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民族解放戦線とイベルタリアン 2.5

「なんだよ無視かよ、お前本当にイベルタリアン側なんだな、バカじゃねーの」

 そう言ってダミアはからかい続ける。僕は構わずに周囲の観察に勤しむ。

 檻……ちょっとした道具を使えばどれも直ぐに壊せそうだ。錠前なんて立派な物はついていない、麻ひもでぐるぐるに縛られただけの木組みだ。

 ジェロームさんを檻から出すはそこまで難しい話ではない、問題は次の檻、「街を囲む高さ5mの壁」だ。やはりこれの突破がネックだ。

 でも逆に言えば、それさえ乗り越えられればこの街から脱出できる。でもどうやって乗り越える?

 そんな事を考えながら檻の群を抜けると、今度は人の群が留置場の周囲に集まっていた。

 いや……獣の群と表現すべきか。彼らは排泄物やらレンガやらを檻の中の捕虜めがけて投げている。一番外周に近い檻の住人はボコボコに体が潰れて死んでいた。

「お前も、ああなりたく無いなら余計な事はやめるんだな」

 ダミアはそう言って僕を小突く。

「えぇ、そうしますよ。さすがにあの人には愛想が尽きた」

 心にもない事を言う。彼も当然それを見抜いているようでバカにした様子で鼻で笑った。

「一応助言しといてやるが、マジでお前さっさと俺達のボス『ファリア』さんに会って入隊するといい――」

 僕はまた彼の言葉に答えない。今度は意図的な無視でなく、人の群のある一角に気を取られていた。

「――ファリアはお前を高く評価してるようだが、無論そうじゃない奴もいる、お前を憎んでる奴がいる――」

 ある一角、ぎゅうぎゅうの人だかりの中に出来た不自然な空き空間。

 その中心には、昨日の夜中僕を起こした少年が立っていた。

 相変わらず子供の死体を腕に抱いているようで、周囲の人間が鼻を押さえて遠ざかっていく。

 少年はじっと僕を見つめていた。

 ……参ったな、リスベットにつづいてまた変なのに目を付けられてしまった。

「――シーイン・ハインダークがお前を痛めつけたがってる連中の筆頭だ。アイツの兄貴はジェロームに顎を砕かれて、当分はスープ生活だからな」  

「え?」

 僕の意識がダミアの方へ戻った。

 でも、なぜだか解らない。

 なぜか、今、彼の発言した何かが、僕の思考にひっかかった。

「あぁそうだよ、シーインは復讐に燃えてるぞ。奴に殺されたくなければさっさと仲間に入ることだな」

 シーイン……いや、それじゃない。僕が引っかかったのはそれじゃない。

 何に引っかかったんだ。スープ生活? 顎? ジェローム? それとも……兄……

 兄だ、兄が引っかかった。

 なぜ?

「どうした、いまさら怖くなったか。だったら早くファリアさんの所に行くといい」

 ファリア。

 あぁ、わかった。

 だからか、だから昨日のレストランでも、そして()()()()()()()()引っかかったのか。

 つまり、ロナのときと同じか。

「えぇ、そうします。夜までには一度うかがわせて頂きます」

 突然の僕の従順な態度に驚いたのか、ダミアは妙な物でも見るような視線で顔をまじまじと覗き込んできた。

 そんな彼をおいて、僕はさっさと留置場を出る。ダミアは留置所の警備主任なので当然追ってこない。

 僕は小走で人の群を駆け抜けていく、少年の視線を感じるか一瞥だってしない。

 群を抜けても速度は落さず走る、息の続く限り街を駆けた後、振り返り追っ手が居ないのを確認すると手近な裏路地に入った。

 そして自分の影の中に手をつっこんで、中に潜んでいたティトを引き摺りだす。

「それで、どうだった?」

 そう尋ねながら彼女を地面の上に置く。

 彼女は体中に張り付いた液体状の影を、ぶるぶると身震いをして振り払う。まるで犬だ。

「ちゃんと食料と手紙をジェロームの影に入れといたのじゃ」

 手紙、僕の現状と街の状況と民族解放戦線について知ってる限りの情報を書いた物だ。

 先ほどのジェロームとの対面の間、僕は自分の影をつかって彼の影にティトを潜らせていた。

「そんなことよりもじゃ、お前さん」

 ティトはずいと一歩僕に近づいて、僕の目を直視しながら言う。

「ん?」

「ファリアに会うのか?」

 少女の声には怯えが少々混じっている。

「えぇ、ちょっと考えがあるんですよ」

 ひょっとしたら、僕たちはこの街を安全に出られるかもしれない。

 そしてそれは、結構高い確率で上手くいきそうな気がする。

「バカな事を止すのじゃ」

「ティトさんは来なくていいよ。僕独りで行く」

 彼女は首をぶんぶんと振って僕の言葉を否定する。

「そういう話じゃないのじゃ。お前さん、儂との契約のことがバレたら助かるものも助からなくなるのじゃぞ?」

「それは大した問題じゃないですよ」

 大した問題じゃない。

 ジェロームさんは命をなげうって僕を助け出そうとした。だから僕もそれに近い事をして彼を助ける。

 当然の事だ。

 だから大した問題じゃない

「愚かじゃ、愚かなのじゃ」

 ティトはそう言うと、泣きそうな様子でため息を吐き出す。

 何を言っても僕の決意は揺るがないことは察しているのだろう、彼女はそれ以上何も言わずにただメソメソするだけだった。

「大丈夫だよ、多分上手くいきますよ。早く帰ってファルクリースの美味しい晩御飯にありつきましょう」

 僕はジェロームを真似、敢えて余裕そうな軽口を叩いて見せた。でも特になんの効果も無く、ティトは悲観と苛立ちに顔をしかめていた。

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