだよな。なんでそういうのの設定まで出てくるかな……
「ふぅん、じゃあこうしよう。ブラザーフッドの武闘派メンバー全員のレベルと戦術を教えてくれよ」
「はい?」
「もし、この街に明日の朝までにやってくる戦力があるとしたら、それは多分ブラザーフッドだ。だから一応対策を組んでおきたい」
なんだその理由は。
無理がある、ブラザーフッドが来るはずがない。
「探求者ギルドが? 国の治安部隊の方が先じゃないんですか?」
「ファルクリースの治安部隊は抱き込んである。ちなみにアウトキャストは国の動向に素直に従うからきっと来ない、跳ね返りの強いブラザーフッドだけは読めなくて不安なんだ」
嘘だ。
治安部隊を抱き込む? 放浪者達が? どうやって?
ありえない、僕は強い自信を持ってそう判断する。
「もう一回言うよ、ブラザーフッドの武闘派メンバーの詳細を教えてくれたら、君を民族解放戦線の一員として認めよう」
僕は軽く息を吐き出す。
たっぷりと間を取り、そして意を決すると、ずっとタイミングを見計らっていた言葉を放つ。
「仮面、外してもらっていいですか?」
ガチャっと嫌な音がなった。
みるとチャズマが首を動かしこっちを見てる。
表情は一切見えないが強い激怒の表情を浮かべていることが容易に想像できる。
「なんで?」
ファリアが尋ね返してくる。
「『一員と認めよう』その言葉が本当であるか、貴方の目を見て判断したいんです」
適当なでまかせだった。
だが、効果はあった。
ファリアは面白そうに鼻で笑うと、簡単に仮面をその顔から剥がしてくれた。
「ファリア様ッ!……」
チャズマが悲鳴みたいな細く鋭い声を出す。
僕は直ぐに彼に注目してそのステータスを引き出した。
【名前:ファリア・カルルシャミ
HP:91/91 MP:130/199
ジョブ:召還士
レベル17
筋力:16 技量:10 知覚:24 持久:19 敏捷:11 魔力:38 精神:38 運命:41】
やはり……そうだったか。
彼のジョブが放浪者でないことや、明らかにイベルガンの血が流れていることは今はどうでもいい。かなり面白い事実だと思うし、それを部下達は知ってるのか興味はあるが、とにかく今はそれよりももっと重要な物がある。
それは彼の名前。
ファリア・カルルシャミ
カルルシャミ
見覚えがあったのだ。その下の名前に。
「ファリアさん、貴方が知りたいのって武闘派メンバーの情報なんかじゃなくて。本当はゼノビアさんの話なんじゃないんですか?」
ゼノビア
ゼノビア・カルルシャミ
ジョブもこの人と同じ、召還士。
「……ほぅ」
ファリアが始めて僕を見た。
外見上の年齢から判断するに、このファリアは多分、ゼノビアの父親だ。




